Super Festival Suwa Onbasira!!

平成10年…今年7年目ごとに行われる「諏訪大社式年造営御柱 大祭」略称「御柱祭」(おんばしら)が行なわれる。諏訪地方6市町村の住民が上社、下社4つの社殿に計16本の御柱を建て替える行事であるが、中でも下社の山出し祭「木落し」は有名で周囲3メートルの大丸太に氏子と呼ばれる人たちが乗って木落し坂を駆け下る様はまさに圧巻で「日本古来版ロデオ」の様だ。
当然ながらケガ人が絶えず、時には死者が出る事もあるそうなのだが、それでも諏訪の人達にとっては最も重要な祭りであり、諏訪の男達にとって御柱に乗って木落し坂を駆け下る事は大変なステータスであり、「危険=止めておく」と言うような次元の話しでは無い様だ。実際この祭りを肌で感じてみてその事が良く解った。
そもそも「祭り」は「まつる」ことであり、神様の魂を鎮める「鎮魂」であり、それは「たたり」(天災や疫病)を恐れるが故…盛大な祭りほど過去に強烈なたたりがあったに違いないと思うのだが…どうだろう??
しかし御柱祭がいつ頃から始まったのかは明確では無いらしいが、ネパールにも大木を山から切り出し町中へ引っ張り柱立てを行う「インドラ」と言うものも有り、諏訪の御柱祭と似ていると言う。この様なことからもこの祭りは大和中央政権による日本国家成立以前の太古の昔より諏訪国家で行なわれ続けているのではないだろうか。そんな気がする。

4月10日金曜日諏訪御柱祭下社山出し祭初日。長野県岡谷のKEN坊に招待してもらい、この祭りのハイライト「木落し」が行なわれる「天下の木落し坂」に案内してもらえる事になった…
朝5時。例によって我が別荘ハイエースに乗り込み自宅を抜け出し、イチロ諏訪へ!!
途中満開の桜の下で朝食のあんぱんをかじりつつ、好天気を確信する。
岡谷に着いたのは午前10時、さっそくKEN坊に電話をして迎えに来てもらう。
待つ事5分。KEN坊到着。芦ノ湖SDC以来の再会である。
KEN坊の職場に車を止めさせてもらって、徒歩で「天下の木落し坂」へ出発。
途中ハッピ姿の人がたくさん木落し坂へ向かって歩いて行く…
歩行者天国(実は事故があって天国でもなかったのであるが…)には定番のイカ焼きやフランクフルトの出店に混じって、「御柱Tシャツ」などの御柱グッズが売られている。中でも「御柱イメージソングCD!?」にはそそられる物があったが、取りあえず先を急ぐ事にした。
約40分で「天下の木落し坂」へ到着。
まだ最初の木落しまで2時間近くあるのにすでに会場は大入り満員。
午後1時より春宮四、春宮三、秋宮二の順で木落し坂を駆け下る予定だ。
取りあえず坂の最上部に陣取り昼飯を食らう。さすがに上から見ると驚く程急坂で、木がでんぐり返ら無いのが不思議なくらい…野沢温泉スキー場のシュナイダーよりキツイかもしれない。
待つ事2時間。予定が全体に遅れており1時40分頃、春宮四の御柱が坂の上に到着。
同時に坂周辺が騒がしくなってきた…爆竹、花火、特大クラッカー、ラッパ…
まるで、高校野球の応援合戦の様だ。それと同時に縄を手にした地元の曳き子さん達が坂の中になだれ込んできて、あっと言う間に坂が人で埋め尽くされてしまった…柱が見えない……しかしロープが張ってあり中には入れないし……
KEN坊 「見えなくなりましたねぇ…」
ガッツ 「一般の人は入れないって…入っとるやんけ…ほれ…」
KEN坊 「ん?あのおっさんどっかで見た事あるなぁ?」
ガッツ 「ん?そう言えば…仲代達也ちゃうか?」
「なにしとんねん?あのおっさん…曳子以外は入ったらあかんねやろ?」
KEN坊 「テレビの撮影でしょ?」
ガッツ 「芸能人はええのかよぉ???」
「秀吉殿…ささ…茶を…て言うとるだけやんけ、あのおっさん。」
KEN坊 「まぁまぁ…抑えて抑えて…」
とまぁ、ぶつぶつ言いつつも1時間遅れの春宮四の御柱は、勢いよく坂を下って行きました。
ほんの一瞬でしたが約45度に傾いた柱と顔を引きつらせた氏子が印象的だった。

