沙貴ちゃんは食べざかり♪
ぼたこ
沙貴ちゃんは、甘い物が大好き。学校にこっそりキャンディや一口クッキーを持ちこむことなんてしょっちゅう。雑誌で新しいケーキ屋がオープンすれば必ずでかけ、春・秋の新作菓子パンは一通り制覇。季節限定ポッキーはくまなく賞味し、旅行先では必ず地域限定菓子を根こそぎ頬張る。
だから、沙貴ちゃんのお小遣いに占めるエンゲル係数は異常に高い。
「なんで、お菓子も図書館の本みたいに、ただで借りてこれないんだろう?」
食べた後のお菓子の空き袋でも返す気か、沙貴ちゃん。
沙貴ちゃんはお財布の中を見つめながらほーっとため息をついた。毎年秋になると新作お菓子が目白押し。その全部を買っているのだから、お小遣いがなくなるもの当然である。
「お金貸してって言っても、玲子ちゃんはお金にしっかりしているから『絶対ダメ』って言いそうだし、香澄ちゃんはアイドルの追っかけに夢中で本人を捕まえるのが大変だし・・・」
沙貴ちゃんには、すっごく買いたいお菓子があった。マシュマロをチョコレートで包んだ沙貴ちゃん好みのふんわり&サクサク系お菓子である。
「ああ、あのマシュマロチョコ、私に『食べて食べて〜』って言っているのに」
沙貴ちゃん、お菓子の声が聞こえるのか。
夕暮れの路地裏。沙貴ちゃんは物欲しそうな顔をして、洋菓子屋さんのショーウィンドに、何時間も張りついていた。
そこをたまたま通りかかったのが、名探偵の岩岸くん。
それを見て、沙貴ちゃんの大きな瞳が輝いた。
「わあいっ! 岩岸さんにおごってもらお」
岩岸くんは正真正銘の名探偵。道に落ちていた10円玉の持ち逃げ犯人から、老人ホームのオムツ泥棒まで捕まえちゃう本当の名探偵。だから、沙貴ちゃんは、名探偵の岩岸さんが大好き。でも、お菓子を買ってくれる岩岸さんはもっと好き。
「岩岸さ〜ん。こっちこっち〜」
沙貴ちゃんは目立つように《名探偵・岩岸正ファンクラブ》の旗をめいいっぱい振って、岩岸さんにアピール。そう、沙貴ちゃんは《名探偵・岩岸正ファンクラブ》のマスコットガールなのだ。だから、常に《名探偵・岩岸正応援旗》を持ち歩いている。
「岩岸さ〜ん。私、困ったことがあるの〜」
岩岸くんは『困った』という言葉に弱い。なんでも事件だと思ってほいほい引き受けてしまう。そして、その度に沙貴ちゃんにお金をふんだくられる。
「何があったんですか?」
岩岸さんが、沙貴ちゃんの元に駆け寄ったときだった。
「ありがとうございました」
ちょうどその時、店から一人の客が出てきた。そのお客はマシュマロチョコを買って外に出てきたようだ。そして、沙貴ちゃんの前に、そのマシュマロチョコをぶら下げた。
「これ、あげますよ」
沙貴ちゃんの目が輝く。
「わ。いいんですか」
といいつつ、手は既にマシュマロチョコに伸びている沙貴ちゃん。さっそく数個を一気に頬張った。その時だった。
「きゃ〜。助けて〜。誘拐〜」
沙貴ちゃんは、マシュマロチョコを口にくわえたまま、突然、そのお客に連れ去られた。 岩岸くんは、慌てて犯人を捕まえようとした。そして、犯人に体当たりした。その時だった。つむじ風が、沙貴ちゃんのスカートをめくった。そして、岩岸くんはモロに見てしまった。そして、ショックのあまり、鼻血を出して後ろにひっくり返った。
岩岸くんはお年頃。
そして、岩岸くんはうぶなのだ。
岩岸くんは硬直したまま呟いた。
「く・・・くまさん」
それが失神前の岩岸くんの最後の言葉だった。
ちょうどその頃『沙貴ちゃんが、また洋菓子屋のガラスに張りついて、営業妨害をしている』という商店街からの通報を受け、玲子ちゃんと香澄ちゃんが、岩岸さん失神現場に到着した。
まず、驚きの声をあげたのが玲子ちゃんである。
