思いつき日記



まもちゃんのおうち!TOPに戻る

1999年1月16日

 久しぶりに暇が出来た!たまには街にでるか、というわけで輸入車ショーに行くことにした。途中、飯田橋に寄って「黒べぇ」で「醤油+げんこつ+ねぎ」のラーメンを食べる。相変わらずいい味だ。親父さんとの会話も楽しかった。

 天気も快晴、いい気分で東京ビックサイトに着いた。モーターショーで見た車ばかりだったが、その時座れなかった車も今度は座れる物が多くあった。以下、インプレッション。

 他の車に乗ると、また自分のFに愛着が湧くのであった。Fには際だった物は無いけど、スポーツ心と実用・ファッションが良くバランスしていると思う。もう一段上を目指すと、いきなり価格が倍になる、という意味では本当に良くできている。ま、そう言う意味では日本車っぽいけど。後何年乗れるかなぁ...

 
1998年10月10日
 タイヤも替えたし、天気もいいし明日は箱根だ!っと思いながら過ごした昨日だったが、Macのシステムが 壊れるという大事件にぶち当たり寝たのは12時、起きたら6時を過ぎていた。

 慌てて家を飛び出たものの井上さんと約束?した8時に山羊さんはぎりぎりの時間だ。246から小田原厚木道路と思っていたがやむなく東名を使うことにした。(それでもケチな私は川崎から乗った!)ところが東名も横浜手前から既に渋滞、御殿場も2Km渋滞の表示。もう帰ろうかと思ったが、タイヤの皮は剥いておきたいので小田厚に乗る。

 小田厚は順調だったが、当然のごとく箱根新道方面は渋滞でぴくりとしかしない。俺は渋滞にはまりにここまで来たんじゃない〜とキれた私は箱根ターンパイクへ。予算超過だ...前の車が遅くて空いているターンパイクものろのろ運転。ま、この際景色を楽しむかとはやる心を何とかなだめて山を登る。

 空は快晴景色は絶景、オープンカーは今日のためにある!と自己満足。ターンパイクを下りて芦ノ湖に向かう。っと目の前にアマランスのカップル!向こうもこちらを気にしているが?知り合いか..と思いながらついていったら芦ノ湖の遊覧船乗り場に間違えて入ってしまった..失敗。
 何とか8時半頃に芦スカについた。今日は事故もなく平和そう。もっとも一般の車も多くて飛ばせなさそうではあるが。井上さんは、やはり早めに来て走っていた。私も数回遊びに行く。新しいタイヤは純正タイヤだと鳴きそうなところでも何事も起こらない。フロントを太くしたせいか直進安定も良くなったかな?等と考えながら遊んだ。
 その後MさんのFを発見、新たにリアにウィングがついていた。なかなか決まっている。朝、西伊豆スカイラインまで 行って来たそうで、ちとお疲れだそうだ。
 早めに昼御飯を食べて(初めて現地の食堂で食事した!)MG−Bの人と談笑して山を下りた。Mさんが先頭、ノーブレーキで急坂を下りて行く。私はいつも軽くブレーキしてから曲がるので大丈夫なのかな?と注目していたら案の定、悲鳴をあげるGTX−ヴィラージュ、195/55のリアも滑ってふらつくシーンもあった。やはりFは運転にメリハリを要求する車だなぁ、よしよしと何故か楽しくなってしまった。ちなみに私のM7Rは鳴きもしませんでした。
未酒乱は良く鳴くとは思っていたけど...?へへ!(Mさん、気にしないでね、ね。)

 帰りもお大尽に御殿場から東名に乗る。でも私は川崎で下りた。やはりケチの血が騒いでしまった。今日は環8から羽田を通って品川に行こう!そうだ、 折れたウィンドウストッパーを治してもらうのだ。。環8沿いにはMGのチューンで有名な店があった。寄っても良かったかな。羽田まで思ったより距離があり、速さなら山手通りの方が 速そうだ。
でも、海と飛行機を見ながら走る爽快な道も捨てがたい。視界に誰もいない3車線道を気持ちよく走れるところもあった。覚えておこう。

