劇団の歩み



1.劇団名の由来

劇団名については、どうしようかとかなり悩んだ。「横文字にはしたくない」、「ひらがながいいんじゃないか」などと考えていたが、どうもいい名前が浮かばない。その時、たまたま目に入ったのが、誰かが旅行みやげに買ってきた中国菓子「ラカンカ」であった。「らかんか」、逆さに読んだら「かんから」。これだ!と、その場で決まってしまったという、ウソのようなホントの話。
「かんから館」。「空き缶」+「すっからかん」みたいで、かわいくて面白い響き。全くの偶然から生まれた名前だが、けっこう気に入っているのだ。


2.沿革・上演記録

この劇団の元をたどれば、そもそもは、1994年11月に京都府立洛西高校演劇部が「魚の祭」(柳美里 作)で、近畿大会に出場したことにさかのぼる。
それから2年余の月日が流れ、1997年1月頃、前年に高校を卒業した当時の洛西演劇部OB、OGの間で「あのメンバーでもう一度芝居をしたい」という声が出てきた。その話が、トントン拍子で現実のものとなり、在学中にも戯曲を書いていた中山が脚本を担当し、顧問だった川村をも巻き込んで、劇団「かんから館」が誕生することになったのだった。



〈第1回公演〉「左手の月」
               (作 中山美沙  演出 中山美沙・川村武郎)

日  時 1997年 5月17日 14:00/18:00 18日 14:00
会  場 スタジオ・ヴァリエ

出演  田邊邦彦・川村武郎・内藤仁・外村雄一郎・東出彩・坂田なおみ・今野真樹子・柴田奈美




企画段階では、「1ステージだけの上演でいいんじゃない?」と言う声もあったが、「せっかくやるんだから‥‥」と、3ステージの上演となったのだったが、あにはからんや、当日は第1ステージから満員で、第2ステージ、第3ステージは、立ち見でも入りきれない程の大盛況。お客さんには気の毒だったが、役者としては、やる度に客が増えてゆくのだから、こんなうれしいことはない。まさに役者冥利に尽きる楽しい舞台だった。
でも、もし本当に1ステージだけにしてたら、どうなってたんでしょうねぇ?

9月初旬。とあるボロアパートの一室に、ひょんなきっかけで集まってしまった見知らぬ若者たち。そんな彼等に、未曾有の台風が襲いかかり、運命的とも言うべき不可思議な一夜を送る。
やがて台風は去った。ようやく窓から光が射し込んで、待ち望んだ朝が来たのだと カーテンを開けると、頭の上で月が、か細く笑っていた。朝が来そうな真夜中だった。


閑話休題。
「かんから館」は、本当は1回限りのユニット(卒業公演)だった。
しかし、公演から1年の月日が流れ、川村がかつて主宰していた劇団「プチ・フレンチ・キッス」の元メンバーや、「かんから館」の一部のメンバーから、「そろそろ芝居がしたい」という声が出始めたのが、1998年の初夏のころであった。そこで、それらのメンバーで、新たな劇団を結成することになったのだが、その時、劇団名をどうするかで、「愛着のある『かんから館』の名前を1回だけで消すのはもったいない」と言い出す者がいて、かつてのメンバーの諒解も得、晴れて「かんから館」の名は復活を果たしたのであった。
であるから、これ以降の「かんから館」は、多少つながりはあるものの、厳密に言えば、初代「かんから館」とは、別物なのだ。



〈第2回公演〉「家族計画」
               (作・演出 川村武郎)

日  時 1998年 11月28日 19:00 29日 13:30/18:30
会  場 アトリエ劇研

出演  藤田亜弥子・田中幸子・田邊邦彦・原田康正・舞谷裕生・東出彩・チャンキルス



実は、この作品の構想は2年以上前からあった。ところが、その間にペルーの人質事件が起きてしまい、「ゲリラと人質」というと、いかにもあの事件をモデルにしたみたいで、作品化する時期を待っていたのだ。
その分、発酵して、いい味になってたでしょ?

信州のとある別荘に、若者たちが長期滞在していた。彼等は、年齢的に大きな違いがないにもかかわらず、お互いを「お父さん」「お母さん」と呼び合っていた。一見平穏に暮らしているように見えるこの若者たちは、実は、別荘を占拠した反政府ゲリラと人質との混合集団だったのだ。そして、ゲリラたちは、人質たちと共に「疑似家族化」を図り、長期戦に備えていたのだ。やがて、その「家族化」は功を奏し、お互いの間に奇妙な親近感が芽生えていく。そんな中で、警察の強行突入作戦が開始された。



〈第3回公演〉「2001年宇宙の旅」
               (作・演出 川村武郎)
  −第20回Kyoto演劇フェスティバル参加公演−

日  時 1999年 2月20日 17:00
会  場 京都府立文化芸術会館

出演  藤田亜弥子・田中幸子・東出彩・稲葉みづき・柴田奈穂・川村武郎



第2回公演と第3回公演の間が短いのには訳がある。「Kyoto演劇フェスティバル」というのは、府立文芸会館の大きな舞台を「タダで」使えるという、おいしい企画なのである。ただし、60分以内の上演、という条件が付く。
そこで、川村がかつて高校演劇用に書いた「2001年宇宙の旅」に白羽の矢が立った。というのは、まず、この作品の舞台設定が1999年から2000年にかけての話なので「今」しか上演できないこと。それに、この作品は、けっこう自信作であること。そして、何と言っても、高校演劇作品は「60分以内」なのだ。

