・・・ を飲んでチョット考えてみましょうーこの小論を

平群町における「これからの良質な公共サービス」のありかたはを考える
「基本条件は町民の積極的行政参画と自主的な行政知識・政策提言能力向上に向けての
場づくり」ではないでしょうか

まほろばIT編集局 高幣幸生(若葉台在)


「これからの公共サービス」のありかたは

 私たち町民が求める良質な公共サービスとは「町民が心・物での豊かさを享受」するであり、今後、町民と共に行政や議会の力で向かう必要を痛感致します。どの様にして「町民に対する良質な公共サービス」を提供するかが問題ではないでしょうか。
 さて、提言する前段階として,先ず考えることは。

「私が在住する平群町を私見的な角度で俯瞰する」

 21世紀にはいり新しい行政のあり方を考えて平群町について私見ながらの角度で俯瞰いたします。 地方分権の時代に入り、各分野で述べられている、いろいろな表現や言葉は感覚的には受け入れられます。確かに町民のニーズは徐々に変わってきております。最近、増えつつある地方自治体の財政状況悪化の兆候は我が平群町も同様であります。この状況の中で何らかの方向をみいださなければならないと不安を感じております。(左写真ー平群町役場・議会)
 このような現状の中でも、未だに我が町も行政や議会は変革・創造等の意識改革が不明確であります。行政や議会は具体的な改善策を提言されているか見えず、不安ばかりを感じる状況です。
 私は平群町に在住し約25年。この間、3代町長及び5回の改選町議会議員が選ばれました。町の人口7割が新興住民といわれ、町の人々が求めている「住みよい町・平群」へ進んできたでしょうか。残念ながら町民の政治感覚も貧しいとの一言です。多くの町民は毎日のこと大阪へ出勤、ただ寝に帰る市民でなく寝民、ただ住んでいるだけの無関心層の多い町のようです。(右写真ー子育て支援センタ)
 当町では、今から10年前のバブル期において環境のみを訴えた「ゴルフ場建設反対」運動をバネにして市民運動とウネリが入ってきました。しかし、一部は市民運動家的な格好をした、まやかしの議員であります。その中の議員は今では議員は特権を享受しようと、町民に媚を売り、ご機嫌をとり、格好良く口先だけの自然環境を守りましょうと、自己宣伝と自己中心的で、町の未来をいかにすべきかを追い求める姿勢があるでしょうか。
 今、21世紀に向けて地方分権時代が騒がれている中、地域に密着する争点になりつつある地方分権、合併等には賛成と反対の両論をもてあそぶ態度に終始しています。未だに私利私欲の世界にしか過ぎない現状です。その一因には矢張り旧態依然とした村社会の流れからしかありえません。勿論、自分達の住む平群が21世紀にどうなるか等の学びの姿勢もなく、時代の先読みも無く、我・村の主張のみではないかと私見的に見ております。行政においても村社会が蔓延り、未だに公務員としての自覚は少ないようであります。役場は旧態依然の状態を続ケているようです。
 これでは真の公共サービスが出来るかと疑問をもっています。これではいくら新しい感覚で公共サービスを訴えても空虚な感が致します。(右写真ープリズムへぐり・平群健康福祉センタ)
 当町議会では、未だに数年前の行政問題や議員個人の確執に終始している現状を見る限り、町民がいくら憂慮しても町の発展が遅々と進まないのではと、私見でありますが憂慮いたしております。続いて良質な公共サービスへの考え方を述べていきます。

「ベースにあるべき行政と公共サービスとは」

 町の公共機能は、基本的に町民への良質な行政サービスの提供でであります。21世紀の新しい行政へ移行させるにしても、従来の公共サービスすべてが否定されるものではなく、そのベースの行政(サービス)はこれからも残しながら、新しい良質な感覚の公共サービスが求められるのではないかと思います。この公共サービスは町民と行政・議会が一体化して、自己分析とサービスの具体的評価で決まるでしょう。これらは三位一体での連環を明確にするべきでしょう。このためには情報公開と町民の行政参加システムであり議会の直接監視システムでしょう。

「良質な公共サービスの基本条件は町民の積極的行政参画と 町民の行政および議会への支援体制」

 良質な公共サービスは、町としての従来からの必須サービスと新しいサービスの開発、それは住民ニーズの調和の上になりたつものであります。
 この見方から考えると、行政の年次。将来計画策定・実施への町民の参画と協力、そして評価の繰り返しから生まれるものであります。行政や議会がこのためには、どのようにして町民の支援を受ける体制をつくるかであります。必要なことは積極的にこの施策を強化することであり、町民とともにこの良質な公共サービスを明確化する必要があります。

