渋沢くんの恋人 すぺしゃる



 「桜上水の佐藤もちっちゃくなってたんですよ」
 俺、触らせてもらっちゃったんですけど。
 語尾に鼻歌、頭に花、花つくしの藤代が寮に戻ってきたなりの発言に、渋沢が動揺した。
 「も?」
 「三上先輩と同じくらいのサイズでしたよ。身の丈十センチくらいで」
 「じゅっせんち?」
 「かわいかったですねえ」
 微妙に話が噛み合っていないのは置いておくとして、藤代の発言には重要な情報が満載だったと言ってもいい。
 小さい佐藤。
 身の丈十センチの佐藤。
 「………詳しい話を聞かせてもらおうか」
 ずいっと藤代に迫る渋沢の顔は真剣だった。




 胸ポケットにおさめた三上とひそひそ声で話しながら、渋沢は桜上水中へと向かう。正しくは、不破の家ということになるんだが、電話で連絡を取ったときに、「そちらに小さい佐藤がいると聞いたのだが」と話し出してしまい、受話器に一緒に耳を寄せていた三上にしこたまキックを頂戴してしまった。
 小さくなっていても、その脚力は健在で、耳元を蹴飛ばされたおかげで、しばらく耳鳴りがした。
 幸いにも、そういうデリカシーのなさは不破の気にさわらなかったようで、案外簡単に了解してもらえてよかったと思う。そう、ミニマムな人同士のご対面である。
 「…何か…おまえの歩き方って酔いそう」
 「え?!」
 口元を押さえて、三上が複雑な顔をしていた。
 洋服はついこの間、渋沢がスーパードールリカのボーイフレンドの衣装を分解して型紙を取り、正しく三上サイズにお直しして作ってあげたものだ。ちまちまとその衣装作りに耽溺していた様は、また別の話として、松葉寮に来てもらうには、いささかギャラリーが多すぎるために、こうして渋沢と三上が向こうの家に出向くことになったのだが。
 「大丈夫か?」
 「多分…緊張してるだけだと思う」
 「医者には見せられないんだ。こらえてくれ」
 緊張故の胃痛みたいなものだろう。
 だって、あの佐藤が小さいわけで、更に不破が面倒を見ているらしいという情報はかなり二人に衝撃を与えた。
 「わかってるから静かに歩けよ」
 言われるがままにそろそろと歩く渋沢の姿は、いささかおかしかったが、本人はそんなことよりも小さな三上優先で頭がいっぱいだった。





 ちなみに、緊張しながらたどり着いた不破の自宅は、前衛的なデザインで、たいへんよく目立っていた。
 呼び鈴の後、ドアが開いて、不破とその胸ポケットに佐藤が出迎えてくれる。自分以外のそのサイズの人というのは、それこそ、最初のときの渋沢しか見たことがない三上としては、何とも言えない気分になって、思わず顔をしかめた。
 「まあ、上がれ」
 不破が身体を引いて招く。
 通された彼の部屋で、机の上には二人のちっちゃな人、その前にはでっかい人が二人、鎮座ましましていた。
 「週末だけ縮むのか?」
 「今は少し日が延びているが、大体の処は」
 「こっちは一日中だし、俺も一度は縮んだんだが」
 「そうなのか?」
 情報交換をしながら、時折、心配げに見やる渋沢の目には、お見合い状態の三上と佐藤が映る。
 「何で三上が縮まったん?」
 当然至極、尋ねられると思った質問だったが、ボンと赤くなった三上と気まずそうに視線を逸らした渋沢で、佐藤は「感染経路っちゅうわけやね」と笑って、更にいたたまれない思いに二人を突き落としてくれた。
 小さいというのに、余裕綽々で少しだけ尊敬してみたりした。どちらかといえば、こっちの方が動揺したまま、おろおろと過ごしているように思える。
 そのままその通り伝えれば、
 「考えてもしゃーないやろ」
 とあっさりしたもので、少し見習おうかなと殊勝にも考えたくらいだった。


