インプリンティングの楽しみ方

大型犬がついて来る







今日の練習は、きつかった。
セットプレイの練習の時はたいていそうだ。
MFが重点的にしごかれる。っていうか、自分をはじめとするMFとFWの連携のための練習なわけだから、自分に特に集中的に負担がかかる。
相手を替え、パターンを替え、精密さを上げるためうんざりするほどの回数、反復動作を繰り返す。
好き嫌い以前に、神経が疲れたし、もっと単純に、肉体的に疲れた。
が、今年の夏が終わって、3年生が引退したら、おそらく次の10番は自分が最有力候補だ。
っていうか、それを実現させるためにここまで来たと言ってもいい。
そのために、置いてきたもの、あきらめたもの、忘れる事に決めたもの・・・・そんなものだっていろいろある。
だから、それはかまわない。
多少のしんどさ、多少の疲れ、そんなものはスポーツ少年として当たり前の負担だ。
・・・・だとしても、だから疲れてても全然平気かと言うと、それとこれとは話が別で、きつい時にはやっぱりしんどい。
オレ、ちょっとHPが低いからなあ、なんて考えて思わず隣の机をちらりと顧みた。
・・・・・HP高そうだな。
っていうか、あんまりバテバテしたとこ見た事無いよなあ。
明日の分の予習のノートを進めている横顔を見ながらちょっとばっかためいき。
疲れる事、あるんだろうけどなあ。
自分のノートに目を戻し、調べるべき単語をリストアップする。
辞書を引きながら、しきりに訪れる眠気。字がよれる。
ふと、頭の上に手が置かれた。
くしゃりと髪をかき回す、手。
「え?」
見上げると、いつのまにか、渋沢が後ろに立っていた。
さっきまで隣に座っていたと思ったけど?
「煎れたけど、お前も飲むか?」
飲むか?とは聞きながら、既にコーヒーが満たされたマグカップが机に置かれている。
「眠気覚ましに、な」
見られてたかな。うとうとしていたのを。
・・・・・・ま、いいか。
別に今更こいつにカッコつける事も無いし。
っていうか、渋沢と同室になって以来、よく考えると自分は異常によく寝るようになった、気がする。
まあ単純に小学生の頃よりも、サッカー部の練習のため、疲れる事が多くなったと言うのもあるけれど、それだけではなくてもっと、 生活基盤的な意味で。
例えば、朝なんかも、起こしてもらえるのをいいことに、ぎりぎりまで、本当に深く熟睡してしまっている。
以前は寝起きに自信が無いため、いつも心の底で圧迫感を感じながら寝ていた。
明日は起きられるだろうか。ちゃんと目を覚ませるだろうか。その追われるような焦燥感は、久しくまったく感じた事が無い。
部屋にいる時も、渋沢がいようがいまいが、眠くなれば眠り込み、好きなだけ惰眠をむさぼっている、ような気がする。
・・・・・・・・・考えられない変化だった。
同じ部屋の中に、家族でもない他人がいるにもかかわらず、何の違和感も無く、というか、むしろ安心してぐっすり寝こけているなんて。
浅い眠り、というのを久しく経験しない。
・・・・・・ありがたい事と、思うべきだろうな。
そんな事がありうるなんて、ここに来る前は考えもしなかった。
もう、安眠なんていうものとは永遠に縁が無いかもとかまで思っていたのだ。(オーバー)
多分、渋沢だから、というのが大きな要因だろうとは思う。
渋沢克朗は、なんと言うか、「じゃまにならない空気を持つヤツ」だった。
自分にとって、自然、というか、そこにいても必要以上の存在感を感じさせない。
・・・と言う事を以前、誰かに言ったら、そいつは心底びっくりした顔をしていた。
「あんなに存在感のある人間、見た事無いじゃないか」と。
言われてみれば、そうかもしれない。
っていうか、改めて考えてみると確かにそうだった、そうだった。
初対面の時なんて、実際こいつは同い年なのか、ホントはダブって年齢詐称してるんじゃないだろうかと疑ったほどだった。
それが。
今や、空気。
なんだろう。でかい図体のわりに、いったん落ち着くと、ふわりと気配がとけてしまうようなのだ。
いてもいなくても同じ・・・・・いやいや、それはちょっとやっぱりかなり違うな。
うまく表現しにくいが、自分の方に、渋沢がいる、という空気を自然のものとして受け入れてしまったと言う事かな。
「いて当たり前」と言う風に。
ああ、それが近いかもしれない。
例えばこのコーヒーと同じように。
日に一度は飲んでいるおかげで、すっかりコーヒー中毒症。
実家に帰ると、途方に暮れる。
本当は、家に帰るのは、好きだ。
会えて嬉しい人にも会える。
でも、なにか手持ち無沙汰さがたまらなくて、妙に座りが悪かったりする。
何だろうと、随分考えて、なにげに姉の出してくれたコーヒーを飲んで気がついた。
その不味さに、口に入らなかったのだ。
秋口に、自分でいれたのを飲めなかった時は、砂糖とブライトが悪かったのかと思った。
が、姉の作ったものが口に入らない、と言うのは、生まれて初めてだったので、そこで初めて深刻な事に気がついた。
コーヒーが無いと、いらいらする。
さらに、あのコーヒーでないと、飲めない。
・・・・・・なんてこった。
そしてその時、渋沢は、どうしてるのかな。あいつに会いたいよな、とまで思って、さらに自分に驚いた。
家にいる時に、家族以外の誰かに会いたいと思うなんて。
家にいない時に、家族に会いたいと思う事があっても、その逆があるなんてこと、想像した事も無かった。
・・・・いて当たり前の、空気。
そういう存在。
うん。
「どうした?何を納得してるんだ」
ぐしゃぐしゃと、まだ人の頭をかきまわしながら、渋沢が聞いた。
「っていうか、なんだよ、この手は」
最近、なにか気に入る事があったのか、なにかというと渋沢は自分の髪をいらいたがる。
「手触りがいいから」
「そういう事を聞いてるわけじゃねーよ」
「で?なにか納得する事があったのか?」
なごり惜しそうに、髪から手を放して渋沢は話を戻した。
「いや、コーヒーについて。など。深あく洞察をしてた」
「なんだ、それ」
予習は一段落か、あるいは休憩か。
自分も入れてもらったコーヒーに手を伸ばす。
「・・・・あー、やっぱこれが一番」
疲れまで取れるわけではないが、眠気もスッキリする。
「・・・・って、こ・と」
「ふーん」
いすに座ったまま、うーーーん、とのびをしてそっくり返ると、頭がなにかにつっかえた。
「あ?」
上を見ると、渋沢の顔がある。
つまり、頭が渋沢の胸に当たっているのだ。っていうか、まだ背後に立っていたのか。
「何してんだ?」
「・・・・・・」
渋沢は無言で三上の首に腕を回してきゅうっと力を込めた。
「いていていて、うわあ」
ずるん、と、いすから滑り落ちる。
「おっと」
すばやくその腕をつかまれて、落下からは救われる。
「何じゃれてんだよっ。お前」
「ちょっと、懐いてみた」
「あああ?」
にぱ、と笑って、手を放す。
すとん、と床に座り込み、きょとんと見上げる。
・・・・こんなやつだったっけ?
けっこうわかってきたつもりだったけど、やっぱり時々わからない。
っていうか、読めない行動があるやつだ。
懐かれても途方に暮れてしまう三上だった。
なんだか妙な大型犬がじゃれ付いてくるみたいだ・・・・なんて思って憮然としたりして。(←動物嫌い)