「ど〜して、岩岸さんが、マシュマロチョコを口にくわえたまま、鼻血だして失神しているわけ?」
それを見て、香澄ちゃんが言う。
「チョコレートの食べ過ぎで、鼻血出して貧血起こしたとか」
香澄ちゃん、それだと沙貴ちゃんと同じだってば。
玲子ちゃんは《名探偵・岩岸正ファンクラブ》の会長らしく、岩岸さんの状況を検分する。その横で香澄ちゃんは岩岸くんの失神姿をカメラに収める。但し、香澄ちゃんの場合は証拠集めではない。《名探偵岩岸正ファンクラブ》のイベント・企画員として、次の会報のトップページに飾ろう・・・と思っているだけである。
玲子ちゃんは、岩岸くんの口に注目した。口に挟まったマシュマロチョコを外すと、岩岸くんの唇がわずかに動いた。
「うわごとのように言っている『くま、くま』って何?」
「さあ? 熊川哲也?」
それは、香澄ちゃんが今現在追っかけしている超美形天才バレリーナの名前である。
失神した岩岸くんを前に、なおも検分を繰り返す玲子ちゃんと香澄ちゃん。
「そういえば・・・」
香澄ちゃんが思い出したように大声をだした。
「ここにいるはずの沙貴ちゃんがいないのはなぜ?」
玲子ちゃんは、即座に推理を開始した。そして、叫んだ。
「わかった。きっと岩岸さん。沙貴ちゃんが誘拐されたのを、いち早く嗅ぎつけて、現場に急行してくれたのよ。そして、沙貴ちゃんを助けようとして犯人と乱闘した末、とうとう犯人の暴力行為に倒れ、鼻血出して力尽きたのよ」
鋭い。さすがファンクラブ会長の玲子ちゃん。いつも推理が冴える。今回も前半は当たっていた。しかし、鼻血出して力尽きたのは、別の理由である。
それを聞いて、香澄ちゃんがぼそっと呟いた。
「・・・沙貴ちゃんの代わりに自分が誘拐されたかった」
香澄ちゃん、言っている意味が分かっているのか。
しかし香澄ちゃんは、長い髪をさっと振り払うと、両手を合わせ、うっとりとした表情で目を閉じた。
「そして、誘拐された私は、岩岸さんの手に捕まろうとして、それでも、無情な犯人の手によって愛する二人は引き離され・・・そして・・・『岩岸さん。助けに来てくれるのを、私、信じています。信じて、ずっと待っています』とか涙ながらに言うの。そして、その私の声がだんだん小さくなって、無情な風によってかき消されていくの。最後に、一人残された岩岸さんの前に木枯らしが舞って・・・そこで、傷心の岩岸さんが叫ぶの 『香澄ちゃ〜んっ!カームバァーックっ!!!!!』」
香澄ちゃん、自己陶酔もそこまでいくと怖い。
「あ。目が覚めた」
香澄ちゃんの最後の絶叫で目が覚めたらしい。岩岸くんが起きあがった。綺麗好きな岩岸くんは、自分の上で融けかかったマシュマロチョコを丁寧に拾うと、証拠としてビニール袋に入れた。そして、さっそく捜査を開始した。
「絶対、犯人を捕まえてやる」
岩岸くんの目に闘志がみなぎっていた。もちろん、沙貴ちゃんのことは心配している。しかし、岩岸くんをここまで駆りたてたのは、もう一つの別の理由である。
『名探偵ともあろうものが、こともあろうに、自分の目の前で誘拐されてしまった』
こんなこと、名探偵としてあってはならないことだ、と思った岩岸くん。この不名誉を挽回することを固く固く決心。
まず、岩岸さんは、現場に残された足跡に注目した。今回は極めて特徴的な足跡だった。
「この数本の帯状の線は、ほうきで掃いた跡・・・恐らく犯人は、普段からほうきを使って生業をしている者」
犯人は、枯れ山水の名人か、はたまた、レレレのおじさんか。
足跡をつけようとしたものの、ほうきの跡は一瞬で終わっていた。近くにアジトになりそうな落とし穴も見当たらない。
「・・・・・・・・・・」
思案顔で考えこむ岩岸くん。その姿を見て、玲子ちゃんと香澄ちゃんは、岩岸さんが初めて大ピンチに陥ったかと、二人で大焦り。
