自 覚

君の顔を見ると僕は嬉しい







そんなことはない。
もう何度目になるかわからないけれど、その言葉をまたしても心の中に繰り返して、渋沢克朗は目を開いた。
コトン、コトン、と単調なリズムを繰り返す電車の座席は、人も少なく眠気を誘う。
もう冬休みが終わる。
明日から学校が始まる。部活も。
今、彼は寮に向かうところである。
今夜から、再び情けない食生活が始まる。
それなのに、なぜ「帰る」のが嬉しいんだろう。
その問いに、何かの答えが心に確かに浮かんだが、知覚できない。
窓の外を見るともなしに見ていたら、青い空が流れていた。
天気が良かった。
多分、外はまだ寒い。でも、暖房の効いた車内は、その上うらうらと差し込む太陽のおかげで、 のったりと暖かかった。
空いているのをいい事に、かばんも荷物もひざにおかず、隣の席に積み上げている。
かばんの上に載せてある重箱を、ちょっと触ってみた。
こんなに暖かかったら傷んでしまうかもしれない。
母の作った松花堂が2人分。
少し考えて、かばんの中に仕舞い込んだ。中の方がまだマシかもしれない。
それで、またする事が無くなってしまった。
ぼんやりと、窓枠に頬杖をついて外を見る。
『好きな人でも出来たかなと思って』
気を抜くと、すぐに母の声が蘇る。
その度に、もう一度、心の中で繰り返さなくてはいけない。
そんなことは、ないったら。
もう、何度も繰り返しすぎて、言葉が擦り切れてしまいそうだけど。
そんなことはない。
そんなはずはない。
そういうんじゃない。
あいつは面白いやつだから。
あいつはいいやつだから。
努力家で、皮肉屋で、素直じゃなくて、意地っ張りで、でも、楽しくて、面白くて、いいやつだ。
たまに泣きたくなるほど優しい事だって知ってる。
時々コワくなるほど、不思議なほど、俺の事を理解してくれてる事も知ってる。
スキかキライかと言われれば、そりゃスキだ。
自分内ランキングだって、もう考えるのも面倒だけど、どう考えても家族のすぐ次だ。
あんなに気に入ったやつなんて、居ない。
小学校の時の知り合い達なんて、比べ物にならない。
クラスやサッカー部の奴等だって、ランクが違う。
あいつは特別だ。
一生だって友達でいたいんだ。
卒業したって、大人になったって、あいつとはずっとどこかでつながっていたい。
お互いの葬式だって出席しちゃうぜ。(ムリムリムリムリムリムリ)
結婚式だって、絶対あいつだけは呼んじゃうくらいだ。
結婚式。
あいつがいつか結婚する時には、俺、呼んでもらえるのかな。
なんか、痛切にさびしく哀しい気持ちが込み上げて、克朗はふと自分の手を見つめた。
なんで、いやさびしいのはいいとして、そんなに切ない気持ちがする。
別に自分の手に答えなんか書いてもいないけど、なぜかシゲシゲと手を見つめている。
結婚か。
俺もいつか、結婚なんかするのかな。
中学生的には、なんかぼんやりと遠い話だった。
誰かとずっと一緒に暮らす事になると言う事だ。
だったらそんなのはあいつみたいなやつがいい、とぼんやり思って、またしても自分の思考がひっくり返るのを自覚した。
ざっぷーん。
だーかーらー。
そんなことはないんだってば。
ひとしきり、自分の中の大波をやり過ごして、もう一度組み立て直さなくてはならない。
だからだからだーかーらー。
だってあんなになじむやつなんて、居ないじゃないか。
「嫌さ」が全然カンジないんだから、しようがないじゃないか。
どうせ一生一緒に居るなら、そんな風に一緒に居るのが嫌じゃないやつがいいなあと思うのは当然だろう。
いったい誰に対してなんだか訳の分からない言い訳を必死で組み立てながら、もう自分でもわけがわからなくなってくる。
あいつはそれなら誰と一生一緒に居る事になるのかな。
うっかり今度はそっちがわに思考が針路変更してしまう。
どんなやつと?
あいつの良さをちゃんと理解してやれるやつを、あいつは見つけるんだろうか。
俺よりも。
俺よりあいつの良さを深く理解できるやつなんて、出てくるのか。
そんなやつなんて。
俺はきっちりと俺の目で見極めなくちゃ納得してやらない。
・・・・って、あああああ。
だからだからー。
でも、それでも、そんなことはないんだってば!
そんなんじゃ、結婚式に呼び合うなんて、出来ないじゃないか。
俺、きっと腹が立って祝辞を読めないぞ。
俺こそがあいつの友人代表と呼ばれたいのに。
もう、あいつの隣に誰かが立ってるところを想像しただけでむかついてる気がする。
どけ。そこは俺の場所だ。みたいな。
でも、でもでもでもでも、そんなんじゃ、ないんだってばー・・・・。
はあ。
なんだか、だんだん思考もドツボにはまってきてしまって、思わずでかいタメイキを一つ。
うー・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・××・・・・・・・なんだろうか・・・・。(どうしても単語にするのがコワくて伏せ字)
まさか母の言う通り。
俺は・・・・あいつの事を・・・・××・・・・・・・だっていうのか。
そんなばかな。
そういうんじゃ。
そんなんじゃない。
そんなんじゃないんだ。
だいたいなんで母はそんな事を思ったんだ。
唐突に。
今までそんなこと、一度も言った事なんて無いくせに。
おかげで思ってもみなかった悩みが出来てしまった。
この冬休み中、何度このぐるぐるを踏みまわった事か。
だって、あいつの口を矯正してやろうと思ったんだ。
あいつが、コーヒーを美味いと言ってくれたから。
なら、美味いものを食わせてやりたいと思ったんだよ。
何かしたかったけど、何も出来なかったから。
だから覚えようと思ったんだよ。
それが、何で、そんな事になっちゃうんだ。
そんなことじゃないんだ。
そういうんじゃないんだ。
ああ〜ぁあ。(グルグルグルグル)




