今日も波乱万丈(後編)



 部屋の主は、いなかった。
これもまた、大変珍しいことであるといえた。
その部屋の主がドアをきっちり閉めずに部屋をあけることは、めったにないと思えるし、もし通常サイズの三上だったなら、そういう時に その部屋に踏み込むことなどなかったはずだ。
っていうか、別に親しいというわけではなく、どちらかというとなんとなくお近づきになりたいわけではないその部屋の主の部屋に(文法が少しヘンだが気にするな) 訪れた事などなかったため、覗き込んですぐは、そこが誰の部屋だかわからなかった。
「・・・・・誰もいねーのか・・・?」
呟きながら部屋に少し入り込んで、あたりを見回した。
自分の部屋と同じように、ベッドがあり、机があり、窓があり、多少几帳面に片付いている。
様子からして二人部屋だが一人で使っているらしい。
途中退部の多いクラブのため、珍しいことではなかった。
しばらく見回してみるが、それだけでは部屋の主の正体がわからない。
しようがないのであきらめて部屋を出ようとして、振り返った三上は。

心臓が。止まるかと思うほど驚いた。
それはもう、悲鳴さえも出ないくらいに驚いた。
あまりにも驚いたために、息が止まって呼吸困難になって、思わず倒れてしまったくらいに、驚いた。
音もなく。


そこには一匹の、巨大なトカゲが立っていた。


立っていた、というのもヘンな表現だ。
トカゲはただ単に、そこにいただけなんだが、三上のサイズからすると、トカゲが佇んでいたカンジなのだった。
(く、く、食われる!!!)
トカゲが肉食だったかどうかはよくわからないが、とりあえず恐怖のあまり、思考が飛んでしまった。
腰を抜かした三上は、そのまま思考停止したまま、ずりずりと後ろに下がった。
頭の中に、ジュラシックパークなんかのシーンがフラッシュバックする。
トカゲが、一歩、三上に向かって踏み出した。
つうーっと、あぶら汗をたらしながら、三上もさらにずりずりとあとずさる。
ああ、貞操のピンチよりも危ういカンジ。
助けてくれえ、とりあえず渋沢!!!
トカゲはしゅぴんしゅるるると舌をちらつかせて、ちょっと首を傾げた(ように見えた)。
「・・・・・お前、誰だ?」
「・・・・・・・・・・・は?」
思わず三上はあたりを見回す。
今しゃべったのは誰だ?
「お前だよ、おまえ。人ンちに勝手に入ってきやがって。テリトリーってモノをしらねえな」
「・・・・・・・・・・・は?」
「ここはうちのテリトリーの境界だ。お前もその臭いなら、この辺の誰かに飼われてるんだろう。さっさと出て行けよ」
「・・・・って、しゃべってんの・・・・お前か!?」
ファンタジー、ファンタジーだ。おい!!!
どうやら自分に話し掛けているのは目の前のこのトカゲらしい。
っていうか。
なんでトカゲがしゃべるんだ。
(ニルスしかり、スプーンおばさんしかり、小さきものが動物とお話できるというのは、世の常である)
「お前も何も、誰が他にここにいるんだ。バカか、お前は」
「・・・・・・・・」
なんというか、どうもどこかで見たようなカンジでやなトカゲだ。(←笑)
っていうか、トカゲにバカといわれるのはなんとも屈辱的なカンジだ。
ちょっと、怖さも薄らいできて、三上は何とか足に力を入れると立ち上がり、ちょっとエラソウにふんと胸を張った。
「トカゲがしゃべりやがるとはまさか思わなかっただけだ」
こんなトカゲごときにナメられてたまるかってんだ。
(トカゲと張り合うってのもそもそもなんか情けないんだが)
トカゲはなんというか、胡散臭そうな顔をして(トカゲだけによく表情はわからないんだが)、三上に近づき、フンフンとにおいをかいでみた。
やっぱりちょっと、あまり近づかれると気持ちよいものではないが、負けず嫌いの三上は思いっきり平然として見せる。
「・・・人間くさい・・・」
だからなんだってんだ。正真正銘の人間だ。サイズはちっこいけど。
「飼われてるやつには、さっさと出ていけばなにもしない」
「・・・・なんかムカツク・・・」
飼われてる、という単語がめっちゃ引っかかるけど。
とりあえず何もしないというのならこれ幸いと出て行くに限る。
三上はフンと鼻を鳴らしてからくるりと後ろを向いた。
「おじゃまさんっ」
勢いよく捨て台詞を残して、立ち去ろうとして、ふと心づいてもう一度振り返った。
「・・・ところでトカゲ。ここどの辺なんだ?」
「なんだお前、迷子だったのか」
トカゲは(よくわからないなりにも)フンと鼻で笑った様子だ。
つくづく、なんというか、どっかで見たようなやなカンジ。(同族嫌悪というヤツだな)
「ここは2階だよ」
「ちなみにお前の飼い主ってのは?」
「間宮茂」
「・・・・・・・・」
いや、そんな気は途中からしてたんだ・・・・・。
どちらにしても、帰ってきたところで手助けされたい相手とは思えない。
しかし、しかしだ。
そこで三上は、はたと考えこんだ。
「・・・・・・・・なあトカゲ。モノは相談なんだけどさあ」




