ID不動産金融レポート
第2・第4火曜日発行 発行者:井出不動産金融研究所 論説主幹:井出保夫 
Identity(アイデンティティ) 中国はデフレなのかそれともインフレなのか(161号より) 

政界経済を見渡すと、日本は自他ともに認めるデフレの状態であり、独仏それに英国に代表されるヨーロッパ経済も最近デフレの兆候が見られるようになってきた。一方米国はFRB(連邦準備理事会)をはじめ、多くの経済専門家が一貫してデフレの兆候は見られないと主張している。驚くべきことに、米国内では今もデフレよりもインフレを心配する声のほうが大きいのだという。昨年発表されたFRBのレポート:『Preventing Deflation ― Lesson from Japan's Experience in the 1990's(いかにデフレを防ぐか ― 1990年代の日本の経験からの教訓)』によれば、日本のデフレがここまで悪化した最大の原因は、1991年から95年にかけて日銀が金融を引き締め過ぎたからであり、その時期に市場金利をあと2%程度低くしておけば、90年代の終わりには日本のデフレは終息していたはずだという。要するに米国は、日本のデフレは金融政策の失敗がもたらした人災に違いないので、金融政策さえ間違わなければ米国がデフレに陥ってしまうことはないと信じ込んでいるのである。それでも米国のデフレリスクを無視することはできないわけだが。

ところで、世界の関心は実は中国経済がデフレなのかインフレなのか、その実態解明に絞られているのである。折りしも、今週から始まった第10期全人代(全国人民代表大会)では、今後中国が市場経済に完全に移行していく過程で必須とされるインフラ基盤整備策として、私有財産法の成立が最重要課題となっているが、それ以上に注目されているのが不動産バブルを中国政府がどうやって退治しようとしているのかという点である。現在の中国経済は、実は専門家から見てもデフレなのかインフレなの判断が難しい。一般的には物価の下落は継続しているのでデフレだが、不動産価格の動向を見る限りはインフレだと説明されているようだが、要するに現在のデフレとインフレが混在する状況が、いずれどちらの方向に流れるのかが誰にも読めないということらしい。日本の暗いブルーなデフレと違って、中国のデフレは活気にあふれたすごいスケールのデフレに映るらしい。

インフレの兆候は多々ある。その代表はやはり不動産市場の過熱感だろう。2008年に五輪開催を控えた北京やその後に万博開催を控えた上海では、高級マンションの建設ブームが続いているし、それに関連した土地取引が活発している。開発ラッシュを反映して土地の使用権の売買価格も著しく上昇しているし、賃料相場の上昇も急ピッチを続けている。銀行の住宅ローン貸出量も拡大し、マネーサプライの伸び率が20%近くまで上昇している点もインフレを予感させる。

一方でデフレの兆候も根強く残っている。例えば消費者物価指数は相変わらず前年比マイナスの動きが続いているし、開発ラッシュが続く割には物件の販売は低調気味で、北京のマンションの空室率は15%程度まで上昇していると言われている。売れ残りマンションは値引き販売されるか、賃貸用にまわされるからだが、いずれの在庫も過剰気味だというから、10年前の日本のバブル崩壊直後の余韻がまだ漂っている状態と見えなくもない。もしそうであれば、中国はデフレの入り口に立っている状態なのかもしれない。

こうしたデフレとインフレの見方が分かれるなか、今月に入って(全人代の開幕にあわせて?)中国政府は不動産のバブル退治に乗り出した。具体的には地方政府による高級別荘地向けの土地供給の凍結と、中央銀行である中国人民銀行による不動産担保融資の引き締めである。中国では高級別荘住宅は不動産投機の代表的な物件らしく、実需をはるかに上回る投資用のニーズに支えられているという。政府はこれの供給量を抑えることで、相場の過熱感を緩和しようと考えているらしい。不動案融資規制では、不動産業者向けの融資掛け目を70%以下にするよう指導し、個人向けのローンでは頭金を必ず取るよう促すという。まるでバブル崩壊時に政府と日銀が行なったバブル潰しと同じストーリーである。日本の教訓を生かすのであれば、不動産市場の過熱感を抑えるために土地の供給量を規制するのはかえって逆効果になる。政府は土地の供給量をむしろ増やすことによって、市場をクールダウンさせるべきだったのである。これで人民銀行がバブル潰しのために金利を急激に上げ始めたら、日本がバブル潰しで犯した失政の再来になる可能性が高い。中国はアメリカほど日本の90年代の失敗体験に学ぼうという気がないようだ。
 
今後中国がデフレに転じるかインフレに転じるかは、現時点ではとても判断できないことだが、日本のようにバブル潰しに失敗して経済成長の勢いを止めて欲しくないというのが筆者の正直な気持ちである。たとえデフレに陥ったとしても、中国の巨大なマーケットは世界にとって大きな魅力には違いないのだから。

Finance(金融) 拡大するノンリコースローンの有利な点/不利な点(169号より)

不動産証券化市場の拡大に伴って、ノンリコースローンの残高が急増している。日経新聞の報道によれば、信託銀行を含めた邦銀大手7グループ(みずほ、三菱東京、三井住友、UFJ、りそな、三井トラスト、住友信託)の今年3月時点の同ローン残高は、前年同期比2倍の2兆円に達したという。さらに、ここには含まれていないが積極的にノンリコースローンを貸し出している金融機関として、新生やあおぞら、東京スター銀行等の新顔外資系やJPモルガン、モルガンスタンレー等の米国投資銀行系、オリックス、GMAC等のノンバンク系など、貸し手の顔ぶれは多岐に渡っているので、これらを含めたノンリコースローンの総貸出し残高は3兆円をはるかに超えているのではないか。そもそも、ノンリコースローンは米国で生まれ育ったファイナンス手法であり、日本では1998年にJPモルガンが、モルガンスタンレーによるライオンズマンションのバルク買い向けに初めて融資実行したとされているが、その後は外資系に限らず、邦銀やノンバンクを巻き込んだ貸出競争が展開されてきた。中小企業への貸し渋りが問題視されるなかで、商業不動産投資向けのノンリコースローンは着実に拡大を続けてきたのである。