でも、動物は好きじゃないけど、おいしいものは好きだ。
って言うか、そりゃ人として当然だけど。
大体一週間、げろげろに疲れて、週一の休養日(大会期間でなければけっこう確保されている)になると、何かしら作ってもらえるのが嬉しい。
渋沢は、実家に帰るたびになんだか腕を上げている気がするが、またそれを、こまめな事に寮で実習を繰り返している。
疲れてないのかなあと、ほんっと、思うけど、なんだか楽しそうだし。
だいたいいつも、なにか調理するたびに、自分もそのお相伴にあずかれる。
ああ、なんていいやつと同室になったんだ・・・とか、今さら改めて運命に感謝してみたり。(笑)
一応気にして、何度か聞いてみたりもした。
「俺、いっつもなんか食わしてもらっちゃってるけど、いいのか?」
でも、たいていいつも同じ答えが返る。
「1人で食ったってつまらない。誰かと食べると思うから、作ろうって気になるんだ」
自分では作れないのでよく分からないけど、そういうものなのかもしれない。
お片づけくらいしか手伝えないけど、面倒だとしか思わないんだけどな。
「それに、たまには自分で作らないと、満足な物が食えないし」
ちょっと声をひそめて、人の悪そうな顔で笑いながら言う。
うん。実はそっちのほうが納得できる。
「こんな物ばっかり食ってるような育ちだったら、そりゃ寮食は不味いんだろうな」
多少同情的に言ったら、爆笑していた。
「わかってくれてうれしいよ。はじめは本当に食えなかったし」
「覚えてるぜ。お前、丸呑みしてただろう」
「だって、味がしなかったんだからな(←ものすごく控えめな表現)」
「今は?」
「多少慣れた。慣れただけで、美味くなったわけでもないけどな」
ちょっと目を眇めて、肩をすくめると小さく舌を出す。
「で?」
「ん?」
「今日はなにが食べたい?」
にこ。
そんなに嬉しいものなんだろうか。
「今回はなにか新作の予定はあるのか?」
渋沢は、少し考え込む顔をしてから、自分の手のひらを見詰めた。
なにか書いてあるのかと思って、一緒にのぞき込んでみたけど、別にそういう訳でもなかった。
「・・・・なに?その手」
「・・・・・・・・黄身酢」
「は?」
「黄身酢和え。新作はあんまりメインにならないんだ。もっとボリュームのあるものがいいよな」
「あ、俺、こないだのあれ好き。野菜が一杯入った澄まし。あとなー、なんか魚の煮たのとかがいいかな」
「沢煮椀だな。こないだもそれ言ってたな」
「ああいうのが好きなんだ」
「ふーん」
渋沢はレシピ用のファイルを開いて、なにごとか書き込んでいる。
つくづく、こまめなやつ。
なんと、渋沢は作ったレシピをすべてきちんとノートを作って残しているらしい。
そんな所でまで勉強熱心なのでなんとも驚くが。
「じゃあ、今日はそれで」
ぱたんとファイルを閉じて、にこっと笑った。
やっぱり嬉しそうな顔だが、料理に関する事を話している限り、こいつに嬉しくない事なんてあるんだろうか。 (だから不味い物を食べた時とか)(っていうかっていうか、別に料理の事だから嬉しそうな訳ではもちろんありません)
「買い物でもいくか?」
「あ?あ、うん」
何も考えず、反射的にうなずいていたが、なんだか自分たちは最近激しく所帯じみているような気がしないでもない。
(・・・・傍目には所帯じみているというより新婚さんじみているのだと言う事に、気付け、三上)




