誰よりも傍にいると知っているから。
些細な変化にも気づいて欲しい。
その視界に、いつも俺を入れておいて。
〜Satisfy〜
授業が終り、いつものように1軍の練習が始まってもうすぐ1時間。
あと少しで1回目の休憩が入る寸前、一度渋沢がボールを止めた。
……三上は、それに気づかない。
集中出来ていないせいだ。
「三上。」
背中から聞こえた声に振り向くと、不意に渋沢の額が三上の額にぶつかった。
「……なっ。なんだよ!」
後ずさって体を離すと、渋沢が目を細めて三上を見下げている。
三上は、赤くなった顔を抑えるのに必死だ。
そんな至近距離に渋沢の顔があったら、驚くに決まってる。体を離したと言っても、至近距離なのは変わらない。
「なんだじゃないだろう。お前の動きが鈍いなんて滅多にないんだぞ。
……熱があるわけじゃないみたいだ。どうした?」
額を当てたのが、熱を測るためだと解かる。
「あのな……。熱測るんだったら、手でやれ! 手で!!」
「俺はグローブをはめてて手がいつも熱いからな。手で測るとあてにならない。」
「……そうかよ……。」
一気に脱力したところで、自分が目に見えて集中していなかったのなら仕方がない。
ため息を深呼吸に替えて、跳ねあがった心臓を落ちつかせる。
「わり。なんでもねーよ。あと少しで休憩だから、なんでもねぇって。」
「本当だな?」
「ああ。倒れたりはしねぇって。」
「それなら……。あと10分。集中しろよ。」
「お―。解かった。」
……その10分、目が廻りそうな三上だった。
「ちくしょ―。何も入ってねぇ……っ。」
休憩が言い渡されると、三上はダッシュで部室へやって来た。
鞄をあさって、どうにか今の自分を満たせそうな物を探すが、今日に限って何も入っていなかった。
はぁ……。
ため息が漏れたが、どうにもならない。
すると、追って来たのだろう渋沢が、ドリンクを持ってやって来た。
「何なんだ。三上。俺に隠し事するなよ。」
「別に、隠し事してるわけじゃねぇよ。」
「だったら何だ? 水分も摂らないで――それこそ倒れるぞ。」
渋沢が、三上に向かってドリンクを差出す。
――手がつけられていない。
「――…ってるだけなんだって。」
視線をずらして、言う。
「――聞こえなかったぞ。何だ?」
「ハラが減ってるだけなんだって!」
そう言われた渋沢は、一瞬の間のあと思いっきり吹き出した。
「あ! てめ笑うな!」
「す、すまない。でも、それならそうと……っ。」
渋沢が、声を殺して笑う。
いつも傍にある笑顔だ。
三上を、穏やかに満たす笑顔だ。
ひとしきり笑った渋沢は、自分の鞄の中から小さな箱を取り出した。
それは、チョコレート味のカロリ―メイト。
「ほら。食べとけ。これで、あと2時間は大丈夫だろう。」
「――いいのか?」
「俺は大丈夫そうだから。」
「サンキュ。」
「食べる物食べて、飲む物飲んでくれ。――三上が動けないと、気になって俺も動けなくなる。」
いつも、その背中を見て廻りの状況を判断する。
その背中が動かないのは、何も語らないのは――不安だ。
三上は部室の机に腰掛けて、カロリ―メイトの箱を開ける。
それを見て、渋沢がドリンクを開けた。
カロリ―メイトを頬張る三上に、
「詰まらせるなよ。」
そう言ってドリンクを渡す。
「ああ。サンキュ。」
ひとくち飲んで、渋沢にそれを返す。
「お前も飲んどけよ。」
ふたりの間に、ドリンクが1本なのは日常だ。
ひとつを分け合えるから、こんなに近くにいるのかもしれない。
休憩時間の10分が、ゆっくりと流れて行くように感じた。
ドリンクが空になりかけて、三上ははっと気がついた。
「わりっ。渋沢。俺、全部食べちまうとこだった!」
気がつくと箱は空で、三上は手に持っていた分も半分かじってしまっていた。
「俺はいいから。――食べていいぞ。」
そう言うものの、渋沢も食べるつもりだったから鞄にこれを入れてあったのだろう。
――三上は半分かじってしまったカロリ―メイトを、渋沢の口の前に運んだ。
食べるだろうか?
それは半信半疑。
「ほら、口開けろ渋沢。あ――。」
三上自身が口を開けている。
少しだけ、鼓動が早くなった。……ほんの少しだけ。
三上の表情が穏やかに変わっている事に気がついているのは、いま傍にいる渋沢だけだ。
渋沢は体を屈めて、何も言わずに口を開ける。
その中に、三上がたった半分のカロリ―メイトを押し込んだ。
渋沢の口が……押し込んだその三上の指に、触れるか触れないかのところで閉じられた。
「寮に帰ったら、俺のやつやるよ。」
目を細めて、口の端を上げて三上が言う。
――それはいつもの、余裕のある時の話方。
「――足りたか?」
渋沢が、三上に残りのドリンクを渡す。
「充分過ぎるくらいだ。」
一気に残りのドリンクを飲み干した三上が、にっこりと笑った。
「――お前のおかげ。」
渋沢も、それに答えて柔和に笑った。
満たし満たされることは難しいかもしれないけれど、
こんな風に、近づいて確かめ合いながら望む物を与えられる関係も良い。
以心伝心も信じる変わりに、言葉も、態度もすべて受け入れられる時間と心の余裕が欲しい。
大きくなくて構わないから。
ひとりだけを理解できればいいから。
それだけで、満たされるから。
渋沢だけを。
三上だけを。
理解したい。
「そろそろ時間だ。行くぞ。三上。」
「おう。前半動けなかった分、取り戻すぜ。」
「――そうしてもらわないと、監督に呼ばれるぞ。」
「……それを言うなよ……。」
部室を出る寸前に、三上の髪に渋沢の手が触れた。
すべてを満たす。
それはお互いの存在だ。
=終=
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