ホントは甘いものも好き



その日はとても天気がよかった。
天気のよい秋の休日ともなれば、とりあえずどこかにお出かけなんかしてみたい。
渋沢は、そういうアウトドア的に思考も少々持ち合わせていたので、一応控えめに彼の恋人に提案をしてはみた。
が、
「出かけたいんだったら一人で行けば?俺は読みたい本があるから留守番しとくな」
と、アッサリ却下され(正確に言えば彼は却下したわけではなく、辞退しただけであるが、渋沢的にはこれは却下とみなされる)、 なんとなくお部屋でごろごろデート(?)と成り果てていた。
三上は推理小説に没頭してしまい、渋沢の存在さえも念頭にもなさそう。
正直、ツマンナイ気持ち全開的になってしまう。
しばらく本を読む三上の横顔などぼんやり眺めていたが、そのうちふと思いついて本棚を探る。
天気のいい秋の昼下がり、実家にいたならばよく母親がオーブンを働かせていた。
立ち込める甘い香ばしい香りを不意に思い出したのだ。
三上が食べるかどうかはともかくとして、なにかそういうアマいモノを口にしてみたくなった。
いくつかレシピをぱらぱらさせてみて、材料を確かめ、立ち上がる。
「三上。しばらく台所に行ってるからな」
そう声をかけると、彼はちらりと見上げて少し首をかしげ、それからちょっと頷いてまた本に戻っていった。
秋の昼下がりには、ケーキを焼くニオイがよく似合う。



どうしようかな。
なににしようかな。
しばらくいくつかのレシピと食べたいものの候補をぐるぐると展開させて、冷蔵庫の中を確かめ、卵あり、牛乳あり、砂糖と小麦粉は たいていいつもあるし、バニラとシナモンをそういえばこの間実家からわけてもらってきた。
マーガリンは好まないのでバターは普段から買い置きしている。(渋沢専用とマジックで書いておけばたいてい誰も手をつけない)
うんうん。
やはり秋なので、アップルパイだな。
なんだか脈絡も何もあったものではないのだが、材料からそう決定を下して、渋沢は調理場の戸棚をひきあけた。
勝手知ったる他人の勝手、というもので、適当にメリケン粉のケースを引っ張り出し、はかりで量ってふるいにかけた。
バターを小豆大に刻んでこまこまと練りこむ。
さらさらになるまで細かくして、練りこんで、それから塩水で緩め、なめらかな生地になるまで加減を見てからビニール袋に入れて 冷蔵庫に入れた。
一旦部屋に帰り、財布を持って、それから一応三上にも声をかけた。
「ちょっと買い物に行ってくるけど何かほしいものはあるか?」
三上はちらりと顔を上げて少し考え込み、
「コーヒーのあて」
と呟いた。
渋沢は、にっこりと笑うと、それには答えずにドアを閉めた。




りんごとレモンと干しブドウを買ってさっさと帰り、冷蔵庫から生地を取り出した。
冷やしておいたバターを生地で包み、麺棒でのばしてたたみこみ、もう一度のばす。
四角く整えて再度冷蔵庫に入れ、今度はりんごをむく。
つんたかつんたかと鼻歌など歌いながら、りんごを鍋に入れ、バターと砂糖で半透明になるまで炒め、それからレーズンとレモンを加えて 火を止めた。
火を使い始めたあたりから、そこいらに非常に甘い香りが漂い始めている。
ああ、コレコレ、この感じだな、とちょっと懐かしさやなんかを感じながら、しみじみとなにかを物思うげになってしまう渋沢だ。
とりあえず、りんごは冷ましておいて、パイ生地を取り出し、そういえばパイ皿などという気の利いた物は無い寮であることに思い至った。
しようがないので、とりあえずのばしたパイ生地を茶筒で丸く抜き、りんごを乗せてもう一枚を重ねてはさみ、ミニパイに仕立ててみた。
表面に切れ目を入れ、卵黄を塗ってつやを入れ、オーブンに入れる。
手早く使用済みの器具を洗いながら、またしても鼻歌の1つも出てしまう渋沢だった。
少々音程のはずれがちなそれを、うっかり通りかかってしまった部員の方々は、丁重に聞かなかったフリをして去っていってくれた。
個別名称が入っていた所為もあったかもしれない。
個別名称の対象人物が聴いていないのは彼にとってたいへん幸いであった。




