休み、だな。
しばらく、考え込んでから、その単語を頭に浮かべた。
起き抜けはいつも、なんとなく一瞬現状認識が遅れる。
なんでこんな時間まで寝てたんだろうと一瞬あせって、それから窮屈なベッドに、心地よい温かさを感じて、順番に現状を確かめる。
時間にすれば数秒のことだ。
三上はかなり深く眠り込んでいる。
相変わらずだった。
学生時代も、いつもそんなカンジだった。
ベッドを共にしても、起きる時はいつも1人だ。
1人の時間を延々と寝顔を見詰めて過ごしていた。
いやではなかった。
今も。
目が開いている時と、印象が違う顔。
いくら見ていても、飽きることが無い。
渋沢は、人の寝顔を見るのが実は好きだった。
たいてい、誰と共寝をしても、先に目が覚めてしまう。
そして、その相手の顔をつくづくと眺める。
多くの場合は、どちらかというと「観察」というニュアンスを含ませてしまうかもしれない。
が、三上の顔なんて、今更観察するほどのことも無い。
見なくても、鮮やかに思い浮かべる事だって、出来る。
けれど、やはり朝に、その顔を見ているのが好きだ。
こんなにも見ていても飽きない人間なんてのは、そんなに大勢いるものではないな、とも思っている。
不思議だった。
自分が、そんな風に、他人に執着するということ。
何度思いきったつもりでも、やはり手にすると執着してしまうということ。
そんな人間が、生涯に何人もいるとは思わない。
自分には、なにも教えてくれない恋人。
抱きしめても、抱きしめても、ちゃんとつかまえられているのかさえわからないように、すり抜けている気がする。
「なんでだろうな」
小さくため息をついて。
起こさないように起き上がった。
遅めの朝食の用意をしよう。
彼が起きたら、すぐにでも食べられるように。
三上が「仕事」中の不在の間。
1人でいると渋沢はたいてい朝食には和食を食べている。
ご飯と、漬物。焼魚、気が向けば味噌汁。
残り物を始末する程度のメニュー。
が、三上は何しろ低血圧で、なかなかはっきり目を覚ましてくれない。
仕事明けの日や、セックスをした翌朝は、特に。(いわんや、その両方に当たる日なんか、いわずもがなだ)
なので、彼がいる間は、まず濃い目のコーヒーを入れるようになった。
(実際の三上本人は、渋沢のところにいる時くらいにしか朝にコーヒーは飲んでいない。が、今回渋沢には関係の無い話なので割愛)
コーヒーを入れるということは、必然的に洋風な物を用意するようになる。
なので、次回の来宅日にあわせてパンを買っておくようになった。
今回はクロワッサンを。
とりあえず、オーブントースターに入れて、スイッチは入れずに置いておく。(食べる直前に暖めるように)
コーヒー豆をセットして、水を入れ、こちらはさっさとスイッチを入れておく。
それからサラダにするために、ブロッコリーをゆがき、キュウリを刻み、レタスを千切って水に浸してパリっとさせた。
ベーコンを刻んでカリカリに炒めて油を出し、オリーブオイルとビネガーとしょうゆをあわせたドレッシングに入れて、ハーブ塩を振る。
しばらく考えて、コーンもゆがいた。(彩りが寂しかったから)
ちょっと寝室に覗きに行ったが、まだ起きそうではなかった。
じゃあ、もう少し何か作ろう。(ひまだから)
タマゴがあるのでオムレツでもしようかと思い、具になるものを見繕う。
玉ねぎとピーマンを刻み、ベーコンと一緒に炒めて、それからついでにシメジとマッシュルームも見つけて、一緒に炒めた。
なんとなく、そこいらにあったほうれん草も一緒に細かく刻んでフライパンにほうり込む。(この日の夜になってから胡麻和えを作ろうとしてうっかり朝に使ってしまったことに気がつくことになるのだが、それはまた別の話だ)
