隣の中西くん 5


〜事の顛末〜
赤いほっぺ結成物語




「お前というヤツは〜〜〜〜っ!!!」
いきなり大きな声が響き渡り、続いてどたばたとさまざまな騒音が並び、中西はため息をついた。
時刻は夜8時過ぎ。
毎度毎度のことでもはや驚くこともしないが隣の住人は本当に賑やかだ。
まあまだ中西といえども就寝には間があるのでかまわないが、とりあえずやかましいのがイヤだ。
この二人はとにかく騒がしく生きていて、仲良くしててもケンカしても、何くれとなく中西に生活騒音を撒き散らしている。
「仲良く」するのは主に夜も更けた頃に、ヒソヤカなる騒音を立てるものだが、この手の時間帯に立てる騒音はもっぱら騒々しくて暴力的且つ破壊的なものだ。
どっちもそれなりにイライラするのだが、もはやこればかりはどうしようもないらしい。
(いつぞやに入手したイヤーウィスパーは心ならずも大活躍だ)
「てめーこれを!どーするつもりだこれを俺にも着ろっていうかのこのヤロウ!このオトメ男!オトメオトメオトメ!」
「痛いいたい痛いってば三上やめろよ」
べしべしべしべしとたいそうリズミカルな連続音が響いているので、おそらくは三上の連続びんたが炸裂しているのだろう。
まったく三上はいつもヒステリーでいけない。
カルシウムが不足しているとしか思えない。
しかし気軽にいつもくれてやってはいるが、サプリメントの錠剤は、それなりに値段もするので、もう少し自分で補う努力もして欲しいと思う。
三上のお肌はあんなにもしょっちゅうイケナイ夜更かしをしくさっているにも関わらず、ムカつくほどにつるつるだ。
たいした努力もなしにつるつるしているのを見るのは正直妬ましいが(俺がどれほど美容と健康に留意しながら生活をしていると思ってか!)、むしろ××の××が××××していてつやつやなのかもしれない。
まあそれならば、たとえ金をもらっても自分は御免蒙るので勝手に好きなだけつるつるでもつやつやでもなってくれたまえ……
などと自分勝手な(甚だ失礼な)思想を繰り広げていたところでほとほとと控えめなノックの音がした。
ああ、またか……。
隠しもせずに大きくため息をついて、中西は膝の上の布たちを横に放り出してベッドに転がった。
「開いてますぅー」
けだるく答えると、果たして渋沢がのっそりと入ってきた。
やや涙目、しょんぼりと肩を落とした姿は大型の犬のようだ。
「…んで今日は何―?」
めんどくさげに聞いてやれば、くすんと鼻をすすり上げて、手に持っていたものを広げて見せた。
「………ははあ、シルクのパジャマ………マジ買っちゃったの………」
話が始まる前からなんだかぐったりだ。
「三上が暴れたから破れたんだ………」
じわっと再び涙目になりながら、当該箇所をつまんで示す。
ネタかと思ってたら、本気で買ってきたらしいテラテラのシルクのパジャマの、肩の辺りがぱっくりとほころびている。
「せっかく中西に作ってもらったベッドカバーにあわせて買ってきたのに……」
「……ああうん、あわせてくれてありがとう………あんまり合ってないような気もするけどね」
それよりなによりまずシルクのパジャマをお揃いで着るというところに三上の虫唾が爆発したのだろうけれど、もうこの男に何を言ってもしようがない。