「三上。コーヒーのあてが出来たんだけど」
大変にいい香りとともに、ドアを開けて入ってきた渋沢の笑顔に、さすがに気おされて三上は本を閉じた。
「出来たって?」
買い物に行ってきたはずだったのでは?と不審な顔をする三上に、大皿いっぱいに盛り上げられたアップルパイが差し出された。
「………帰ってこないと思ったらおまえ………」
思わず言葉を失う三上に、嬉しげに笑いかけて
「コーヒーいれような」といそいそと準備をする。
しばらくすると、えもいわれぬコーヒーの香りと、焼きたてのアップルパイの香りが部屋中に馥郁と広がった。
しばらく呆然としてアップルパイを眺めていた三上だったが、すっかり出来上がったコーヒーを目の前に置かれ、全開笑顔で隣に座り込まれて さすがにちょっとため息をついた。
「どうした?」
「……作っちまったもんはしようがねえ。捨てるのはもったいねえから食ってやるよ」
「それは嬉しいな」
1つ手にして、さっくりと半分に割る。
中身はまだ熱く、とろりとりんごがこぼれだす。
シナモンの香りが広がった。
「言っとくけど、甘い物は好きじゃないんだからな!」
「うん。悪かった」
ぱふんと端にかじりつく。
「……………」
「どうかな?」
「……………」
なんと言おうか言うまいか、しばらく三上は難しい顔をしてみる。
外はさくさく、中身はとろりとたいへん出来がよろしい。
しかし、素直に美味しいというのも、一応甘いものが嫌いという手前、なんかクヤシイ。
言葉に困ったまま、さくさくさくと食だけが進んでしまう。
どうしよう。
言おうか言うまいか。
っていうか、ついその、食べきってしまったし。
「………コーヒーおかわり入れるか?」
一応控えめに渋沢が問う。
「……………………飲む」
ちょっと表情の選択に困りながらもカップを差し出す三上。
「よかったらまだあるから」
おかわりをいれてカップを返して促してみる。
「……仕方ないから食ってやってもいいかな」
なにがどう仕方ないんだか。
要するに、甘いものなんかキライって言うのはちょっと大人ぶりたいカッコつけだったのかな。
自分ももう1つ手にとって、こんなお部屋デートも悪くないなとちょっと満足気分に浸る渋沢だった。



3つ目は、さすがに辞退して(ちょっと胸焼けがしてきた)、窓際にもたれて空を見上げる。
窓を開けているとほんの少し肌寒いくらいだが、かえって気持ちがいい。
渋沢は、台所をつかわせてもらったお礼にと、いくつかを営繕に持っていった。
あー、天気、いいなー。
出かけるのは面倒だけど、部屋にいるのがもったいないという渋沢の気持ちはわからないでもない。
両手をうんと伸ばして伸びをすると、ひんやりとした風が手に感じられる。
あー、なんかこんな、満腹してて、ごろーんとだらけていると、寝てしまいそうだ。
そういえば、こんな甘いものなんて、長らく食べていないのに、どう考えても食べすぎだ。
こんな食べ過ぎた上、だらけていたら、太ってしまう。
「よし!」
三上は勢いをつけて立ち上がった。
最近あまり走っていない。
いや、部活で散々走ったりはしているが、そういうのではなくて、ただなんとなく走るのが、最近かなりお留守だ。
ちょうどいいから腹ごなしがてらに、久しぶりに走りに行くことにしよう。
そうと決めたら本はまた今度。
明るいうちに外を満喫しよう。
三上はさっさと服を着替え始めた。
靴下を履いていたら、渋沢が帰ってきた。
「三上?どこか行くのか?」
「食いすぎだから、ちょっと走ってくる」
「は?」
あっさりそう答えてさっさとドアを開けて出て行こうとする三上に、あわてて声をかける。
「ちょっ、ちょっと待ってくれ」
「なに?」
「いや……なんで急にそんな」
今日はそれなら部屋でのんびりゆっくりではなかったのかと、口には出さないがそれはそれで幸せを見出していた渋沢だったので、 ちょっぴり恨めし気になってしまった。
「天気もいいし、なんかこんな甘いもん食いすぎてごろごろしてたら太るじゃねーか」
「いや、それはそうかもだけど」
「なんだったらお前も走るか?」
おめーいっつも食いすぎだもんな、とか、なんだか失礼なことを言いながらだが、お誘いの言葉に、なんだか首をひねりながらも頷く渋沢だった。
「じゃ、先行ってっから。裏の第2グラウンドのほうな」
三上というのはたいていいつもそっけないものだが、時々なんだかこんな時、ホントに切なくなってしまう。
いちおうひらひらと手を振ってくれるが、さっさと振り返りもせずすたすたと廊下を遠ざかっていく背中を見ながら、なんとなく呆然としてしまう。
ホントに愛されてるのかなー、と、ちょっと不安なども覚えながらも、とにかくお誘いは頂いたのだから付き合うかと、自分も着替えを しながら、ほんの少し、ため息が重くなってしまったり。



