物 語

オーロラの美しさに見とれながら氷の世界に佇んでいた私は、遠い昔誰かに聞いた話を思い出していた。

果てしない氷原を歩き続けるとその城は突然目の前に現れたのでした。
何もかもが氷で覆われた城には、この氷の国を守る女王が誰に会うこともなくひっそりと暮らしていました。
 一年に一度、絹織物を届ける職人以外はこの城に踏み入る者はありませんでした。

若い絹織り職人のハンスは、ある年、城の塔に続く螺旋階段をのぼっていく女王らしき人影を目にしました。
思わず追っていくとさらさらと翻る七色の絹をまとった人影は
青白く光る氷の扉の前でふと足をとめ、振り向きました。
「ハンス…ですね。」
その高貴な物腰から、ハンスは、目の前の女性が女王であることを悟ったのでした。
「いつも美しい織物を届けてくれるのはあなたですね。ハンス…
御礼に今日は特別な物をお見せしましょう。」
と言って女王がハンスの手を引くと、厚い氷の扉が音もなく開いたのでした。

扉の向こうは無数のつららの下がった氷の洞窟のような部屋で、
足下はところどころ氷が薄くなっていて、澄んだ水が流れていました。
少し進むと小さな段差があり、それはよく見るとかなり高いところにある天井まで続く氷の階段になっていました。

「ハンス、足もとの清水をのぞいてみてごらんなさい。」
ハンスがおそるおそるのぞくと、なにやらぼんやり光る物が沈んでいます。
「それを私のところまで持ってきてください。大丈夫、危ない物ではありません。」
言われるままにハンスがおそるおそるそれを取り上げ、女王に渡すと、それは微かに瞬いたように見えました。
「これはこの王家に代々伝わる宝物なのです。30年に一度取り出して三日月の光にあてるのです。」
そういうと女王はハンスの手を引いて氷の階段を一歩一歩上がっていきました。

天辺まで行って振り返るとその高さに目が眩むようでした。
開け放たれた天井の明かり取りの窓からは凍るような冷たい風が入ってきます。
 女王が窓から身を乗り出してそれを天に掲げると、
それまでぼんやり光っていたそれは三日月の光を集め、怪しく輝きはじめました。
と、次の瞬間、微かな風の音とともに虹色の光が天に昇って行くのが見えました。
幾筋も幾筋もまるで絹の糸のように。
「ハンス、これが私たち王家の仕事なのです。」

女王はこうして30年に一度、三日月の晩にオーロラを作っていたのでした。