| 三上くんの家庭の事情・後編 | ||
披露宴は、近くのホテルに移って行われた。 憶えているのは早く帰りたかった事と、疲れ切って泣きたい気分さえも失せてた事だけ。 誰かがしゃべってたり、誰かが歌ってたり、誰かが笑ってたりしてたけど、とりあえず、ぼんやりしながら 豪華な飯を食っていた。 美味いものとそうでないものが、なんだか極端なコースだった。 スープは美味かったけど、オードブルはいまいちだった。 テルミドールは火が通りすぎだったけど、ステーキはなかなかいいカンジに柔らかかった。 「さすが奮発しただけあっておいしいわよね」と、ちい姉と兄貴がひそひそ言ってたけど、こんなにばらつきが あるのは問題だ。 問題・・・・って、問題って? いや、でもそう言えば、美味いと言えば美味いよな。 うん。普通多分これって美味いよな。 なんか、なんで俺はそんなに細かく分析評価してるんだろう。 でも、うーん。 あいつだったら、こんなに火は通さないはずだし、もう少し口当たりよく仕上げるんじゃないかなあ。 ソースもちょっと濃すぎるみたいだし。 あいつだったら、もう少し、あっさりしたカンジにして、甘みもこんなにつけないで。 美味いんだけど。美味いんだけど。 なあんか、うーん。 ・・・・寮に帰ったら、なんか作って欲しいなあ。 最近試合が続いたから、ちょっと休み飛ばされてるしなあ。 コースも最後に近づいて、シャーベットやらコーヒーやらになった。 シャーベットはもちろん美味いけど、コーヒーがやっぱりいまいちだ。 苦すぎるのに香りが薄い。 おまけになんだかカップがおもちゃみたいに小さい。 高級ホテルのくせしてけちりやがって。(三上デミタスを知らない) ああ、コーヒー飲みたい。 って今飲んでるけど。 こんなんじゃなくて、もっとちゃんとしたコーヒーを。 っていうか、渋沢の煎れてくれるコーヒー。 コーヒー飲みたい。 ・・・自分はなんか単純だな、とふと思う。 食べ物の事を考えている間は、それで頭がいっぱいで、あんまり哀しくもないんだな、と気がついたのだ。 お姉ちゃんよりコーヒーを優先させてるのはなんか自分が情けない気もするが、哀しいのもいい加減疲れてきたので ちょうどヨカッタさ。 お姉ちゃんとヤツは、このあと親しい友達達と2次会とかに出る事になる。 家族はあっさり引き上げる予定だ。 兄貴はかぶってる知り合いとかもいるはずだったが、やはり家族という事で遠慮するという。 友達だけで、好きなだけ盛り上がるようにという事だ。 家族だけの打ち上げ(?)は、だから昨夜に済ませた。 だから、昨日のうちに学校を休んででも帰ってきたんだ。 式次第も進んで、最後に出口の金屏風の前で、親族一同ずらりと並んでお客様を見送った。 すばやくちい姉と初実が各テーブルに残された花を回収して回る。 「あき。持って、持って。お兄ちゃんも、早く手伝ってよ」 そんなに花をしこたま集めてどうするんだか。 ブーケだってもらったっていうのに。 とは思うものの、ちい姉がそんなに欲しいんだったら、必要なものなんだろう。 三上は両手いっぱいに無秩序な花束を抱えさせられて、ちょっとくらくらした。 横を見ると、兄貴もやっぱり似たようななりになっている。 「・・・・こんなに花瓶も無いのにな」 「どうせ洗面所がいっぱいになるだけさ」 三上はちょっとその光景を思い浮かべて、またしてもくらくらした。 「それに」 兄貴はまだぼそりとつぶやく。 「俺達の部屋にも、かなり進出する恐れがある」 「・・・・・まったくだ」 いったいどこに置くというんだ。 自分が帰ってきている今、2段ベッドのさらに下に、床に布団を敷いているアリサマなのに。 そうこうしているうちに、回収も済んだ様子。 ちい姉は満足げに抱えた花束をまとめて戻ってきた。 「やっぱり、お花っていいわよね。持ってるだけで幸せ!」 そんなモノかな。 兄貴とこっそり顔を見合わせて。 兄貴がちょっぴり肩をすくめて皮肉っぽく口元を歪めた。目が笑っている。 