春宮三の御柱。
待ち時間、隣りのおばさんが、「坂を落ちるのもいいけど、落ちる直前まで御柱を引っ張っている縄を切る瞬間は、とても緊張感があっていいわよ。」と話してくれたので、春宮三の御柱はその「縄切り」を見物することにした。
坂の頂上から少し奥手に待機する。予定はどんどん遅れており春宮三の御柱が坂の上に来たのは4時。あちこちで爆竹がなり歓声が上がる。
慎重に慎重に春宮三の御柱が坂にずり出される…
氏子を乗せた御柱の重心が坂の下に向かって移動する…
次の瞬間、綱引きの綱ほどもある縄が「ピーン」と張った…
観衆から「おおぉ〜」と声がもれる……
そこへ刃渡り20センチほどの意外に小さい「まさかり」を担いだおじさんが登場…
焦らしに焦らして、盛り上がったタイミングを謀って…
大上段からまさかりを振り降ろした…
「ブンッ」という音と共に、なんと1発で太い縄は弾け、大歓声が上がった!…
決まった!!…瞬間、全身に鳥肌が立った…
一発で決めることはなかなか無いらしい…
次の瞬間、おじさんはスーパースターだった…そして胴上げが始まった…
一瞬のタイムラグの後、坂の方でも大歓声が上がった。
「すごい!」と思った…御柱にかける諏訪の魂が少しだけ解った様な気がした。

秋宮二の御柱。
最後はやはりテレビなどで見慣れた全貌を…という事で、川のサイドに設けられた観客席に移動する。時間は5時を回っている。早くしないと暗くなりそうだが…
予想通り?6時頃坂の上に到着。この日1番太い秋宮二の御柱が坂を下っていったが、縄を切るタイミングなのか、前日の雨によるのか、途中で一度止まってしまった。
すると、一斉に曳子の人達が御柱に群がりあっという間に坂下に引き摺り降ろした。
連携プレーも素晴らしいものがあった。
この祭りは「力を合わせる」のも重要なテーマのようだ。
初日3本の木落しが終わり、ほとんど日が暮れた木落し坂をKEN坊と一緒に後にした。
朝から約8時間。付き合ってくれたKEN坊に感謝。

この後、土曜日に秋宮四、春宮一、春宮二。日曜日に秋宮三、秋宮一。の予定で木落し坂を下った御柱は注連掛(しめかけ)と呼ばれる場所まで曳かれて里曳き祭りを待ちます。里曳きでは一転して艶やかなパレードで街中が盛り上がるのだそうです。

おどろきの事実。
その1・・・諏訪周辺では会社が御柱休みになる。
その2・・・地域テレビ局が朝から晩まで1日中生中継をやっている。
その3・・・御柱に乗る氏子さんにはチャパツが多い?

1998年4月10日御柱祭下社木落し見物後・・・
祭りの後は夕食に蕎麦を食らって(店内のTVも会話も御柱祭一色)
…諏訪湖畔温泉(なんと200円。ただしシャンプーなどは各自持参するのであるが、地元のおじさんがみんなお揃いのかわいいカゴを持っているので笑ってしまった)で木落し坂のホコリを落して…
翌日の朝食を仕入れて…KEN坊の「アジト」へ寝袋を持ち込んだ…

僕の「別荘ハイエース」と違ってTVにこたつに冷蔵庫まで付いている(至れり尽くせりである)。
おまけにKEN坊がノートパソコンを持ち込んで貸してくれた…
密室のインターネット…
これはもう愛読(愛見?)ページをじっくりと見るしかない…と、思ったが…アドレスを憶えていなかった(泣)…Yosさんに電話で聞こうか?とも思ったが、仕方がないので芦ノ湖オンラインを覗いてみた(船長ごめん)…

チャットにニャン吉がウロウロしていたのでしばらく遊んでもらった。
ニャン吉は猫のくせに東北を放浪したことがあるらしい
(最近、ニャン吉はTomy船長と同じ様な事を言うようになった…
船長が猫化してるのか?ニャン吉が人間ズレしてきたのか?は解らないが…)
気が付くと「アジトの首領」KEN坊は御就寝だった…明日に備えて12時頃就寝。
(どこが備えとるっちゅーねん!!)


