1.渋沢克朗。
渋沢君は早起きだ。毎朝だいたい目覚ましの鳴る3分前には起きる。
彼とても若い身空、ホントはまだまだ寝ていたいところだけれど、しかし渋沢君は見栄と体裁の人でもある。
「あのご立派なキャプテンが寝坊を・・・」などとは誰にも死んでも言わせたくないのである。
そして今日も今日とて必死こいて早起きをするのである。
起きた時には時計が鳴る直前と言うのが渋沢君の密かなる満足だ。
うまく直前に起きて止められたら誰にともなくえっへんと威張ってしまう彼だった。
が、もちろんそんな事は誰も知らないし、渋沢君のルームメイトの彼もあまり寝起きが良くないのでおそらく知らないだろう。
さて、渋沢君は歯磨きにめちゃめちゃ時間がかかる。これは子供の頃からの習慣というやつで、じっくり歯を磨きながら目を覚ますのである。
おかげで歯並びと白さには自信がある。芸能人にだって負けないだろう。
時間がかかるので、混まない内にさっさと洗面所に行ってしまう。
おそらく寮内で一番早起きなので、のんびりしていてもいつも人がくる前には歯磨きも洗顔も終わってしまう。
余裕が無いのはいやなのだ。
鳴る前の目覚ましのベルを切って、しばらくベッドに転がったまま体をひねってみる。
軽くぱきんと背骨が鳴る。一つ、深呼吸してえいやっと起き上がった。
洗面セットとタオルを取り出すとちらりともう一つのベッドに目をやる。
ベッドの上にはくしゃくしゃに丸まっている人物が一人。
一瞬、なんだかなんとも微笑ましい気分になって口元が笑った形になってしまう。
でもまあ別に、まだ早い時間だし。
夜更かしをしたのであろうルームメイトを起こさないようにそっと廊下に出る渋沢君だった。 ぱたん。
2.辰巳良平。
辰巳君はマイペースな少年だ。
朝だってマイペース、たいてい別に早すぎもせず、遅すぎもしない時間に起きる。
目覚めは悪くないので目覚ましはそうそう労働しないですむ。
彼のルームメイトもまた、目覚めはそう悪くない。辰巳君の目覚ましでいっしょに起きてしまう。
2人はしばらくボーッとしてベッドの上でごろごろして目を覚まし、その後辰巳君はおもむろに洗面所へ向かう。
辰巳くんのルームメイト、近藤君は先に着替えを始めてしまう。生活リズムの些細な差が出る。
帰ってきたら辰巳君が着替え、近藤君が洗面所に向かう。
大した差でもなく、2人とも気に留めるほどでもない。考えた事も無いくらいの、無意識のリズムだ。
辰巳君が洗面所に来るとたいてい渋沢君と出会う。
渋沢君はその頃身繕いを終えてもう部屋に帰る時が多い。
多少来る時間が前後してもたいてい渋沢君に出会う。いったいホントは彼が何時ごろにここに来ているのか密かに気になっている辰巳君だ。
今日もやっぱり渋沢くんがいた。
「おいうぅーっす」(←体育会系のアレ)
「おう、はやいな」
なんとなく体育会系くさい挨拶が交わされ(まあ体育会系だからしようがないんだけど)辰巳くんはキャプテンの隣に並んだ。
渋沢くんは既にタオルで顔を拭いていて、多分もう帰るところというカンジ。
「んじゃな。また後で」
サワヤカに笑って立ち去るキャプテンに一礼し、辰巳くんは歯ブラシをくわえた。
3.笠井竹巳。
笠井君はあまり朝が得意ではない。
家にいた頃はずっとお母さんに起こしてもらっていた。
だからと言う訳ではないが、早起きするのはまあ、得意、ではなかった。
が、彼は寮に入ってから誰を頼る事も出来なくなっていた。
笠井君のルームメイトは笠井君よりもかーなーりー、朝に弱かった。それはもう、すこぶるつきで弱かった。
ルームメイトを頼れない以上、自分で何とかするしかない。
いや、目を覚ます事は出来る。問題はその後、起き上がる事が出来ないのだ。
うだうだしている内に二度寝してしまった事もある。
そこで笠井君はある目安を設けた。
彼の部屋のまだ少し奥には、尊敬するキャプテンの部屋がある。
渋沢キャプテンは毎朝早い。キャプテンが一度目に通る時、つまり洗面所に行く時の足音は、実は笠井君は耳にした事が無い。
しかし帰ってくる足音は、何度か聞いている。
きちんと目覚ましで起きられたら、意識さえあれば聞こえる時間に大体キャプテンは通っている。(具体的に言うと大体いつも6時半から7時には
キャプテンは部屋に帰っていく)
キャプテンが洗面所から帰ってくる足音が部屋の前を通りすぎたらあらゆる未練を断ちきって起き上がる。
それを決めてから、笠井君の寝過ごしは格段に減った。
