渋沢くんの恋人 その3



 渋沢はずいぶん長いこと考えこんでいた。 その真剣すぎるくらいの横顔を、隣りの机の上から眺めていた三上は、聞こえないように小さなため息をつく。 一体、何に対してそこまで真剣に挑んでいるのかは、わかっているだけに追求したくない。 かといって、ここで、それをやめろと言えない自分の不甲斐なさには目をつぶりたい。
  言っても無駄だし。
 最近、実家から小型のミシンを持ってきたあたり、かなりやる気満々で気に入らないのだ。 前から手縫いでいろいろと、いろいろとお作りあそばしてくださったものだが、ミシンなんか持ちこんで、何だか嫌な予感がする。

 「何、難しい顔してんだよ」
 「いや……」
 器用そうにはとても見えない手が、ハギレと型紙を組み合わせているのが視界に入って、三上はくらくらとめぐる視界の揺れを抑えるためにこめかみに指を押し当てた。
 こんなことになるとわかっていたはずだ。わかっていたはず…。
 わかっていても、ため息ばかりは我慢できない。
 はあっと大きく息を吐き出したのと、「よし」と小さくも気合いの入った声が聞こえたのはほとんど同時だった。
 そして、三上のため息に気がついた渋沢が、ふと顔を向けてくる。
 「どうかしたのか?」
 「何でもねえよ」
 机の上にはソファらしきものがあって、三上はそれにぐったりと持たれかかっているのだが、このソファらしきブツ、渋沢のお手製だ。女が化粧に使うパフとかスポンジを買いこんできて、器用に作り上げた。固さといいサイズといい、ちょうどいいのだが、こんなものをあの男が熱心に買いに行ったのかと想像しただけで、気絶しそうになったことは秘密だ。
 どうしてこんなにてらいがないんだろう。
 ソファになついたまま、ふと下の方についている黒いものに気がついた。この渋沢手作りソファが三上の机にやってきてから、かれこれ三日になるが、はじめて知った部分だ。
 同時に、嫌な想像もしてみたりした。というか、これって。
 「おい」
 三上に呼ばれて、ハギレと型紙をそのままに渋沢が机の前までやってくる。少し離れた位置から、腰を屈めて覗きこむようにすれば、三上がちゃいちゃいと手招くのにもう少しだけ近づいた。
 「この黒いの、何」
 「黒いの?」
 「この底んとこについてるヤツ」
 三上の小さな手と指がさすところを見て、渋沢は「ああ」と合点のいったような顔をした。
 「すべり止めだよ。机の上に、スポンジとパフだけだと滑るから」
 「……すべり止め…」
 「素材はビューラーの代えのラバーなんだけどさ。サイズがいろいろあるから、かなりいろいろ試してみたんだけど、大丈夫そうでよかった」
 にっこり自慢顔で説明された単語に、今度こそ三上はソファにしっかりとなついた。
 びゅーらー。
 聞きたくなかったかもしれない。いや、知ってる自分もどうかと思うが、それでも、この男がにこやかに「ビューラー」とか言ってしまったことによる衝撃よりは全然ましだ。
 「……何か、やたらと…化粧道具に詳しいような物言いだな」
 「ドラッグストア、通い詰めたからね」
 何がそんなにあいつを誇らしげにさせているんだろう。
 三上がずきずきと痛む頭をかかえて、小さな肩を落とした。ビューラーとかドラッグストアに通い詰めたとか…聞きたくない単語ばかり羅列しやがって。ここで何でだとか、どうしてそんなところにだとか、聞いたりしようものなら、この頭痛がもっとひどくなるに違いない。
 まめまめしさはときにいやがらせに近いと、こっそりつぶやいた言葉は渋沢の耳には入らなかった。



 

 それからしばらくして、前に机の前に並べて、うなっていたハギレと型紙が実体になって三上の前にお出ましになった。
 「これは何ですか」
 「ソファのカバーのつもりだけど」
 化粧のパフとスポンジで作っただけじゃ飽きたらず、ソファカバーまでお作りになったご様子で、今度こそ思いきり、景気よく、三上はため息をついた。
 「はいはい…」
 疲れながら渋沢が指差すところのそのセットを見て、実は少し動揺した。同じようなソファのセットまでついているのだ。三上の机の上は、さながらリカちゃんハウスの様子を呈してきて、だんだん渋沢がマズイ趣味の奴なんじゃないかと、他の奴らが疑いつつある。それを身にしみて知っている三上は、しばらく呆然とそのセットを見やった後、めずらしく机の上に身体を乗り出している渋沢のちょうどいいところにあった髪の毛を引っ張った。
 少し顔をしかめて(痛かったようだ)、振り向く渋沢におそるおそる尋ねる。
 「もうひとつ作ったのか、ソファ」
 「佐藤のところに差し入れするんだよ」
 今日宅急便で送るんだ。最終チェックしようと思ってさ。
 のんびり言ってのける口調は、何というかもう親近感というか、馴染みというか、そんなわけのわからない共同体的な感情をすっかり芽生えさせていること請け合いだった。
 多分、あのキンパツはこんなのを喜ばない。
 「…あんまり、物品をあれこれ送るのはどうかと思うぜ?」
 一応、これでもこいつに関しては責任を持たなくちゃならない立場としては、三上もそれなりに注意のひとつもしておかないといけない。そんな義務感にかられて、たしなめてみたのだが、こんなふうに何かに一直線なときの渋沢は手がつけられないのだ。
 緩衝材を詰めるから大丈夫とかいうとんちんかんなお答えを頂戴してしまって、すっかり萎えてしまった三上はそのままソファでふて寝を決めこむことにしたのだ。
 そう、ふて寝。



 一方、渋沢はといえば。
 このハンドメイドファニチャーのプレゼント作戦の、本当の狙いはといえば、「藤代の関心は佐藤にお任せします」というちゃっかりした心情が隠れているわけなのだが、そんなことはとりあえず誰も知らないのだ。



 マメすぎても嫌われるかもしれないよ?






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