| 隣の中西くん 2 | ||
「最近中西が不審な行動をしていると思わないか?」 声をひそめてそんなことを切り出されたので、思わずこちらもあたりを窺ってしまった。 「……不審な行動?」 「ああ」 深刻かつ重々しい表情を作り、辰巳が大きく頷いた。 どうでもいいが、人は自分をじじむさいだのおっさんくさいだの(同じ意味?)言うが、こいつだってなかなかどうしてじじむさいじゃないか、と渋沢は心の中で呟いた。 何が「ああ(頷き)(ソレも重々しく)」だ。 ジジムサイ。 「具体的にはどう不審なんだ?」 心中おくびにも出さず、渋沢は、食べ終えた食器を重ねたトレイを脇に押しやり、お茶だけを手元に引き寄せた。 「たとえば朝練後や昼休み、部活前の掃除時間とかに、カゴを持って学校中を走り回っている」 「カゴ?」 「このくらいの」 辰巳は両手を使って小ぶりなサイズをあらわした。 「で、学校中の木に体当たりしたり、棒で枝を叩いて回ってたり、あちこちで地面に這いつくばって探しものをしたりしている様子なんだ。いや、実際俺も何度かその現場に遭遇したんだが」 「あ、俺ソレ知ってるぜ?」 まるで無関係とばかりにお茶をすすっていた三上がフイに話に加わってきた。 「あいつ、アレ、花びらを集めてるんだって」 「花びら??」 思わず異口同音にオウム返す渋沢と辰巳。 「そ。花びら。すげーよ?アイツの部屋、今花びらの乾燥中で足の踏み場もないぜ?」 「しかし……花びらってなんの?そもそも花びらなんか集めて、なにをしているんだ?アイツは」 中西に花びら、なんていうと、なんと言うか語感がムダにイヤラシク聞こえるんだがなあとこっそり思いながら辰巳はもっともな疑問を口にする。 「それは本人に聞けば?俺には関係ないもん」 妙にニヤニヤしながらうそぶく三上はどうやら知っているらしいが、内容をバラしてくれるつもりはないらしい。 「そりゃそうだが……花びらねえ…?」 中西に花びら。 なんだか似合うといわれれば似合わなくもないような取り合わせだが…それにしても。 そんなわけで好奇心を携え、渋沢と辰巳は中西の1人部屋のドアを叩いた。 開いてるよーと室内から応えが返り、「ジャマをする」とやはりジジムサイ言葉をかけつつ二人はドアをあけた。 「あれ?ナニ珍しい2人組みで。恋愛痴情のもつれ相談?」 俺は一応三上の肩持つヨ〜ンとか言いながら中西はベッドに寛ぎ座っていた。 「失敬だな。俺は三上と別れるつもりなどない」 「いや、渋沢…ツッコミどころはそこじゃない……」 一気に脱力をしてみる辰巳だ。 「んでなに?痴情のもつれでないとすると健康相談?ダイエットサプリメント?三上にはこないだ鉄分とカルシウムのタブレットあげたよ?」 手元に散らばるカラフルなハギレをひとまとめにし、丁寧にたたんでお針箱にしまいながら中西は更に続ける。 「うーん、そう言えば最近三上はあまりイライラしてない様子だったな……」 「いや、だから渋沢………」 更なる脱力を押さえて辰巳は話を元に戻そうと努力を試みる。 「最近のお前の行動が不可解だったから聞こうと思って」 中西はちぇっと舌打ちして眉間にしわを3本寄せた。 「お前、ひねりがねえよ。なんかもうちょっと面白いこと言えよなー」 「ひねり!?」 「ホントに面白みのねーヤツ。渋沢のキテレツさオモロさをちっとは見習え」 「失敬な。俺のどこがどうキテレツなんだ」 「天然だな」 さっくりと切捨て憤慨する渋沢をほって置いて、「で?」と話を促した。 「最近お前の不可解な行動が各地で目撃されているんだが、俺もさっぱり意味がわからないから聞かれても説明の仕様がないんだ。この際本人に聞くのが一番と思ってな」 「ふーん。不可解ねえ」 中西は少し肩をすくめてよっこらしょとベッドからおりた。 