今日も部屋の前をキャプテンの足音が通りすぎる。
キシ、キシ、キシ、と静かに足音が横切っていくのを耳を澄ませて聞きながら、起き上がるために腹筋に力を入れてみる。
寝起きのせいで力が入りきらず少し横に転がりながらもなんとかベッドから降りて、カーテンを開け、窓を開ける。
タオルと歯磨きセットと石鹸をそろえ、一応ルームメイトをゆすってみる。
「藤代ー。藤代ー。一応言っとくけど7時だぞー」
まあ無駄だろうけど、と思っているので投げやりな感じだ。
果たして藤代君はピクとも起きる様子はなく、普通に、ナチュラルに、本気でただ眠っている。
まぁ、まだ早いと言えば早いし、いっか。
そして笠井君も洗面所に向かう。
4.三上亮。
三上君は宵っ張りだ。インターネットなどと言うものを趣味に持つからそうなるんだ。
渋沢君などは普通の人なので普通の時間に寝てしまうので、なるべくじゃましないように夜は小さなスタンドライトで遠慮しいしい夜更かしをする。
おかげで朝がいつも寝足りない。
でもインターネットにはまる前から朝には弱かったので、低血圧かなんかかもしれない。
寮生活のはじめの頃なんか、目覚ましを5つも枕元に並べていた。
それを初めて見てしまった時、渋沢君なんか、冗談だとばかりに思ってしまっていた。
「うるさかったらごめんな」
初対面から1日過ぎた程度の彼はそう言って、挑戦的(に見える)なカンジの笑顔を見せた。
「全部鳴ったら、そりゃうるさいだろうけどな」と、負けずににやりと笑い返してやった。
まさか全部鳴る訳はないだろうし、1個や2個くらいならまあガマンできない事も無い。
冗談でないと気がついたのは当然早速翌朝だった。
渋沢君が着替え始めた頃に鳴り出した目覚ましは5分おきに増えていき、しかしどうなるんだろうと思ってあえて
黙って見守っている内にその全部が鳴り出してしまった。
5個目が鳴り出して更に5分が経過した頃、三上君はのーっと幽霊みたいに起き出して、5個全部を止めてまた寝てしまった。
だめだこりゃ。
それ以来、渋沢君は三上君の6個目の目覚まし時計になった。
今では2個目から5個目の目覚ましは御役御免で、1個目は渋沢君が使っている訳だから、唯一の、かもしれない。
今日も洗面所から帰ってきた渋沢君は、まず着替えを済ませ、カーテンを開け、窓を開け、三上君のベッドの横に立った。
さて、今日はどうやって起こしてやろうか。
しばらくあごに手を当てて考え込んで、それからひとつうなずくと、渋沢君は三上君に手をかけた。
「三上。そろそろ起きろよ」
「・・・・・ーーー・・・・」
三上君が何か声にならないうめき声などを立てる。
「起きないなら・・・・」
にや。
実はいつもこの後こそが密かに渋沢君の毎朝のお楽しみだ。
せーの。
心の中で声を掛けて。
どさ。
「!ぐえええ・・・・・・!」
本日はジャンピングボディプレス、炸裂。
3年目ともなると、だんだん過激になってくる。
って言うか、これじゃそのうち三上君は起きられなくなるかもしれないぞ。
5.藤代誠二。
藤代君は寝ている。
そりゃもう、普通に、ナチュラルに、本気で、本っ気で寝ている。
笠井君が洗面所から帰ってきた時、まだ出て行く前と同じ体勢で寝ていた。
笠井君はもう今更のように気を止める事も無くその様子を目の端で確認だけして着替えを始めた。
どうせこんな時間じゃまだ起きる訳が無い。
今日は試合があるから学校に行く時間より少しだけゆっくりできるし、バスが来るのも9時くらいだし。
自分なんか、試合の日なんか平日よりもきちんと起きなきゃ落ち着かないけどな。
かばんの中を確かめ直し、ユニフォームを一番上に入れてジッパーを閉める。
朝食に降りる前にもう一度起こしておこう。
「藤代ー。藤代ー。オレ飯食いに行くからなー。そろそろ起きろよー!」
「・・・・・んー・・・・うっ・・・・」
一応なんかうめき声だか返事だかがあった。
ましな方か。
笠井君は彼をそのままに部屋を出た。
笠井くんが朝食から帰ってみると、果たして藤代くんはやっぱり出て行く前と同じ体勢で熟睡していた。
そろそろヤバいかもしれない。
「藤代。藤代。おい。そろそろ起きろよ。いいかげんに。おい。藤代ー!」
ゆさゆさゆさ。
「起きろよ。おーい、藤代!ふ・じ・し・ろーー!!」
ゆさゆさゆさゆさゆさ。
・・・・・・・・起きない。
ふとんをひっぺがしてほっぺたをべちべちと叩く。
「起きろっての。このこのこの」
・・・・・起きない。わざとじゃないのか?
