| eden | ||
まだ滴の落ちる髪。上気した肌をすべる水をバスタオルで拭う三上。 熱を交し合って、その次の朝。シャワールームをでてくるときちんと着替えが用意されていた。相変わらずのそつのなさ。 たまたまスケジュールの調整がついて、本当は今日だけだったはずのオフが半日早く確保できた。 久々だからとかそういう理由を云々というより前に、相手の熱を躯が欲して、渋沢の住まいであるここに到着するや否やそういう展開になってしまったのは、どちらか一方の所為というワケではない。 「……にしても、これってパジャマ……?今日一日寝て過ごすつもりかよ」 広げてみると白基調の綿生地のパジャマなのがわかった。しかも新品。サイズも渋沢用のものでなく(もしそうなら袖と裾はふた捲くりくらいは必要?)三上本人に合わせたもののようだった。 「わざわざ買ってきたのかねー」 だいたい、ここに来てパジャマの必要性を感じたことがないもんなー、と考える。その理由は言わずもがな。 「まあ……いいか」 真新しい生地の匂いがするものに袖を通して、リビングへいくと部屋中コーヒーのよい香りに満たされていた。 キッチンから姿を現した渋沢はシャツにジーンズという服装。こうしているとサッカー界の新星なんて騒がれているのが信じられないほどの『普通っぷり』。 「あいたぜ」 「ん?ああ…いいタイミングだったな、三上。今ちょうど淹れたところだ」 カップはひとつ。どうやら三上のためだけに用意したらしい。 「サンキュ」 「じゃあ、いってくる」 後ろ姿を見送って、ソファに落ちついてコーヒーをすする。美味。 そういえば、明るいうちにこんなふうにしているなんて、めったにないこと。 部屋を見まわして、なんとなく探索してみる気になった。 渋沢という男は家に余分なものは置かない。 生活に最低限必要なもの以外のものをここで見つけ出すのは至難のワザ。 殺風景に見えないのは一重にあの男の人柄に寄るものだ。そういえば、寮生活では最初っから不要なものの存在を推奨されなかったので、あまり違和感を感じることはなかったし、自分もあまり物を並べるのを好まない性格だったので、気にも留めなかったものだが。 「……テレビも俺が言ってから買ってきてたよな、確か」 観る時間が近頃は惜しい、とか言っていた。 そんなテレビ。思わず笑いがこみ上げてくる。 「?」 そんなテレビの横に三上は考えられないものを見つけた。 「…プレステ?」 一応繋いではあるようだ。 そして、さらにその横には開封済みではあるものの新品同様のソフト。 「……これって」 思い出したことがある。当時ハマっていたゲーム。藤代や笠井やらと会ったとき、ちょうど流行っていて、話題になって盛り上がっていたとき渋沢だけ話に入れなくて、完全に聞き役に徹していたっけ。 「…まさか、それで買ってきたとか?」 ますます似合わない。一人で渋沢がTVゲーム? 「こういうところ、憎めねーよな」 いいヒマつぶしの相手がみつかった。 三上はテレビの真ん前に陣取って、パワーをONにした。 戻ってきた渋沢がみつけたのは、TVゲームに熱中する三上の後ろ姿だった。集中のあまりこちらには気づいていないようだ。 「…………三上」 「ああ?ちょっと待ってくれ、今、手が放せねー」 軽快な音楽。渋沢は苦笑すると別室から持ってきたブランケットを手に三上の傍らに座りこんだ。それを横目でちらりと見た三上。 「!って、お前、その格好!!」 と、同時にデュアルコントローラーに振動。派手な音と画面いっぱいの『GAME OVER』。 「あ、ゲーム・オーバーだぞ、三上」 画面を指差す渋沢に、三上はガクリ脱力。 「……いいよ、別に。それよか、なんでお揃いなんだよ」 「?」 三上の動揺ぶりのワケを正しく理解できずに、渋沢がなんとなく首を傾げる。 その服装は、三上の言うとおり三上とサイズ違いの白いパジャマ。 「いや、デザインが気にいったから買って来たんだけどな?」 「……………」 どうやら他意はないようなので、文句を言うだけムダっぽい。 「何か気にいらなかったのか?」 「……いや、別に」 そういう問題じゃないんだけどな、と思う。しかし、妙にこちらだけが意識しているというのもヤな感じなので、これ以上の追求は断念。まあ、人前に出るワケではないので、もういいや。 「………面白いか?」 ゲームの話らしい。 「ああ、面白いぜ。久々だったからなかなか勘が戻ってくるまで苦労したけど。2Pでやってみる?」 「……俺はそういうのがさっぱりでな」 「……あ、そっか」 そう言うと思った。考えて見れば、趣味で一致するのなんてサッカーくらいだったもんな。 食べ物の嗜好なんて、甘いものを俺が食べれないから決定的だしな。 「……じゃあ、止めるわ」 せっかくの時間。渋沢が大切にしているのを知っているから。 スイッチに伸ばした手。それを渋沢の言葉が遮った。 「…だから、三上。教えてくれないか?」 すでにコントローラーを手にしている。 「…………どういう風の吹きまわしだ?」 まさか、本当にゲームに興味がわいたわけなんてないだろうに。 「お前の好きなものがどんなものか知りたいんだ」 真剣な目でそんなふうに言われて、三上は一瞬渋沢の顔を凝視した。 「……三上?」 「………………」 「……コントローラー、こっちでいいのか?」 「…あ、ああ?……うん。それでいい」 不覚。不意打ちにやられてしまった。 「…参るよな……」 ぼそり、呟いた言葉。 「何が?」 渋沢が訊きかえしてきた。 「なんでもねーよ」 そんな三上に自分ごとふわりとブランケットをかけて。 「あ」 だいぶ進んだところでついにゲームオーバー。 コントローラーを置いて、一息。 「結構うまいじゃねーか」 お世辞ではなく三上がそう言ってやると、渋沢は嬉しそうに笑った。 「先生がいいからな」 「言ってろよ、ばーか」 言い終わらないうちに抱き上げられ、渋沢の腕にすっぽりとおさめられてしまった。 ため息がひとつ。 そして、微笑。 背中越しに伝わる体温と鼓動。 「甘えてんじゃねーよ」と言ってやったら、苦笑が返ってきた。 ぎゅっと抱きしめられて、思わず吐息が漏れる。 「ゲーム、俺のために買ったわけ?」 「ああ」 「TVも?」 「そう、TVも」 「じゃあ、このパジャマも?」 「うん」 「…………」 「なんか、部屋に三上のためのものが増えるのが嬉しいから」 うなじにかかる息がこそばい。 くすくす笑いながら渋沢に凭れかかった。 「なぁ」 「ん?」 「あんまり増やすなよ」 「…なぜ?」 表情が見えない。 でもきっと、戸惑った顔をしている。 いつだって、こっちをドキリとさせるようなことをいとも簡単にしたり言ったりするくせに、どうしてこんなに不安がるのやら。 「……そんなの決まってるだろーが。これ以上居心地よくされたら困るから、だよ………って渋沢?」 首筋にキスされて、思わず身を竦める。 「三上」 「…なんだよ」 「一緒に住まないか?」 ボタンがひとつ外されて、はだけられた肩にキス。 「………そうだな…………」 それも、悪くないかもな。 そんなことを考えながら。 その答えは、甘く掠れて渋沢の耳に届いた。 |