| 隣の中西くん 3 | ||
今年も1月22日がやってくる。 毎年のことなので今さらいちいち騒ぐのもメンドクサイのだが、1月22日。 言わずと知れた三上亮の誕生日だ。 もちろん中西にとっては何の意味ももたないただの日常のうちの一日だ。 しかし、もちろんそれだけですまないのはわかりきった事実なのだ。 いや、これで中西の部屋がもうひとつふたつでイイから違う場所に位置していたなら充分どうでもいいただの日常ですんだのだが。 なにしろアレだ。 こいつらは(厳密に言うなら渋沢だ)天下無敵の「イベント大好きカップル」なのだ。 三上の誕生日などという大イベントに隣の自分が無事静かに過ごせるわけがない。 っていうか、誕生日どころか、もう年が明けた早々くらいからじんわりと悩まされ始めている。 いや、おそらく渋沢は一ヶ月くらい前から騒ぎたかったのかもしれない。 しかし、一ヶ月くらい前にはやはりイベント好きカップルには大いなる大イベント、クリスマス、なんてモノがあったため、渋沢はそちらに夢中であったのだ。 どうしてこの世にはアレコレとこういうお祭ヤロウを喜ばせるネタイベントというモノが数限りなくあるんだろう? 毎日を心静かに、滞りなく済ませたいというのはそんなに無理な願いなのか。 中西は、深海魚のような沈痛なため息をゆっくりと吐き出し、目の前でのべつまくなしにしゃべりつづけるうっそりとでかい男の顔をぼんやりと眺めた。 「例年のことで三上が出歩きたがらないのは分かっているんだ。まあそれは寒い時期だし無理もないのはわかっている。しかしな、せっかくの誕生日だし、俺としては心から祝いたいと思っているというのに、「寒いしメンドい」のひと言で済まされるのはどうかと思うんだ。やっぱりこういうことはだな」 や、うん、三上の気持ちもわかるけど、できればそうやって出かけてくれたほうがありがたかったのになあとぼんやりと思う中西だ。 そうか、今年も結局部屋祝いか。 っていうか、結局こいつは俺の部屋まで押しかけてえんえんとしゃべっているんだが、何を求めているんだろう。 相談にきているというよりも、ただ惚気たいだけという気もする。 それならむしろ辰巳とか笠井とか適当にそこらの聞いてくれそうなヤツを捕まえてくれよと思うのだが、じっと座って針仕事をしている自分こそがおとなしく聞いてくれる相手と見なされているらしい。 まあ別に配色とデザインさえ決まれば耳くらいは空いてるけどさ。 問題はこいつの話がしつこくてウザイというところだ。 「それで三上が……聞いてるのか中西?」 「…で、結局おまえは何を言いたいんだ?俺にわかるように要点を簡潔に300字以内位にまとめて述べてくれ」 「だから三上に何をプレゼントしようかとさっきから相談してるんじゃないか」 「さっきから!?」 き、気がつかなかったぞ?! 「だからだな、三上が何を喜ぶかなあと考え始めるとどんどん収拾もつかなくなってしまってだな。中西なら三上が何を喜ぶのか、また俺とは違う視点で考え付くかなあと思って、こうして相談にきているんじゃないか。やはり聞いてなかったんだな」 渋沢はちょっと拗ねたらしく、ぶつぶつと文句を述べているが、いや悪い、確かにほとんど聞き流していた。 しかしいつ、どのあたりから相談になっていたのか、やはりよく覚えていないんだが…ずっと三上についての話だったような気も……まあいいか。 「三上の喜ぶものねえ……」 はっきり言って、おとなしく飯でも食わせてナニゴトも無く寝かせてやるのが一番なのではないかと思わないでもない。 しかし三上も、アレはアレで田で食う虫も好き好きと言うか、それなりにこのトンチンカンな男を好いている様子でもあるから、ナニもしないというのもヘソを曲げそうな気がしないでもない。 なによりうっとおしい事に、ナニもしないということをこのアホウができるとも思わない。 っていうか、俺の安眠のためにも控えてくれ!!!と思うのだがそれはもう無理なのは重々承知なので諦めて例のイヤーウィスパーでも使用してやるのが俺からの三上への誕生祝だ。 「あいつあんまり物に執着するほうでもないし、お前がお得意の腕でも振るってうまい飯でも食わしてやりゃいいんじゃねーの?」 これは中西にしてはなかなか常識的かつ普通すぎてちょっとつまんない事言っちゃったゼ反省〜的なご意見だった。 「……やはりそうかな……うん……そうだなあ……そうなんだよなあ……」 しかし意外にも渋沢はとたんに妙にそわそわとしはじめた。 「いや、俺も実はそう思わないでもなかったんだ。というより、実は実はそれは第一に考えたといっても過言ではない。プレゼントをいろいろ考えるのも楽しいし悪くはないんだが、なにしろ三上だろ?何を渡しても喜んではくれるんだろうが、あまり物に執着しないのも知ってる。やはり奇をてらったものよりはストレートに喜んでもらえるものがいいだろうし…」 「や、だからお前いったい何が言いたいわけ?」 たまりかねて渋沢の長口舌をさえぎる。 渋沢はしばらくもじもじと目を泳がせていたが、急にしょぼんとうなだれた。 そろそろ飼い主を呼んでやったほうがいいような気がしてきた。 「………俺は、三上が美味いものを作る自信があまりないんだ……」 「………は?」 渋沢語は中西には文法的に上手く翻訳できなかったようだった。 