ある会社の社員寮の一室に、若い女たちと初老の管理人が同居生活をしている。彼等は、ただ暇をもてあまして自堕落な毎日を送っている。ところが、そこには大きな秘密があった。未だはっきりした状況はつかめないが、どうやら外では核戦争が勃発しており、この部屋は核シェルターだったのだ。ノストラダムスの大予言は実現したのか? 各人の心の中でぼんやりと高まって行く不安感。そんな中で一人の女が、危険を承知の上で外界との接触を図ろうと決意する。



〈第4回公演〉「箱」
               (作・演出 川村武郎)

日  時 1999年 10月1日 19:00 2日 19:00 3日 13:30/18:30
会  場 アトリエ劇研

出演  藤田亜弥子・田中幸子・高原良・舞谷裕生・東出彩・チャンキルス



「オムニバス作品は手抜きだ」と公言する川村が作ってしまったオムニバス作品。うーん、やっぱり手抜きかなぁ‥‥。ごめんなさい。
それはともかく、この作品は、コインロッカー作りの苦労に尽きる。コンパネがあんなに重い物だとは思いませんでした。でも、けっこううまくできてたでしょ? あの公演以来、駅を通るたびに、コインロッカーに目が行ってしまう。

舞台は、とある駅のコインロッカー。そこには日々様々な人々が通り過ぎ、様々なドラマが展開している。行くあてのないティッシュ配りの少女。不倫のカップル。古い反体制音楽にあこがれるストリートミュージシャン。ロッカーの中で生活する浮浪者。幸薄い水商売の女の嘆き。新興宗教の勧誘をする男。スキーに出かける若者。覚醒剤の密売人。そんな様々な都会の人々の生活を切り取ったスケッチ。



〈第5回公演〉「ジオラマ」
               (作・演出 川村武郎)

日  時 2000年 6月9日 19:00 10日 14:00/19:00 11日 13:00
会  場 アトリエ劇研

出演  藤田亜弥子・川村武郎・東出彩・大森菜恵・田中幸子・チャンキルス・野口良平



大半のシーンが、ラブホテルの一室で展開するという18禁ドラマ。何人もの女性と関係を持つ青年実業家の役(主役)を、予定していた俳優が事情で降りてしまい、急遽、川村が代役を務め、おいしさ120%の舞台だった。(半分ウソですヨ)
舞台転換中に、字幕スーパーを流したり、かなり実験的な作品だった。そのせいか、内容的にも、「かなり難解」という評価を受けた。

青年実業家がいた。彼は若くして事業を拡大し、大きな成功を手に入れていた。しかし、彼の私生活は謎に満ちていた。美しい若い妻と幸福な生活を送っているかに見えた彼だが、その実、女性関係は乱れ、多くの愛人を抱えていた。その愛人たちと過ごすラブホテルのインターネットに、不気味なメッセージが次々と届く。誰かが自分たちを見ている? 疑心暗鬼に陥る女たちをよそに、実業家の享楽の日々は続く。やがて夫の身辺調査を探偵に依頼する若妻。そこからは、不可解な事実が浮かび上がってくる。そして訪れる実業家の突然の死。深まる謎。
今日のIT長者の登場を予感させるようなストーリー展開に、終末を予感させるメッセージを盛り込んだサスペンスタッチの作品。



〈第6回公演〉「春過ぎて、紫陽花のころ」
              
(作・演出 TRY→ANGLE )

日  時 2001年 5月11日 19:00 12日 13:00/19:00
会  場 アトリエ劇研

出演  藤田亜弥子・田中幸子・東出彩



女優2人が就職で退団することになり、「女優だけで手作りの芝居を残しておきたい」という話が出た。そこで、TRY→ANGLEというプロデュースチームが組まれた。だから、この公演は、正確にはプロデュース公演であり、かんから館の他の公演とは、性格の違うものだ。話の内容は、女の子の好きなラビリンスもの、自分探しの旅の話だが、言葉の一つ一つ、発想の一つ一つが、やはり男性には作れない芝居だ、という感じがした。

「私今初めて生きてるって実感してる。」毎日毎日同じ事の繰り返し。変えたいとは思うけどきっかけが見つからない。こんな事ならいっそ新しい人生を‥‥
彼女たちは「逃げて」みることにした。その先に何があるかを知りたくて。



〈第7回公演〉「結婚するって本当ですか」
               (作・演出 川村武郎)

