闘病手記〜ダイジェスト版

心雑音をもって生まれて

順調に育ち、3,200gもあった女の子は、生まれた直後から心雑音を持っていた。

取り上げた産婦人科の先生もわかるほどの雑音だった。

1ヶ月検診で、はっきり「これは、病気の雑音です。」と言われた。

それから毎週T病院小児科心臓外来への通院が始まったのである。

病名は、心室中隔欠損症、肺動脈弁狭窄症

手術をしなければ治らないとの事だった。

T病院心臓外来への通院

1ヶ月余薬を服用し、通院したが、

様態は変わらないし、体重の増えも悪い

体重を増やすため、ミルクの与え方を変えたりもしたが

肝臓がはれている。状態が悪い。すぐ、入院してもらいましょう。」

と、逆に状態は悪化。

1日600ccのミルク制限も受けた。

体重を増やして大きくするのは、心臓に負担がかかる

と言う。

結局、カテーテル検査を勧められた。

カテーテル検査後は、そのまま手術になる

知愛、まだ3ヶ月のときである。

近所の人に相談すると、別の病院へ行ってみたら

と助言を受ける。

S病院での診察

保健所で教えてもらったS病院へ行ってみる。

「心電図が健康な人とは逆にひっくり返っているから、ちょっと気になる。」

と意外な話し。

ミルク制限の話しに至っては、鼻で笑うかのように、

好きなだけ飲ませれば良いんじゃないの。

手術の件は

「後ろに、後ろに延ばしましょう。」

すぐ手術するほどではなく、まだ待てると言う。

S病院への通院

通院も1ヶ月に1回。

検査にも、薬は使わない。

S病院への転院を決意。

転院して以来、知愛は順調に大きくなり始めた。

手術しよう

転院して1年2ヶ月。

手術の話しが持ち上がった。

手術前のカテーテル検査では、

当初言われていた肺動脈弁狭窄症ではなく、右室二腔症であるということがわかった。

弁には異常はなく、右室の筋肉が盛り上がってくる病気らしい。

今は何の症状も出てはいないが、いずれ症状は出るとの事。

結果として、十分手術適用範囲内であるので、今手術をすることを勧められた。

体重も10Kgに達していた。

危険性は少ない手術と言えども、やはり一番大事なところにメスが入るわけである。

何があるかわからない。

万が一の時、手術前に

ああしておけば良かった、こうしておけば良かったと、後悔することのない様

あちこち連れていって、とにかく楽しませてやった。

入院

手術1週間前から入院。

母親は、24時間の付き添い看護。

いよいよ手術

きっと元気になって帰ろうね。

泣きもしなかったが、バイバイも言わないエレベーター前の別れ

親ばかり涙でぐっしょり

3時間弱で手術終了

ICUでの面会

鼻や口には、チューブが入って、首から下は、大きなタオルが掛けてある。

手術は順調で、取り出した心臓が戻すときにすぐ動いたとの事

ICUとは、1日のお付き合い。

一般病棟へ

一般病棟に戻ってからは、すぐ普通の食事が出た。

心臓病の子供たちには、食べ物の制限がない。

知愛はゴロンとベッドにころがって、朝食についたロールパンをぺろりとたいらげた。

全身麻酔の大手術をしたとは思えぬ元気な体である。

その日のうちにベッドの柵に捕まって立つことも出来た。

翌日には、ドレーンの管が抜け、廊下をそろそろと歩き始めた。

1週間で抜糸。

抜糸の翌日からは、入浴がOKになった。

手術後の闘い

術後は、心不全になり易い為、水分制限が行われた。

水物と水っぽいものはすべて重さを測って与える。

退院

病院に七夕飾りが飾られた日、

「早く元気になりますように」と願いを書いた短冊をつるして、病院を後にした。

術後18日

退院後も、感染性心内膜炎を予防すること。

と言われて。

現在

2ヶ月余の外出禁止を言い渡され、通院以外は、家の中で過ごした。

手術から1ヶ月半後には、自宅でのプール遊びにOKが出た。

飲み薬は、2ヶ月半で終了した。

現在1ヶ月に1度の通院。

お時間のあるときには、是非、闘病手記を読んでください。