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文部大臣賞受賞のいきさつ

文部大臣賞

文部大臣賞

 昭和60年代前半の頃の私は、仕事に悩み、自分自身がエンジニアとしてやっていけないという不安から、法学部の大学通信教育などで自分の可能性を試しました。

 しかし、現実は厳しく自分の考えが非常に甘いことに気づきます。そしてやはり自分には電子系しかないのだと思っているうち、有線通信関係が今後有望で、コンピュータ技術との融合は進むと信じるに至りました。

 特に新設された工事担任者の資格を取得するため、電話技術の文部省認定通信教育(電子文化研究所)を受講し、工事担任者全5種類を順番に取得しました。(総合種は後に無試験取得。

なぜその通信教育を受講したかというと、高校1年の夏休みに、電子文化研究所の通信教育を受講し、初級家電修理技士の資格をいただいたことがあり、これが後に,家電業界へ進むきっかけとなったということがあります。このように過去に受講したことがある団体であり、自分にとって良かった教材であったからです。ただし、この講座は現在は開講されていないようです。今から思うと私は、人生の節目付近に、文部省認定の社会通信教育を利用しています。

私がどちらかというと参考書による学習で資格試験に臨むことが多いのですが、体系的に学ぶ必要があると判断したものは通信教育を利用しています

 そうしているうち、縁あり工業高校の教員の道へ進むことになりました。

 昭和63年4月に転職、母校(全日制県立尼崎工業高校電気科)に勤務しますが、このとき、電子文化研究所から文部大臣賞受賞候補となった旨の電話をいただきました。

候補者となると、職場の代表者の推薦など、経歴書を送付し審査を受けることになります。ここで求められるのは、やはり普段の勤務や生活なのかと強く感じたものです。

私の場合受講時は企業(技術者)でしたが、受賞候補者の時は学校勤務(教員)で、当時の学校長の推薦をいただき無事審査に合格し内定しました。

そして受賞内定文書は文部省から社団法人 社会通信教育協会を通じて財団法人電子文化研究所から権威のある文書をいただき感激したものです。

文部大臣賞授賞式

私の時は、授賞式は東京の京王プラザホテルで行われ、賞状は一人一人文部大臣(代理:社会教育局長)から手渡されました

 副賞には銀メダルをいただき、また電子文化研究所からは万年筆などの記念品をいただきました。

文部大臣賞

文部大臣賞の副賞

当日は土曜日ということもあり、特に有給休暇をいただき、さらに前日から宿泊するなど(これら交通費等は当然個人負担でしたが祝賀会等は同伴者とも招待という待遇でした)今でもあの時は思いだされます。それほどその感激は忘れられないのです。

このようなことから、今、私が生涯学習にこだわるのも、ひとつの社会への恩返しの意味があるように思っているのです。生涯学習インストラクタの資格を財団法人社会通信教育協会が出され私が1級まで取得したのもこのようないきさつがあったからです。

何事にも自信が持てなかった私にとって、この受賞は励みになりました。

特に受賞式では、文部省がいかに、この生涯学習、生涯教育に力を入れているかということが感じ取れました。文部省の筆頭局長からも励まされたことは生涯忘れないでしょう。

学校を卒業した時点で、職業をはじめ、すべての人生が決まるというのは疑問に思っておりましたが、この受賞により自ら学び続け、資格試験合格という「結果が目に見える形」にしていくことを決意します

現在 定時制工業高校の教員になり、生涯教育の指導側に立った今も、「働きながら学び続け資格取得する姿勢こそが自分自身の財産になる」ということを信念として指導を続けています



平成10年9月更新

 

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西川 敏弘jf3mxu@hi-ho.ne.jp