この部屋は中西が1人で使用している。 が、基本は二人部屋を1人で使用しているだけなので、もう1人分のベッドが未使用のまま物置として使われている。 その物置ベッドに広げられたモノを示した。 「三上に聞いてない?これだろ?」 「……………………で……?これは何をしてるんだ………?」 ベッドの上には新聞紙がくまなく広げられ、その上にうずたかく各種の花びらが広げられていた。 「乾燥させてるとこだよ?絶対その上には座るなよ。あと飛び散るからどたばたするのも禁止」 それから首をひねりつつおそるおそるベッドを覗き込む2人の前に、先ほどのお針箱を出して広げてやった。 「………で、これで何をしてるんだ?」 これで答えはすべて示したと言わんばかりの中西だったが、やはりと言うかなんと言うか、二人にはさっぱり説明になっていなかった。 「クッションだよ。パッチワーククッションの中に花びらを詰めるんだ。できればバラの花びらがいいんだけどさ、うちのガッコにゃバラがなくてさー」 乾燥したらかさが減るから大変よ?と少し首を回して大変をアピールしているが、そもそもクッションに花を詰めるという発想がどこから来るものか、二人には奇想天外すぎてよくわからない。 「……………ソレは花びらをつめなくてはならないものなのか?」 「いや……クッションって言えば中身は綿とか……実家にあったのは確か綿とかソバガラだったような……?」 「それは枕なんじゃないのか?」 「いや……違いはよくわからんのだが……」 うーむと果てしなく首をひねり始めたジジムサーズをうっとおしそうにハイハイとベッド際から追いやって、中西は少しむくれた。 「まったくありがたみのないヤツラってヤダねー。三上だったらもう少し理解を示してくれたもんだけどさ」 もっとも三上とて、理解は示したとはいうモノの、「人それぞれって言うけど、モノ好きなもんだな」とひと言で通り過ぎてくれただけではあるが。 「もういいし。お前らに別にこのオレの優雅なるシュミを理解していただこうとは思わない」 そしてまたお裁縫箱を抱えてひょこひょことベッドに戻り、よっこらしょと腰を落ち着けた。 先ほどたたんで片付けたハギレを取りだし、広げ、イロイロと並べては配色を確かめる。 「…それはなにをしているんだ?」 渋沢が興味深げに覗き込んだ。 見ようによってはいつもどおりの表情の読めないのほほん面だが、付き合いの長い彼らにはわかる程度になにやら押さえきれずにウズウズしている様子である。 「パッチワークって言うんだ。こうやっていろんな色柄を繋ぎ合せて柄を作ったりする」 中西にしては珍しく、丁寧に説明をしてやる。 「たとえばこんなふうにだな」 おもむろにそこいらに転がっているクッションをぽいぽいと投げてやった。 っていうか、クッション!? 男子中学生寮生の部屋になぜこんなファンシーなクッションが!? 唖然とする辰巳だったが、渋沢は目を輝かせてソレをひっくり返したり引っ張ってみたりして興味を示している。 「あとこんなのとか」 中西は立ち上がり、座っていたベッドのカバーをぽんと叩いた。 「ベッドカバーを作ったのか!?これお前が作ったのか!!?」 なんと、常識はずれなことに、妙に中西の部屋を上品に装っている空気は本人手作りのパッチワークキルトのベッドカバーであったのだ。 「キルトはオレのライフワークだ」 「ってお前、サッカーは!?」 ツッコミを入れずに入られない辰巳だ。 「サッカーは趣味」 「趣味かよ!」 どこまでが本気なんだかわからない言動に、常識人辰巳はどう返していいのかわからなくなってしまった。 なんとなく負けた気分に打ちひしがれて、もう帰ろうかな…不審な行動も解明出来たし…などと考え、渋沢を振り返って辰巳は大変イヤなモノを見た気分でいっぱいになる。 ………嬉しそうだな、おいキャプテン……………。 顔全体に「ウキウキ」と大書したような様子でクッションを抱っこした渋沢は、なんと言うか、見えないけど尻尾をぷりぷりと振っているかのような様子だ。 「すばらしいよ、中西」 晴れ晴れと、本当にサワヤカに晴れ晴れとした笑顔で賛辞を送る。 「俺は感動した。すばらしい。こんなモノを作り出せるなんて、中西はすごいな。俺は今、感動に打ち震えているよ」 「惜しみない賛辞をありがとう」 「こっちの本も見てもいいかな」 「どうぞ」 渋沢はウキウキと「パッチワーク通信」をぱらぱらし始めた。 「すごいな。こんなのも作ったりするのか?今並べているそれはこの本で言うとどれなんだ?」 いくら中西と言えど、これほどまでにストレートに誉められれば悪い気はしない。 表情はいつもとさして変わりはしないが、あまりチャかしもせずに素直に説明してやるあたりがかなり気をよくしている証拠である。 「ノースカロライナ・リリー。20ページの上半分にあるやつ」 「すごい!すごいぞ中西!」 どうにも興奮している渋沢がわからない……… 思わず遠い目になってしまう辰巳だった。 っていうか、帰りたい……渋沢ほっといて帰ろうかな……そうしよう……。 よいしょと腰をあげ、そろそろとドアに向かってあとずさる。 「じゃあ俺はそろそろ…………」 「辰巳辰巳!見てくれないかこれ!イイと思わないか!?」 「……………………」 もはやおそらく異世界に行きだしていると思しき渋沢に、強引に引き止められて、辰巳はひっそりと心の涙を拭った。 渋沢が広げて見せているページをイヤイヤながら眺めて、ようやく辰巳は渋沢がなににそんなにも興奮しているのか悟った。 広げられた58ページには手の混んだ美しいパッチワークキルトが広げられ、横にそのパターンのタイトルが示してあった。 「ダブル・ウェディングリング」 〜手元にキルト関係の資料をお持ちの方は、参照してみてください〜 「………あの……渋沢……俺、それじゃそろそろこの辺で………」 「すばらしいよな……素敵だよな……こういうのは考えたことなかったんだ、俺…………」 何をどう「考えたことなかった」んだか、聞きたくもないけどわからなくもないようなイヤなカンジでじりじりしながら、辰巳はイヤな汗を拭った。 「中西」 輝かんばかりのとろけそうな笑顔でもって、渋沢克朗はふりかえった。 「いや」 …………まさに一瞬の間髪さえもない完璧なリターンスマッシュであった。 しかし、渋沢は、まるで何も聞こえなかったかのように(実際異世界にトリップしていて聞こえてなかったのかもしれない)中西にも見えるようにパッチワーク通信を開き、件のページを示した。 「頼みがあるんだが」 「いや」 「一目みるなり、心の底まで気に入ったんだ」 「いや」 「俺の理想の極なるものなんだ」 「いや」 「作ってください。 お願いします」 中西はピーシングしていた針を布の端に刺し止め、きっとばかりに渋沢を睨みつけた。 「お前な。これだけのモノを作るのに、どれだけ手間がかかるのか、わかって言ってるのか? 俺だってな、このサイズの大物キルトは年に一度の大仕事なんだぞ?今年の一枚をよりによって貴様と三上の愛の巣用に仕立てろというのか!? 言うんだな!この(自主規制)!!!」 さすがに、それはかなり説得力のある拒否だった。 渋沢も、一瞬言葉に詰まり、押し黙る。 ちょっと間の悪い沈黙が流れ、辰巳は逃げ出し時をはずしておろおろと居心地の悪さを堪能した。 「………交換条件は……?」 しばらくして渋沢がぼそりと呟く。 「あぁ?」 「確かにこれほどのモノを何も無しで欲しがるのはずうずうしいことこの上ない。それは確かに俺が無神経だった。心から謝る。その代わりというのもなんだが、そちらの望みを言ってくれ。