っていうか、叩いてんのに反応も無いってのはちょっとちょっとおいおい。
「・・・・どうした、笠井」
開けっ放しだったドアから声がかかる。
キャプテンと三上センパイが覗き込んでいる。
「・・・・・藤代はまだ起きないのか」
三上センパイがさすがにあきれたように口元を歪めた。多分笑いをこらえたのだろう。
(言えた義理かい、とちょっぴり思ってしまう渋沢くんだったがあえて黙っている。)
「起きないんですぅぅぅ・・・・」
笠井くんはちょっと泣きたい。一応同室者としても責任が無くも無い。
でも、こんな非常識な奴にまで責任取りたくないよ。
渋沢キャプテンはちょっとためいきをついて部屋に入ってきた。藤代くんのベッドの横に立ってしばし。あごに手を当てて考え込む。
「さて」
心なしか、三上センパイの顔が少し強張ったような気もするが、笠井くんはそれどころではない。
渋沢キャプテンはちらりと三上センパイと目をあわすと、ちょっぴり肩をすくめてそれからおもむろに藤代くんに手をかけた。
「藤代。いいかげんに起きないか」
それから一拍置いて。
いきなり勢いよく。
笠井くんは一瞬何が起こったか解らなかったという。
どんごろがったーんと派手な音を立てて、藤代くんは床に転げ落とされた。
一同、シーン。
なにごとか、と、そこいらの部屋から数人の野次馬がのぞきこむ。
「・・・・・・藤代・・・・?」
おそるおそる、笠井くんは近寄って声を掛けてみた。
「・・・・・・うー・・・・うう」
藤代くんはようやっと、ゆらーり、と体を起こした。
ぼわーんとした目つきで、なんとなく前後に揺れている。
「藤代。起きたか?もうじき出る時間なんだぞ。しゃっきり起きろ」
「・・・・・・・・ヴー・・・」
なんか意味不明なうなり声だが一応キャプテンのほうを向いて返事らしき物をした。
よし、と一応お役目を果たしたキャプテンは、笠井くんにうなづいてみせた。
「じゃあ何とかバスが出るまでには連れてきてくれ。大変だろうけど頼んだぞ」
「はい。ありがとうございます」
「面倒ついでに悪いがこいつのバッグも詰めといてやってくれ。どうせやっちゃいないだろう」
その通りだったので、笠井くんはちょっと情けない気分になりながらも深々とうなづいた。
「はい。ちゃんとやっときます。ありがとうございました!」
出ていきしなに三上センパイとキャプテンが「今日はまた特にすごいな」とか「言えた義理なのか?」とか「おまえの起こし方、問題あるよ」とか
ぶつぶつこそこそとしゃべっていた。
そう。今日はまたなんでだか起きなさっぷりが際立っている。気がする。
が、いつもに比べては確かにすごい気もするが、でもまあまあ、いつもこんなもんだったろうか、とも思い直し、そうそう、バッグを詰めてやらなくてはと
振り返ったらなんと藤代くんは座った体勢のまま、またしてもうとうとし始めていた。
「・・・・・・・!」
言葉も無く、少しのけぞりながら、笠井くんは軽いめまいを覚える。
「お前っ!起きろよ、ほんと、冗談抜きで!!!」
たまらずグーで頭をしばいてみた。
ごつっ、と、ちょっとやりすぎたかと思うくらいの音がして、殴った笠井くんのほうがびくっとしてしまった。
が、藤代くんはやっとボケた目を少し開けたので、まあちょうど良かったのかもしれないが。
そして何気に時計を見た笠井君は、仰天した。いつのまに!
