下の写真は、2000年『原爆の子の像碑前祭』の様子です。
 第12回のこの回は、7月23日(日)に、約30校(300人)が集まって、中学生を中心とした実行委員会が会を進めていきました。
 庚午中生徒会の二人が、会を代表して<平和アピール>を読み上げました。

 ・・・・・・・・なぜ人々は、武器を捨てられないのでしょうか。・・・・・ヒロシマの中学生として、核兵器の怖さを世界中に届けなければいけません・・・・・・・・
 ・・・・・私たちの身近に迫る少年犯罪。学校の中では、授業崩壊や差別、いじめといった問題も・・・・・
 ・・・・・人は、誰もが幸せでありたい・・・・・・自分一人だけの幸せは、本当に幸せですか。・・・・・・争いの原因は、人間がつくり出している・・・・・・
 ・・・・・私たち自身が、『平和』や『戦争』、『ヒロシマ』についてもっと正しく認識し、差別がなくみんなが笑顔で生きられる平和な世界を目指していくことが、大切・・・・・・


第15次
平和教育の取り組み実態調査

                              花咲き平和館別館へ

 <憲法50年・平和教育の取り組み>
[小 学 校]

* 5年生が、平和の絵を描いて、本通りに飾られた。とにかく、忙しすぎて。<安芸区>

* 6年生の総合学習で、「平和について考えよう!」をテーマに、年間を通して<ヒロシマ><原爆>等について調べ、発表を行った。 <安芸区>

* 被爆アオギリ2世の苗木を、園芸委員会を中心に育てている。「祈り」という歌の歌詞の3番を、子どもたち自身に考えさせ、子ども発表会で合唱発表。
<安芸区>
* 教育委員会などからの提出・調査などの様々な書類とか、時間に追われて、本当に時間が無くなっています。小規模校なので、個々の校務も多く、子どもに付 く時間や、準備・計画をするゆとりがない状況です。 <中 区>

* 国際理解・情報教育が浸透し、英語が小学校でも教科となる状況の中で、いろいろな角度から、子どもたちに戦争がいけないこと、悲惨であることを教えたい。
 また、日本がアジアに侵略し罪を犯したこと、他国での争い、イラク派兵のことなどについて、考える基盤を育ててやりたい。 <中 区>

* 学年の実態に合わせて、全学年で平和学習週間を設け取り組んでいる。春の徒歩遠足で平和公園に行き、学年ごとに碑めぐりをしている。地域の戦争体験者や被爆者の方から話を聞いている。 <中 区>

* 7月に平和教育週間を設け、各学年で取り組み、報告をしている。
<安佐北区>
* 前年度見たビデオと、重ならないようにする。地域の方に、話していただくよ うにしている。イラク派兵の問題等についても、もっと校内で授業をするなどの必要があると思うが、むずかしい。 <西 区>

* まだ職員の意識として、平和教育について、何かをしなければという思いがある。全校としてもとりくまれている。しかし、計画的にすすめることが難しい。 以前は、平和教育委員会がはっきりと推進していたが、今は研究部会に位置づけられたり、評価委員会に位置づけられたりして、難しくなっている。
 講師予算を活用してないとの指摘があり、3年生で地域の体験者を招き、学習会を持てた。 <南 区>

* 映画などを見るときに、全学年を対象とすることがむずかしい。また、鑑賞代が高い。 <安佐北区>

* 縦割り班で、折り鶴を折ったりしています。時間が足りません。忙しすぎて。
<安佐北区>
* 研究推進は、研修部が。平和集会は、児童会が。また、慰霊祭は集会委員会が担当している。
全クラスに配付されている<平和カレンダー>は、自由掲示ということになっている。来年度はどうなるかはわからない。 <東 区>

* 地域の中での戦争の爪痕巡りにとりくみました。平和教育が、だんだん下火になっていることを感じます。 <中 区>


* 児童会の平和集会で、地元の方から戦争中の生活などのお話を聞いた。一部の学級では、市長の<平和宣言>と子どもの<誓いの言葉>の読み合わせをしている。
  「ねがい」の歌を広めていきたい。そのことを通して、平和について考えていきたい。 <西 区>

* 3年生が、沼田さんとアオギリについて学習しました。平和公園で、碑巡りを して、アオギリ集会(沼田さんと)を開催。その後、校内平和集会で発表をし、 沼田さんに手紙を書きました。また、中学校区の音楽交歓会で、呼びかけとアオギリのうたを発表。
 学年行事にとりくむとき、予算が保障されないのが困ります。 <西 区>