日  時 2002年 2月22日 19:00 23日 14:00/19:00 24日 14:00
会  場 スタジオ・ヴァリエ

出演  藤田亜弥子・田邊邦彦・岩間典子・チャンキルス



これは、川村が、かねてから一度は作りたかったコメディ作品である。テーマも、社会性も、何もない。ただ、「笑い」あるのみである。笑いの仕掛けに「音楽」を多用した。「火曜サスペンス劇場」は、誰もが知っているが、「明日のジョー」に関しては、世代により反応に差が出たようだ。
コメディとしては完成度は高い、と自負している。ただ、お客さんがもう少しほしかった。できることなら、大勢の客の前で再演してみたいと密かに思っている。

ある独身OLのマンションに突然訪れた学生時代の友人。彼女は駆け落ちの途中で、しばらく居候させてほしいという。しぶしぶ受け入れるOLだったが、実はこのカップルは狂言誘拐をしようとしていたのだった。そこにOLの交際相手の警察官が登場し、話はただひたすらに混乱していく。そして、この狂言誘拐には、さらに隠された秘密があった‥‥。



〈第8回公演〉「サマータイムブルースが聞こえない。」
              (作・演出 川村武郎)

日  時 2002年 8月23日 19:00 24日 14:00/19:00 25日 14:00
会  場 アトリエ劇研

出演  藤田亜弥子・チャンキルス・田邊邦彦・大井真理子・岩間典子・大森菜恵・笹壁友輔



時は1972〜3年。新左翼(マスコミ用語では「過激派」)のセクトに入ってしまった青年の話である。前回作とはうって変わっての社会派作品だけに、観客の反応が心配だったが、おおむね好意的だったようで一安心。
ギターによるナマ歌(フォークソング)を多用したのも、この作品の特徴だったが、肝心の演奏者がガチガチにあがってしまい、ミスを連発。こちらの方は、大成功とはいかなかった。とにもかくにも、大半の観客にとって既に「歴史上」の話を、2時間10分もしっかり見ていただいたことには頭が下がる。


1970年代初頭のとある大学。学園紛争の余韻を残したこの大学にノンポリの学生が入学する。正義感の強い彼は、恋人の影響もあって、左翼系学生サークルに入るが、やがて、より過激な新左翼活動に引きつけられていく。恋人との別れ、新しい闘いの日々。
それから数十年後。初老となった彼は、土木作業員に身をやつしながらも、密かに地下活動を続けていた。不安定な生活。公安に監視される日々。そんな中で、彼を闘わせ続けるものは何だったのか?



〈第9回公演〉「プラネット・ラプソディ」
              
(作・演出 川村武郎)

日  時 2003年 2月21日 19:00 22日 14:00/19:00 23日 14:00
会  場 アトリエ劇研
出演  藤田亜弥子・田中幸子・田邊邦彦・大井真理子・チャンキルス・影浦亮平・岩間典子・佐原映美子



かんから館初のSF作品、と銘打って上演したが、見たお客さんは、おそらく「どこがSFやねん」という感想を持っただろう。普通の舞台、普通の衣装、なるほど、見かけ上は普通の現代劇である。しかし、設定は2103年、登場しているのは金星人なのである。だからSFだ、と強弁してしまおう。
この作品では、舞台装置に力を入れた。いつもバックが黒一色というのは嫌だったのだ。おかげでかなり苦労したが、それなりにバーの雰囲気は作れたと思う。今度は黒なしの3方セットに挑戦だ(?)。
今回は(今回も?)、緊迫した中東情勢を意識したわけではないのだが、かなり政治色が強い作品になった。まあ、これは作者の資質にも関係すると思うのだが‥‥。


2103年。地球は、太陽系に勢力を拡張し、数多くの金星人を受け入れていた。移民として劣悪な生活環境に置かれている彼等は、夜な夜な「金星人バー」に集まり、憂さを晴らすしかなかった。そんな地球にナショナリズム勢力が拡張し、移民たちへの排撃、弾圧は日に日に強まっていく。その流れに一矢を報いるべく立ち上がろうとする急進反体制勢力が生まれる。金星人たちは、とまどいながらも、その闘いに巻き込まれていく。そして、遂に「金星人コミューン」の確立に向けて、彼等が武装蜂起する時がやってきた。彼等のささやかな革命は成功するのか?



〈第10回公演〉「ナツイロノオモイデ」
              
(作・演出 川村武郎)

日  時 2003年 8月22日 19:00 23日 14:00/19:00 24日 14:00
会  場 アトリエ劇研

出演  藤田亜弥子・田中幸子・田邊邦彦・岩間典子・森昌彦



作者は、政治的な理屈っぽい作品も好きだが、実は、いわゆる「静かな演劇」も得意なのである。ただ、かんから館では、それを書く機会がなかっただけなのである。
ということで、かんから館で初めて書いた「静かな演劇」がこの作品である。
とある大学の演劇サークルの中心人物が自殺して、その葬儀に集まった昔のメンバーたちが、追悼のような同窓会のような不思議な2日間を過ごす、というこの劇のストーリーは、実は半ば実話をモデルにしている。だからこそ、死者への敬意の意味も込めて、いつにも増して丁寧に書き込んだつもりである。
いつものようなダンスも、派手な音楽もなく、淡々と続いて行く会話劇に、違和感を持った人もけっこういたようだが、作者としては、相当に満足のいく仕上がりになったと自負している。