どうやらオトメ回路が標準装備されているのだから三上もいい加減飲み込んでやればいいのだ。
自分が着せられるわけではないので中西は無責任にそう思った。
だいたいどうせこんなもの、お揃いで着たところですぐ脱いじまうくせにな!
「まあみせてみなよ」
渋沢から受け取って破れたところを検分してみる。
「あーうん、裂けてるわけじゃないからすぐ直るね。ちょっと待っててよ」
やりさしのキルトの方の針を布に待ち刺しさせて、中西は新しい針と糸を針山から抜き出した。
裏返しにして破れたところに待ち針を打ち、ちくちくちくと繕ってやる。
くりくりと玉結びを作って糸を切るまで3分もかからない。
「ほら。いいよ渋沢。直ったよ」
ひょいと渡してやると、渋沢はぽかあんと口を開けて中西を見つめていた。
あまりにも手早くて、まだにじんだ涙も乾いていないが、すっかり悲しみも忘れた様子である。
「中西は本当にすごいな」
ほぅ、とため息を漏らしながらさっきまで開いていた肩口をためつすがめつしている。
「破れてたところ、まったくわからないよ」
いや、けっこうイイカゲンに縫っただけだけど…
渋沢はちょっと感動し過ぎだ。
まあでも賛辞は惜しみなく受け取るほうなので特に異存はない。
しかし渋沢が惜しみない賛辞を送るときというのは、たいてい後で何かめんどくさいオネダリごとが付いてきたりする場合が多い。
これが顕著なのが対三上で、要するにアイツがいつも渋沢に丸め込まれているのも賛辞とセットのオネダリに負けてほだされるパターンが多いんだろうと思う。
ああまあ三上はどうでもいいんだけど。
「なあ中西」
きた。
その期待でキラキラした目をやめろ。
見えないしっぽをぷりぷり振り回しながら俺を見るな。
渋沢は、手にしたシルクのパジャマをきゅっと握り締めて、ウットリした表情でいった。
「俺もこういうの覚えたい。教えてくれないか?」
「はぁ………。」
やっぱりそれかあ。
遅かれ早かれいつか来るような気がしないでもなかった。
まあアレを作れこれが欲しいといわれるよりはマシだからいいか。
料理の腕を見るに、そんなにも不向きではなさそうだし、自分で作るようになれば自分のものは自分で賄うようになるだろう。
まあお針子仲間が増えるのも、関係無いながらも少し嬉しいといえなくもない。
すばやく頭の中で計算をめぐらせ、このオネダリはそう自分に不利益でもなさそうだと判断して中西は頷くことにした。
「まあいいか。教えるくらいな……」
「それで文化祭とかで作品展示とかできる位になりたいな。有志サークルとか組んでな」
「……まあ教えるくらいならかまわないけどさ………」
有志サークルとか、まあ三上とでも一緒にやればいいと思うし。
それまでにまた隣で騒ぎを起こすだろうが、そうなってももう自分で直せるだろうから俺には関係ないし。
それにしてもどうしてこう、渋沢の思考はいちいち背中の見えない速度で走っていってしまうんだ。
すっかり文化祭で展示する作品のことでも夢に見ているのか鼻歌でも歌いだしそうな渋沢をみて、ああ俺はこいつと同室でなくてよかったと思う中西であった。