「要求するだけでなく我々町民の義務と権利意識の向上」

 良質な公共サービスとは、良識ある町民とともに考える、明確性のある正当性な町民の意思表示・要求・行動であることが必要です。しかしながら前文に記したように、町の人々の姿勢は、本当に市民主体である民主主義を理解しているでしょうか。多くは自己中心型であり「寝民であり真民に遠い存在」で改革意識が十分発達したとはいえません。未だ市民参加型行政と公共サービスを受ける姿勢になじんでいないのが残念ながらの現状でしょう。行政や議会はこの為にも、あらゆるチャネルを使って町民への意識啓発努力を持続的に実施しなければなりません。しかし、その為には町民より高度なレベルでの行政と議会の意識改革が望まれます。町民も含めてお互いが義務と権利の裏表を学ぶ必要があるでしょう。

「町民の自主的な行政知識・政策提言能力向上にはその場づくりが求められる」

 これからの良質な公共サービスを推進する為、町民の行政知識の向上が不可欠です。町民が自ら考える良質な公共サービスづくりには、町民自らが提言できる施策能力の啓発が出来る場づくりが必要でしょう。この場作りは行政はもとより議会の大きな役割が必要です。前文のような町民意思や行政の職員資質そして議会の資質をお互いが自己改革をすすめながら、三位一体で町民とともに学ばねばなりません。
 このような環境の中で町民の心の片隅には「何とかしなければ」と心有る方は考えているはずです。もともと行政や議会は町民の意見を何時も聞いていると広言しますが、その意見の場作りに当たっては「波風の立てない人、何も言わずに行政、議会の提言に判子を押してくれる人」を求める傾向が非常に強いのではないでしょうか。一例をあげれば、いろんな町の会合が「委員が出にくい時間に会を開く」「欠席は貴方の勝手でしょう」「出席してもらったら困る」と、こんな潜在的な行政、議会の考え方が蔓延っているのではないでしょうか。行政、議会は町民と向き合った間合いの中で、行政、議会は自己目的型の勝手な自己中心の垣根を作って、町民と乖離した主導を追い求めているようです。
 この見地からも開かれた行政、議会と町民の自主的な行政知識・政策提言能力向上の機会の場づくり活動に頼る部分が、重要度の高いものになるでしょう。実務は今後も行政に頼る部分が多いですが、町民は良質な公共サービスを求め、その考えを共有するグループを組織的・継続的に育て上げるのが、町民にとって大きな活力となります。大事なことは町民と行政、議会の三位一体の連携を築き上げことで、その考えを盛り込むべきでしょう。

「わかりやすく豊かなで良質な公共サービスにどう取り組むか」

 良質な公共サービスへの取り組みはバブル時代から一変して、大きく変化した現代では、町民は低成長、少子高齢化時代の中に生き続けなければなりません。その主人公である町民が現在の時代認識をいかに持つか、町民の意識革命も必要であり、行政及び議会と一体化して「文化的豊かな町とは」、見方をかえれば、「町民が心・物・安全で豊かさを享受」することで、その考えを共有する価値を増やすことであります。
 ここに「公有する公共財とは」と町民に語りかけることも重要です。今後、新の共有できる公共財を築き上げる「コミュニティー社会」を随所に作り上げる必要があります。それは昔ながらの旧大字町内会や新興住宅の自治会や町の各種団体にたいして任せるのではなく、広く町づくりに関するの意識改革をお互いの立場で情報発信を行い、また追い求め、町民と行政そして議会との交流と対話の醸成、ともすればバラバラな動きの中で、自己中心になっている社会を見直して再討議し、住み良い豊かさを求める町づくりに向けて、良質な公共サービスを考える場作りがあってもおかしくはないでしょう。

「良質な公共サービスを求めるまとめ」

 このあたりのことは、未だに十分に練られていないのが現状です。我が平群町が良質な公共サービスをとおして、豊かな心・物面において安全な地域を創造するということを願いながら、「新しいしくみを町民と行政そして議会がお互いのパートナーシップの中で発揮」を求め、日本国憲法でのべている「地方自治の本旨」を思い出しながら、そこに住む人々の暮らしと福祉を守り人間らしく生きることを支え励ますこと、なによりも命と安全を大切にする重要なことには、町の主体である町民が考え行動し、良質な公共サービスに向けての町民の行政参加・参画を求めることを結論としたいと思います。つたない文でありますが今後提言していくべきかと考えます。
                                                          以上
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