【子らが大合唱アンニョーン】
アンニョーン
主婦 小室 早紀子(東京都国分寺市 34歳)
「アンニョーン、アンニョーン」と、米国イエローストーン国立公園の谷にこだました。
見ると、レンタカー内の我が家の3歳と5歳の息子たちに向かって、大きく手を振っているおじさんがいた。
ハングル文字のバスの前で、 運転手が満面の笑顔で、こちらに手を振り続けていたのだ。
「何ていう英語なの」と尋ねる子供たちに、「こんにちはって言っているの。
英語じゃないのよ。
お隣の国の言葉なの。
君たちのことを自分の国の子だと思っているのよ、きっと」と言うと、「わーい」と叫び、車の窓から身を乗り出して両手をいっぱいに広げ、「アンニョーン」と。
あちらのバスの乗客も全員、車窓からこたえてくれて大合唱となった。
帰りの飛行機で、茶髪の短期留学の高校生に囲まれた席で、「僕たち、お隣の国の子供に間違えられたんだよ。すごいでしょう。アンニョーン」と、誇らしげな彼らに、21世紀を見たような気がした。
(2000年6月20日)
/*この投稿者が想像する21世紀とは一体どのようなものなのでしょう?
この投稿文を好意的に解釈しようとすれば、「人種の壁を越えて人類が皆仲良くなる時代」なのでしょうが、自分の子供が韓国人に間違えられたことに喜びを感じ、子供も韓国人に間違えられたことを誇っている様子からは、韓国に対するコンプレックスしか感じることが出来ませんでした。
いえ、コンプレックスという表現は適当ではないかもしれません。
一昔前、ビートルズなどが流行した時代、日本人が英語圏に対して抱いていた気持ちと同じというか、韓国さまに対する憧れというか・・・
それならば、自分の息子が韓国人に間違えられたことを嬉しく思う気持ちも理解できます。
おそらく投稿したご本人は純粋な気持ちで自分の嬉しさを投稿したのでしょう。
もしも上のような意図がないのであれば、単に日本では差別される韓国人だと自分の子供が間違えられても、不快に思わないで微笑ましく誇りに思う自分に酔っているだけの投稿になってしまいます。
今一、この投稿の意図が汲み取れないので、何かよく解らないモヤモヤだけが残りますね。
また、日本人の留学生に対して「茶髪の〜」という表現をわざわざ使ったという点にも、何か引っかかるものを感じてしまいます。
そして、「僕たち、お隣の国の子供に間違えられたんだよ。すごいでしょう。アンニョーン」と、嬉しそうに茶髪な留学生に話す子供にも違和感を覚えてしまいます。
子供の立場で考えた時、自分が誰かと間違えられていると指摘されて「わーい」となるものでしょうか?そして、それを誇らしげに語るものなのでしょうか?
よく解っていない子供だからこそ「僕は僕なのに」という気持ちがこみ上げてきそうなものですが、ここまで喜ぶなんてこの子供の中では韓国人はヒーローか何かにまで昇華されているとしか思えません。
子供は純粋で何を考えているのか解らないとしても、行動が意味不明すぎます。
それぞれの状況を深く考えれば考えるほど、不思議な気持ちになる何とも味のある投書でした。
しかし、いきなり「僕たち、お隣の国の子供に間違えられたんだよ。すごいでしょう。アンニョーン」なんて言われた留学生は返答に困ったことでしょうね。