小西稔子の考現学
■らくだ教材はこどもが喜びそうなものに見えなかったんですけど・・
ずっとやっていくときのモチベーション(やる気)は?
6月18日に、3月から「らくだ教材」を取り入れられた「さくら学園」(無認可の幼稚園)で、平井雷太氏をオブザーバーにお迎えして「講座」が開かれました。
園のお母さんがたからの質問を中心に場が進んでいったのですが、最初のお母さんの問いは次のようなものでした。
「らくだ教材を最初に見たときに、なんだかこどもが喜びそうな楽しそうなものに見えなかったんです。これを子どもたちがずっとやっていくときのモチベーションは、どのようなものなんですか? 何か目標があるからモチベーション(やる気)を維持することができるのですか?」
この問いについて、私なりに答えてみようと思います。
@途中の変化がわかりやすいので、そのプロセスでさまざまなドラマが生まれる
私が最初に「らくだ教材」を見たのは確か8年くらい前だったと思うのですが、私も同じような印象をもちました。
「計算ばかりがならんでいるこのプリントを、子どもが本当にするのだろうか?
よくある教材のように、楽しそうな絵がついているわけでもなく、おまけがついてくるわけでもなく、なぜ子どもが次のプリントをほしがるのだろうか?」
そんな疑問もあって、まずは3人のわが子がプリントの学習を始めました。
できない日もありますが、それでも合格したら、「小1−6を6枚ください。それから小1−7も一応2枚。」などと言って、少しずつプリントが進んでいきます。
そんな様子を見ていて、「もっとたくさんの子どもたちの様子をみて、このプリントの不思議を味わってみたい」という、そんな思いもあって、らくだの教室を始める決心をしたことを思い出していました。
教室をはじめて7年目になりますが、見た目はとてもシンプルな教材のなかに、さまざまなモチベーションを起す秘密があることに次々と気がついていきました。
まず、一つ目は「小さな変化、小さな自分の成長が見えやすい」ということです。
3週間前から小学校の放課後学習に週に2回、1時間づつ、らくだ教材を使った指導をはじめているのですが、そこでもそんならくだ教材の威力が発揮されていると感じます。
初めてやる教材として小1−24(横式の足し算のまとめ・目安5分)を選んだ6年生のTさん。
結果は9分かかって不合格。そこで小1−10まで戻って、たしざんの学習からスタートしました。
そして、2週間後「今日はもう一度小1−24をやってみる」といって、取り組んだTさん。
結果は6分。合格ではなかったのですが「先生、最初やったときよりも3分も早くなったよ!」とうれしそうに言いにきました。Kさんは算数は苦手らしく、算数ではなかなか「できるようになった」という実感を感じることが少ないようなのですが、らくだ教材で学習をはじめてからは「昨日よりミスがへった」「時間が1分早くなった」「5枚目でプリントをクリアした!」と、小さな感動が次々と訪れます。
自分の小さな成長、というのは自分ではなかなか気づきにくいものですが、「らくだ教材」というツールがあるおかげで、そんな一人ひとりの小さな成長を、それに寄り添う人といっしょに喜べることがとても大きな魅力であり、ひとりひとりの内側からのモチベーションを刺激しているのだと思いました。
また、跳び箱や鉄棒など「できるかできないか」という結果で判断してしまいがちなものが多いですが、らくだ教材では、合格するかしないかだけではなく、その途中の変化がわかりやすいので、そのプロセスでさまざまなドラマが生まれるのです。
合格しないけど、毎日できるようになった、記録表が書けるようになった、答え合わせができるようになった、お母さんに声をかけられなくても1回できた、など、さまざまなその子なりの成長を子どもといっしょに喜ぶことができるのです。
その後、Tさんは、小1−24を2枚やって合格。そのあとの小2−1から小2−4までは、1日で一気に合格していきました。
そんな体験を重ねることで、最初にやった小1−24ができなかったことは、Kさんを否定するものではなく、できるようになるスタートだったことを、理屈ではなく身体で感じているように思えました。
A「わかった!」という瞬間がおとづれることで、「学ぶことの楽しさ」を味わっている
二つめは、「教えられなくても自分でできる・大人に指示をされない」ということです。
子どもたちは基本的には「自分でやりたい。自分の力でできるようになりたい」と思っていると感じます。
教えられてできるようになったことと、自分で発見して自分の力でできるようになったことでは、喜びの大きさも違うようです。
これは大人でも同じかもしれません。
「らくだ教材」に取り組む幼児の子どもたちは、日々、新しいことを自分で見つけてできるようになっていくことの連続です。
0から10まで教えられなくても書けるようになる、見本を見なくても数字がわかるようになる、順序数のしくみや意味がわかってくる、100より大きい数字も書けるようになる・・・などの算数の概念を理解するプロセスを自分で発見していくのです。
「勉強は教えられるもの」「習っていないところはできない」という刷り込みを受ける前に、「勉強とは自分で発見していくもの」という体験を「らくだ教材」を使ってたくさんしてほしいなあ、と思います。
また、学年が進むにつれて、習っていないことを自分の力だけでやっていくのはとても大変なのですが、裏の答えを見ながらどうしてそうなるのかいっしょうけんめい考えたり、最初の1問目だけ裏の答えを見て、それを模範解答にして残りの問題を自分でやっていったり、子どもたちはさまざまな工夫をしながら、わからない問題にも果敢に挑戦していくことを学んでいます。
そんな苦労の末に「わかった!」という瞬間がおとづれることで「学ぶことの楽しさ」を味わっているように感じます。