「いつもなんだかんだと美味そうなもの作ってんじゃん」 中西にとって、渋沢はウザくて言葉も満足に通じないトンチンカン男だと思っているが、料理の腕だけは認めている。 普段からも何かしら小腹が減ったときにはちょこちょこなんやかや作っているのも知っているし、そしてそれはたいていが三上のためにと作成されたものであるところの恩恵にあずかっているわけで、何を今さら戸惑っているのかがわからないのだ。 「いや、自分にとっては美味いつもりのものを作っているんだが、この場合、三上が美味いものを作る自信がないんだよ」 「……………?」 渋沢語はいつも中西には理解不能だ。 たまには自分にも通じる言語で話して欲しいものだと思いつつ、一応最近の渋沢の作品などを思い浮かべてみる中西は、ちょっと自分のことをお人よしだと思った。 「いつだったかに作ってたお好み焼きすげー美味かったじゃん。えーと去年くらいだっけ?もっと前?俺ネギ焼きってあん時初めて食ったけど、さっぱりしてて食いやすかったからよかったぜ。せっかくだからお好みパーティにすれば俺たちも食えるしいいんじゃねー?」 「三上はネギが嫌いだったんだ…」 「……………あ、そ」 「ネギを食べるとその時の食事全体が無理に食べてる感じになって食べた気がしないって言うんだ……」 三上が嫌いなものだったとなると、もう二度とあのネギ焼きは作成されることがないのだろう。 かなり残念な気持ちを隠せない中西だった。 「えーと、じゃあいつか作ってた野沢菜のチャーハンは?アレ俺すげー美味かったな。野沢菜がピリッと利いててさ。絶妙だったし」 「………三上は野沢菜とタマネギも嫌いだったんだ……」 「……………あぁ、そぅ………」 「タマネギのニオイがダメらしい…特に炒めるとたつ独特の甘いニオイが胸にむかむかくるんだといってた…チャーハンするならネギとタマネギを抜けといわれたんだが、ネギはともかくタマネギのないチャーハンを俺は美味く作る自信がない」 どおりで最近あまりチャーハン出ないなあと思ってたんだ。 チャーハンなんて、男の料理としてはあまりにも定番で、渋沢くらいになるともはや作る気にもならないのかと思っていたが……そうか…三上か。 「あー、じゃ、アレは?サバの味噌煮!お前アレは絶品じゃん!俺、家で食うより全然美味いと思って感動したぞ!それにほら、確かずいぶん前に三上が魚は好きだとか言ってたような気がする!」 「…………確かに三上は魚は好きだとは言ってるんだが………」 「だろだろ!?じゃそれでいいんじゃないの?あとお得意の野菜でも煮付けてだなあ」 「ただ三上は生の刺身とか寿司とかは好きなんだが、煮魚はどうしてもダメなんだそうだ…煮付けると生臭さが出て好きじゃないって…そういう生臭さを消すためにネギを入れるものなんだが、そのネギもダメときていては…」 「……………………………」 「そもそも三上は野菜そのものが苦手らしくて………食べられなくはないからいつもは文句を言わずに食べているらしいんだが、誕生日で喜んでもらうための食事で嫌いなものをムリに食べさせるのももうしわけないし…」 「……あの………三上って何が好きなんだ?」 「……………キムチとか…………納豆とかが好きなのは知ってるんだが………」 「あー、じゃあほら、チゲ鍋とか、豚キムチとか、納豆オムレツとか」 「俺はキムチも納豆も両方まったくダメなんだよ」 「……………あぁ、そうですか…………」 「あのニオイがダメなんだ。それこそあのニオイが、まったくダメなんだ。食卓にあるだけで眩暈がするほどダメなんだ。実家でチゲ鍋をするときは俺がいない時に頼むといっているくらいダメなんだ。韓国に行くのもホントはすごく憂鬱だったくらいダメなんだ。納豆が糸を引くところを見るだけでも涙が滲むほどダメなんだ」 「もういいよ」 「なんで三上は……あんなモノを……!(くぅっ)」 「や、だからもういいって」 「聞いてくれ!三上ときたら、俺がダメなのをわかっていて、わざわざ納豆と奈良漬をぼりぼり食った後に「今ならキスしてやってもいいぞ」とかいうんだ。どう思う!?これは立派にイジメだと思わないか!?」 「……ああ、つまりお前は奈良漬もダメなんだな……」 「俺が蕎麦を食べたら「匂いが消えるまでは側によるんじゃねえ」とか言うくせに」 「ああ、そう言えば監督の持ち込み蕎麦、あいつだけ食ってなかったよなあ」 「三上は蕎麦アレルギーで、ソバガラ枕に触るだけでもダメなんだそうだ…」 「蕎麦アレルギーって、ひどいやつだと命に危険があるとか言うからな。監督も大人気ないとは思ったけどさ」 「なあ、どう思う中西!ひどいだろう!?」 「……………………や…ひどいというか………」 そして渋沢は中西に対してどういう同意を求めていると考えればいいのだろう。 やはり困ってしまう中西だった。 「まあ誕生日らしく無難にバースデーケーキでも作っときゃいいんでないの………あ」 そうなのだ。 「三上は甘いものなんかまったくダメなんだよ〜〜!」 とうとううっとおしくもめそめそ泣き出した渋沢を、引き取ってもらわなくてはならない。 手っ取り早く飼い主を呼ぶべく、携帯を取り出す中西だった。 あー、もう、結局全然すすまねえし。 時計を確かめて、ため息をつきつつハギレを片付け始める。 まあ日々この調子で、ただの日常とはいいがたい日といわざるを得ない三上の誕生日が近づきつつあるのだ。 中西のため息ももっともだと思ってやってほしいのだ。うーん。 =続く= |