ちょっとあきれてるけど、かなり楽しい時に兄貴がよくするしぐさだった。 タクシー2台に分乗して、家に帰りついた。 どやどやどやと一気に全員が帰り着き、ひとしきり着替えたり手や顔を洗ったり、花を始末したりして、 ようやく落ち着いてみたら、8人が7人になっていた。ことに、改めて気がついた。 「・・・・・減ったんだな」 呆然と、ぼそりとつぶやいてしまったが、ちらりとそんな三上を見て、ちい姉が注釈をいれる。 「でも、あんただってそうなのよ?」 「・・・・え?」 「あんたがいなくなった時だって、私たち、すごくそれ、思ったわよ」 ・・・・そうか。そうだよな。 俺が寮にいるって事は、ここに俺がいないって事で。 ずっと7人だったんだ。この家は。 明日からは、6人になるんだ。この家は。 「お茶にしようか」 お母さんと、ちい姉が立ち上がって、やかんと湯飲みを用意する。 テーブルの上には、もうしっかりさっきの花が一部飾られていた。 6人。 普通なら、一般的に言うなら、けっこう多いといえるはず。 だけど、我が家においての6人って、なんだかすかすかだ。 想像するだけでも、人が少なすぎて、さびしい。 お茶を飲みながら、みんな黙り込んだ。 「・・・・・なんか、あきが行っちゃった日もこんなだったよね」 ・・・・そうだったのか。 明日は俺、また寮に帰っちまうから、きっとみんな、もっと今より寂しいんだろうな。 しょんぼり。 「さて、今日は早くから大騒ぎだったし、疲れたから私達はもう休むわね」 両親はそう言って自分たちの湯呑みをかたずけて引き上げた。 子供たちも、さっさと着替えてお休み、と消えていった。 ちい姉と、兄貴と、自分だけが残った。 「・・・・俺ちょっと、散歩してくる」 三上は、なんだかその切なさと寂しさをもてあまして立ち上がった。 「寝てていいから。鍵だけ開けといて」 スニーカーを履いて、ばたんとドアを閉める。 「・・・・・・あきはお姉ちゃん子だったからねえ」 「べそかきたかったら、別にいいのになあ」 くすくすと、顔を見合わせる2番目と3番目だった。 てけてけと外へ出てきた4番目だったが、そのままうつむいて、マンションの敷地内をランニングを始めてしまった。 ぼんやりと考え事をしたい時、泣きたかった時、子供の頃からいつもそうしていたように。 そういえばやっぱり提出していた自主トレ予定なんて、ぜんぜん思い出しもしてなかったから、ちょうどいい。 いくつも並ぶ似たような建物の周りを一棟ずつぐるりと回ってとなりに移る。 進学を決めた時も、確かあの頃は毎晩走ってたような気がする。 考え込んでいるようで、実はぼんやりと、空っぽになりながら、ひたすらぐるぐると走っていた。 自分は結局、あの頃から進歩していないのかな。 見たくないこと、いやなこと、辛いことからは逃げて、いざその時になってからそれまで立ち向かっておかなかったツケを食らう。 見ろ。 自分以外の家族を。 みんなヤツに対して、時間を掛けて立ち向かったおかげか、自然に受け入れている。 逃げた俺だけがこの体たらくだ。 この先も、俺はこんなままだったら。 それが俺の本質だったとしたら、どうする? どうしてもっと、現実を見詰められない。 自分の大切なものを守るために、無理なら無理で、納得できるまであがこうとしない? 逃げるだけなんて、そんなことをしたから今になってダメージを受けたりするんだ。 もっと早く、はじめからヤツにきちんと向き合っていれば、今日のこの日、お姉ちゃんのために祝福を出来たかもしれなかった。 そうだ。 お姉ちゃんの幸せを祝福も出来ない俺なんて、知らなくて良かった。 何回目かに、自分の家のある棟にたどり着いた時、異常にくらくらして植え込みの脇にへたり込んでしまった。 何にも考えないでひたすらぼやぼや走っていたが、何時間走っていたのか見もしていない。 そこでやっと腕時計を見ることを思い出して(かなり判断力が低下している)、見てみると何と12時を過ぎている。 どっと3倍くらい疲れが倍増して、やっと家に帰ることにした。 