DVD映画鑑賞

居酒屋」を見て

STAFF

監督 ルネ・クレマン

脚本 ジャン・オ−ランシュ ピエ−ル・ボスト

CAST

マリア・シエル フランソワ・ペリエ シユジ・ドレ−ル

アルマン・メストラル マチルド・カサドジュ

1956 フランス作品

 

まず、この映画を見ていて楽しいのはナポレオン三世の時代のパリの風景を味わえるということだ。私もヨ−ロッパ旅行でパリに三日間 滞在したことがあるが、あの頃はなんだか道路工事ばかりが目につき、古き良きパリのイメ−ジよりは騒々しいという印象を持ってしまった。

映画は最初から女の激しい喧嘩があって、驚く。女主人公ともう一人の女が洗濯場で格闘に近い喧嘩をするのだ。殴り合いではないが、桶に入った水をかけあったり、相手の尻を板で何回も打つなど、西部劇などに出てくる男の喧嘩顔負けの迫力だ。女の旦那は帽子屋でいい男だが、ひどく不誠実な男で、二人の小さな子供のいる家庭を捨てて、家を出て行ってしまう。

女主人公は激しい気性とひどくやさしく初々しい面が同居しており、中々魅力的だ。まだ、若いこともあって、女は苦労して子供を育てている間に、屋根職人と愛し合うようになり結婚する。職人はやさしく、仕事熱心で良い夫だった。そしてこの幸福で平和な家庭は子供達が十代半ばに成長するまで、続く。その頃、屋根職人は思わぬ恐ろしい事故に出会う。屋根から落ちてしまったのだ。大怪我をして、治りはしたが彼はそれから酒に依存するようになった。

屋根職人はこの事故のショックから立ち直れず、坂を転げ落ちるように仕事をなまけ酒におぼれ、家族に対するやさしい気持ちを喪失していく。今の日本も不況で、リストラで仕事を失い、精神的にこの屋根職人の様な苦しい立場に追い込まれる人が増えているのではないだろうか。助け合いの雰囲気のある温かい昔の日本の風土を取り戻さないと、この「居酒屋」という映画のような悲劇が日本にもあちこち増えるのではないかと心配になる。

女主人公はその頃、グ−ジェという人格すぐれた鍛冶屋に金を貸してもらい、クリ−ニング店を開くようになる。グ−ジェという男はちょっと変っているが、内面的に優れた人物という風に描かれている。こういう人物が増えることが日本を救い、やがては世界を救うことになるのではないかと感じた。

女主人公は店が軌道に乗り始めた頃、偶然、昔 洗濯場で大喧嘩した女と出会う。気のいい女主人公はすぐに巡査と結婚した昔の喧嘩相手の女と打ち解け、借金して店を出したことなど色々話してしまう。このあたりは大文豪ゾラの書いた小説ではどうなっているのだろうかと疑問に思った。というのは映画では昔の喧嘩相手といとも簡単にうちとけてしまうので、ちょっと不自然ではないかと思ったからだ。ただし、これは女のひどい楽天的な気質と寛容さを示していてそれが彼女が人から愛される側面になっているということで、自然な性格描写ととれないこともない。

相手の女はにこやかに友情を示すが、心の中では昔 尻をひどくぶたれた恨みを忘れていない。誕生日にはこの喧嘩相手の巡査夫婦も招待されるが、女主人公は彼女から最初の夫で家庭を捨てた男がこの時、舞い戻っていることを知らされる。屋根職人はアルコ−ル中毒になっていたが、妻を捨てた昔の男を追い払うどころか、誕生会に招き入れ、やがて彼等の家に下宿させてしまう。女主人公としては奇妙な心理状態におかれる。子供達の父親で昔の夫がすぐ横の部屋で寝泊まりしている、そして今の夫の屋根職人はますますアルコ−ル中毒が進み、彼女のクリ−ニングの仕事を邪魔し、大切なお金を飲み代に使い、彼女の怒りをかうようになる。

金を貸したグ−ジェは返さねばとあせる彼女にそんな心配はいらぬという程、彼女を愛しており、彼女の善良な息子を鍛冶屋にするために、汽車である日 出発する。

彼女は去る汽車を見送りながら、自分の最も清らかな部分が去ってしまったと嘆く。

そして、映画は大きな悲劇に向かって突き進んでいく。

音風祐介