学生時代の演劇サークルの仲間が自殺した。急を聞いて、あちこちに散らばっていたサークル仲間達が4年ぶりに集まった。通夜を終えた後、彼等はビジネスホテルのロビーに集まり、誰とはなしに語り始める。死んだ男の自殺の理由の話から、自然と昔のサークル時代の思い出話へと会話が広がってゆく。 追悼のような、あるいは同窓会のような、不思議な時間が過ぎてゆく。笑い、涙、そして、意外な事実が浮かび上がってくる。



〈第11回公演〉「Oh! マイ ゴッド」
              
(作 田中幸子・川村武郎  演出 川村武郎)

日  時 2004年 2月20日 19:00 21日 14:00/19:00 22日 14:00
会  場 アトリエ劇研

出演  藤田亜弥子・田中幸子・田邊邦彦・大井真理子・猪口大志・前川修平・佐々木芳之



「結婚するって‥‥」以来の久々のコメディ。しかも、今回は完全なるドタバタコメディ。神様や宗教をネタにして遊びまくるという、まさに神をも恐れぬ作品となった。まあ、楽しくワイワイとやりましょう、と行きたい所だったのだが、ところが、問題が続出。
問題@ 初めて共作という形にしたのだが、これがなかなか大変。2人の作者のコミュニケーションがなかなかうまくとれない。
問題A きわどいギャグが使えない。実在の教団ネタとかを使った方がおもしろいことは分かっていたのだが、万一「名誉毀損」の抗議でもあったら‥‥。かなり日和ってしまった。
問題B 新人が多くて、各人の個性や力量が読めない。うちの場合、かなり「当て書き」にする傾向があるので、相当書きづらかった。
問題C これが最大の問題だが、お客さんの笑いのツボを読み切れなかった。世代によって、性別によって、もちろん個人によって、笑うポイントが相当に違うのだ。だから感想も「全然おもしろくなかった」から「とってもおもしろかった」まで大きくバラついた。さらに、これは勉強になったのだが、お客さんというのは、どうも芝居というものに「テーマ」や「主張」を求めるようなのだ。今回のような作品にさえ、それを求める人が多かったのには驚いた。
問題D 役者の半数以上がインフルエンザや風邪でノドをつぶしてしまったこと。これは演技以前の問題である。反省せよ。
まあ、このように問題は多々あったが、久しぶりにたくさん入ったからいっか。

「宗教アパート」と呼ばれるボロアパートに住むさえない青年正ちゃんとキューちゃん。そこに小池さんやオスカル、アンドレ、ウランちゃんなど、奇人変人が次々と登場し、しっちゃかめっちゃかに話が展開する。そして、舞台はついに天界まで飛び越え、神様たちのこれまたしっちゃかめっちゃかな話に発展してゆく。空間、時間を超えたドタバタコメディ。



〈第12回公演〉「Blue −たゆたう僕達の時間−」
              
(作・演出 川村武郎)

日  時 2004年 8月20日 19:00 21日 14:00/19:00 22日 14:00
会  場 アトリエ劇研
出演  藤田亜弥子・田中幸子・田邊邦彦・岩間典子・猪口大志・大井久美子



この作品は、厳密に言うと新作ではない。以前高校演劇用に書いた「DOG・TAG」という作品を大幅にリメイクしたものである。作者は、この原作を結構気に入っていて(役者たちにもけっこう好評だった)、いつの日か、劇団として上演したい、と密かに考えていたのが実現したものなのだ。
この作品は、わかりやすすぎるぐらいにテーマがはっきりした作品である。すなわち、80年代小劇場の王道「自分さがし」の話である。ただ、以前は「高校演劇」という性格上、扱えるモチーフに制約があったのを、この作品では自由に話を展開させてみた。
ただ、一部の心ないウワサによれば、「作者が、単に女の子の首を絞める話をやりたかっただけだ」という声もあるが、その真偽については、あえて書かない。
なかなか佳作に仕上がったのではなかろうか。

暑い夏。あるフリーターの青年が、自分の「生きるべき道」、「存在理由」を求めて、山の中をさまよう。その「自分探し」の旅が、愛の逃避行と重なり、二重構造的に物語が展開してゆく。 併せて、崩壊してゆく家庭や、引きこもり、出会い系サイトなどの社会事象が、物語に陰影を加える。



〈第13回公演〉「雪のない冬の日」
              
(作・演出 川村武郎)

日  時 2005年 2月18日 19:00 19日 14:00/19:00 20日 14:00
会  場 アトリエ劇研
出演  藤田亜弥子・田邊邦彦・森昌彦・田中幸子・岩間典子・大井久美子・猪口大志



久しぶりに政治色を前面に打ち出した、社会派ドラマ。かんから館史上、最も硬派なドラマかもしれない。
舞台は近未来の日本。PKFで殉職した自衛官を巡るさまざまな物語。一見するとステロタイプな「反戦ドラマ」と映ったかもしれないが、作者の意図としては、そういったプロパガンダを中心にすえたものではなく、あくまでヒューマンドラマである。
この作品では、初めて舞台装置を外注し、役者もあえて普段とは違う役柄を演じ、いろいろな面で、新しい試みをした舞台となった。これからのかんから館の方向性を模索する作品であったかもしれない。
予想通りというべきか、一部の左派の方々からは、非常に高い評価を得た。

平成21年2月。イランのPKF活動において自衛隊史上初めての戦死者が出た。 その犠牲者を英雄としてたたえようとする人々。戦争の悲惨で汚い真実を暴き出そうとする人々。様々な思惑が、死者を、そして、残された妻の周りをうごめく。 彼はいったい何者であったのか? 何を思い、何を求め、何を愛して死んでいったのか?