ノンリコースローン(Non-recourse Loan)は、実務者の間ではウィズアウトリコースローン(Without-recourse Loan)と呼ばれることの方が多いが、いずれも日本語訳では「求償権が遡及しない融資」といった難解な解説が付き物である。しかし、その実態はいたってシンプルかつ合理的である。最適な理解をするためには、質屋の仕組みを思い浮かべるといい。質屋は通常質種(しちぐさ)が持ち込まれると、持ち込んだ人の素性に拘ることなく、質種の価値の所定の掛け目を乗じてカネを貸す。その後貸したカネが返済されれば質種は返還されるが、返済されなければ質種を自らのものにするか、もしくは他人に転売するか等の処分をして(これを質流れという)、貸金を回収するだけのことだ。それを英語の表現を使って多少金融用語っぽくしたのが、ノンリコースローンということになる。ここでいう'リコース'とは、「借主である個人や法人の信用力を頼りにする」ことを意味する。したがって、それに否定形のノンを付けた'ノンリコース'は、「借主の信用を頼りにすることなく、担保物件の価値しか頼りにしない」という意味を持つ。融資の際には、必ずその融資の求償権がどこまで及ぶのかを、貸し手と借り手の間で事前に決める必要があるが、伝統的な日本のリコース型ロー-ンでは、求償権の範囲が担保物件以外の全ての資産に及ぶことを、暗黙のうちに認めてきたことになる。これはワンルームマンション等の投資物件を担保に提携ローンを組んだ投資家によく見られる傾向だが、自らの自宅とは別に単なる節税用として買ったに過ぎない物件なので、競売されても構わないと開き直っているうちに、債権者の差押えが担保物件のワンルームマンションではなく、それより先に自宅に入って大いに慌てふためく債務者がいる。それがワンルームマンションを担保にしたノンリコースローンであれば、求償権の範囲がその担保物件のみに限定されるので、それ以外の資産には差押えがいくことはないが、それがリコース型のローンだとすれば、たとえローンの担保物件がワンルームマンションであったとしても、求償権は債務者が保有する全ての資産に及ぶので、債権者は担保物件だけでは回収できないと判断すれば、いつでも自宅を差押えてくるはずだ。これは日本の伝統的なローンの回収策の常套手段である。

邦銀の不動産ファイナンスは、伝統的にリコース型のローンに限定されてきたが、米国の不動産ファイナンスではむしろノンリコース型が一般的である。実際には、不動産相場の下落によって、担保物件を売却してもローンの残債が支払えない場合には、リコース型ローンでは借り手が保有する他の資産にまで求償権が及ぶため、債権者が借り手の全資産を差押えられてしまう可能性が大いにあるが、ノンリコース型ローンであれば、担保物件にしか求償権が及ばないため、ローンの残債が返済できない場合でも、その担保物権を債権者に譲渡してしまえば、他の資産が差押えられる心配はなく、残債務は一切免除されるのが原則である。このようにノンリコースローンには、結果として貸し手の金融機関が、本来であればローンの借り手が負担すべき物件の値下がりリスクを、一部負担してくれているという側面がある。また、投資家サイドにとっても、自らのリスクは当初拠出した自己資金部分に限定されるので、最悪の場合は自己資金をギブアップしさえすれば、この投資から降りることができる。こうすることで、無限大にキャピタルロスが拡大していくリスクからは開放されるのである。あの平成バブル時にもノンリコースローンが普及していれば、たった1つの不動産投資の失敗がもとで全財産を失ってしまうといった悲劇を回避することができただろうに。

ここまで聞くと、確かに多くの投資家にとってノンリコースローンは有利なローンに思えるに違いない。しかし、通常のリコース型ローンに比べて不利な点も多い。例えば、貸し手の金融機関が物件の値下がりリスクを一部負担してくれるため、それに応じて貸出金利や融資手数料は高めに設定されるの一般的である。もっとも最近の超低金利下では、リコース型もノンリコース型も金利に大きな差がなくなる傾向が続いているので、両者のスプレッドは100b.p.(100ベーシスポイントと読む。1%の意味)程度のケースも散見されるが。また、融資期間は3年から5年程度と比較的短期勝負を前提に貸し出されることが多く、物件の価値が下落するケースではリファイナンスは困難を伴う。最近では融資期間を7年程度まで伸ばす金融機関も出てきてはいるが、大勢は短期勝負を前提にしているので、キャピタルゲインが見込める案件でなければ対象になり難い。さらには、担保物件の価値にしか頼らないローンだけに、貸し手の金融機関は相当の気合を入れて物件のリスク分析や担保価値評価に注力する。借り手の信用力を審査する与信業務がない分、いわゆるデューデリジェンスと呼ばれる物件の精査にかなりのウェートが置かれるため、それに要する費用(鑑定評価費用、弁護士費用、建物診断および耐震診断レポート費用等々)が馬鹿にならない。これらはすべて借り主が負担することになっている。もっとも、ここまでデューデリに注力しておけば、後々のリファイナンスや転売時に役立つこともあろうし、貸し手の金融機関サイドの厳しい精査にパスした物件であれば、彼らが相応のリスク負担に応じるだけのお墨付きを与えた良質の物件だと認識することもできなくはない。こうした物件の精査は、リコース型ローンでも当然厳しくやっておくべきなのは言うまでもないのだが。

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