* 平和集会を開くにあたり、総合学習の中で、被爆体験を聞いたり、平和公園の 見学をしたり、4年生としての平和アピールを作ったりして学習を進めていった。
<南 区>
* 3年の社会科の市内見学で、原爆資料館見学と碑巡りにとりくむ。6年生が、 体験を聞く会を持つ。
 各校の取り組み時期が重なり資料の借り受けが難しいときがある。ファンタジー調のものは、主題が伝わりにくい。佐々木貞子さんについて、中学年向きのわ かりやすい教材(できればVTR)がほしい。 <安芸区>

* 社会科で戦後の時代の学習に関わって、原爆のことなどを学習した。教科以外では、なかなか時間がとりにくい。 <安佐北区>

* 地域の戦跡・慰霊碑などをリストアップして、毎年6年生がワークショップを行っています。低学年は、映画で平和学習。高学年は、語り部の話を聞く会。
<南 区>
* 本年度は、総合的な学習で平和教育に取り組んだが、来年度からは地域に関連 したものでないと総合的な学習の時間には入らないと、管理職から言われた。そ の中で、平和教育をどう扱っていくのか、困っています。授業時数の確保ということで、平和教育にしばりがかかるようなことは、本来あるべきではないと思い ます。道徳でという意見も出ている。 <南 区>

* 年間計画を立てるとき、平和学習が8・6の前後だけにならないよう、いろんな教科で意識してとりくむように提案した。全体での学習は、総合学習で時間を 確保している。
 平和教育は、以前より教員の意識の中で、薄くなっているように思う。講演会や映画界で、お茶を濁してしまう感じが強い。平和記念式典で、本校児童が子ど も代表として平和アピールを読み、感動を与えた。しかし、これは決して全体の ものにはなっておらず、今後もっと多くの子が平和の意識を強く持つよう、取り 組んでいきたい。 <西 区>

* @<見て!見て!平和のでっかい絵>に、毎年3年生で、PTCと平和教育を兼ねて取り組んでいて、親子共に好評です。 A比治山での碑巡りなどにとりくみ、冊子にしている。(6年) B被爆体験の聞き取りを本にした。(6年)
  平和研究書発刊の「夏休み帳」が、採択できません。
  戦争の風化が著しい59年目です。親も戦後生まれ。命の尊さを語り継ぐ大切さを感じるこの頃です。 <南 区>

* ピースキャンドル作り、「みて!みて!平和のでっかい絵」にとりくんだ。
<東 区>
* 使えるビデオが少ない。映画だと、映写機を使える人がいなくて、難しい。
<南 区>
* <プラタナスの碑>建立に向けて(学校協力者会議)。プラタナスの木の絵(全校)。プラタナスのタペストリー作り(児童会)。今月の歌(平和に関する歌)。 <プラタナスの碑>除幕式、その後<ふれあいバザー>。・・・・・一連の動き の中で、「平和と友情」について追求していく。
  地域では、戦争前、中、後の証言を残す。      <西 区>
* 5年生は平和の歌を、ゲストティーチャーに習った。
市教委に、各校での平和教育を充実させるよう、指導してほしい。平和教育がやりにくい状況がある。 <佐伯区>

* 管理職から、平和教育はしなければいけないが、やりすぎないようにと言われ ている。 <佐伯区>

* できるだけ地域の方と関わるよう、平和集会などを企画した。地域の方で、戦争体験をお話してくださる方が集まりにくい。ビデオ購入を試みたが、種類が少 ない。レンタルだと、時期が他校と重なり、希望のものにならない。
<安佐南区>
* 地域の方から戦争体験を聞き、それを元に劇を完成させ、平和集会で発表した。
<安芸区>
* 6年生の学年で、総合的な学習の柱として「平和について考えよう」をテーマ に、国語の「ヒロシマのうた」の学習から始まり、平和公園・記念資料館見学、 映画鑑賞、そして参観日に「一枚の写真から」という子どもたちの戦争をテーマにした授業をしました。そのまとめとして、平和の絵のコンクールに応募しまし た。 <佐伯区>

* 1学期の大きな行事として、児童会による平和集会をしている。それへの各学 年のとりくみは、総合の時間にカウントしている。また、異学年との折り鶴を作 ることでの交流。6年生が、戦争と平和に関する学習発表と、OHPを使った読み 聞かせを、平和集会のメインにしている。
 時間数の確保が難しい。子どもたちが、未来に希望を持てるような活動を入れ たい。 <南 区>

* 祗園カトリック教会のカンガス神父に来ていただき、カンボジアへの援助や、地雷で苦しんでいる子どもたちの様子などを話していただき、平和について考え た。 <安佐南区>

* 体験談を話してくださる地域の方が、高齢になっていて、人材が限られる。
<安佐北区>

* 児童会が中心となって、全校生徒が平和について考えながら、鶴を折る。<平和の歌>を、朝会で歌う。 <西 区>

* 毎年、実践記録を冊子にしてまとめている。次の年に実施するとき、前年度までの内容を考慮し、系統性を考えて実施できる。 <南 区>

* 毎年7月に児童会で平和集会を行い、平和について考える機会を持つようにしている。 <安佐北区>
* 平和集会は、近年行われていなかった。それが、「平和朝会」という形で復活し、児童会からの呼びかけで折り鶴を折るようになった。それに、全校での呼び かけを加えることになり、平和集会となった。 <安佐南区>