ファンクラブ会長の玲子ちゃんは、岩岸さんのヒントになればと、目撃証言を得るためのリストアップ作りを始めた。沙貴ちゃんの特徴を書きとめる。『ポニーテールに白いリボン』『目が大きい』『胸はもっと大きい』などなど。
その玲子ちゃんに対して香澄ちゃんは何をしていたかというと・・・
「推理の苦悩に満ちた岩岸さんもす・て・き♪」
と岩岸さんの顔をデジタルカメラに撮って、携帯パソコンに画像を入れ、その横に自分の顔をはめこみ、デート写真の偽造をして遊んでいた。
突然、上空がにぎやかになった。
それを見て、岩岸くんが叫んだ。
「わかりました。あの鳥を追いかければいいのです」
さすがの玲子ちゃんも、それが何を意味するのかわからない。いわんや香澄ちゃんをや・・・である。
説明する暇はないとばかり、岩岸くんは鳥を追って駆け出した。
とにかくここで、岩岸くんを見失ってはファンクラブの面目に関わる・・・と、玲子ちゃんと香澄ちゃんは大慌てで追いかける。
「なるほど」
玲子ちゃんが走りながら呟いた。
「沙貴ちゃん。ポケットに大量のお菓子つめこんでいたもんね。それが犯人の逃走経路で過程で落ちていったのね。で、それを鳥が食べている。だから、鳥の集るところをひたすら追いかければ、沙貴ちゃんに辿りつけるんだわ」
玲子ちゃんは、走りながら、岩岸くんの名推理に拍手を贈る。香澄ちゃん、思わず一緒に拍手。しばらくして、不思議そうな顔をして呟いた。
「えっと。私達、誰の追っかけしているんだっけ?」
香澄ちゃん、もしかして、とりあたまか。
岩岸くんと玲子ちゃんと香澄ちゃんは、とうとう沙貴ちゃん誘拐犯のアジトらしきところに辿りついた。
岩岸くんは、探偵道具の中から懐中電灯を取り出し、洞窟を照らした。思ったよりも奥が深い。
「この洞窟、いかにも犯人が潜伏しそうな、危険な雰囲気よね」
玲子ちゃんは、岩岸くんの背後からこわごわと顔をのぞかせる。
「私と岩岸さんと駆け落ちした時は、こういううら寂れた哀しい雰囲気のところもいいわね」
香澄ちゃんは、相変わらず、自分と岩岸さんの《あるはずのない未来》の世界に浸っている。
「とにかく、入ってみなければ、何もわからない」
岩岸くんはそう言うと、一歩一歩足元を確認しながら、慎重に進んだ。
「足元に何か・・・わかった。あの証拠のマシュマロチョコだ」
岩岸くんが、下にかがんでマシュマロチョコを拾おうとしたときだった。
突然上から、何かが降ってきた。
「わっ。カボチャのお化け」
どーん★〃
三人娘の中で一番運動神経がいい香澄ちゃんが、まず、カボチャ空爆を避けた。しかし、その勢いで、前にいた玲子ちゃんを突き飛ばしてしまった。
どーん★〃
続いて、香澄ちゃんに突き飛ばされた玲子ちゃんが、必死にカボチャ空爆を避けた。しかし、その勢いで、前にいた岩岸くんを突き飛ばした。
どーん★〃
そして、香澄ちゃんと玲子ちゃんの二人に突き飛ばされた岩岸くんも必死にカボチャ空爆を避けた。しかし、その勢いのまま前方に突進し、壁に激突してあえなく撃沈した。
「ついさっきまで、死んだミケとお話していたような気がする」
それが、復活した岩岸くんの第一声だった。
カボチャ空爆を食らったところを見ると、やっぱり、沙貴ちゃん誘拐犯が罠をはっていた可能性が高い。にわかに緊張が高まる。
おそるおそる一歩一歩踏み出していくと、突然、芳しい香りが立ち込めた。
「ふっふっふ。今日は格別に美味しいパイが焼けた。いい材料も手に入ったし。ぐふふふふふ」
玲子ちゃんと香澄ちゃんは固まった。目の前にいたのは、黒い三角帽子によれよれの杖、黒いマントに謎の緑色液体。いかにも、中世の魔女そのまんまの恰好をしていたのである。
犯人は、魔女!?
そして
パイの中身はよもや沙貴ちゃん!?
