Home

突然変異をめぐる議論 1998.8.15

【突然変異説】

 ダーウィンは、個体の変異がたとえ小さくても、生存に有利であれば遺伝して蓄積されていくと考えた。しかしこの遺伝のしくみが分からなかった。  やがてメンデルの遺伝学の確立により、微少な変異の蓄積は否定された。遺伝子はむしろ種を保存する方向にあり、正確に種をコピーしている。そこで、進化論者は突然変異を持ち出した。すなわち遺伝子コピーの偶然の誤りにより生じた遺伝子のうち、たまたま生存に有利な遺伝子があれば、それが子孫に伝えられるという考えである。

【突然変異で進化が起こりうるか】

 これに対しては、まず問題となるのは、突然変異で優位な遺伝子ができる確率の問題である。しかもそれが、長い間に種を変化させるほどの変異をもたらすためには膨大な「偶然」の遺伝子コピーミスが起こらねばならない。これについては進化論者であり集団遺伝学の木村資生氏によれば、ヒトのDNAが偶然にできる確率は10のマイナス6千万乗というありえない確率であると述べている。*1

 また木村氏は同書の中でこの驚くべき偶然についてこう述べている。

「本書で繰り返し説いたように、生物進化がいかに大きく偶然に左右されたかは重要な点である。...われわれのもつ対立遺伝子の一つ一つは、信じられないような好運の産物である。...人間は宇宙の奇跡であり、...」*2

しかし、彼はまた、突然変異のたびごとに淘汰が働き有利な変異が積み重ねられていけば可能性のある値になると述べている。そのたとえとして、猿にでたらめにタイプライターを打たせてもシェイクスピアはできないが、一文字打つたび正しい文字を打つまで訂正すればよい、と述べている。しかしこれは目的論である。

 木村氏は、生存に有利でも不利でもない「中立な」突然変異も蓄積されて進化を起こすという「中立説」の提唱者としても有名である。

 野田春彦博士は、生物が必要とする蛋白質について述べた後で、

「これらのものが同時に地球上に偶然作られる確率は非常に小さい。... 地球上に生物がひょっこり現れることは無いというべきである。それでも生物は発生したのである。...有り得べからざることが一度だけ、何の理由もなく起こったというならば、あとは何の議論もできない。それではどうしても気持ちが悪いとすると、自然界の物質には生命を作りたがるような傾向があると考えざるを得ない。」*3

と書いている。

【定向進化説】

 ランダムな突然変異の蓄積によって進化することに疑問を感じた進化論者としては元京都大学名誉教授の今西錦司博士が有名である。彼は進化について

「遺伝子の1つや2つが変化したような程度ではとうていもたらすことのできない大突然変異が急激に起こったとしか考えられない。」*4

とし、こうもりの手が翼に変わるまでの途中の半端な状態が生存に有利だとは言えず、こうもりの種全体が翼を持つ方向に向かって劇的な進化をしたのだとする。これを定向進化説という。つまりランダムな突然変異の偶然に支配された進化ではなく、種単位で、ある方向に向かって進化していると考える。

彼の説は多くの批判を受けているが、突然変異と自然淘汰の問題点を鋭く突いていると言える。

【創造論の見解】

 進化論が、創造主(神)の存在を否定し、目的も知性も持たない物質から出発する限り、突然変異と自然淘汰をめぐる議論はますます迷路に入っていくように思える。今日見られる生命の驚くべき緻密さが、本当に何の知性も無いところから生まれてくるのか、それを信じるほうが遥かに難しいと思える。  誰のいない無人島に、2人の探検家が上陸したとしよう。そこで彼らは藁で作られた粗末な家を発見した。ひとりは「ここには誰かがいるんだ。」と確信する。しかしもうひとりは、「ここは無人島だから、誰もいないはずだ。だからあれは偶然にできたに違いない。どういうふうにできたかは分からないが。」と言う。そして彼は、近くで藁ができそうな場所を探し回り、それが風に運ばれてここに集まる確率を計算し始めた。  進化論者は後者に似ている。知性ある創造主を認めれば、答えは明確である。単純すぎると言われるが、そのほうが合理的ではないだろうか。

参考文献

*1「生物進化を考える」P155 木村資生著 岩波新書19
*2「生物進化を考える」P282 木村資生著 岩波新書19
*3「生命の起源」P178 野田春彦 NHKブックス36
*4「進化とは何か」P140 今西錦司著 講談社学術文庫

注)ここで引用した学者方はみな、筋金入りの進化論者であり、創造論など頭から信じない方々であることをつけ加えておく。