急に走るのを止めたのでなんだか吐き気がする。 家に帰ると、もう全員休んでしまったのか、ダイニングにももうひとけが無い。 普段なら、ちい姉や兄貴くらいはまだ当分起きているはずだが、それさえも無い。 みんな疲れてるんだろう。特にちい姉なんか、朝っぱらから異常なハイテンションだったから。 何か飲もうかと思って台所に入る。 コーヒー飲もうかなと思ったが、やっぱりというか、この家にはネスカフェしかなかった。 ので、あきらめた。(こっそりコーヒー欠乏のため、いらいらしている) 冷蔵庫を開けてみたが、なぜか牛乳もポカリも無い。 (人数が多い家の宿命だが、どんなに大きいサイズを置いていてもあっという間に消費してしまうのだ) 棟の端まで行けば自販機があるが、もうその気力もあまり無い。 もういいや、とあきらめて、今日は寝ることにして風呂に入った。 寮と違って少し狭いが、ひとりきりで、好きなだけいつまででも入っていられる。 三上は思い切り両手を伸ばして体をほぐした後、湯船のはしに頭をもたせかけて、ひざを抱えて目を閉じた。 今回は、理由が理由だから、いつまでたってもずっと気持ちが重苦しい。 ずっと泣きたいような、切ないような、いらいらするような、落ち着かない気持ちのままだ。 けれど、どこに行ってもどうしても、泣きたいばかりで実際に泣くことが出来ないから、不完全燃焼的によけい疲れるんだ。 いい加減、哀しいから泣きたいのか、それともただ泣いてみたい気分だから泣きたいのか、それさえもわからなくなってくる。 泣いちゃえよ。 何度も自分を促して。 でも、涙が。 出ないのはなぜ。 「そんな子供みたいに、泣いたりなんか、できるもんか」 13歳は、充分まだ子供なんじゃないのか?と、心の隅で自分が反論したりもする。 そんな言い訳を、自分が是とするか否とするかは、また別の問題だ。 実の事を言うなら、床に長々と寝そべっている三上は、ものすごくじゃまだった。 そうでなくとももともと狭いマンションの1室に、男の子が3人もいるわけだし、うち1人は小学生とはいえ、 うち1人なんか既にオトナと言ってもいい年。 だもんで、朝のせわしない時間に、起こされる事も無くいぎたなく眠りこけている三上は、本人は知らないが、 兄に3回蹴飛ばされ、弟に5回くらい踏んづけられていた。 兄はわかって面白がって蹴っているが、弟のほうは純粋にけつまづいている。 あきちゃん、じゃまー、とか言われていたが、もちろんそんな事だって知らない。 ひとしきり、喧騒の時間が過ぎ去り、ボケボケと三上が起き出した頃には家の中はまたしてもがらーんと静まり返っていた。 1人、母親だけが、ダイニングでワイドショーを見ていた。 「あら、やあっと起きたのね。相変わらず寝起きがよくないんだから」 母親はそういって笑いながら三上の分もお茶を入れてくれた。 「なんか食べるの?」 「・・・・・んー・・・・なんか・・・・食べる・・・・」 今一つ意識がはっきりしないまま、うなづいた。 「あんた今日はどうするの?学校は休みにしてるのよね?」 「うん。一応今日まで欠席届出してある。適当にごろごろしてお昼食べたら寮に帰る」 「そう。私は最近早苗の騒ぎでノルマためちゃってるから、今日からちょっとこもるわ。帰る前に声かけてちょうだい」 温め直した味噌汁と、焼魚と漬物と、ご飯を並べて、もう一度母親は椅子に座った。 「仕事は?」 「ちょっとくらいいいじゃないの。たまにあきがいる時くらい、顔見ときたいじゃない。ご飯食べてる様子も、お母さんとしては気になるわ」 「・・・・・・うん」 ちょっと、なんか慣れないのでもじもじ。最近はたいてい、渋沢が目の前で飯食ってたからかな。 「おいしい?」 「え?」 「早苗のご飯じゃないのは珍しいじゃない。うちでは」 「・・・・ああ」 「今日は久しぶりに味噌汁なんて作ったわよ。もうここ何年も任せっきりだったからねえ。これからしばらく夏穂と大変だわ」 締め切りが近くなったら、ご飯時にさえ出てこなくなったりするもんな。 