なんだかずっと座っていただけのはずなのに、疲れきって電車を降りた。
いくつか乗り換えて、ようやく寮に帰りつく。
駅から歩いて、ようやっと建物が見えた時、ワケも無く心が踊るのが分かった。
家から帰ってきちゃったてのに。
もうまた当分まともな飯にもありつけないのに。
なのに、嬉しかった。
ああ、帰ってきた、と思った。
ここが帰ってくる場所になってるのかな、と頭の隅でちょっと思い、玄関の名札をひっくり返して、ついでに 自分以外の名札を確かめた。
三上亮と書かれた札が、未だ赤字のままで帰宅の段にかかっているのを見て、必要以上にがっかりした自分を、苦く思う。
だから、それはちがうんだってば。
またしても、もう反射的になってしまった反論を心の中につぶやいて、スリッパを取り出し、寮母さんに挨拶をする。
「ただいま帰りました。あけましておめでとうございます」
「あら、渋沢くん。早いのねえ。まだほとんど帰ってきてないのに」
あ?そうだっけ、と振り返り、もう一度名札を見ると、確かに帰寮しているのは半分も居ない。
今確かめたのは何だったんだ。(1人分だけだったんでしょう)
「きっとみんな、夕方過ぎだと思うわよ。今日はお天気がいいから、せっかく早く帰ったなら今の内にお布団でも干したら?」
「・・・そうですね。そうします」
にっこり笑って、頭を下げて、それから部屋へと足を向けた。
そうだな。
2週間近く、部屋を空けた。
まず窓を開けて、布団を干して(人が少ないから場所が取り放題だ)、それからコーヒーでも入れて一息つこう。
自分の部屋に帰りついて、ドアの前に立った時、居ないと分かっているのに一瞬期待した。
ドアを開けて、やっぱり無人だったので、当たり前なのにちょっぴりがっかりしている自分に、気づかないフリで通り過ぎておいた。
カーテンを開けて、窓を開けると、穏やかで透明な寒さが部屋に流れ込んできた。
この部屋に帰ってきた。
うれしい。
俺とあいつの空間に。
俺の、居心地のいい場所に。
とりあえず、寮母さんの言う通り、せっかくのいい機会なのでベッドの布団を屋上に持っていく。
少し考えて、三上の分も持っていってやる。
せっかくだし、ついでだし、1人分も2人分も同じだし。
思い切り場所を取って日が当たるように広げて、部屋に帰ってコーヒーメーカーをセットした。
それを待っている内、気になってきてしまったので、かばんを広げて重箱を出し、窓の下の日の当たらないところに置いた。
そのままかばんの中身を整理し始める。
着替えを取り出し、タンスに仕舞い、宿題などのノートは本棚にしまい、最後にかばんをロッカーに仕舞って、やっと落ち着いた。
コーヒーが、できている。
部屋中にいい香りがしていた。
なぁんか、コーヒーくさいんだよな。
そう言えば、時々あいつが言っていた。
あんまり四六時中コーヒーを点てているから、部屋全体がなんとなくコーヒーの匂いが染み付いている気がする。
厭そうではなかった。
面白そうに、笑いながら言っていたと思う。
教室で、グラウンドで、よく見かける人をくったような笑い顔ではなかった。
この部屋で、たまに見せる、ふうわりとした気楽そうな笑顔だった。
その顔を見る時、なんだかいつもすごく満足感とか、充足感とか、そういうモノを感じている。気がする。
そんなことなどぼんやりと思い出しながら、窓枠に腰掛けて、コーヒーを飲んでいると、不意にドアが開いた。
「あれー。早いな、お前。・・・って、やっぱコーヒー飲んでるし」
三上亮が帰ってきた。
帰ってくるなり、その笑顔を見せた。
そうそう、こんなカンジ、この顔この顔・・・・。
俺にもな、と言ってかばんを置く姿を見ながら、なんとも幸せな気持ちで急激に胸が満たされていくのを感じた。
わかった。
顔を見た瞬間、わかった。
今、ものすごく、本当に、分かった。
そうなんだ。
そうだったんだ。
やっぱり。