翌朝5時起床。(めちゃ眠い…当たり前か?)
KEN坊のテラノに同乗させてもらって奈良井ダムに6時頃着。
すでにゴミ拓がフライロッドを振っていた…が、「ぜんぜんダメ」らしい。
とりあえず準備をはじめる…と?…え?…ウェーダーが…ない…(泣)
どうやら寝ぼけて積み忘れたらしい…(あほ)

そこへ追い討ちをかけるように漁協のおじさんがやってくる…入漁券1400円…
仕方なく払いかけると、余計な一言「ここは釣りしちゃいけないんだよ」だって????
聞くと県条例でいけない事になってるらしい(大勢釣ってるけど)…
にもかかわらず入漁券を発行しようとする漁協のおじさん…
「冗談じゃない。釣ってはいけない所で入漁券売るなよ」って事で入漁券を返した。
と言うわけで、ウェーダー忘れと合わせて戦意喪失してしまい見物人に変身してしまった。

フキノトウがやっと・・・

KEN坊はルアー、ゴミ拓はフライでがんばってみるがアタリが何度かあったのみらしい。
しかし二人ともさみーのに腰まで水没して…よーやるなぁ…見てる方が震えてくるぜ…

寒い中粘るゴミ拓・KEN坊


しかしさすがに残雪残るダムサイト…1時間ほどで二人ともギブアップ。
僕のウェーダーを取りに「アジト」まで帰ってくれる事に…(感謝)

さて、「アジト」から今度は奈良井と逆方向へ移動。
ゴミ拓邸に立ち寄りみんなでKEN坊の車に同乗して富士見・山梨方面へ。
この間ゴミ拓はネオプレーンのウェーダーを履きっぱなし…
どうやら下半身のダイエット中らしい…?。真っ赤なタイツがとってもステキだった。
スリムになったらアミタイツにするのかしら?

一昨日の雨で川は濁りぎみで増水しているので、比較的流れの緩い堰堤付近で準備を始める。
KEN坊はルアー、ゴミ拓と僕はフライ。ゴミ拓は4番。僕は6番で釣りはじめる。
ドライ、ニンフ、ウエット、ストリーマー……反応無し。

ウェダーを履いてがんばる

植田(ガッツ)さん


おや?…振返ると KEN坊がロッドを曲げている…
ファーストフィッシュは銀ピカの30センチ近い本流イワナ… KEN坊おめでとう!!

久しぶりの釣果で緊張気味

実は KEN坊、今年は芦ノ湖のSDC・解禁と不調が続いたので
地元の牛伏寺に厄払いに行ったそうで、さっそく御利益があったようだ。

その後も気合を入れてがんばるがアタリすら無いままにお昼になり、
ステーキハウスで昼食後は眠くて、またも戦意喪失。
特にゴミ拓は2週間の出張後休みなしの釣りだったのでグロッキー状態(お疲れ様)。

と、言いつつも駐車場で2時間近く「今後の人生と釣りについて」語り合ってしまった。
(みなさんお疲れの所ごめんなさい)
午後3時頃。芦ノ湖での再会を約束して無事お開きとなりました。
KEN坊、ゴミ拓、ありがとね。


今回の釣り日誌は、わざわざ奈良から来て頂いてもらったガッツさんにレポートを書いてもらいました。
ガッツさんは日本史にとても詳しく私が御柱について書くよりも参考になるのでは?と思い頼みました(単に手抜きかもしれんが・・・)
レポート内容は一切手を加えていません。
肝心の御柱の写真ですが、私がデジカメを持っていくのを忘れてしまった為ありません・・・さらにガッツさんから写真を送ってもらったのですが、スキャナーを持っていないです・・・なんとかスキャンできたら後日写真をアップさせて頂きます。