渋沢くんの恋人



 おとぎ話みたいな結末だったのに、今度はそのおとぎ話のウイルスは隣のベッドに感染して、さらに発病しているらしい。
 元の大きさに戻った渋沢が起きあがって見たものは、枕に埋まって眠っている三上だった。
 いや、枕に埋まるのは別段おかしいことじゃない。枕と枕に巻いてあるタオルの間にはまりこんで寝ているからおかしいのだ。抱き枕を使用しているわけではないし、やたらでかいわけでもない枕に埋まっているのは小さいからじゃないのか。
 「ファンタジーだな…」
 側まで行って布団をめくってみれば、あるはずの身体はどこにもない。そっとタオルと枕をかきわけたら、ちんまりとてのひらサイズに縮まった彼が何も知らずに眠っていた。
 渋沢はまじまじとその姿を見て、視界がぐるっと大きく回ったような気がした。寝起きのはっきりしない頭だったから、さっきは冷静にも「ファンタジー」とかつぶやけたのだろうが、ある意味はっきりとして、別の意味では使い物になってない頭のなかに駆けめぐったコメントは、絶対に口にはできない。
 怒られるというより叱られるというより、多分、萎えられる。
 とりあえず、起こそう。
 ベッドの脇に膝をついて、肘を固定してから、指先に神経を集中してそっと小さな肩をつついた。
 「三上、」
 力の入れ方がわからない相手を起こすのがこんなにも気を使うものだったなんて、はじめて知った事実だ。うっかりつかんだりしたら、骨折のひとつもさせてしまいそうで、渋沢は息を詰めて、プラモデルを作るときに細かいカラーリングに神経とがらせたときよりもずっと緊張して、なおも三上の肩をつつき続けた。
 そのうち、眠たそうに寝返りをうって、渋沢の指をはらいのけようとしながら、ぼんやりと薄目が開いた。
 怪我をさせないように緊張しているのか、小さくなったというだけでえらいな風情になってしまっている姿にあがっているのか、ステータスは混乱の域に達しているような気がしてきた。
 「起きたか?」
 「……おまえ、顔デカイ…」
 目を覚ましたなりの言葉は状況を把握していなくて何よりだった。
 困ったように笑う渋沢をしばらくぼうっと眺めた後、事態の詳細を認識するまでには少しの時間を要した。



 ベッドを直してから、ジャージのポケットに三上をしまいこんでから、こそこそと洗面所に行く。今日は日曜日で練習もないし、外出している寮生が多いから、多分そんなに人に会うこともないだろう。
 いつもよりかは少ない洗面所で、二人は困って顔を見合わせた。
 「溺れるだろうな」
 「というより、流されそう」
 とりあえず、バランスが悪くて仕方がないのだが、渋沢のてのひらの上から顔を洗うべく、巨大な石鹸に両手をぺったり押し当てて、泡立てる。見えないように自分の背中で隠してもらいながら、渋沢のてのひらの上で顔を洗って、でかいタオルに場所を移してもらう。
 持ち上げて拭いたりできないから、転がるみたいにしなくちゃならないのは結構恥ずかしい。
 「……見てんなよ」
 「いや…つい、おもしろくて」
 「…………」
 おもしろくてじゃないだろう!と思ったが、ここで逆らってもどうにもならないところが三上の口をつぐませた。
 とりあえず、渋沢以外に見つかるのは得策じゃない。
 「じゃあ、行くぞ」
 タオルにくるまったまま、部屋に連れて行かれる。もう一度ポケットに入ってもいいのだが、つぶしてしまいそうで渋沢が嫌がった。
 
 
 そうして、部屋に戻ってしっかり扉に鍵をかけて、机の上に三上をおろしてから自分も椅子に腰掛けて、お互いに思い切りため息をついた。
 とりあえず、身の丈が十センチ程度、腕も脚も普通に動くし、服もうまいこと一緒に縮まってくれたらしい。靴下をはいて寝てたので、ちいさな足には靴下もミニマムになってくっついていた。
 机の上はきれいに片づけられ、立てかけていた本も全部しまい込んだ。倒れてきたら危ないし、どんなものが障害物になるのかわからないくらいに、今の三上は小さいからだ。
 「……思ったよりも大丈夫そうか?」
 もっと取り乱して、ともすればひっくり返るんじゃないかと心配していた渋沢は、低く抑えた声で尋ねる。
 どうも普通の声で話すのが憚られるのは何故だろう。
 「ちいせえもんはちいせえんだから仕方ないだろ。気絶できるもんならしてえよ」
 小さくなっても勢いは変わらなくて少しほっとする。
 「それにしても、何で小さくなったんだろうな」
 「おまえから感染ったんだろ」
 昨夜キスなんかしやがるからだ。絶対そうだ、おまえのせいだ。びしっと指さして責め立てる三上に、渋沢はくらっとよろめいた。
 口元を押さえて急にうつむいたから、うっかり文句を言っていたのも忘れて、「渋沢?」とうかがうことになる。
 「何でもない、何でもない。大丈夫」
 「…そうかよ…?」
 小さきものをかわいがる趣味が自分にあったとは意外だった。渋沢は三上の仕草のいちいちのかわいらしさに、くらくらしていたわけなんだが、そんなこと言った日にはまず怒るだろうとすんででこらえたのだ。
 それでなくても感染経路とか言われてるのに。
 「今日はどうする?」
 机の上にいつまでも立っているのにも疲れたのか、さっさと消しゴムを背もたれに座り込んでいた三上に尋ねる。
 「どうするって……それを俺に聞くか?」
 げんなりとした顔をしてみせる三上に、渋沢がはっとする。
 「すまん」
 「別にーおまえがーどこに行こうと勝手だけどー俺はー部屋に閉じこもってるしかねえんじゃねえのー?」
 歌うように嫌み満載。まずい質問をしてしまったと、ちょっと我が身を責めつつ、渋沢は小さい三上を前にすみませんと謝る。
 もっと取り乱してぶち切れてすごいことになるんじゃないかと思っていたのだが、案外落ち着いているように見える。
 「とりあえず…メシでも取ってくるよ」
 「どうやって食うんだよ」
 「食べさせてやるよ」
 あっさりした言いぐさに、思わず黙り込んだ。多分、何の気なしなんだろうけれど、いささかいかがわしい気持ちになる。
 「おまかせします」
 それまで寝てる。
 辺りを見回して、置いてあったタオルを広げると中に潜り込んでいった。
 「三上……?」
 「逃避する。メシ持ってきたら起こして」
 顔だけちょっと出すとそれだけ言って、タオルの中にうずまって寝に入ってしまった。
 


 それって、はっきり言って起こすなってことじゃないのかな?




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