Home

翻訳が違う!? 1コリ7:36


> 私は口語訳と新改訳の両方をもっているのですが、
> コリント7:36〜38を
> どう読んでも、それぞれ意味が違うのですが・・・・?
> 
> いったいどちらの訳が原語に忠実なのでしょうか?
> いったいどうしてこのような違いが出てくるのでしょうか?
> 

Lukeです。
こんにちは。

この個所は原語の意味があいまいで、解釈が難しいところです。2つの解釈があるようです。

口語訳 1コリント 7:36 
   もしある人が、相手のおとめに対して、情熱をいだくようになった場合、それは適当でないと思いつつも、
   やむを得なければ、望みどおりにしてもよい。それは罪を犯すことではない。ふたりは結婚するがよい。 

新改訳 1コリント 7:36 
   もし、処女である自分の娘の婚期も過ぎようとしていて、そのままでは、娘に対しての扱い方が正しくない
   と思い、またやむをえないことがあるならば、その人は、その心のままにしなさい。罪を犯すわけではあり
   ません。彼らに結婚させなさい。 

ここには、娘、または処女と訳されることばがあり、その前に「彼の」という三人称が付いています。
これが父と娘をさすのか、恋人同士をさすのかによって解釈がわかれます。

その次に、「情熱を抱くようになる」という意味の言葉があり、これを新改訳では「婚期を過ぎた」
と訳しています。
これも父ととるか恋人ととるかで違ってくるのでしょう。


直訳すれば次のようになります。

    誰かが、彼の処女の扱いが正しくないと思い、また彼女が盛りを過ぎて
   いた場合、そうさせるべきなら、彼の望むようにさせなさい。
   彼は罪を犯さない。彼らを結婚させなさい。

どちらの解釈もできそうですよね。
新改訳と同じように訳しているのは、KJV、ASVなどの古い翻訳です。
口語訳と同じなのは、新共同訳、NRSV、NLT、TEVなどの新しい訳です。

文脈から推測すると、ここで突然父親が「介入」してくるのは不自然な気がします。
また当時、肉体関係を持たないと誓った夫婦関係があったらしく、その夫婦
のことを言っているという解釈もあります。

翻訳(特に古代の文書)というのは難しいところがあり、聖書も翻訳によって
全然意味が違ったりして面食らうことが時々あります。
また考古学上の新しい発見があって聖書の原文が修正されることもあり
ます。また原語の意味が古代の文献の研究であきらかになることもあります。
ひとつの翻訳に固執しないことが大切です。

いづれにしてもパウロは結婚というものが、悪いものではないということを言っています。
ただ、パウロの結婚に対する消極的な態度は、終末が近いというパウロの
緊迫感と、当時のコリントの性的な乱れを考慮して読まなければなりません。


口語訳

1コリント 7:36 もしある人が、相手のおとめに対して、情熱をいだくようになった場合、それは適当でないと思いつつも、やむを得なければ、望みどおりにしてもよい。それは罪を犯すことではない。ふたりは結婚するがよい。 
1コリント 7:37 しかし、彼が心の内で堅く決心していて、無理をしないで自分の思いを制することができ、その上で、相手のおとめをそのままにしておこうと、心の中で決めたなら、そうしてもよい。 
1コリント 7:38 だから、相手のおとめと結婚することはさしつかえないが、結婚しない方がもっとよい。 

新改訳

1コリント 7:36 もし、処女である自分の娘の婚期も過ぎようとしていて、そのままでは、娘に対しての扱い方が正しくないと思い、またやむをえないことがあるならば、その人は、その心のままにしなさい。罪を犯すわけではありません。彼らに結婚させなさい。 
1コリント 7:37 しかし、もし心のうちに堅く決意しており、ほかに強いられる事情もなく、また自分の思うとおりに行なうことのできる人が、処女である自分の娘をそのままにしておくのなら、そのことはりっぱです。 
1コリント 7:38 ですから、処女である自分の娘を結婚させる人は良いことをしているのであり、また結婚させない人は、もっと良いことをしているのです。 

新共同訳

1コリント 7:36 もし、ある人が自分の相手である娘に対して、情熱が強くなり、その誓いにふさわしくないふるまいをしかねないと感じ、それ以上自分を抑制できないと思うなら、思いどおりにしなさい。罪を犯すことにはなりません。二人は結婚しなさい。 
1コリント 7:37 しかし、心にしっかりした信念を持ち、無理に思いを抑えつけたりせずに、相手の娘をそのままにしておこうと決心した人は、そうしたらよいでしょう。 
1コリント 7:38 要するに、相手の娘と結婚する人はそれで差し支えありませんが、結婚しない人の方がもっとよいのです。