渋沢くんの恋人 その4






 嫌なものを発見してしまった。
 小さくなってからこっち、いろいろとめざとくなったのは結構なのだが、目ざとすぎてげんなりすることもある。今回は、近日稀に見る脱力させられっぷりで、はっきりいってこの場に本人がいたら、サッカーで鍛えた渾身のキックをぶちかましてしまいそうだ。パワーは通常の何十分の一かもしれないが、やらないよりまし。
 そう、やらないよりマシだ。


 「み、三上……っ!」
 扉が開く音と一緒に、動揺した声が降ってきた。でかい図体で勢いよく机のところに来られると、まじでびびるのだが、ここはそんな態度をおくびにも出せない重要なポイントだ。
 「おう」
 「…………そ、それ」
 「俺、小さいからあちこちもぐりこめんだよ。なーに隠していやがんのかと思ってたら、何だよ、これは!!」
 小さくなってからの三上は短気だ。
 渋沢はすさまじい勢いでまくしたてられ、思わずぺこぺこ謝りながら、焦りとは裏腹ののんびりした頭で考える。
 さっき、入口から机まで走ったとき、とてもびっくりされた。どちらかといえば、あれはびっくりしていたというよりも、こわがられていたんじゃないだろうか。確かに、今、三上との体格差は183センチ対10センチ少々。約20倍の生き物に走ってこられたら、いくら知っている人間であっても、おそろしいだろう。自分の20倍、183センチの20倍といえば、360メートル……そんな計算を頭のなかで繰り広げて、渋沢は思わず吹き出してしまった。
 しかも、それは怒っている三上の目の前で。
 気まずい空気が流れた。
 「てめえ、渋沢…」
 「おまえを笑ったんじゃないよ」
 「俺を笑ったんだったら、寝てる間に耳ン中どうにかしてやる」
 沸点が低いわけでもないが、苛々しているのも手伝って、非常に気が立っている三上に、もう一度謝る。
 「…三上から見ると、俺は20倍だろう?俺の20倍っていえば360メートルだなあと思ったらおかしくてさ」
 説明していくうちに、目の前の小さな三上がみるみるうちにげんなりとしてくるのが見て取れた。小さくなっても気概は変わらないせいで、妙にかわいらしく見えてどうしようもないのだが、げんなりされてもまた小さいだけにかわいく見える。
 複雑な気持ちの流れに、何とも言えず苦笑いした。
 「別にいいけどさ…それより、これ、何」
 うんざりしながら、そのまま流されそうになって、自分の怒りの出所を思い出す。怒りの後に脱力して、そこまでフル回転すると、結構何もかもどうでもよくなってしまうのがセオリーなのだが、今回はちょっとふんばってみた。
 怒りを持続させるのは難しい。相手が渋沢なら尚のことだ。
 「……え、家具」
 指差した先にあるものを見やって、渋沢がのんびりと答える。
 「誰の」
 「おまえの」
 「………いつ!俺が!こんなのを!作ってくれなんて言ったよ!」
 「言ってない。俺の趣味」
 「いい加減にしろ!!」
 ついに強力なキックが渋沢の頬に炸裂した。助走をつけて、思いきり蹴飛ばされると、さすがにこれだけ体格差があったとしても、かなり効く。
 頬を押さえながらうめく姿に、大きく肩で息をついた。
 「何を元にサイズはかったんだか知らないけどな、ベッドならともかく、タンスとか作ってんじゃねえよ」
 今回の渋沢ハンドメイドは洋服ダンスとロッキングチェアだったのだ。タンスについては、ちまちまと三上の服を作っていたせいで、しまうところがなくなったというのも理由のひとつで、椅子については、消しゴムやらペットボトルの蓋やら、工作のソファでは物足りなくなったというか、どこまで自分の腕が上がったかどうか試したかったというのが本当のところらしい。
 「サイズは三上ではかったんだよ」
 ほっぺたをおさまえながら、ちょっと自慢そうに言われて、実際、言われた意味をちゃんと把握するまで、すごく時間がかかった。
 「なんですと?」
 声がひっくり返らなかった自分をほめてあげよう。
 「……一体、いつ、はかったんだ?」
 「寝てるとき」
 「どうやって」
 「言っておくけど、脱がせたり触ったりはそんなにしてないからな?」
 生真面目な顔をして、きりっと抜かしこいたから、思わず反射で回し蹴りをぶちかましてしまった。しかも、渋沢はまず避けないから、ばっちり決まってしまうのだ。さっきと同じように、「あたた」とか言いながら、ほっぺた押さえて顔をしかめながら、
 「三角定規ではかりました」
 と告白する。
 三角定規で木材の寸法を取ったというのならわかるが、何をどうしてはかったんだかわからず、怪訝そうに首を傾げると、ほっぺたを少し赤く腫らした渋沢が机の引出しから、三角定規二つを取り出してきた。 
 二等辺三角形と正三角形。数学の時間に使うごく普通の三角定規だ。それを、彼は二つ、きっちり直角になるように組み合わせてL字型を作ると、それを三上に見せてくれた。
 「この間、やったじゃないか、授業で。これは使えるって思って試したんだよ」
 「………で、いつ?」
 「寝てるとき」
 何か、もうほんとにどうでもよくなってきた。
 つまり、この男、夜中にごそごそと起き出して、三角定規二つ重ねて、寝ている三上で寸法を取って、タンスなんか作ってみたりしていたわけだ。部活の合間に。
 「洋服も悪くないんだけど、俺はやっぱりこういう方が楽しいよ。今度、美術の時間にテラコッタやるから、そのとき、食器も作ってみようと思うんだ」
 おまえの粘土細工の食器でメシ食えってか!と、できることならツッコミたかった三上だが、ここで興奮してもヤツにはちっともこたえない。嫌がっても、怒っても、逆上しても、結局のところ、好きなように作るし、好きなようにお披露目するのだ。
 温厚そうで、何でもできそうなフリして、腹黒くて人の話を聞かないところがこんなふうに発揮されるとは思わなかった。

 その前に大きくなってやる。

 それはちょっとした三上の誓いだ。
 病は気からというから、ここは一発、気合で。
 ちょうど都合よく目の前にあったゆらゆらと揺れるロッキングチェアにすがるようにして、三上は全身で脱力しながら、マメでマニアな男なんて最低だと、ひっそり心の中で罵った。
 気合でサイズをどうにかできると考えているあたり、彼も立派に体育会系、渋沢にやや毒されているのではないかと疑われるところだ。




 完成したファニチャーセットのお披露目のとき、誰もが渋沢の腕前に感心して、褒めちぎって大変だったが、若干一名、痛ましそうに三上を見やって、「お疲れ」と声をかけてくれたところがまたむかついて、同情してくれた当人にまで衰えを見せないキックをかまして、ヤツあたりをしたことは、あとあとちょっとだけ後悔した。
 小さくなってからこっち、どうも我慢強さとか忍耐とかそういったものとは、縁遠くなってゆくような気がしてしようがない。特に、同じ部屋にいるとてつもなくでかい男が、うきうきと夜なべして机に向かっているときが、いちばん腹ただしいことこの上ない。
 洋服よりはマシかと思って黙ってはいるが、どこまで作ろうと思っているのか様子見といったところだ。

 ゆらゆらと揺れるロッキングチェアには、手製のクッションなどを敷いて、座り心地は問題なく、目線が上がるから何かと便利なので、活用させていただいている。
 ちなみに、クッションまでも用意している周到さに、ますます三上がうんざりした顔つきで渋沢をねめつけたことは言うまでもない。





          =Fin=





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