* 時間に余裕がない中で、平和集会の母体をどこにおくのか。  <中 区>

* 「真っ黒なおべんとう」の中に出てくるアジサイが、今も残っており、挿し木をして増やしている。 <佐伯区>

* 推進体制が大きく変わって、平和教育を中心になってすすめる場がはっきりしなくなった。 <佐伯区>

* 道徳でやっているが、とかく息苦しい実践になりがちだ。総合的な学習の時間が使えるといいのだが。 <安佐南区>

* 7月を平和月間とし、全校で平和の歌を歌ったり、折り鶴を折ったり、平和集会をしている。 <安佐南区>

* 6年生が「総合」で、平和学習にとりくんでいる。 <中 区>

* 障害者理解教育と平和教育を、交代で、講師を招いて行う。保護者への啓発も、 重ねて行っている。
 年々と、新しいシステムが入ってきて、現場が多忙になり、平和教育とそれを 行うための研修が減ってきている様に感じる。夏休み中には、極力碑巡りや関連 行事、シンポジュームへの参加をしているが、もう一歩踏み込んだ研修ができて いない。
  児童の方も、年々原爆が投下されたときの話や、空襲の話を聞いても、用語の 一つひとつが理解できない有様である。<原爆の投下された広島>ではなく、< 平和都市ヒロシマ>として、実動を伴うような平和教育と、それを研修する機会 があればいいと思う。 <安佐南区>

* 力を入れて実践しているという感じはないが、各学年特設で続いていることが成果。授業時間確保という名のもとに、平和教育等に時間を取れなくなっている。 全学年で何らかの取り組みができるのは、伝統の力か。
 ヒロシマの原点に戻っての実践(原爆・戦争)。継続していくことの大切さ。
<南 区>
* 小学5年生で終戦を迎えられた地域の方から、戦争中の生活や、原爆投下後の地域の様子についてお話ししていただいた。児童会行事(平和集会)の後半部分で、袋町小平和資料室の先生にお話ししていただいた。 <安佐北区>

* 加害者としての日本の姿も、伝えるべきではないかと思います。その上で、被害者と加害者の両方の立場を越えた平和教育が、必要なのだと思います。
<安佐南区>
* 地域に<ひまわりの会>という平和団体があり、駅前にある慰霊碑前で、中学校区の小中の代表と、地域の方々で、慰霊祭が毎年持たれています。
  子どもたちへの被爆体験の継承が、うまくはかられていない。まわりの大人たちの責任だと強く思っています。
  イラクやイスラエル・パレスチナ、チェチェンの問題など、平和を脅かす事件 が起きているが、学校教育の中でそのようなことを取り上げて指導していく余裕 がなくなっていることを反省します。 <安芸区>

* 語り部の高齢化により、話してもらえる人がいない。教師が話した方が、大事なことをまとめて話せると思うことがある。 <安佐北区>

* 地域にある盲学校の生徒さんや、先生方に、平和集会に参加していただき、共に学習を深めるための交流をする。
 小中学校時代の平和学習で学んだことを、未だに話題にする20才になる息子を見て、平和教育の大切さを、改めて感じます。 <東 区>

* 教科との関連を重視する。例えば、道徳では「かあさんの歌」。社会科で「くらしのうつりかわり」の聞き取り。国語「世界一美しいぼくの村」・・・イラク ・アフガニスタンについての調べ学習。音楽では、平和集会に向けての歌の練習。
 国語の教科書が変わり、平和教育の重要でかつ優れた文学作品が無くなったことにより、自主教材を用意しなければならなくなった。また、「平和教育が偏向 した教育である」というような誤った声(圧力)を聞く。
子どもだけでなく、教師自身も<参加する平和教育>をめざしていきたいと思っています。 <西 区>

* <総合的学習の時間>や、各教科と関連してやる。1〜6年生の計画を作成。それにもとづく、6年間での平和教育をめざす。
 <授業時数確保>が声高に言われるようになり、また実際にゆとりがなくなっているので、ゆったりした平和へのとりくみができない。 <中 区>

* 被爆者の話を聞く会。ユニセフ募金。 <安佐北区>

* 3年生で、アオギリの絵本をもとに大型紙芝居を作り、アオギリの歌とともに 平和集会で発表。(全8時間)
 4年生で、I先生の叔母に当たる正子ちゃんのことを自費出版された「正子
 ちゃんの還らぬ日」を題材に、戦時中の衣食住の様子を資料から読み取らせ、パネル写真や戦時中の体験のテープを聞いたりして学習したことを、平和集会で発表した。(全6時間)