作ったりすることなんて、物理的に不可能だろう、とも思うが、一応慎ましく黙っていた。 「あきは・・・・でもやっぱり家を出て良かったみたいね」 「なんで?」 「あきがお友達の話するようになったのが、すごく嬉しいのよ」 「そんなに・・・・・珍しい事か?」 お母さんは何も言わずに、ただ笑っただけだった。 母親が仕事部屋に引き上げて、自分も朝食を食い終わったら、ホントにぽつんと1人になった。 昨日より前なら、必ずお姉ちゃんがいたはずで、こんなに明るい時間にこの家で1人になるなんてこと、初めてだった。 夜なら1人でいても、みんながいるのは分かってる。 が、昼間はなんてがらんとしているんだろう。(お母さんがいるはずだけど、それさえも感じられないほど) リビングの真ん中でごろりと転がって、陽の当たるフローリングを見るともなしに見ているうちに、ぽつりと涙が落ちた。 あれ?と思うまもなく、ぽろぽろと、あとからあとから涙がこぼれてくる。 なんでだ。 昨日までの胸が重いほどのしんどさは、もうそんなに感じてないと思ったのに。 別に今、そんなには泣きたい気分とかじゃなかったはずなのに。 なんで今になって、勝手に涙が零れるんだろう。 なんで今になって、止まらないほど涙が零れるんだろう。 なんで、なんで、なんで。 でも。 なんでもいいや。 ずっと、ホントに泣きたかったんだから。 誰もいない今、ちょうどいい。 全部流してしまえ。 妙にスッキリした顔で、帰ってきた。 なんだかこの数日、ずっとうつうつとしていたものが、不思議なくらい本当に涙と一緒に流れたみたいだった。 まあ、ちょっと目が赤かったのは、致し方ないけど。 「よお。ただいま」 気楽に言ったら、渋沢はちょっとその顔を見て何か言いたそうにしたけれどあえてそれには触れないことにしたようだった。 「おかえり」 ぼそりとそれだけつぶやいて、コーヒーを煎れるために立ち上がった。 大事に抱えて帰ってきたノートパソコンを机の上に片づけて、ふと本棚を見ると、お姉ちゃん関連で読み始めた本たちが、 数も数えられないほど詰まっているのが目に付いた。 もちろんもともとその作家を薦められて読み始めた、というだけで、その後は自分が気に入って読み込んだものたちでもあるけれど。 いっそそれもこの機会だし、整理してしまおうか。 「渋沢。俺ちょっと今から意味フメイの行動するけど、ちゃんとわかってっから気にすんな」 「は?」 よいしょと小説の棚のはしっこに手をかけて、一気にどさどさどさどさーーっと、すべてを引きずり落とす。 足元に本が雪崩れて崩れて散らばった。 「何やってるんだ!?」 「あー、大丈夫だって。わかってっからってば。いっぺんやってみたかったんだよ。気分、気分」 まだ足の上にもばらばらと雪崩れた本が崩れ落ちてくる。 足首まで文庫本に埋もれながら、なんだかものすごく、スーッキリしてしまった。 「よっし。まずはコーヒーくれ。それからこいつら全部整理しちまうわ」 渋沢は、なんだかものすごいオーバーにため息をついて、それから小さく肩をすくめた。 「何も無いんだったら、まあいいけどな」 マグカップを受け取って、口をつけると、3日ぶりにまともなコーヒーがものすごくホッとできて嬉しかった。 ああ、これを飲みたかったんだよ。ずっと。 それから椅子に座ってやっぱりコーヒーを飲んでいる渋沢を見て、そうそう、そうやってそこらへんにボーッとしてて欲しかったんだよ、 と、なんかすごく嬉しくなった。 自分的に、落ち着ける場所になっている。 あ。 そうか。 ここが、今、自分の落ち着ける場所になっているんだ。 そうか。 突然ウロコがぽろりと落ちたようにそれを理解した。 いろんな要素はあるけれど、家じゃないところでも、心寄せるべき場所が出来る。 それは悪くないカンジじゃないか。 うん。 適当に本を積み上げて、そこにマグカップを置くと、三上はその場に座り込んで、一冊ずつ本を選り分け始めた。 