「よ・・・よくも沙貴ちゃんを」
岩岸くんと玲子ちゃんと香澄ちゃんが、珍しく一致団結して、疑惑の魔女に殴りかかったときだった。
「やっほ〜。みんなお揃いでどうしたの〜」
背後から、口いっぱいにパンプキン・パイを頬張った沙貴ちゃんが、幸せそうな顔をして、にこにこしながら立っていた。
「・・・ということで、びっくりして『誘拐〜っ!』って叫んじゃったけど、全部、勘違いだったの〜」
沙貴ちゃんは、パンプキン・パイで口をモゴモゴさせながら言った。
「実は『今日はハロウィーンだからお菓子をいっぱいご馳走してくれる』って魔女さんが言ってくれたの。『わ〜い、ご馳走』って思って、空飛ぶほうきに乗せてもらって、ほいほいついてきたの」
沙貴ちゃん、お菓子をくれる人なら、誰にでもついていくのか。
「今、魔女さんご自慢のパンプキン・パイを頂いていたとこなの〜」
ということは、さっき落ちてきたカボチャのお化けは空爆ではなく、パンプキン・パイに使われたカボチャのなれの果てだったらしい。魔女は嬉しそうに笑った。
「ふぉっふぉっふぉ。これだけお客が集るなんて嬉しいのう。いつもは誰も相手にしてくれなくて一人ぼっちだったからのう。可愛い娘さん一人でも嬉しいのに、こんなにも若い子がたくさん。ほれほれ。どうせ、明日の朝になったらブロッケン山に帰らなくてはならぬから、たくさん食べていっておくれ。なんなら、このカボチャの飾りも持って帰るがよい」
誘拐犯の思わぬ申し出に、岩岸くんと玲子ちゃんと香澄ちゃんは、いいようのない脱力感に襲われた。
結局、魔女に勧められるまま、あらゆるハロウィーン菓子を食べまくった岩岸くんと三人娘。お土産に空飛ぶほうきまでもらった。しかし、飛ぶには30年の修行が必要だと言われて、三人娘は飛ぶことをあっさり断念した。
「ありがと〜。さよ〜なら〜」
岩岸くんと三人娘は、その日の夜、ブロッケン山に帰るという魔女を、その洞窟の出口から見送った。
岩岸くんと三人娘はそのまま洞窟の出口で別れ、それぞれの家路についた。
「岩岸さんってほんとすごいわよね〜。魔女の魔法をものともせず、沙貴ちゃんを助けようと果敢に洞窟に潜入。ついでに魔女からご馳走までしてもらって、私達まで一緒に楽しませてくれるなんて。あれこそ、男の中の男、名探偵の中の名探偵よ」
玲子ちゃん、魔女からご馳走してもらうのも、名探偵の仕事か。
「岩岸さんは、沙貴ちゃんが誘拐されたと思ったとき、きっと次は私が誘拐されるかもしれないと思って、あの危険な潜入捜査をしてくれたのね。いつも私のことを思ってくれているなんて、香澄、嬉しい」
香澄ちゃん、岩岸くんは『名探偵の目の前で誘拐されてしまった』という自分の不名誉のために戦ったんだってば。
「魔女さん、明日もご馳走しに来てくれないかな〜」
沙貴ちゃん、魔女に毎日たかる気か。
三人娘と別れた岩岸くんは、まっすぐ自宅に戻るや否や、自室で研究を始めた。
「このほうきを分析しなくては。空を飛ぶには、それなりの仕掛けが隠されているに違いない。名探偵というもの、このくらいの仕掛けを解けなくてなんとする」
岩岸くんは、空飛ぶほうきを分解しはじめた。そして、コポコポという試験管の透明液体に、ほうきのサンプルを入れてみた。
「むっ。これは・・・」
液体から緑色気体が出てきた。
「あの洞窟に充満していた煙と一緒だ。きっと何かある」
そういって、更に分析をしようと、試験管を取り出した時だった。
「あっつ」
岩岸くんは煮沸しかけていた試験管の液体を、まともに被ってしまった。すると、岩岸くんの身体に異変が起こった。
実験室に残されたもの、それは・・・
−巨大パンプキン・パイ−
そう、岩岸くんは、巨大パンプキン・パイに変身していたのだ。
岩岸くん、危うし。
岩岸くん、大ピンチ。
明日の朝までに、元の身体に戻らないと、旺盛な食欲を示した沙貴ちゃんに、まるごと食べられてしまう。
岩岸くんは、巨大パンプキン・パイの姿のまま、必死に自分の研究ノートをめくっていた。
−お・わ・り−
もどりま〜す