 結局、何の解決も見ないまま、帰ることになったのだが、お互いにわからないことだらけなんだから、それもまた仕方がないだろうと思うわけで。
 「ところで、佐藤」
 玄関先、三上はポケットにしっかりとおさまり、渋沢は持ってきた紙袋を不破に手渡した。
 「俺が作った服なんだ。どうも、不破は不器用みたいだから、お礼にも何にもならないけど」
 よければ着てくれ。
 ポケットのなかの三上は、その言葉にびっくりした。まめまめしいとは思っていたが、人さまのところの十センチサイズの服まで作っておくとは。作ってる姿は見ていたが、デザイン的に、自分のではなさそうだとあたりをつけていたので、すっかり忘れていた。
 「おおきに……」
 不破の肩の上に乗っかっていた佐藤が、いささか引き気味に礼を言った。その微妙な表情に、三上は同情する。男の手製の服を着用しなくちゃならない口惜しさは、この場合、佐藤と三上にしか分かち合えない。
 「うちの藤代が触らせてくれてありがとうと言っていた。今度は断っていいから」
 あいつ、図に乗るし。
 渋沢の言葉には不破が何とも言えない複雑な顔で返した。どうやら、波紋を投げかけるような触り方をしてきたらしい。
 やっぱり、あいつには触らせないようにしよう。微笑む顔の裏で、実のところしたたかな渋沢だった。





 寮に戻った二人は、部屋でほっと一息ついた。
 やっぱり、いくら胸ポケットに入れているとはいえ、外出するのはなかなか気を使うことが多くてしんどい。
 「週末だけか……」
 ぼそりとつぶやいた三上の声は、静かな部屋の中では案外大きく響いた。机の上は小さくなって以来、几帳面に片づけられている。靴下をはいていると転びやすいことがわかってからは、三上はほとんど裸足で歩き回るので、傷つけられるようなものがないように、注意深く整理されているのだ。
 消しゴムによりかかってへたれている三上に、渋沢が顔を近づけてくる。
 「小さくなったサッカーボール、もらってきてあるが…」
 佐藤がくれたんだ。
 渋沢の大きな手のひらから、ミニマムな三上にぴったりなサイズのサッカーボールが転がってくる。
 「いつのまに?」
 素早さに呆れて聞けば、不破の部屋には三つくらいこのサイズのサッカーボールがあって、まじまじと眺めていた渋沢に気がついた佐藤が蹴り出してくれたものらしい。小さくなるのがボールを持ってるタイミングであったようで、いくつもあっても仕方がないから、そっちでも使えば?と。
 「洋服を作っていって正解だったなー」
 「……ジェニーのを?」
 「言わなかったらジェニーとはわからないぞ」
 「でも、ジェニーだぞ」
 「おまえのもリカだけど」
 「もういい……ボール、ありがと」
 ボールを抱えて、もう一度消しゴムにもたれかかる。外出は疲れた。寮の中だけなら、もうほとんどにちっちゃいことはばれてるし、さほど気を使わないでも大丈夫なんだが、ことに外は疲れた。
 「三上」
 あんまり顔を近づけるとデカくて怖いと怒って以来、渋沢が三上を呼ぶときは、少し離れたところから呼ぶ。たいへん、そっくりかえったえらそうな態度で振り仰げば、ウェットティッシュを差し出された。
 「外から帰ってきたら、顔と手を洗いましょう」
 一回分くらいの大きさに細かく切られたそれをまじまじと眺めて、三上は肩を落とした。
 まめまめしい男なんか嫌いだ。
 「はいはい……」
 手と顔とついでに素足も拭って、それから、三上はなんの気なしに、渋沢の顔を見上げて尋ねた。
 「そういえばさ、何で俺のはリカであいつのはジェニーなんだよ?」
 洋服の傾向がそんなに違うとも思えないんだが。単純な質問のつもりだったが、ちょっとした墓穴につながったのは言うまでもない。
 「ジェニーが金髪だからだけど」
 ジェニーの方がよかったか?
 今度一緒に見に行こうか、と嬉しそうに話しかけられて、ますます脱力する羽目になった三上だった。
 「あ、ボールをしまっておく巾着袋は作ってあるんだ、大きさを確かめてみてくれ」
 古のスーパーボールでも入りそうな簡単に縫われた巾着だったが、三上はもっと萎えた。一体、いつのまにそんなものを作ったんだろう。
 泣きそうな顔で見上げれば、渋沢は何をカンチガイしたのか、
 「柄、気に入らないか?」
なんて聞いてきた。
 「いつ、作ったんだ、コレ」
 「遊びに行ったらミニサイズのボールをくれると聞いていたから、前もって作ってたんだ。佐藤にもあげてるよ?」
 まさか三つもあるとは思わなくて、どれかは手作りかもしれないと真剣に検分して、佐藤に呆れられたことは三上には秘密だ。
 「そっちの旦那と違て、うちのはぶきっちょやさかいな」
 全部ホンモノやで。と笑って軽く蹴り出してきた。
 その「旦那」という単語を思い出して、ついうっかり口元が緩みそうになって、三上の胡乱なまなざしを受けた。
 「お揃いで靴入れも作ろうか」
 ああそう。



 とりあえず、服のお話はまた今度。





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