もう読まないだろうからいらない本、ものすごく気に入ってるから取っておきたい本。 「これどうするんだ?」 「こっちの山は捨てるほう」 「・・・・・捨てる前に幾つか借りてもいいか?」 「いくらでも。適当に読み終わったら捨ててもいいし、誰かにまわしてもいいぜ」 渋沢も、いくつも出来上がる山を選り分けたりしながら、手伝ったりしている。 「・・・・・無い。そっちにこれの4巻が埋もれてないか?」 取っておくつもりのシリーズの背表紙をひざの上でそろえながら、渋沢を使う。 「4巻?」 「これ、これ」 散らばる山と海を選り分け、渋沢がかなり離れたところまで飛び散った問題の本を引っ張り出す。 「これか?」 「ああ、それそれ。やっべ、表紙折れてるな」 手を伸ばしたが、わざわざすぐ近くまで近寄ってきた。 が、なかなか手渡してくれない。 「三上」 「あ?」 なにやってんだよ、と思って顔を上げると、思ったより至近距離に渋沢の顔があった。 至近距離。 っていうか。 え? と、思った時には、もう唇が重なっていた。 頭が真っ白になった。 これはどこかで見た光景だ。 それもごくごく最近に。 いくつかの記憶が無秩序に頭の中にフラッシュバックされて、ようやく検索終了。 昨日だ。 アイツと、お姉ちゃんの、式で、見た、光景が。 目の前で。 再現されている。 っていうか。 目の前っていうか。 目の前っていうよりも!! 俺か!? 「なっ、なにやってんだ、おいっ!」 突然我に返って、突き飛ばした。 「・・・・・なんでこんな事するわけ?」 目尻を少し赤くして、怒った声でにらみつける。 「いや、お前が好きなんだけど」 渋沢としては、今言ってしまうつもりではなかったが、成り行きというか、衝動というか。 三上は、一瞬何を言われたかわからない顔になって固まった。 そのまま、じーっと渋沢の顔を見詰めたまま、無表情に止まっている。 渋沢も、あえて何を言うでもなく、三上の目を見詰め返した。 そのうち、なんだか間が持てなくなってきて、渋沢は心の中で数を数え始めた。 子供の頃にお風呂で数えたように、いーち、にーい、さーん、と。 20くらいまで数えた頃(都合、それまでの無言の時間も合わせると40秒くらい止まっていた事になるのか) 不意に三上が目をそらした。 「・・・・・あ、ああ。そうなんだ。うん」 うん、うんと、なんだか妙に浮いたしぐさで何度もうなずくと、突然立ち上がった。 ひざにおいていた小説本たちが音を立ててまたしても崩れ散らばった。 「三上」 「あ、うん。あ、えーと。うん。わかった」 わかったって。 いや。 それもそうだが。 「ちょっと、俺。あーと。ごめん。あの、ちょっとごめん。出てくるわ」 そのままフラーっと出ていってしまった。 ・・・・・・・混乱、しているな。かなり激しく。 っていうか、これはいったいどう受け止めるべき反応なのか、今一つ困ってしまった。 渋沢には渋沢の理由だってある。 が、それはまた別の物語だ。 ふらふらと外まで出てきた三上は、人のいないところを探してそのままグラウンドまで行ってしまった。 いっ、いっ、いっ、いったいあれはいったい、どういうことなんだ。 っていうか、キス? っていうか、っていうか、えええええ? 好きだって? いったい。誰が?誰を? 好き? 好き? っていうか。 っていうか。 なんで。こんな。時に。 こんなわけわかんない事態になってしまうんだ。 っていうか。 ばばっと、感触がよみがえる。 なんと言うか、むにゅっと言うか、ぺたっというか、べちょっというか、リアルに。 きいんと、急激に血が上る感覚がしてメマイがする。 う。う、う、う、ううう。 「うわあああぁぁぁぁーーーっ!!!!」 いたたまれなくなって、走り出した。全力疾走。 知恵熱出そうな三上であった。 どうしよう。 どうしようもないような気もするけど。 どうしよう。 どうしよう。 とりあえず、今日は何時まで走ってしまうつもりだ、三上亮。 そこそこにして早く帰れよ。 =Fin= |