良寛

  ひさかたのあまぎる雪と見るまでに

              降るは桜の花にぞありける

         

   山里の草のいほりに来てみれば

             垣根に残るつはぶきの花

 

  風は清し月はさやけしいざ共に

             踊り明かさむ老の名残りに

 

  あしひきの片山蔭の夕月夜

              ほのかに見ゆる山梨の花

 

  松風の音あはれなる山里に

             さびしさそふるひぐらしの声

  霞立つ永き春日に鶯の

             鳴く声きけば心は和ぎぬ

  ひさかたののどけき空に酔ひ伏せば

               夢も妙なり花の木の下

  

  霞立つ永き春日にこどもらと

               遊ぶ春日は楽しくもあるかな

 

  里べには笛や太鼓の音すなり

               深山はさはに松の音して

  

  かくばかり憂き世と知らば奥山の

                草にも木にもならましものを

  夢の世にまた夢むすび草枕

                ねざめさびしく物思ふかな

  形見とてなにか残さむ春は花

                山ほととぎす秋はもみぢ葉

良寛の漢詩

「永平録」を読む

  春夜蒼茫たり二三更、

春雨雪に和して庭竹にそそぐ

寂寥を慰めんと欲すれどまことに由なく

暗裏に模索す「永平録」。

香を焼き灯を点じ静かに披き見るに、

一句一言みな珠玉たり。

憶い得たりむかし昔玉島にありて、

円通の先師、

正法眼を提示せしことを。

当時すでに景仰の意あり、

ために拝閲を請いて親しく履践す。

始めて従前漫に力を費やせしことを覚り、

これによって 師を辞して遠く往返す。

ああ永平なんの縁かある。

到るところ逢著す正法眼。

参じ去り参じ来るおよそ幾回ぞ

その中往々呵責なし。

諸法を知識に産学し至り

二たびこの録をとりてほぼ参同す。

ああ、諸方の混ずるをいかんともするなく、

玉と石とともに分つなし。

五百年来塵埃に委ねしは、

職としてこれ法を択ぶの眼なきによる。

とうとう皆これ誰がためにか挙する、

言うなかれ今に感じて心曲を労すと。

一夜灯前に涙留まらず

湿し尽くす「永平古仏録」。

翌日隣翁草庵に来たり

われに問うこの書なんすれぞ湿いたると。

道わんと欲して道わず心うたた切なり

心うたた切なるも説き及ばず

低頭やや久しうして一語を得たり

夜来の、雨漏書笈を湿すと。

 

 1  首をめぐらせば五十有四年

    人間の是非は一夢の中

    山房五月 黄梅の雨

    半夜蕭しょうとして 虚窓にそそぐ

  

2    有願居士の旧居を過ぐ

   去年三月江上の路、

   行くは桃花を看て君が家に到る。

   今日再び来れば君見えず、

   桃花旧に依って晩霞に酔ふ。