俺は。
お前の事が。

好きなんだ。


きゅーっと、胸が締め付けられるように、自覚した。
「・・・・渋沢?」
気がつくと、三上が目の前に立っていた。
「どした?」
我に返る。
「え?なんだって?」
「いや、コーヒー。勝手にもらっちまってもいい?」
「あ?ああ。もちろん。お前の分も煎れてあるから」
なんでだか、やっぱりいつもと同じ量煎れていた。
帰ってきたらいいのに、と思ってたから。
帰ってきてくれて、嬉しい、と、本気で幸せな気持ちになりつつ、三上が自分でコーヒーを入れるのをぼけっと見ていた。
「やっぱ、これ飲むと、帰って来たって気になるよな」
「・・・・・・・そうか・・・」
なんだか、そんな言葉にまで、胸が詰まりそうな気持ちになる。
なんでだろう。
なんで、三上が口にする、そんな言葉一つごときでそんなにも自分はメマイがするほど幸せなんだろう。
今までと、なにが違うと言うんだろう。
でも。
そんなにも幸せになれるものがある事が、自分は、とてつもなく嬉しい。
「なあ。今日の晩飯さ。うちの母親が作ってくれた弁当があるんだ。一緒に食わないか?」
「弁当?いいよ。お前食えば」
「2人分あるんだ。友達にもって作ってくれてさ」
「ふーん・・・・じゃあ、もらおうかな」
「じゃあ、今日の分は2人分要らないって食堂に届けとくからな」
「ああ。悪いな、いつも。サンキュ」
そのうちに、母親のではなく、俺の飯を食わせてやるけどな。




多分、もう、家族より。
自分内ランキングは、今、ダントツで一番トップだ。








=Fin=






  ◇コメント◇

自覚はいろんな形でくるんでしょうけれど、ある日なにかのきっかけで突然はっと気が付くようなのが、好きです。
っていうか、「渋キャプだけど、中学生」のコンセプト。
可愛くって情けない美食家のかっちゃんが、好きです。



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