俺にできる限りのことなら何でも聞こう。頼む!」 はっきり言って、これには辰巳はかなり驚いた。 この渋沢の、「俺にできることなら何でも」とは、かなりすごい。 なにしろこの男、渋沢克朗はこんなんでもなかなかの権力を誇る、それなりの地位にある男だ。 たいていのことなら融通するだろう。 ただし普段は自分のためと三上亮のため以外に何かをしようという気も起こさない唯我独尊の人間だが。 ああ、そういえばこれも自分と三上のためということではちゃんとその原則にも沿っているか。 すっかり観客としてふむふむと観察している辰巳はさておいて、中西はふうんと少し鼻を鳴らして考えこんだ。 「じゃあ今後、俺の安眠を一切妨害しないこと」 「すまん。それはできん」 「じゃあ作らない」 「うっ………!そ、それ以外で!」 「ダメ。却下」 そして中西は携帯を取りだし、ピピピッと手早く短いメールを打った。 直後、隣の部屋のドアがバタンと開く気配がして、ものすごく嫌そうな顔の三上が、ノックも無しにこちらの部屋のドアを開けた。 「ご苦労さま。さっさと持って帰ってね」 「わりーな。迷惑かけたみたいで」 悪いと思っているような顔ではなかったが、一応そう詫びて、三上は渋沢の襟首をつかんだ。 「じゃあな」 「おやすみ〜〜」 渋沢が何か言うヒマもなかった。 「………で、辰巳は?あとなんか俺の行動に関して不審な点に付いて質問でもある?」 「………………いや、ない」 そうして辰巳も中西の部屋を辞した。 どうでもいいが、ものすごくぐったりと疲れていた。 その年の7月29日。 言わずと知れた渋沢克朗生誕日。 クソ暑い練習後にもまだコーチと打ち合わせを済ませ、いいかげんぐったりと部屋に帰った渋沢は驚くべきモノを目にした。 なんと!! 渋沢のベッドに美しいキルトのベッドカバーがかかっている!!!! あんなにいやだいやだと言いつつも、誕生日プレゼントとして作ってくれたのだ。 なんてイイヤツ! ありがとう中西! 思わず渋沢はベッドにかけ寄り、カバーを抱きしめてうっとりとほお擦りをした。 はっきり言って、心から感動していた。 中西にお礼を言いに行かなくては! と、振り返ったところでドアのところで固まっている三上と目が合った。 「なんだこれは………!」 「三上!見てくれ、中西が作ってくれたんだぞ!」 踊り出さんばかりの渋沢だ。 三上はぐらぐらする頭を指先できつく押さえ、3回深呼吸した。 それから大きく息を吸い込み、腹の底から怒鳴りつける。 「なんだこの乙女部屋は!お前か!お前が乙女かー!」 渋沢の胸倉を掴み、がくがくと揺すぶるが、もうあまりそれが効いているとは思えない。 「いやあ、嬉しいなあ〜〜♪さすがは中西だ。イイヤツだなあ。最高だ。三上からもよくお礼を言っておいてくれナ」 がくがく揺すぶられながらもにへら〜〜と嬉しそうな笑いを浮かべている顔は脱力を誘うことこの上ない。 「そうだ。いっそのことお揃いでシルクのパジャマを買おうか」 シルクのパジャマ…………!(←激しい脱力を隠せない三上) 否応なく、脳裏にその光景が展開される。 妙にてらてらと輝くパジャマ。 寮内で浮きまくりだ。 っていうか、もはや問題はそこではない。 「そ・れ・を!い・つ・着・る・ん・で・す・か!? おいてめー説明しろコラ!」 もうがくがくでは足りず、パンパンパンと秒速の平手打ちが往復する。 「いたいいたいいたいいたいよ三上痛いったら」 「うるせーてめえ反省しろ!天誅!」 中西め。 明らかに俺に対するイヤガラセの意味も含めて作りやがったな。(←正解) 三上はとうとうがっくりと倒れ伏し、よよと泣き伏した。 まあそんなわけで、最近の三上はオトメ部屋でコトに及ばれている次第。 大丈夫。そのうちに慣れるから。 =Fin= |