「おっっっ前!!!どうすんだ、どうすんだ、もう集合時間が・・・・時間が、時間が!」
後10分でバスが来てしまう。
動揺のあまり、激しいめまいを感じながらも慌ててユニフォームやらタオルやら着替えやら(もちろん藤代くんの物だ)をバッグに(もちろん藤代くんの物だ)押し込む。
「・・・・だんじだっで?」
まだゆらゆらしていた藤代くんが、ボケた鼻声を発した。
「あ?」
なんか聞き取れずに笠井君が聞き返したが、藤代くんはそこいらに散らばっている目覚まし時計を一つ手にとってしょぼしょぼする目に近づけた。
「・・・・・だー・・・・やべ・・・・・」
そしておもむろに、よっこいしょーと立ち上がると、パジャマを脱ぎ捨て、笠井君が手に持っていたユニフォームを取り上げた。
「なんだよ。こっちはやっといてやるから早く着替えろよ」
いらいらしながら笠井君が怒鳴りつけたが、藤代くんはかまわずそれに首を通す。
って、ユニフォームに?!?
唖然として口もきけなくなった笠井君。思わず凍り付く。
「めんどい。このまま行く。どうせ着いたらすぐ着替えるんだし」
「・・・・・・・・・・・・・」
一応遠慮したのか下はジャージをはいたものの、靴下さえ履かずに藤代くんは笠井君の手からバッグを取り上げ、ドアを開けた。
「そ、そ、そ、それで行くのか?!」
「時間無いよー、笠井」
ああ。あああああーっ。時間が無い。本当に時間が無い。だけどだけどー・・・・。
起きてから正味約7分。
もちろん顔も洗ってないし、髪も起きたなり。
集合場所では果たしてキャプテンと三上センパイが、何かまずい物を飲み込んだかのような顔でまじまじと自分達を見詰めていた。
事情を知らないだろう他の部員達も、なんだか妙な物を眺めるような目つきだ。(そりゃそうだろう)
が、藤代くんは何を気にすることもなさげにのそのそとバスに乗り込んだ。そのままずーっと一番後ろの席に陣取り・・・・・あろうことかごろりと転がった。
「着いたら起こしてな、笠井」
笠井君と、うっかりその後ろに立っていたためにそれを聞いてしまった三上センパイの手からどさっとバッグが落ちた。
結局試合会場の学校に着いて、やっぱり半ボケの藤代くんは半分いねむったまま控え室に連れて行かれ(これでは連行だ)、
半分いねむったままズボンを穿き替え(笠井君の涙ぐましい努力だ)、もちろん監督の訓話なんかも半分以上いねむったまま聞き流し
(ごまかすために列の一番後ろにこっそりと小さくなっていた)、そのままフィールドに出ていった。
笠井君なんか、もう生きた心地もしない。
そりゃ今日の試合なんて、練習試合だけど、本当に寝てても勝てるとか、そういうのってそりゃ比喩表現として言ったりする事はあるけれど。
そんなこんなで、ホイッスルが鳴る。
ピリピリピリピリーーーーーー!
「・・・・ぅぅうううおっしゃぁぁぁぁ!!」
びくうっとした三上センパイが、キックオフのボールを蹴り損ねる。が、簡単にそのボールをフォローすると藤代誠二、いきなり全速力で相手ゴールに向かって走り出した。
あっさりディフェンダーを抜き去り、軽やかにジャンプして、蝶が舞うように。
開始2分。
「ゴーーーーーーール!!」
・・・・・その瞬間、笠井君と、三上センパイと、渋沢キャプテンと、その他もろもろの武蔵森サッカー部員は一様にひどく脱力感を覚え、へたり込んだという。
後日談。
試合の結果。6−0。
うち藤代誠二、ハットトリック達成。
っていうか、お前寝起き悪すぎ。
=Fin=
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