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もう、夜の12時も回るというのに、どうやら予定していた仕事が終わりそうにない。 上の手違いとかで、遅れてきた事務関係の仕事の処理を筆頭に不運に不運が重なって、締め切りまでにいくばくもないものがいくつか。先送りにしてもたぶん大丈夫なのだろうが、明日だってどうなるかわからないのだから、できればなるたけ早く片付けてしまいたい。 予習はひとまずあきらめた。まあ、昨日少し余分に進めていたので、言うほど問題ではないだろう。 「まだ、終わらないのか?」 隣でどうやら課題を終えたらしい三上が頬杖をつきながら訊ねてくる。 「あ、もう少しなんだ。三上は終わったのか?」 「まあね」 「もう、休むか?」 三上は少し考えて、「そうだな」と答えた。 試合が近いので、必然的に練習が若干ハードになり、たぶんその所為だろう。最近三上はパソコンに電源を入れることもなく休んでいる。もう一度時計を見る。 「……オレはもう少しかかるから、すまないけど、ここの電気消せないんだ」 「あ?別にいい。真っ暗じゃないと寝れないなんてコトないしな」 そんなふうに言うけれど、この手元だけ照らして作業可にするライトは眠りを妨げるのに十分な威力を持っている。 しかも、渋沢の後方にある渋沢のベッドは他でもない渋沢が遮光の役割を果たすので、いいとして、斜め後方に当たる三上のベッドなんて直撃だ。 「………ああ、そうか」 そこで、思いついた。 「三上、今日はオレのベッドを使ってくれないか?」 「?」 「光、まだ少しマシだと思うからさ」 三上、見比べて。 「わかった。でもお前もいい加減にしとけよな」 夜更かしは肌に悪いゾ、なんて言いながら、渋沢のベッドにもぐりこむ。 確かに眩しくて眠れない、ということはなさそうだった。 「ああ、おやすみ」 「おやすみー」 真後ろに三上の気配。 ベッドも枕も同じものだから、たぶん大丈夫。 しばらくもそもそしていたけれど、自分の落ちつくかたちになったのだろう。動きが止まった。 「……………」 そっと、プリントをめくる。音を立てないように。 イスの軋みも最小限に。すべて無意識の行動。 渋沢はやっと作業を再開した。 そっと、目を開く。渋沢はやっと作業を再開したようだ。 ったく、ひとのコト気遣う前にてめえのコトを考えろよ、なんて。 つくづく、あきれてしまう。 天井には渋沢の影が伸びて、それが微動だにしないことに三上はそっと笑いを噛み締めた。 自分以外の気配のする部屋。 考えて見れば、今まで、家族ですら、同じ部屋で休んだことはなかった。 あるとすれば、物心もつく前の話。 記憶にもないような、そんな昔の話。 そんな感じで、ずっと一人が当たり前になっていたときに、寮に入ることが決まって、正直うざったいと思った。 さして、広くもない部屋に、生活リズムも趣味も思想もすべてが違う同じ歳の人間と、いっしょくたにされるなんて、憂鬱もよいところで。気を遣うのも遣われるのも好きじゃない自分としては、学校生活よりももっとこっちの方が心配だった。 それが、この順応力。 そこに人がいるのが当たり前で、朝夕のあいさつも、スケジュールなんかの伝達も何の抵抗もなく、こなしている自分にある日ふと気づいたりして。 ああ、同室がこいつでよかった、なんて。 同じ時間を過ごしていると、いつの間にやら、家族のようになる。 自然に相手のことを思って行動したり、最初はうまくできなかったけど、渋沢はとても気持ちを汲むのがうまくて、何かを言うわけではなかったけれど、わかってくれていたから、とても隣にいるのが心地よかった。安心できる、なんて、よっぽどのことだろう? 例えば、夜。 一日で、何かイヤなことがあったり、自己嫌悪に陥ったりした時、暗闇が圧迫感を持ってのしかかってくるような気がした。静寂は耳が痛くなるほどで。 それが、ここに来てからなくなった。 もし、耐えられなくなったら、声をかければいい。 きっと、応えてくれるから。 そんな確信。 そんな安心をくれるから、気を張り詰める必要がなくなった。 外で疲れたり、傷ついたりしても、帰ってくるところがあるから。 部屋はあくまで象徴で、渋沢がいることが重要なんだけ……ど? 「あれ?」 そんなふうに感じている自分。 今までだったら、こんなこと、絶対に思わなかった。 いつも、身体を丸めて寝ていた。 それは、安心しきれてないからだって、誰がいっていたんだっけ。 ああ、そういえば、気のせいか寝相が悪くなったような気がする。 人の気配。渋沢の気配。 なぜだろう。今日はいつもより気分よく眠れそうだ。 今までずっと、相手を気遣うようにと教育を受けてきた。 知識として、相手の感情を察し、機微に敏感になる術を身につけ、相手に不快感を与えぬようにする。 それが当然のことだったし、それでうまくいっていた。 疑問もなかった。 それなのに、三上に対しては少し違うような気がする。 考えるより前に思いつく、そんな感じ。 お前でよかった。 ただ、そう思うんだ。 理屈じゃなくて。 不器用なことも、プライドが高いことも、ほんとはすごく優しいことも全部知ってる。 いや、こうやって、長い時間一緒にいられたから、知ることができたんだ。 だから、これは奇跡みたいなもの。 出会えなかったかも知れない、ホントの三上に会えたから。 前、オレに気ぃ遣いとか言ってたけど、三上にだけはそんなコトはしていないよ。 自然に。まるで呼吸をするように、三上のことを考えてしまう。 それだけのことだから。 三上の横はとても居心地がいいんだ。 だから、オレも三上にとってそんな存在でありたいんだ。 たとえ、ほんの少しでも、三上がオレの横でくつろぐことができたら。 それは、ぜいたくな願いだけど。 やっと終わって、時計を見ると、2時ちょっと前。 振り返ると、三上はすやすやと寝息をたてていて。 より幼く見えるその寝顔にどうしようもなく幸せな気分になった。 よい眠りを得ることができるのは、よい環境にいるから。 その環境の構成の一部にでもなれているのかな、なんて。 照明を消して、三上のベッドにお邪魔する。 そうか、いつもこんなふうに見えているのか。 ささいなことが大きな発見で。 今日はいつもより、気分よく眠れそうだ。 終わり。 |