| 華の嵐 | ||
学園に君臨する憧れの君、三上様が校長室に呼ばれたとのうわさが駆け巡った。 あの美しいお姉様が、いったいどんな咎があってそんな事になるのか。 大半の少女たちは、はなから信じようともしなかった。 が、笠井竹巳は、密かに心に思い当たる事があって、身を竦ませた。 あの男の事かもしれない。 厳格な我校にあって、男女交際などもってのほかであった。 そうでなくとも、自分の目から見たって、ここ最近の三上はおかしかった。 あれ以来、三上は本当に変わった。 優しい笑顔、物柔らかな物腰は前のままだったが、何かいつも心ここにあらずのようだった。 学校生活でも、それは目に付くほどだったらしい。 教師たちは、不思議と冷ややかな視線を受ける事が多くなったと三上をうわさする事が多くなっていた。 教員室にノートを持って行った時、それを耳にしてしまった竹巳は、本当にぞっとした。 「私はもう、あの人に心の底まで囚われてしまったの」 そう言いきった時の、三上の瞳を思い出す。 もう、何も見ていなかった。 目の前にいる自分も、ただの風景だった。 本当に、お姉様は、あの男に、すべて持って行かれてしまったんだ。 悔しくて、涙がにじんだ。 一度だけ、三上をつけて行った時に見た、男の事を思い起こす。 本当は、その顔を思い浮かべるのだって汚らわしくていやだった。 背が高い、がっしりした体格の男だった。 涼やかな、スッキリした目元で、まあ確かに整った顔立ちでもあった。 お姉様が、うっとりしたように寄り添うと、その大きな手で肩を抱き寄せていた。 ああ。思い出すだけでも汚らわしい光景。 竹巳はきつく目を閉じて、頭を振った。 なぜ。なぜそんなにも、お姉様はあんな男に囚われてしまったんだろう。 お姉様が、あんなふうに男に寄り添うなんて、想像した事も無かった。 三上の顔が、知らない誰かに見えた。 気高かったお姉様に、あんな顔をさせる男。 悔しい。悔しい。悔しい。 竹巳は知らず、握り締めていたこぶしで壁を強く叩いた。 叩いたと同じ強さで壁に跳ね返された小さなこぶしは、自分の無力さを思わせて鈍く痛んだ。 校長室の中では、緊迫した空気が漂っていた。 実際のところ、事態は笠井竹巳が思っていたよりも、かなり悪いものであった。 校長と、教頭、学年主任、担任。それと呼び出された両親に囲まれて、三上はただ1人、昂然と顔を上げていた。 その美しい顔に、冷たく薄笑いさえも浮かべながら。 「三上さん。どうしても言うつもりが無いのですか?」 厳格な顔をしかめて、校長が再度、問う。 「ええ。何も申し上げる事など、ございません」 あまりにもはっきりと、いっそ軽やかに三上が応える。 「相手のお名前も、身元も、何一つ?」 「はい。何一つ」 「けれど、あなたが特定の男子とお付き合いなさっているといううわさは・・・・・否定できないほど広まっているのですよ。何か、それに対する抗弁さえも無いのですか?」 にっこりと笑って、三上が考えるいとまも無く応えた。 「一切ございません。私が殿方とお付き合いしておりますのはうわさではなく、事実です。否定するつもりもございません」 「亮!」 父親が立ち上がった。 「私はお前をそんな風に育てた覚えはない!」 三上は、自分の父親に向かって、他人のような視線をむけた。 「お父様は、何もわかってらっしゃらない」 薄く目を細めて、唇の両端を上げる。 「私はこういう人間です」 「お父様になんて言い方をするの?」 母親も、非難がましい目を向けたが、三上は委細かまわず、吐き捨てるように続けた。 「あなたたちは何一つ見ようとなんてしないじゃないですか。私の何をわかってるというんですか。私がいったい、何を見ているのかなんて。何を思っているのかなんて。何をしたいかなんて。考えた事も無いくせに。都合のいい人形だとしか・・・・」 「亮!」 ばしっと、激しい音が響いた。 勢いによろけて、三上が床に倒れ伏す。 「そんなものの言い方をどこで覚えた!?」 腫れ上がった頬を押さえて、何とか起き上がった三上は、それでも冷たい笑いを消さない。 「ほら。少しでも自分の思う通りにならないと、これなのよ。わかってる事じゃないの」 駆け寄ろうとした母親が思わず顔をしかめる。 「あなた・・・・なんて・・・蓮っ葉な口の利き方」 「いくらでも殴ればいいでしょう。それで私を思い通りに出来るとお思いなら」 それでも手を貸そうとする母親の手を払い除け、三上は1人で立ち上がった。 「でも私は、誰の思う通りにもならない。誰も私を止める事なんて、出来ない。あの人以外には。いえ、あの人にだって、もう私を止める事なんて、出来ないのよ」 突然狂ったように、三上は笑い始めた。 「そうよ。誰も、私を止める事なんて。出来ないわ。彼だって、出来ないわ。だって私、もう何も要らないんですもの。家も、学校も、あなたたちも。私、もう自分さえも要らないの。あの人だけいれば、何も要らないのよ。一切よ!」 耳障りに、高笑いを続けながら、三上は苦しそうに喉を押さえる。 「亮・・・・あなた、いったい何を言っているの?」 「さわらないで!」 もう一度、母親の伸ばす手を神経質に払い除け、既に少し危なげになっている目つきでその顔を見返した。 「いい事を教えてさしあげるわ。私、あの人に抱かれました。何度も、何度もね」 「亮!?」 「私から言ったのよ。どうぞ、私を抱いてくださいって。あの人は困っていたわ。だから、私、自分で・・・」 「もういい!!!」 部屋中の空気が震えるほどに大声を上げて、父親が聞くに耐えない言葉を封じた。 「わかった。もうお前は今日からうちの子ではない。どこへなりとも行くがいい。 ・・・先生方。失礼ですが、このような不肖の子です。今日限り、こちらのほうからは引き上げさせていただきます。ご迷惑をおかけいたしまして、まことに申し訳ない」 校長はじめ、教師たちは、とんでもない成り行きに、口も利けずに呆然としている。 「私、もう失礼させていただいてもよろしいのかしら」 挑戦的に首をかしげて薄く笑う三上に、父親は目も向けずに吐き捨てた。 「どこへでも、行きたいところに行くが良かろう。二度と帰ってくるな」 三上は、美しい黒髪を翻してドアを開けた。 「仰せのままに」 いつもどおりの華やかな笑顔をひらめかせて、音を立ててドアが閉じられた。 =Fin= |