そんなところにも、学びに対するモチベーションが起こる秘密があるのではないか、と思うのです。
Bとりあえず気分に左右されずにスタートしてみる、そんな中で結果としてモチベーション(やる気)が起こってきたりすることもある
それから最後に、これは逆説的かもしれませんが「モチベーションがなくてもできる教材である」ということをあげておきたいと思います。
プリントを作られた平井雷太氏は「やる気のないままやる練習は、やる気のないときにしかできない」とよく言われます。
つまり、モチベーションだけで続けていくのではなく、モチベーションに関係なく「毎日やる」と決めることで、とりあえず気分に左右されずにスタートしてみる、そんな中で結果としてモチベーションが起こってきたりすることもある、ということです。
最初は「今日はやりたくなーい!」と言っていた子に、「そうか、今日はやりたくない気分なんだ。じゃあ、1枚全部が無理だったら、どれくらいだったらできそう? 半分とか1行とか1問とか?」「うーん、じゃあ1行だけ」と言って始めたり、「じゃあ、ストップウオッチを押してあげるから、できるところまでやってみたら」と言って始めて、結局最後までやってしまった、ということはよくあることです。
モチベーションを常に高めておく、ということは人間としてとても大変なことではないでしょうか。
体調の悪いときもあるし、気分が乗らないときもあるのは正常なことです。
だから、それに左右されないようになることが、モチベーションを高めることより、さらに必要なことではないかと思うのです。
C今日のこの一日を幸せに今日の自分が納得のいくように生ききる
さて、もう一つの「モチベーションを保つためには目標が必要なのではないか」という問いです。
そのことについて、オブザーバーの平井さんは次のように話されていました。
「最近は、子どもたちに『将来何になりたいの?』と聞いて、そのためにはこんな勉強が必要だ、と順番におろしてくるやりかたで子どもに対応している例をよく耳にするのですけど、そのやり方だと、なりたいものがない子は勉強が始まらなくなってしまうんです。
それに、目標達成型の勉強方法だと、その目標を達成した瞬間だけが成功なので、日々の勉強は苦役になって、常に『目標を達成できていない』状態になるんです。
だから、結局はすぐにできそうなことしかしようとしないんです。
そうではなくて、何かの目標に向かってやる勉強ではなく、『毎日これをやる』と決めてただたんたんと続けていく学習方法なら、毎日やると決めた日々の営みがすべて成功、毎日が幸せなんですね。
その時に何を決めるかなんですが、いつの日か何かができるようになる、というのが目標、たとえば1000万円貯めるとか、プロ野球の選手になるとか、そういう目標を決めるのではなくて、そのためにとりあえず何をするのか『今日実現すること』を決めるんです。
そして、その「毎日やる」ということにまずは意識を集中させていくんですね。
そんなことをし続けていくうちに、自分でも予想もしない力が自分についていた、ということも起こってくるんです。
目標を持つことが悪い、ということではないんですが、目標達成型の勉強法は、今までの高度経済成長期にさんざんやってきたのだから、21世紀の新しいもうひとつの学び方として、『目標を持たない学び方』と言うのは結構おもしろいと思いますよ。」
平井さんの「目標を持たない」という話を聞いていて、これは「目標をもたない」という言葉をそのまま受け取るのではなくて、大きな目標はあってもなくても、今日生きていくこの1日のこの瞬間にすべての力を注ぐこと、まずは一日を一生の相似形とみなして丁寧に生きる、そんな日々の積み重ねの上に人生があるのだ、ということ。
そして、どこかに本当の自分とか、本当の幸せがあるのではなく、今日のこの一日を幸せに今日の自分が納得のいくように生ききる、という生き方そのものに思えたのでした。
D特別なこととしてがんばるのではなく、たんたんと続けていくことで、気がついたら実現していくことがある
また、先日、映画『M/OTHER』の監督、諏訪敦彦さんと、映画『自転車でいこう』の監督、杉本信昭さんの対談を聞く機会がありました。
若い映画監督の卵だという人から「監督が映画をつくるモチベーションはなんですか?」という質問に次のように話されました。
諏訪監督
「基本的にいつもモチベーションはないんです。
というより、作っていくうちにモチベーションが起こってくる、というか・・・。
普通は『こういうタイトルでこういう構成のこんな映画を作ろう』というように物事が進んでいくのかもしれないけど、ぼくは『えいっ』って感じでやっちゃう。
それから、『何でこれをやりたかったんだろう』ってあとから考えるんです。思わずやってしまう、そのことで、作品から自分に何かが返ってくる。
トータルなビジョンがあって始まるのではないんです」。
杉本監督
「僕も、映画は好きだけど、モチベーションという重さではないですね。
映画は僕の言語のようなものですから。
もっと日常化しているんです。特別なことではないんですね」。
諏訪監督は「台本を作らない」というスタイルで映画を作っている監督なのですが、映画作りも最初にゴールを設定しないことで、予想以上のことが起こっていく面白さがあり、そのなかでモチベーションが起こってくる、という話が、さくら学園での平井さんの「目的をもたない」という話に重なって聞こえてきました。
また、杉本監督の「日常化」、という言葉にも、なにかモチベーションを超える可能性のようなものを感じていました。
つまりは特別なこととしてがんばるのではなく、たんたんと続けていくことで、気がついたら実現していくことがある、ということなのかもしれません。
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