〈第14回公演〉「海月出づる時」
              
(作・演出 川村武郎)

日  時 2005年 8月19日 19:00 20日 14:00/19:00 21日 14:00
会  場 アトリエ劇研

出演  藤田亜弥子・田中幸子・大井久美子・大橋史子



前回に引き続き、社会派スペクタル「近未来シリーズ」第2弾と銘打って上演した。
ところが、前回とは打ってかわって、平々凡々な会話劇。茶の間で、女の子たちがひたすらピーチクパーチクやってるだけ。これのどこが社会派スペクタクルなのか?
だが、別にこれは冗談ではなくて、作者としては結構本気なのだった。すなわち、我々は社会的、歴史的事件というものを、ともすれば俯瞰的に概括する傾向があるが、実際のリアルタイムでは、むしろ平凡な日常性の中で三面記事的に展開されるものである。そのあたりを表現するとどうなるのか? という壮大な(?)実験でもあったのだ。
それはともかく、この芝居では、念願の本格的な和室セットを完成することができた。それだけで結構満足していたりして‥‥。
いやいや、内容的にもかなり意欲的だったのですよ。ただ、観客の世代によって反応は大きく分かれたようだけど。

平成27年8月下旬。日本は、政治的、歴史的に大きな転機にさしかかっていた。一方、そんなややこしい情勢とは全く無関係に、少し時季遅れの海水浴に出かけようとする女の子たちがいた。そこに降りかかってくる 様々な事件。大型台風の直撃。総理大臣の突然の逮捕。陸軍の不穏な動き。全ての情報が不明瞭なまま、4人の女性は、時に不安げに、時に脳天気に、3日間を過ごす。やがて台風は去り、彼女たちは海水浴に出かけて行く。その数日の間に何が起こり、何が変わったのかは、誰もが漠然と何かを感じてはいたが、あえて語ろうとする者はいなかった。



〈第15回公演〉「黒くぬれ」
           (作・演出 川村武郎)

日  時 2006年 2月24日 19:00 25日 14:00/19:00 26日 14:00
会  場 アトリエ劇研
出演  田中幸子・猪子匠・大橋史子・大井久美子・澤井克幸



「派手な芝居をしたい」「第三舞台みたいなかっこいいのをやりたい」
役者たちは要求した。
そう言えば、最近、音楽がドカーンと鳴ったり、派手なダンスをする芝居を長らくやってないな。
作者は思った。
かんから館は、別に「静かな演劇」の劇団ではない。だから、別に静かな演劇を作っているわけではない。
でも、派手な演劇でもない。確かに、最近、エンタテインメント性にやや欠けるような気もするな。
作者は、反省した。それが彼のいいところである。別名、日和見主義、付和雷同とも言う。
とにかく、ロックをガンガン鳴らそう。派手にダンスをしよう。「第三舞台」だったら「世界の終わり」だな。
あっという間に作品の輪郭が決まった。さすがに能ある鷹はすぐに爪を出す。
それで、なぜ「黒くぬれ」なのか?
それは作者がトシだからだ。ロックと言えば、ストーンズしか思いつかなかったのだ。
物事の真実とは、いつも驚くほどにシンプルである。

おそらく近未来。何の前触れもなく、ある日突然世界が終わった。小さな島に取り残された5人の若者は、世界の再生に向けて演劇をしようとする。
しかし、その取り組みには、初めから矛盾した意図が隠されていた。そこには一組の恋人がいた。世界を呪い完全な終末を願う男と、無垢に世界の再生を信じて疑わない女。二人は愛し合うが故に、破滅を迎えねばならない宿命にあったのだ。




〈第16回公演〉「ロングアイランド・アイスティー」
               (作・演出 川村武郎)

日  時 2006年 8月18日 19:00 19日 14:00/19:00 20日 14:00
会  場 アトリエ劇研
出演  藤田亜弥子・田中幸子・澤井克幸



諸般の事情により、役者が3人になった。
でも「仕方ないから3人でできる芝居を作ろう」というのは嫌だった。
3人なら、3人でしかできない芝居を作りたい。
そこで、出てきたのは、かんから館の原点とも言うべき「会話劇」である。
前作のようなエンタテイメント性は出せないが、その分良質の「会話劇」「対話劇」を作ろう。
一見単純で、簡単に見える芝居構成だったが、実は苦労が多かった。人数が少ない分、当然一人あたりのセリフは多い。3人しかいない分だけ、ごまかしがきかない。そこで、対話の呼吸、間合いの練習を、いつもの倍ぐらい丁寧に行った。
また、女優2人はベテランだが、男優は、舞台2回目の新人なので、その点が危惧されたが、よくがんばってくれた。