さて、藤代に転げ倒された3階の廊下の一角で、渋沢と藤代は、いいかげん行方不明の三上を探すのにも疲れ果てて茫然と座り込んでいた。
「どうしよう・・・・・・」
うつろに呟く言葉も痛々しい。
「こ、このまま三上が見つからなかったら・・・」
もう、渋沢なんかはらはらと泣きださんばかりだ。
笠井はわりかしまだ冷静で「そんなはずないじゃん」とか内心思いながらも(三上のことだから、そのへんでたくましく生還して来るに決まってるし) そのへんの廊下の両端に通行止めのトラ紐なんかを張っている。
「コンタクトでも落としたのかー?」
なんとなくざわざわと人垣も出来てきたあたり。
みっともないからそんな憔悴しきった風情でへたりこむのはやめてほしいものだと腕組みをしていた笠井は、ふと、とんでもないものを目にしてしまった。
「み、三上先パイ・・・・?」
階段踊り場のあたりから、ひょこひょこと姿を見せるちっこい人影(?)はどうみても。いやしかし。
「なにぃ!!!見つかったのか!!?三上っ!!!!」
とたんに推定方向に猛ダッシュをかける渋沢に、
「・・・・・あ、でもキャプテ」
笠井の注意は到底間に合わなかった。
「三上ーっ!」
なんとなく、ドラマチックに駆け寄る渋沢に、しかし、次の瞬間衝撃が走る。
「あー、渋沢。たっだいまー」
のんきに手を振る三上は。
ぽてぽて走るトカゲの背中に揺られていた。
まあトカゲなので、しょろろろろっと進んではぴたりと止まる、例の歩調なのがなんとなくご愛嬌。
ぷっと、ギャラリーの中から笑い声が零れる。
三上が、トカゲに何事かひそひそとささやき、トカゲはちょろりんと渋沢に歩み寄った。
凍りつく空気。(渋沢のみ)
「×××××ーーーーーーっっっっ!!!」
なにごとか、日本語とも思えない、無粋な男の悲鳴が松葉寮全域に響き渡る。
「あっ!」
トカゲが、渋沢の声に仰天し、とっとと来た道を駆け戻り始めてしまった。
焦ったのは今まさに降りようとして体勢を崩していた三上だ。
「と、止まれ、待て、オパール!」
そうでなくても安定の悪いトカゲの背中で、全力疾走されては振り落とされないようにしがみ付くしかない。
ちょろろろろろっとトカゲはどんどん走り去っていってしまう。
「渋沢っ!!バカ、助けろ!!」
ムチャなことを、叫びながら遠くなっていく三上。
がちょーん。
助けろって言われても。
いくら愛する愛する愛する(かなり続く)三上のためとはいえ、トカゲからどうやって助ければ。
渋沢は、真っ白になったままとりあえずよたよたと立ち上がり(つまりとっくに腰を抜かしていた)、後を追い始めた。
追い始めたって言ったところでトカゲなんだから、すぐに追いつく。
追いつくんだけど。
ど、どうすれば(涙)
「み、三上・・・(泣)」
三上は、ぴょこぴょこと安定の悪いトカゲに必死でつかまりながら、怒鳴った。
「止めろよ!てめえがでけえ声出すから、オパールがびっくりしてんだよ!」
「オパールって・・・(泣)」
言われても。
触れないから手を出すに出せないし。
ああ、ああ、ああ、でも、三上を助けるために。
三上を、三上をこの手で助けるためにーっ!!
渋沢は、あふれる涙を片手で拭い、渾身の勇気をすべて振り絞って。
震える手をのばし、トカゲをむんずとつかんだ。

「てめえ、止めんだったら目ぇあけて止めろ!!」

三上はこぼれて、つかんでいたのはトカゲだけだった。




「オパールが、こんなところまで遠出するなんて・・・・・」
間宮は、不思議そうに首をひねりながらトカゲを引き取っていった。
「エメロードとディアマンテにもよろしくなー」
三上が手を振ると、オパールはちょいとしっぽを振って見せていた。
気絶した渋沢は、辰巳と近藤が重いとぶつぶつ言いながら運んでくれた。
藤代は、渋沢の代わりに三上を頭にのせて大喜びだったので、とりあえずよし。
そんなこんなで、やっぱり今日も、松葉寮にはいろいろな困難が渦巻いている。
ことほどさように、小さい三上の日常は波乱万丈なんである。





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