休みなのに、練習ジャージに着替えてうろうろしていたので、何人かに不思議な顔で見られた。
にっこりとあたりさわりのない顔でやり過ごし、いそいそと第2グラウンドに来てみると、三上はすでに何周か走っているらしく、ちょうど反対向こう側に とてとてと走っているのが見えた。
軽く柔軟をしているうちにこちらに帰ってくるので、おもむろに走り始め、合流した。
三上は伴走する渋沢をちらりと見やったが、別になにをいうでもなく黙っている。
ほんの少しだけペースをあげたような気がしただけだった。
しばらく黙々と走りつづける。
「三上」
ちょっとさびしくなったので、横に並んで声をかけた。
「なに?」
半歩分だけ前に出るように三上が答える。
あわてて追いつこうと、自分も半歩ペースをあげる。
「いや、天気がよくて暖かくてよかったな、と…」
「ああ、そうだな」
アッサリとそう答えられると会話も続かない。
「………………………」
「………………………」
しばらくそのまま、やや速めのペースでまたしても二人は黙々と走る。
「……三上」
「……だからなに?」
「いや、黙って走ってるというのもなんかつまらないし…」
「そうか?俺は別に慣れてるけど」
そう言って、また半歩ほど先に行く。
思わず渋沢も着いていこうと半歩。
ちょっとだけ、三上の目が細められた。
黙々。
「三上」
「……なんなんだよさっきからおめーはよ」
「せっかく一緒に走ってるんだから、こう、なんというか景色を楽しむとかだな……」
「楽しむ景色がどこにあんだよ、グラウンドに」
「いや、景色というか、気候を楽しむとかだな」
「黙って楽しめばいいじゃねーか」
「そうじゃなくてだな、こう……」
言っているうちに、三上はまた少しペースを上げる。
すかさず渋沢も足を速める。
もはやジョギングとは言いがたい速度になりつつある。
の、わりには息ひとつ乱れていない渋沢が、実はちょっとむかつく気がしてくる三上だ。
ペースをあげてもあげてもぴったりマークされている。
なんというか、ちょっとあまりペースをあげすぎると、実はひそかにそろそろ苦しい。
もう一歩、ぐいと引き離して前に出て、平然と息を装う。
「なんでそう、べったりとくっつきたがるんだ!」
すると渋沢は大またに2歩分を前に出て、首をかしげるようにのぞきこんだ。
「なんでそう、先に行ってしまうんだ?」
「………………………」
すうっと三上の目付きが剣を帯びる。
ふわりと気配が充実し。
渋沢にも充分察せられる程度には。

だん!
と、同時に地面を蹴り、全力疾走になる。
だーーーーっと50Mあたり6秒台で駆け抜けていく二人。


「………………………」

一体いつまで走ればいいんだろうと不安にかられた渋沢が横目でうかがうと、三上はそろそろ顔色が悪くなっている。
「三上!?」
さすがに競争も中断であわてて立ち止まると三上もようやく足を止めた。
そのままふらーっとよろめくのをすかさず手を出し受け止める。
「…………気持ち悪い………吐き気がする…………」
いいながらも抱き止めた手を邪険に払いのけようとするのを無視して抱えるようにベンチに座らせる。
「吐きそうか?」
しばらく激しく息をつきながら呼吸を整えていた三上だったが、小さく首を振った。
「吐き気がするだけで、吐きそうなわけじゃないから」
それからしばらくしてから、大きく2回深呼吸して、それからやっと顔を上げた。
「あー、気分悪。食い過ぎてすぐ全力疾走なんてさせんな。あー、むかつく」
………それはちょっと、言いがかりというもののような気がする渋沢だ。
なんで全力疾走になったのかの理由が(渋沢には)定かではないが、させたというわけではないという自信はあるのだが。
が、まあそんなことは口に出したりはしない。
「まあ、どうしても走りたいんだったら、明日も付き合うから、今日はもうこのくらいにしておかないか?」
さり気に背中などさすってやりながら(三上が振り払ったりしないのをいいことに)、にっこりと笑って提案する。
うさんくさげに顔をしかめている三上だったがそれは見ない振りで。
「………別に明日も走りたいわけじゃねえよ」
「そうか。まあカロリー消費なら、他にも方法はあることだしな?」
他にも方法。
に、もちろん少しばかりアクセントなどつけてみたわけだが、ちょっとタイムラグをおいてからその意味を正確に察したらしく、 三上はじろりと目線をきつくした。
「あ、そうですか、そうですか。じゃあお前は最近食いすぎなんだから、せいぜい1人でカロリー消費しとけばいいだろう!?」
「1人でっていうのも、そりゃ悪くはないんだがなあ。どうせだったら付き合いたいものなんだけどな」
とうとう三上は、はーっと大きくため息をついて立ち上がった。
「俺はしらねえからな!お前は勝手にダイエットしてろ!バカ!」
すたすたと行ってしまう後姿に、やっぱりちょっとなんだかさびしいものだと愛情を疑ってみようかなと思った渋沢だったが、 10歩ほど先に行った三上が、不意に足を止めて振り返った。
「おい渋沢!もう帰るぞ!」
そう言った耳元がやけに血色がよかった。
怒ってるだけというわけでもなさそうなカンジだった。
なんだかんだで最終的には自分に甘い彼なので、このあと対応さえ間違えなければ他の方法のカロリー消費にもお付き合いできるのかも知れない。
たぶんまあ、大丈夫な気がするんだ。
そんなわけでやっぱりちょっと幸せ気分続行の、秋の昼下がり(そろそろ夕方)だった。




やってろよ。ってカンジ?
=Fin=


  ◇コメント◇

巽さんとスカイメールを交わしていて、なぜかこんなことになったらしい…という副題が残っています。
が、なぜかそのままうずもれておりました。どさくさまぎれにアップ。
秋だけど、ケーキも作ってることだし、ちょうどいいか…ということで(強引)(←笑)




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