ある夏の日。京都で大学浪人をしていた1人の若者が、夜行バスで東京駅に降り立つ。彼は、ミュージシャンを目指すべく、家出をしてきたのだ。彼の行く先はただ一つ。以前交際していた元カノの暮らすマンションである。そのマンションには、元カノと一緒に暮らすもう一人の女性がいた。こうして、女2人と男1人の奇妙な生活が始まる。男と女の過去の関係や、女二人の微妙な関係などが陰影を与え、ままごとのような3人のひと夏の物語は続いてゆく。



〈第17回公演〉「ハイキング日和」
               
(作・演出 川村武郎)

日  時 2007年 2月23日 19:00 24日 14:00/19:00 25日 14:00
会  場 アトリエ劇研

出演  藤田亜弥子・澤井克幸・村上幸平・西村知泰



新人男優2人を迎えての公演。平均年齢が異常に下がった。何せ、4人中3人が10代なのだ。
4人中2人が全くの新人ということで、クオリティ、技術面での危惧があったが、新人2人はよくがんばった。初めは心配された発声の問題も、本番までにはあらかたクリアされたのではないかと思う。
今回の芝居は、いわゆる「連合赤軍事件」をベースに「オウム真理教」的なカルト教団の要素を加味したものである。従って、当然の如く、観客の年齢層で、大きく反応が違った。高年齢の方は「総括」という言葉を聞くだけで複雑な思いがしたそうだ。
芝居は予想以上に好評だった。中には「かんから館の最高傑作」というお声までいただいた。
ただ、観客動員の問題は、切実である。
「いい芝居を作って、たくさんの人に見てもらう」これが、我々の火急のテーマである。

女1人、男3人のグループがなぜか信州の冬山にハイキングに出かける。
初め、牧歌的で脳天気なお遊びに見えていた4人だったが、やがて、それが新興武装宗教集団「革命的キリスト者同盟」の軍事キャンプであることがわかってくる。
彼等は、お互いに鉄の規律を科し、「総括」という名の粛清を繰り返してここまでやって来たのだった。
一枚岩に見えた彼等の秩序に、やがて小さな亀裂が入り始める。




〈第18回公演〉「ポスティング ベイビー」
               
(作・演出 川村武郎)

日  時 2007年 10月26日 19:00 27日 14:00/19:00 28日 14:00
会  場 アトリエ劇研
出演  藤田亜弥子・金チョリ・諏訪いつみ・関口陽子



前回とは真逆で、男1人、女3人の芝居になった。しかも、1人を除いて全員公募の俳優。限りなくプロデュース公演に近い形になった。
作者の当初の意図としては、「巨人の星」をモチーフに、初期の夢の遊眠社のような芝居を作ろうと思っていた。支離滅裂で、意味不明な「自分さがし」の芝居。でも圧倒的にパワフルな面白い芝居。
その意図が貫徹されたかどうかはかなり疑問が残る。比較するのもおこがましいが、作者と野田秀樹とは資質もタイプも違うのだ。
それはともかく、上演してみると全く予期せぬ反応があった。数多くの中高年のお客さんが涙、涙、涙‥‥。「泣き」を意図した脚本でも演出でもなかっただけに、これにはどう対応したらよいのかよくわからなかった。
芝居というのは、ほんとにやってみるまでよくわからない。

男の名はアームストロング・オズマ。どこでどう生まれたかはわからないが、なぜか13歳の時に赤ちゃんポストに捨てられた。育ての親は、星一徹子。彼女は彼をアナクロな愛国青年に育てるべく、「大日本帝国養成ギプス」なるものを装着させてスパルタ教育をほどこす。
そこに現れる2人のナゾの女。実の母と名乗る左門京子。姉と名乗る星明子。2人は彼を飛雄馬と呼ぶ。
彼はオズマなのか、飛雄馬なのか? 青年をめぐって3人の女たちの激しいバトルが始まる。その中でますます混迷を深めていく青年。
「俺は、俺は、俺はいったい誰なんだ!?」



〈第19回公演〉「ひなまつり」
               
(作・演出 川村武郎)

日  時 2008年 3月21日 19:00 22日 14:00/19:00 23日 14:00
会  場 アトリエ劇研

出演  藤田亜弥子・志萱優奈・澤井克幸・金チョリ・村上幸平・西池公寛



毎回目まぐるしくキャスティングが変わるが、今回は、若い。10代が3人、20代前半が2人、30代が1人という構成。
キャストでもスタッフでも某芸術大学の人々の協力を得て、3面構成の立派な舞台装置も完全おまかせで作ってもらった。
お話は、前回とは打って変わって、作者得意の(?)淡々とした純粋会話劇。作った当人としては、なかなかうまくできたのではないかと思っている。いわゆる「劇的」な盛り上がりには乏しいが、雰囲気と味のある芝居になったのではなかろうか。
ところで、「春」の芝居はほんとに久しぶり(初めて?)だ。その意味でもいつもと違って書くのが楽しかった。やっぱり、春とか秋とかは、書くモチーフがたくさんあるよね。