本日のメニュー。
三上のリクエストにより、沢煮椀。
鯛のアラ煮。(アラなので、鯛だけど安い)
キュウリの黄身酢和え。
鶏の梅肉和え。(寮食用の食材を分けてもらった)


なんか、味がこないだと違う。微妙に。
「・・・・これ。なんか変えた?」
「・・・・良く分かったなあ」
渋沢は心底驚いたように、目を丸くした。
と言う事は、何かを変えたんだ。
「ちょっと配合を。わかるとは思わなかったくらいなんだけどな」
「・・・・・なんか、まあ」
何が、と言われてもわからないけど、思ってたのと違う。
っていうか、はっきり言ってこっちのほうが好きな味だとも思う。
はあ。(←タメイキ)
実はうすうす気がついてたんだけど。
これはひょっとしてマズイ状態なのかもしれない。
いや、食事は美味いけどさ。
このままだと、どうも・・・・・こいつがいないとまともな食生活が・・・・・送れなくなってしまったらどうしよう。
っていうか、現に、コーヒーは、既にそんな風になっている。
今のところは確かにまだ、寮食でもそんなには、気にせず食べている。
が、明らかに、週に一度、渋沢作の食事の日は、自分自身がとても楽しみにしてしまっている・・・事に気がついている。
実家の味をあんまり思い出さなくなった事にも、気がついてる。
でも、自分でなんて、絶対そんなの作れないし、でも母親でさえ出来ない味を出す女の子がちゃんと見つけられるかだって、 このありさまでは自信が無い。
うう。どうしてくれよう、渋沢克朗。
っていうか、魚、美味いし。
「・・・・・また、キレイに食べるな、お前」
渋沢が、おかしそうに言った。
「うっせえ。俺は魚が好きなんだよ。残してたまるか」
「ネコマタギってやつだな。(笑) 湯呑み出せ」
「ネコマタギ?」(湯呑みをさし出しながら)
「猫もまたいで通るほど、食い尽くされてる魚の骨」
(注:ないしは、猫ですらまたぐほどの不味い魚の意もあり。でもかっちゃんそっちは知らなさそうですけど)
「・・・・・なんか、お前、なんでそうオバハンくさい言葉ばっかり知ってるわけ?」
ガチャ、と小さな急須が湯のみに当たって音を立てた。
「サンキュ」
にやっと笑って、湯呑みをおろした。
少し多く、縁ぎりぎりまでお茶が入ってしまったりしている。
少し熱目の、緑茶をゆっくりとすする。
やっぱりうまい。
なんだかなあ、と、割り切れないような気がしながらも、ついついやっぱり幸せになってしまう三上であった。



・・・・・・ホントの事を言えば、居心地良すぎて居心地悪いんです。
って、もういっぺん、タメイキ。




=Fin=






  ◇コメント◇

「餌付け小説」と言う名称で呼ばれるこのシリーズの、これがそれなら本来の中核をなす話です(笑)
餌付けです。餌付けられています。
もうここで終わってもかまいません。・・・・ワタシ的には(笑)



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