【祝辞の中止は評価に値する】
会社員 伊藤 浩睦 (名古屋市 45歳)
先日の声欄の成人式の特集には、否定的な意見が目立ったが、私は今年の新成人パワーを大いに評価したい。
来賓の祝辞を中止に追い込み、新成人主体の式典に変えてしまった行動力には、「よくやった」と感心するしかない。
卒業式や成人式での来賓の祝辞ほど不快なものはない。
昔は高校の卒業式で「学生の本分は勉強。大学に行っても政治活動をしてはいけない」という来賓が必ずいた。
憲法で保障されている参政権を平然と無視しているのである。
成人式の祝辞でも私の知る限りでは、社会人の義務と責任を強調するのみで、権利や自由には一切ふれないのが多い。
納税の義務は果たしても参政権は行使しないとか、社員の責任は果たしても労働者の権利は口にしないといった、権力にとって都合のよい、そんな人間になれというのだろうか。
遊園地でやろうが、コンサートを開く式だろうが、ごう慢極まりない「祝辞」を式から追放し、新成人の望む形の式典になったことは良いことではないか。
それが新成人のパワーでなされたことは実に頼もしい限りだと思う。
(2002年1月24日 木曜日 名古屋本社13版 12面「声」新成人へ)
/*成人式の目的というか意味はこの際、どうでも良いんでしょうね。
自分勝手に好き勝手に振舞う様を行動力があるとは通常は言いません・。
もし、式そのものを潰す行為が行動力があると言うのであれば、授業をボイコットしても行動力があると見なせますし、先生を追放して勝手に受験勉強を始めちゃっても行動力があると評価されてしまいます。
もしも来賓が気に入らないのであれば、式そのものに出席せずに個人的に成人式を行えば良いのであって、真面目に式を行いたい人間に迷惑をかけて良いはずがありません。
成人式では皆が「社会人の義務と責任を強調するのみ」であると憤っていますが、今までは自由だったからこそ大人としての責任の重さを説いているのでしょう。
自由や権利なんて、わざわざ教わらなくても日教組やマスコミが必要以上に吹き込んでいますよ。
その為、何を血迷ったのか義務も果たさずに権利ばかり主張しちゃう人間が大量に生産されたからこそ、成人式の場でケジメを付けろという発言に何の問題があると言うのでしょうか?
また、「学生の本分は勉強。大学に行っても政治活動をしてはいけない」と言う来賓が指す「政治活動」とは、おそらく学生運動といった過激な政治活動のことでしょう。
なにも参政権を否定してはいないかと思います。
そもそも、憲法で保障されている参政権を主張したいのであれば、憲法12条が定める『国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ』もちょっとは守って欲しいですよね。
成人式をぶち壊すなんて行動は、周りに迷惑をかけている以上、完全に12条に違反していますよ。
社会人と学生、成人と未成年の最も大きな違いは責任の違いです。
成人することによって確かに権利は増えますが、其の文責任も増します。
もしも、社会人の皆が好き勝手に自分の権利ばかりを主張しようものなら、日本なんてあっという間に食いつぶされてしまいますよ。
まぁ、だからこそ「権利ばかりを主張する」世代が社会の実権を握った辺りから、日本は大不況に陥った訳ですけどね。
繰り返しますが、成人式は、大人になる”子供”の式典ではなく、子供ではなくなった”大人”の式典です。
それが理解できないのであれば、入社式や退社式でもバンバンとクラッカーでも鳴らして頂きたいですね。
自分が切られることがある場でも自由に振舞わないのであれば、単に我侭を言える相手にだけいきがっている子供と精神構造は全く同じですよ。
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