とある都心の精神病院の1年間の物語。
長期入院の患者たちは単調な生活に退屈しきっていた。そこに18歳のピチピチの女性患者が転院してくる。はしゃぎまくる男性患者たち。あれこれ手を変え品を変えて女性患者に取り入ろうとする。
しかし、その女性患者はワケアリの人物だった。そんな彼女の秘密が、楽しかるべきクリスマスパーティの夜に明らかになる。
彼女は幼少の頃から実の父親から性的虐待を受け、自殺未遂を繰り返していたのだ。



〈第20回公演〉「彼と彼をめぐる彼女と」
               
(作・演出 川村武郎)

日  時 2008年 10月3日 19:00 4日 14:00/19:00 5日 14:00
会  場 アトリエ劇研
出演  藤田亜弥子・志萱優奈・村上幸平・関口陽子



真っ黒なバックに白い服を着た1人の男と3人の女。
9つのショートストーリーからなるオムニバス作品。
コントあり、シュールあり、不条理あり、のなんでもアリの作品になった。
テーマは、「出会い」「終末と再生」。
作者としては10分程度のいろいろな趣向の短編作品を作るので楽しかったが、役者はほぼ出ずっぱりで、しかも、次々に役柄が変わるので、かなり大変だったみたい。

1.さよなら   2.同窓会   3.喫茶店   4.出会いの園   5.後藤を待ちながら
6.雨   7.うばすて   8.胎内回帰   9.エピローグ



〈第21回公演〉「あなたの町の信金です」
               
(作・演出 川村武郎)

日  時 2009年 3月20日 19:00 21日 14:00/19:00 22日 14:00
会  場 アトリエ劇研
出演  藤田亜弥子・村上幸平・澤井克幸・志萱優奈・岩崎紘子・上田祐二・中平将也



男4人と女3人という、うちの劇団としては結構人数の多いキャスティングなので、どんな芝居にしようかと悩んだ。しかし、解決策は意外な所から見つかった。実は数年前に、高校生向けに短い銀行強盗のコントを書いていたのだった。銀行強盗の話だったら、犯人とか人質とか警察とかいろいろ出てくるだろうし、「よし、あれを使おう!」とかなり安易に決定した。
で、銀行強盗というと年配の人間なら印象深いのが有名な「梅川事件」。「よし、あれも使おう!」とこれまたすぐに決定した。
問題のラストシーンは、劇団員からも観客からも賛否両論だったが、作者はやっぱりあれしかないと思っているのだ。

うららかな早春の昼下がり。のどかな田舎町の信用金庫の出張所にあろうことか銀行強盗がやって来た。ピストルを持った犯人は行員と客とを人質にとり、総理大臣を呼べと要求して立てこもる。信金を取り巻く警官隊。その行内で犯人と人質との緊迫した、そして、時にはユーモラスな時間が過ぎてゆく。そして、事件は意外な結末を迎える。



〈第22回公演〉「命短し、恋せよ乙女」
               
(作・演出 川村武郎)

日  時 2009年 10月2日 19:00 3日 14:00/19:00 4日 14:00
会  場 アトリエ劇研

出演  田中幸子・福澤悠子・佐藤麻奈未・奥村安裕美・山崎沙希



最近のかんから館は、とっても若い。しかも、キャストが頻繁に変わる。今回の作品は、16歳、19歳、19歳、21歳、30歳というメンバーで、しかも全員女の子。5人中4人が新人。正直どうしようかと思った。
しかし、作者は、そのメンバーであえて無謀とも思える冒険を決意したのだった。この若いメンバーに「老い」を語らせる、というとんでもない企画を考えたのだ。若い子に若い芝居をやらせるのは楽しい。全然苦痛ではない。でも、作者はいわゆる中高年だ。たまには自分の世代のテーマもやってみたい。という至って単純な動機だったのだが‥‥。
中身は淡々とした会話劇になった。役者たちは、これに意外にとまどったようだ。若い子はエンタメ系の芝居をやることが多いのかな? とにかく、テーブルを囲んでひたすらおしゃべり。
かなり地味な内容だったのだが、お客さんの反応は、すこぶるよかった。設定では年配の観客を想定していたのだが、高校生がシクシク泣くのには正直びっくりした。「生と死」という問題は、やはり、世代を超えて普遍的なのだろうか。

約50年後の未来。新しい終末期医療のシステムとして、「バーチャル・ホスピス」が作られた。それは、バーチャル空間で自分の希望する年齢に戻って、もう一度若い時代を生き直すことで、終末期の苦痛を緩和するというもの。そこに5人の終末患者がやってくる。そして、若者同士の明るく楽しい生活が始まる。が、しかし、それは「かりそめ」のものであることをみんなは知っていた。そして、それぞれに、最後の時が訪れる。



〈第23回公演〉「ぴーちくぱっちわーく」
               
(作・演出 川村武郎)

