/// 叡電、精華大前駅〜木野駅散歩  ///  (00/09/19)

 京都精華大前駅は京都精華大学の移転に伴って設置された駅で、
古風な駅が多い叡電の中にあって、お洒落な駅となっています。

 精華大前駅を後に5分ほどで「すずめ寺」と呼ばれる更雀寺(きょうしゃくじ)
があります。更雀寺は桓武天皇の勅願によって平安時代に創建されたと伝わり、
三十六歌仙の一人、藤原実方にまつわる”すずめの伝説”が残ります。

実方は勧学院と云われる学問所の学者であったけれど、ある日、学者との
論争の末、天皇から拝領の「しゃく」で暴力を働いた為、奥州と云うから
今の宮城県でしょうか、左遷されてしまいます。
当時の奥州と云えば半ば未開の地も同然で
あったのでしょう。実方は失意の内に落馬
して亡くなってしまいますが、その悲報が
勧学院に届いた日に、一羽のすずめが舞い
降り、これまた亡くなってしまったと
云います。

京の都では、たちまち噂となり、失意の
実方が京の都を思い、すずめに化身して
京に舞い戻ったけれど、力尽きて亡く
なってしまった。なんと哀れなことよ…

そして供養のための「すずめ塚」(写真)
が今に伝わっています。
 更雀寺を後に田畑が広がるのどかな道を
10分ほどで、幡枝八幡宮に出会います。
城山と云われる小高い山の上にあって、
幡枝村の産土神で応仁天皇と神功皇后を
祀っています。また針供養で有名な
針神社も境内にあります。

更雀寺にしても、この幡枝八幡宮にしても
地元の社寺で観光の方が訪ねることは
希だと思いますが、ちょっとした散歩
には丁度良いコースです。
 幡枝八幡宮から城山を回り込むように
下れば10分ほどで妙満寺に出ます。
顕本法華宗の総本山で、見るからに総本山と
云う威厳を感じるお寺です。

妙満寺は火災や法難で幾度となく、寺地を
変えています。創建は室町六条、その後、
秀吉の時代に寺町二条に移ったりして、
寺町二条には妙満寺前町と云う地名が
その名残を伝えます。
そして昭和43年に現在の地に移っています。

ちなみに更雀寺も阪急大宮駅ターミナルの
建設に伴って現在の地に移ったのでした。
 妙満寺には紀州道成寺の安珍・清姫伝説に
まつわる鐘が寺宝として伝わっています。

 1359年、安珍・清姫伝説以来失われていた
鐘を再建し、鐘供養をおこなったところ、
白拍子が現れ、鐘は落ちて白拍子は蛇に化身し、
その後、鐘を撞くたびに災いが続き、これは
清姫の祟りと恐れた寺が鐘を竹藪に埋めて
しまいます。

その話を聞いた仙石権兵衛により掘り出され、
道成寺から妙満寺にもたらされ、妙満寺の
法力によって怨念は解かれ、荘厳な響きを取り
戻したと伝わります。

 また妙満寺には比叡の山並みを借景にした
「雪の庭」があります。「雪の庭」と云うから
には雪が降り積もった景色が美しいの
でしょうね。

そして秀吉の家来で賤ヶ嶽の戦いの七本槍の一
でもある加藤清正の肖像画も公開されています。

妙満寺から木野駅へは北へ5分ほど、地下鉄の
北大路駅へは京都バスの便もあります。

Produce By 京の住人 戻る