なんだか、たいそうな量になったな、と少し思ったが、まあいいか、とそれは皿にあけておく。
更にふと思い付いて、ジャガイモをゆがく。
以前どこかで食べて気に入ったマッシュポテトを試してみようと思ったのだ。
少しくらいなら、大丈夫だろうし、1日くらいなら置いていてもかまわないだろう。
ゆがいたイモをつぶして、クリームとチーズを加えて塩コショウする。
さすがにグレイビーソースを作る材料はないので、何か代わりになるものがないかと考え込んだ。
が、やはり少し量が多かったような気がするので、半分をスープに作り直すことにした。
コンソメにポテトの半分を入れて、牛乳を加えてハーブ塩を振る。
「・・・・・おはよう・・・・」
そこでようやく三上が、寝ぼけた声で入ってきた。
「コーヒー・・・くれ・・・」
まだなんとなく寝ているような顔で、ぱたりと椅子に座り込む。
大き目のマグにたっぷりと入れて、テーブルに突っ伏した顔の横においてやった。
しばらくそれに手をつけず、ボーッとしながら、突っ伏している。
「もうできるところだけど、食うか?」
「・・・・・あー?」
そこでやっと、なにか気がついたように顔を上げる。
「朝飯」
もう一度、ゆっくりと繰り返す。
「飯・・・・・・・・」
返事を待たずにサラダボウルと、マッシュポテトをテーブルに置いた。
ぼんやりとその皿を見つめながら、しばらく何事か考え込む。
「三上?」
声をかけてみると、はっと我に返った。
「あ。ああ、悪い。目開けたまま寝てたみたいだ。・・・・・いや、先にシャワーして目覚ましてくるわ」
まだぼんやりと、身体を引きずるようにしてバスルームへと消える。
渋沢は、三上の置いていった手付かずのコーヒーに、少しだけミルクをいれて、自分で飲んだ。
渋沢の意識下では。
たぶん、コーヒーの香りと三上の存在が、とても親密な関係を保っているような気がする。
「あー。やっと、目ぇ覚めたな」
まだしずくがぽたぽたと伝う首筋にタオルを引っ掛けて、濡れた髪を乱暴にぬぐいながら三上が部屋に入ってきた。
「西回りはキッツいわ・・・。いいかげん近場が回ってこねーかな」
なにやらぶつぶついいながら、窓際に立ち、空を眺める。
「コーヒーは?」
「飲む」
新しいマグに入れて、出してやる。
ついでにトースターのタイマーもまわした。
「今日は雲がいいな。上空の風が少ない」
「ふうん?」
そんなものかな、と思いながら自分も窓をのぞく。
日々の雲の形の違いなんてわからない。
三上は、ちらりと渋沢を見上げ、にやっと笑った。
「やっぱりお前のコーヒーが、一番美味いかな?」
めずらしく。
そんなふうに、素直に誉めてくれることなど、めったに無い。
三上は、なにやらくすくすと一人、笑い声をこぼしている。
ああ、なんだかやっぱり、つかみきれないなあと。
なんとなく口惜しいので、少しだけ、報復に出ることにした。
「三上」
「ん?」
答えて見上げたところに、軽く口付ける。
不意打ちに、少し目を見張ったのを見て、小さく満足して、離れた。
タイミングよく(悪く?)、チン、と、トースターが軽やかな音を立てる。
バターの焦げる、香ばしい香りが漂った。
なにか言おうと、口を開きかけた三上が、一瞬、気をそがれて黙り込んだ。
「そろそろ食うか?」
にっこりと問い掛けてやると、フンと鼻を鳴らして笑った。
「そうだな。一方的に食われてんのも、分が悪い」
「じゃあ、皿でも出してくれ」
卵をほぐして出汁とミルクを入れて、バターを熱したフライパンに流す。
じゃっ、といきおいよく音がして、香ばしい香りが立つ。
手際よく、さっきの具を入れてチーズを振ってから丸め込んで、出された皿にひっくり返す。