日  時 2010年 2月26日 19:00 27日 14:00/19:00 28日 14:00
会  場 アトリエ劇研

出演  藤田亜弥子・志萱優奈・・奥村安裕美・山崎沙希・白勢未生




前回に引き続き女の子ばっかりのお芝居。どういう設定にしようかと悩んだが、とある人のアドバイスに従い、オムニバス作品にした。
女の子ばっかりの練習は楽しい。決して変な意味ではなくて、女の子は、素直に真面目に練習に取り組んでくれるのだ。その辺は、どうも男子は、プライドとか、いろいろな雑音があるような気がする。
ところで、作品だが、特にトータルなテーマは設けなかった。しかし、早春ということもあって、「卒業」の色合いが濃かったかな? それからお得意の「世界の終わり」。
出来としては、「これまでで一番おもしろい」という声もあって、なかなかよかったのだが、例の「自信作にはお客が来ない」というジンクスにまたまた苦しめられた。ほんと、なんとかならないか???

1.バレンタイン心中   2.2012年のクリスマス   3.卒業旅行   4.ひなまつり   5.御前会議   6.ハンプティ・ダンプティ   7.送る言葉



〈第24回公演〉「お茶しませう」
               
(作・演出 川村武郎)

日  時 2010年 10月8日 19:00 9日 14:00/19:00 10日 14:00
会  場 アトリエ劇研

出演  藤田亜弥子・奥村安裕美・宮嵜詩織




初めのプランでは、かなり不条理劇っぽいシュールな芝居になるはずだった。でも、ずっと全編シュールではお客さんが疲れるだろうと思って、いつもの会話劇のパターンで書き始めた。書き進めるにつれて、ちょっと焦った。会話劇とシュール劇が、なかなかうまく結びつかないのだ。ということで、途中で芝居のトーンがかなり転換したことをお気づきになったお客さんも多いだろう。
ところで、今回の収穫。
1.舞台装置がかなりおしゃれにできたこと。やっぱり黒幕背景ばっかりじゃさみしいもんね。
2.新人の宮嵜の演技が好評だったこと。全くの未経験者としては、かなりの成長をしたと思うよ。

午後の紅茶を楽しむ有閑マダムが猫と戯れて暮らしている。ミステリー作家志望の売れないライターが貧乏暮らしをしている。この一見、何の接点もない2人の女性が、意外な展開で結びつく。2人の間を取り持つナゾの女。初めまったり、後半はミステリータッチのちょっと不思議なお話。



〈第25回公演〉「花とおじサン」
               
(作・演出 川村武郎)

日  時 2011年 3月25日 18:00 26日 13:00/18:00 27日 13:00
会  場 アトリエ劇研

出演  藤田亜弥子・宮嵜詩織・山崎沙希・糸永勝利




いろいろと珍しい経験だった。
まず、京都造形:芸術大学の劇団にんげん福袋との合同公演(2本立て)だったこと。
それから60代後半のおじさんが参加したこと。
合同公演というのはにぎやかで、なかなか楽しかった。特に福袋のメンバーは卒業公演ということでテンションが高かったし、それをおすそ分けで共有できたのはよかった。
おじさんと女の子という組み合わせも始めてで、初めはけっこうとまどったが、何とかみんなで楽しめる舞台になったと思う。

「遠くへ行ってみたいと思いませんか?」と名付けられたサイトに集まってきた自殺志望の若い女性たち。その女性たちと、サイト管理者の老人との、奇妙な共同生活、逃避行が始まる。「生きるとは何か?」「死ぬとは何か?」という重いテーマを、明るく軽く描いた。1979年の「イエスの方舟事件」と、近年の自殺サイト事件がヒントとなっている。


〈第26回公演〉「ネコが西向きゃ尾は東?」
               
(作・演出 川村武郎)

日  時 2012年 3月23日 19:00 24日 14:00/19:00 25日 14:00
会  場 アトリエ劇研

出演  宮嵜詩織・山崎沙希・糸永勝利・太田翔伍・川村武郎




これでもか!というぐらいにトラブル続きの公演だった。「公演中止」の危機に何度もさらされた。キャストの直前の変更、病気の発覚など、よくまあ本番にこぎつけられたと思う。
それはともかく、なかなか本番は楽しい公演だった。特に意図したわけではないのだが、コスプレショーみたいな芝居になり、特におかま役の2人は、セーラー服姿にまんざらでもなさそうだった。そして、約10年ぶり出演の川村は、はしゃいで髪の毛をスポーツ刈りにして、久しぶりの役者を楽しんでいた。
特筆すべきは、観客の約半数が糸永客だったこと。恐るべし、老人パワー。

1945年、日本は敗戦し、東日本はソ連に、西日本はアメリカに分割占領された。そして、冷戦下、東と西にそれぞれ独立国家が誕生する。西はアメリカの影響の下、資本主義国家に、そして、東は、ソ連の影響の下、「将軍様」を戴く共産主義独裁国家となる。そんな架空の国家の「再教育所」の物語。亡命希望者や反政府活動家や諜報部員たちの思惑が入り乱れる。そして、最後には意外な結末が待っていた。