アロマとブーケ

芳しい(かぐわしい)アロマは、例えるなら、ヴァージンロードを歩く僕の女王。
厳粛に、おごそかに、凛として。

濃く澄んだ赤、わずかなオレンジ色。

「私は、健やかなる時も、病める時も、生涯変ることのない愛と忠実を捧げる事、ここに誓います。」

芳しく(かぐわしく)立ち昇るアロマに、彼女の姿が重なった。


アミューズ・ブーシュ(*0)は、アンチョビ風味のミニクロワッサン。
食前酒は、テタンジェ(*1)を一杯。

「前菜は、どうしよう。」少し歳をとったけれど、彼女の最高の笑顔。
彼女が選んだのは、ラングスティーヌ(*2)とじゃが芋のガレット(*3)。
フライパンで、軽くポワレ(*4)したラングスティーヌにルーコラのサラダとジャガイモのガレットが添えてある。
そして、僕は、甘えびのジュレ。
甘えびの頭と殻からとったジュ(*5)をゼラチンで冷やし固め、生の甘えびと共にカクテルグラスに。湯むきしたプチトマトをアクセントに香草で仕上げてある。
合わせるワインは・・・・・このまま、テタンジェをもう一杯。

2皿目は、ポワッソン(*6)で。
「どれも、美味しそうで迷うわ。」
真剣に悩む彼女の顔も、最高だ。

真鯛をフヌイユ(*7)と一緒にグリエ(*8)して、香草とライムで香り付けした一皿。
シンプルな彼女らしい選択。
少しひねた僕は、鯖を選んだ。
バジルとサワークリーム、鯖の骨からとったフュメ(*9)をスープにして、ポワレした鯖の周りに流してある。
ワインは、彼女の皿に合わせて、Ch.タルボーの白、カイユ・ブランを合わせた。
「このワインには、鯛の方が合うわね。」
したり顔の彼女に、あえて功を譲るのも、夫婦円満の秘訣。

さて、メインは、ヴィヤンド(*10)で。
「僕は、子羊のロティ タイム風味にするよ。」
ラムラックの表面をフライパンで焼き固め、タイムと共に230度のオーブンで15分。
焼きあがって、取り出した肉が丁度いい温度になる間に、フライパンにエシャロットと少量のコニャック、フォン・ド・ヴォー(*11)を加えフランベして、煮詰めたら漉してソースとする。
「あら、私も、そう思っていたの。」
やっぱり、気が合うのだろうか、否、夫婦円満のたまものかもしれない。
「ワインは、どうするの?」
「実は、もう頼んであるんだ。」

厳粛に、おごそかに、凛として。

注がれた、まだ少し若い、そのワインのアロマは、1996年のあの日を思い起こさせる。
この記念日に、このヴィンテージのCh.マルゴー(*12)。

ワインの熟成した芳香をかすかに感じながら、ブーケを投げる彼女の姿が目に浮かんだ。

「美味しい!」
現実に戻った僕の目に、やっぱり最高の妻の笑顔。



用語解説
*0 アミューズ・ブーシュ:付き出しのこと。いわば、お通し。食事の前に軽くつまむ一口サイズの料理。
*1 テタンジェ:シャンパーニュの一銘柄
*2 ラングスティーヌ:和名は手長えび、イタリア語では、スカンピという。繊細で美味しいえび。
*3 ガレット:カリカリのせんべい状に焼いたもの。
*4 ポワレ:フライパンで焼くこと。
*5 ジュ:汁のこと。
*6 ポワッソン:魚のこと。
*7 フヌイユ:香草の一種。フェンネル。
*8 グリエ:グリルする。炭火などで焼くこと。
*9 フュメ:魚のだし汁のこと。
*10 ヴィヤンド:肉のこと。
*11 フォン・ド・ヴォー:仔牛の骨からとっただし汁のこと。
*12 Ch.マルゴー:ボルドー格付1級のワイン。やさしく繊細。ボルドーの女王。