「お前というヤツは〜〜〜〜っ!!!」
いきなり大きな声が響き渡り、続いてどたばたとさまざまな騒音が並び、中西はため息をついた。
毎度毎度毎度のことでもはや驚くこともしないが隣の住人は本当に賑やかだ。
今夜はどんな理由で騒いでいるのか、もはや興味もないが(そもそもその「理由」に興味があったことが一度たりとてあったためしも無いわけだが)とりあえずやかましいのが心底イヤだ。
しばらく騒ぐ声がしていたが、やはりまたしてもほとほとと控えめなノックが聞こえ、涙目の渋沢と、今回は目を吊り上げた三上も一緒にやってきた。
「なんだよ〜痴情のもつれ相談?言っとくけどそんなケンカ腰なんだったら俺だって三上の肩持たないよ」
「ちげーよバカ。お前、渋沢に何教えてんだよ。見ろよこれどうしてくれんだ」
「バカとは失礼な。俺が何したって言うのよ〜」
バシッと三上が投げつけてきたものを広げて、中西はなんともいえない気持ちになった。
それは三上の制服のカッターシャツだった。
武蔵森の制服は、片腕に本人のイニシャルが縫い取られている。
入学時に採寸してオーダーして作る本格派なのだ。
動きやすく、身体にぴったりフィットして、仕立てが良いのが特徴だ。
しかし本来イニシャルが入っている左腕だけでなく、なぜか右腕にもA・Mと縫い取りが施されている。
そしてその右腕のイニシャルは、裏糸が引き攣れてギャザーがよってしまっている……。
これは三上が怒るのも無理はない。
中西はふーとため息をついて、人差し指をチチチと振って見せた。
「………あのさあ渋沢。なんでこういうことになっちゃうわけ?」
渋沢はぐすんと鼻をすすり上げると、ぽつりぽつりと話し出す。
「よくわからないんだ中西……教わったとおりにしているのに、なぜかこんなになってしまうんだ。引っ張る力が強すぎるからかな?」
そこじゃねえ!と大声を出す三上は置いといて、中西はあごに手を当てた。
「そうだなあ。裏糸はたるまない程度で、も少しゆったり目に引いたほうがきれいに仕上がるんじゃない?まあその前に縫い目が揃ってないからがたがただけどね」
「うーん、縫い目か…なかなか中西みたいにはいかないんだ…」
沈痛な表情で、うつむく渋沢。
「ちげーだろお前ら!!!そもそもなんで俺の制服でこんな練習しやがるんだよ!それにこんなとこに黒猫のアップリケなんかつけてんじゃねえよ!」
胸ポケットのエンブレムの横に、黒いネコのシルエットがくっつけられている。
「うーん、俺も黒猫はちょっとどうかと思うなあ渋沢」
「三上に似合っててかわいいと思ったんだけどなあ」
「それにやっぱり両肩にイニシャルが入っちゃうのも、むしろバランスがよくないんじゃない?」
「そうか……次はもう少しバランスに気をつけるよ」
「だ・か・ら!そういうことを俺の制服でやるな!とりあえず中西!変なこと教えやがった責任とって直せ戻せ元に返せよ!」
びしぃ!と指を指されるが、中西はアメリカンに肩をすくめて見せる。
「んなこといったって三上、刺繍を取るのは糸抜けばいいだけだけどね、布地に開いた針穴はまったくの元通りにはならないよ」
一応補修はしてみるけどさあ。
裏の糸具合をつつきながら中西はぷんと口をとんがらかした。
「そもそもなんで俺がタダでそんな補修まで請け負ってやんなきゃならないのよ〜」
「どの口がそういうことを言うんだよ!」
三上はきいっとヒステリーを起こして足をだんだんと踏み鳴らした。
「お針子クラブはお前ら二人でやれ!俺を巻き込むんじゃねえ!」
怒るだけ怒って、三上はくるりと背を向けた。
「ぜってー直しとけよ!」
ばたん!
足音も高く出て行った三上に、またしてもしょんぼりと渋沢は肩を落とした。
「せっかく俺とお揃いでかわいくしたのにな…」
「いや、かわいくしたのがいけなかったんじゃない?
……まあ、それだけじゃないと思うけどさ」
「まだまだ俺の技術がヘタすぎたんだろうな…」
「いやー、多分巧くなってもあまり歓迎されないと思うけどねえ」
「それにしても三上も三上だ。『お針子クラブ』って言うのはどうなんだ?あんまりにもセンスが無いと思わないか?」
「……いや、その辺については俺はどうでもいいけどさ……」
「なんだか『おにゃんこクラブ』とかみたいであまりにも今ひとつじゃないか。いくら三上とは言え、こればかりは俺は受け入れられないな」
「……好きにしてください」
『おにゃんこクラブ』という単語が出てくるあたりは高年齢指定小説なのだが、とりあえず渋沢の年齢詐称疑惑ですべて片付けられる。
「中西は何かいいアイデアはないかな?」
中西はしばらく渋沢の顔を眺めていた。
よっぽどびんたを食らったのかビミョウにふっくらしている。
「……『赤いほっぺ』とかにしとけば?」
純粋にイチビリだった。
「ああ、それはいいな」
しかし渋沢はぱっと顔を輝かせ、嬉しげに手を叩いた。
「うん、それはいい。『赤いほっぺ』か。なんだか幸せの象徴って感じがする。さすがは中西だ。『お針子クラブ』よりずっといい」
幸せの象徴ねえ。
まあ方向としては間違ってはいまい。
それにもちろん自分には関係が無いことだしな。
「とりあえず、三上のシャツはしょうがないからなんとかしといたげるよ。今日はそろそろ帰ってくんない?
俺もうそろそろ寝ないとお肌に悪いんだよね」
「そうか、じゃあ帰るよ。今夜はありがとうな、中西。……『赤いほっぺ』かあ…(にっこり)」
そして渋沢も帰っていった。