 RJ港は今日もお客がいっぱい。みんな壊れたのかな???ウィンドウストッパーの修理をお願いしたらケアフリーは効かないとの話!当然のごとく小言を言う。土日は担当メカニックがいない!ので車を預けなければならない上に12000円!とのことで自分で修理することにして部品を分けてもらった。480円で済んだ。

受付のねーちゃんは「何個いりますか?」なんてぼけたことを言ってくれた。あまりのセリフに思わず「一つです」と言ってしまったが3、4個買っておくべきだったか?Fに何枚窓があって何枚壊れたと思っているのだろうか?
 「修理にはプロでも半日かかる大変難しい作業です。預けた方がいい」と言われて私の理解が足りないのか?と不安になり、ACに向かう。
 Hさんのご厚意でドアの内張りのばらし方と部品の組つけを教わり(殆どやっていただいた)作業終了。30分かからなかったと思う。やはり3、4個買っておくべきだった。Hさん、AC様感謝!

 3時過ぎに帰宅。ああ眠い...でもシャワーは頑張って浴びた。少々日焼けしたみたいで気持ちよかった。
温いお布団、ああ極楽...ともちゃんが帰ってくるまでおやすみ〜!

 盛りだくさんな土曜日でした。



1998年7月23日
 私は知る人ぞ知る、大の負けずぎらいである。何事も他人に負けるのは大っ嫌いである。例えば、
道を歩いていて自分を追い抜いて先に歩いていく人を見ると、つい抜き返したくなる。運転していても
無理矢理割り込もうとする車がいるとついアクセルを踏みたくなる。麻雀でも絶対負けたくない。
子供とゲームしても絶対手は抜かない、とことん勝つ。大人げないと言われても平気だ。相手は真剣に
私に挑んでくるのだ、本気には本気で返す。負けるが勝ちなんてのは最後に勝ってから言って欲しい。

 昔からそうだった。私は喧嘩は大好きだった。小学校2年生のある日、先生と両親の交換日記に先生が
初めて大きな花丸を付けてくれたそうだ。どんな良いことをしたのかというと「今日は1日喧嘩しなかった」
そうである。我慢なんて嫌いだ、気に入らなかったらその場で解決する。それが基本だった。今でもそうだけど。
でも喧嘩するとすぐ泣いた。なぜか?それは自分の思いのままにならない自分が悔しいからだ。他人に
見下されるのが嫌だからだ。何ともわがままな事よ。
 悔しいと感情が激してすぐ涙が出る。痛くて泣いた事なんてほとんどない。で、泣きながら相手が泣くまで
どこまでも追いかけて喧嘩する。記憶に間違いがなければ、小学校4年の時、学校で喧嘩を無理矢理止められたので
相手を放課後から半日追いかけて泣かしたこともある。
それぐらい、なんともすさまじい執念で悔しがりながら今まで生きてきた。

最近僕は負けることも大好きです。特に自分が興味を持っていることでは。だって、負けることは向上への
第一歩じゃないですか!よく麻雀とかゲームで好きなのに「負けるのが嫌だから」「下手だから」やらない
人が居ます。勿体ないですよ、好きなんでしょ?自分が出来ないことにはどんどんチャレンジしましょうよ。
頑張って、目標を達成したとき、強い相手を負かしたとき、すっごく気持ちいいですよ!最初はだれでも
初心者なんです、失敗しなきゃ人間なんてなにも出来ないんです。失敗を糧に本気で取り組むんです。悔しさが
強いほど記憶に残るので、同じ失敗はしにくくなるはず...?ま、それが本当かどうかは別として、
遊びにも本気になれない人が仕事や自分の人生に本気になれるとは、私には思えませんね。

まぁ、そんな偉そうな事を言いながら、こんなに自分の失敗をくやしがりながら自分の向上に生かしていない
自分も情けない。人に説教垂れる前に自分のことをがんばらなきゃ...何がんばろ?