「・・・・・ちょっと待て。渋沢。お前、朝っぱらからなにフルコースやってんだ?」
「は?」
しばし、考え込む。
「・・・・やっぱり多かったかな」
「・・・・・・・お前・・・・・」
とりあえず、オムレツを出して、スープを出して、暖まったクロワッサンを置いたら、なんだかテーブルがものすごくにぎやかになった。
(本当はヨーグルトとかもあったけど、さすがにもう言い出せなかった)
「時間があったから、作り過ぎてしまった」
「・・・・・・あ・・・・そ」
「いや。食い切れなかったら残してくれてもかまわないんだが」
なんだか情けなさそうな顔でいうのがおかしかったのか、三上はしばらく穴のあくほど渋沢の顔を見詰めてから妙な顔で笑った。
「なるべく早起きを心がけてみるよ。とりあえず、食わせてもらうわ」
渋沢も、向かい側に座って、箸を手にする。
「・・・・・・やっぱりちょっと多かったな」
なんだか、改めて見ると、確かになんだか凄いことになっている。
「タバスコ」
それには答えず、三上が手を伸ばす。
渡してやると、オムレツにそれを振り掛けて、フォークを突き刺した。
「さすが、現役選手は消費量が凄いよな」
にやにやと笑いながら、口に運ぶ。
「俺さ。仕事の都合ってやつで、あんまりむやみと肥るわけにいかないんだわ。もうあんまり当時みたいに走ったりしないからな。これからはそこそこで頼むわ」
「肥るわけに行かない仕事?」
ちょっと上目遣いに、なんとも人の悪そうな笑いを浮かべる。
「だいたい身長−100×0.9標準な。あと、上限はそれ+30%まで」
しばらく頭の中で数字を並べてみる。
「・・・・・で、今何キロ?」
とたんにぷっと、吹き出しながら。
「バカ。そんなことはシークレットだ」
そんなものかなあ、と、ちょっと首などかしげてみる。
どう考えても自分より重いはずはなさそうなんだけど。などと思う渋沢は、多少デリカシーが不足している自分に自覚はない。
しきりと首を傾げる渋沢を面白そうに見つめて、三上はどうしようかな、と考えてみる。
どっちでもいいんだ。
でも。
まあ、いいか。
やっぱりそんなふうに終わらせてしまう自分は、ちょっとめんどくさがりやなのかもしれない。
あるいは、ちょっとずるいのかもしれないな。
無意味で無害なナイショ事は、ついつい自分を増長させてしまうのだが、それとこれとを切り離しておきたい気持ちも、ままあったりして、なかなかにタイミングを計りかねる。
「・・・・・・そのうちな」
ちいさく、つぶやいたら。
「体重?」
渋沢が大まじめに聞きかえした。
思わず、ぷっと吹き出してしまう。
「お前、バカだろう」
渋沢は、少し不本意そうな顔をして、だってそうじゃないか、とぶつぶつとつぶやく。
うらうらと、日差しが柔らかい。
ぼんやりとほおづえをついて、三上はマグカップを少し傾ける。
そんなボケたところもけっこう好き、と、言ってやる必要はあるかな、と少し考察してみる。
考えながら、ふと目をあげたら。
やっぱりなにか考えていたような顔の渋沢と、ぱたりと目が合った。
なんとなく、ふわりと笑みがこぼれた。
答えるように、渋沢の目が、幸せそうな色を浮かべる。
多分、なにも言わなくても、いいかもしれない。
少し考えてから。
でも、うまく言い表す言葉を思いつけなくて。
「なあ」
「ん?」
「キスでもする?」
「どうしたんだ?急に」
「なんか、急にそんな気分になった」
渋沢はふうんと少し首をかしげた。
「珍しい」
でも、そういいながらも嬉しそうに手をのばす。
テーブル越しに、唇を重ねたら、少し離れてから「タバスコ」とつぶやいた。
=Fin=
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