とりあえず、明日三上の着ていく制服がこのままというのも憐れなので、何とかしてやらねばなるまい。
中西は少し寝るのをガマンして、リッパーを使って糸を切って全部引き抜き、アイロンのスチームを当てて布地の傷みを補正した。
ポケットに付けられた黒猫のアップリケもはずしておく。
面倒くさいが、まあ正直自分でなくて良かったと思うので、三上には同情する。
しかし、お揃いといっていた。
渋沢のシャツがどうなっているのか。
見たくもないような気もするが、武蔵森の守護神として、あまりに度を越しているようなら監督からの指導が入るかもしれない。
まあ幸いながらも自分には関係が無いので、さっさと作業を済ませて中西は寝ることにした。
つるつるのお肌は充分な睡眠から。ぐうぐう。





その年の秋、文化祭の活動計画もたけなわになり始める頃。
オヤクソクどおり、サッカー部でも何か活動をすることになり、ミーティングの時間には「女装喫茶」だの「演劇」だののお題目がホワイトボードに並んだ。
もちろんこの場合、一通り三上が嫌がって暴れてみたり藤代が喜んで手を上げたりのオプションももれなく付いてくる。
議事進行役を担っている笠井は鋭い目つきで一堂を見回し、さくさくと進行する。
「それでは担当時間の割り振りは一覧にして書き出します。それぞれ1軍、2軍、3軍内で均等に人数を分けて、役割分担します」
クールで手際がいい彼はこういう議長にうってつけである。
「大雑把に分けてみましたので都合の悪い人は申し出てください。じゃあ1軍から、1日目午前、近藤先輩、根岸先輩、俺笠井、1日目午後前半、辰巳先輩、高田先輩、間宮、1日目午後後半、中西先輩…」
その時、不意に渋沢が手を上げた。
「あ、すまん、中西は14:00〜17:00はダメだ。悪いが人数からはずしておいてくれ」
「はい?俺、その時間は別にクラスの担当じゃないよ〜?」
「『赤いほっぺ』を忘れたのか」
「………………はい?」
笠井が鋭い目つきでじろりと見つめ、無言のまま続きを促す。
「実は俺たちは今年、有志サークルでの展示も申し込んでいるんで、出来ればそちらを優先したい。もちろんできるだけクラブ展示とクラス展示にも協力はさせてもらうが、なにしろこちらは少人数なんでな」
「はあ、そうですか。ではほかにも都合の悪い時間はすべて書き出しておいてください。特に渋沢先輩は申し訳ありませんが、事前準備として食品の下ごしらえはご協力いただきます」
「うん、わるいな。そちらはできるだけ頑張るよ」
「ではキャプテンと中西先輩を除外しまして、1軍の先輩方…ああ、それじゃあ三上先輩も考慮したほうがいいんですか?」
「えっ。俺は基本的に関係ねーけど。2日目はたぶんクラス企画のほうで手が離せないからほかの日に割り振っとい……」
「いや、三上はきっと受付を手伝ってくれると思うからやはり考慮しておいてくれ」
「お前は何勝手に決めてんだ」
ひとしきりうるさいのでいつもどおりほっといて、笠井はどんどんと議事を進行する。
「では中西先輩と三上先輩には後片付けか事前準備かどちらかを選択していただきます。1軍割り振りはもう一度組みなおすとして、2軍のほうはまとまりましたか?」
ここでようやく衝撃から立ち直った中西が渋沢を捕まえた。
「ちょっとちょっと、なに俺入ってんの」
渋沢は極当然そうににこりと笑った。
「だって中西、リーダーが何を言ってるんだ」
「リーダー!?俺リーダー!?」
何を当たり前なことをいまさら、と言わんばかりの笑顔で渋沢は大きくうなずいた。
「中西を中心に活動中なんだから当然じゃないか。大丈夫、実行雑務は俺がするからお前は張り切ってすばらしい作品を仕上げてくれ」
「張り切って…って……」
「サークル名だって中西がつけてくれたんじゃないか。本当にいい名前だよな。俺はたいそう気に入っている」
「……いまどき『たいそう』とかいうヤツもあんまりいないような気がするし……」
もはやどこにツッコミを入れるべきかわからなくなってしまう『リーダー中西』であった。
「おいお前渋沢!俺こそは完全に関係ねーだろが!
言っとくけど俺は作品展示なんてしないからな!」
「だって俺と中西だけじゃ、受付に座ってるのも手が足りないからな。もちろん三上は作品はいいよ。作ってくれるにこしたことは無いけど。こんな俺たちを手伝ってくれるのは三上しかいないしな」
「いや、渋沢、「こんな俺たち」って、なんか俺が自動的に数に入ってるんですけど…」
ものすごくいつもの三上の気分を味あわされてイヤーな気分になってしまう中西だった。
「頑張ろうな、中西、三上。なんたって『赤いほっぺ』は幸せの象徴だ」





幸せな人……渋沢克朗………







      =Fin=






  ◇コメント◇

最近気になっているマンガ「乙男〜オトメン〜」は、あまりにも理想の渋沢っぽいのでどきどきしています。
飛鳥ちゃんが渋沢に見えて仕方ないのです。
もはや変換する必要もなく、普通にそのまま渋沢に見えているのです。
渋沢もきっと「恋をするとなぜ少女マンガを読みたくなってしまうんだろう…」とかいいながら
ベッドで転がったり、頬を染めて立ち読みしたりしてるんだと思います。
渋沢が窮地に陥ると、三上が馬に乗って助けに来てくれるんだ。(←笑)
カッコいいなあ(笑)(笑)(笑)



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