1998年7月17日
 このホームページで、感想でも書いてもらおうと思って掲示板を開設したら思わぬ盛り上がり!
本当に感謝です。皆様の音楽好きに触発されて久々にCDあさりに新宿をうろつきました。
 私は中古CDが好きです。値段が安いのはもちろん、出た当時買えなかったCDに出会う快感は
忘れがたい物です。(私が好きなアーチストのCDはすぐ廃盤になってしまう物がままある(×_×))
で、新宿で中古CDっちゅうたら西口の青梅街道北側の地区!妖しいビルの2Fにはジャズの名盤が
ざっくざっくという店が乱立...していない!あれ?みんなつぶれちゃったのぉ????青梅街道
沿いのお店は全滅していたのでした。
 まさか、更に北側の「ロック地区」も..とおもったらこちらはむしろ好調で、お店がたくさん増
えていたのでした。
 あるはあるは有名アーチストの見たこともないライブ盤、スタジオの別テイク...アンダーグラ
ウンド物も昔より増えていました。値段も手頃だし、今度挑戦してみよう!
 しかし、ジャズ系のお店はやはり簡単には見つかりませんでした、悲しい。ロックの元気さに比べ、
ジャズの斜陽は時代なんですかねぇ?


1998年7月7日
 昨日はMG−Fの仲間達とドライブに行った。15台のオープンカーが整列するのは壮観であった。
その帰途の事であった。みんなと別れて青梅街道をひた走り、ようやく早稲田通りにたどり着いて私は
ほっとした。「もう少しで家に帰れる。眠くて一時はどうなるかとおもったけど」早稲田通りは片側
1車線の通りである。路上駐車がいるとすれ違いは慎重を要する。とある交差点で私の進路は
その時反対車線は何らかの障害により通行が止まっていた。私が交差点に入る直前で、突然右折して私
の進路に入ろうとする車が現れた!信号無視だ。ブレーキだけではは間に合わない。左に回避して避けた。
幸いあたらなかったのでクラクションを1発鳴らして私は再発進した。

 ところであった。その車はぴったりと私の後ろに付けて猛然とあおってくるではないか。見れば赤い
R32スカイラインGT−R、若い男と女が乗っている。「まあ早稲田通りであおられたってどうし
ようもない、普通に走ろう」そう思った私が甘かった。わずかな隙を見て猛ダッシュで前に出たGT−R、
今度はのろのろ走り始めた。いやがらせだ。私の頭の中を先日、同様に車の暴漢に襲われた友人のこと
が巡った。「15年ぶりに殴りあわなきゃならんのかなぁ、相手は一人だし。それとも社会人としては
無抵抗であるべきか...何しろ眼鏡はあずさなきゃな」GT−Rは赤信号で止まった。が男は降りて
こない。青になった。発進しない。「来るか?」しばらくして発進した。「来なかった...」私の緊張は
少しゆるんだ。次の信号でまた止まった。今度はなんと!降りてきた。ちょっと意表を突かれた私は眼鏡も
掛けていたし、車から降りなかった。男は叫んだ「・・・・・!」解らなかった。私「え?」男「クラクシ
ョンならすんじゃねえよ!」私「すんませーん」....
 「すんませーん」が出たのは1秒も間は無かったと思う。とっさに勢いに負けて謝ってしまった。男は何
故か満足したのか車に戻っていった。

 男が去ってから無性に悔しくなった。信号無視で出てきたのは向こうだ。クラクションは行儀は良くない
かもしれないが警告としては必要な場合だったと思う。なのにあおられ、嫌がらせをされた上に何で私が
謝る必要がある?私が謝ってしまったのはあんな運転をする連中を増長させる行為だったのではないだろうか?
殴られても、殴り返してでも筋を通すべきだったのではないだろうか?わが身かわいさにとっさに「すんま
せーん」が出てしまった自分がちょっと情けなかった。

でも、冷静に考えれば殴ったり殴られたりなんてごめんです。相手が一人だったから喧嘩した方がよかったか
もなんて思ったけど、複数なら恐怖のあまりその場で土下座でもしろと言われればしたかもしれません。

私はどうすればよかったのだろう?いづれにせよ2度とあんな目には会いたくない。



1998年6月3日
 一生懸命ホームページ立ち上げ中。いざ作ろうとするとネタもアイデアも無いものだ。すっかり
考えるのをサボる癖が付いてしまった。でも頑張るぞ!