* 本川小学校の資料館見学。原爆ドームを描く会。残留孤児についての話。広島城周辺の、被爆樹木巡り。宝勝院住職からお話を聞く。語り部の方から被爆体験を聞くだけでなく、体験のない私たち教職員も、様々な方法で伝えるという自覚が必要である。 <中 区>

* 「なつやすみ帳」の採用が認められました。平和学習には、とても有効です。
 校長の気の回しすぎに困っています。それが、平和教育の妨げになることがあります。ヒロシマが平和教育の中心とならないで、どこがやるんですか。総合の時 間などで、きちんととりくみたいものです。  <南 区>

* 授業時数やシラバスのことはありますが、児童会行事として、平和集会を開く ようになりました。これからもっと、厚みを持たせようと思っています。特設授 業としてとりくむ学年が少なくなっています。同和教育と一緒に、去っていった感じです。 <安芸区>

* 新しい映画を見せたいが、お金がかかる。無料のものは、古い。お金の補助がほしい。 <東 区>

* 職場で、憲法・教育基本法の学習会をした。 <南 区>


【中 学 校】

* 2年前から、1学年が総合的な学習の時間に、1日かけて平和公園で碑めぐり ・原爆資料館見学・被爆体験を聞くとりくみをしています。1・2年は、原爆の 被害の実相、戦争の実相を中心に、認識させるような教材を使っています。3年は、現代の核問題、戦争の背景ととりくむ人々の姿を知らせて、どうすべきか考 え合う教材を使い、今後さらに検討します。 <安芸区>
 
* 生徒の暴力容認の傾向、昨今の国際社会のアメリカを中心とした武力容認の動き、北朝鮮脅威論の流布による、日本国民の間に広がる(もちろん中学生にも)、 日本の武力容認の気分に、どう対応し、乗り越える教育をしていくか。
<安芸区>
* フィールドワークに取り組み、各班でまとめて、発表。多忙で、授業数の確保 などのため、消化事業になりがち。 <安芸区>

* 国語や社会科で、教材として(平和教育を)取り上げる。現在のイラク派兵の ことをどう取り扱うか困っている。 <中 区>

* 日本国憲法の前文の合唱に、学年で取り組んだ。総合で平和教育への取り組みが難しくなっている。 <南 区>

* 平和教育という名称はなくなり、総合的な時間で「国際理解学習」の名目でとりくまれる。年々縛りがきつくなるのでは・・・。 <安佐北区>

* 「道徳」の中に、2〜3時間扱いで特設平和教育を入れたいという声もあるが、具体化されていない。
イラク派兵に関わって、イラクの人々の生活を見つめる教材がほしい。 <安佐北区>
* 2年生は、7月でなく、11月にとりくんだ。授業時数確保のため、平和教育の時間が取りにくくなっている。 <佐伯区>

* 平和学習の発展として、<平和委員>を募集し、「原爆の子の像碑前祭」、平和集会、平和交流会等のとりくみを行っている。 <中 区>

* 総合的な時間の中で、とりくんでいます。1年生は、広島にかかわって。2年生は、アジアの中の廣嶋という視点から。3年生は、世界の中でのヒロシマ。他 地域に目を向けてということで、教材を設定しています。3年生は、元校長の増田先生の絵を教材として取り組みました。  <西 区>


* 総合的な学習として、学年が主体となっている。内容検討の時間がない。
 <佐伯区> 

* 総合的な時間の中で、1年生の「郷土学習」というテーマを設定しています。今後、この時間で平和教育に取り組むことになると思います。聞き取りや、フィ ールドワークなどの体験活動、平和新聞のまとめや発表など、組み込めると思います。
 授業時数確保のため、平和教育の時間が取りにくくなっています。ある程度、継続して時間をかけたいのですが。今年度は、道徳の時間内で、指導・学習とい うことになりました。 <西 区>

* 平和公園で、外国人の方へのインタビューにとりくんだ。 <安佐南区>

* 3年生が道徳の時間を使って、オキナワ学習。音楽「さとうきび畑」を使用。
 授業時間数の確保を強く言われる。連続した時間がとりにくいこと。研修する雰囲気や、時間がない。
教科での取り組みも、聞いてみたい。 <安佐北区>

* 「語り部の方の話を聞く会」を、1年生で取り組んだ。保護者へも呼びかけ、5名の参加があった。  <西 区>

* 2004年度から、1年1学期の総合的な学習でとりくむことを決定。6月に平和公園に行き、被爆体験を聞く会、資料館見学、碑めぐりを実施。<西 区>

* 「沖縄戦について教えないのか」と聞くと、「戦争や平和のことはタブーとされているような感じがするので、やってない」との解答だった。教科に任されて いるのだと思うが、ちょっとビックリ。校内で、平和教育について触れられる機会は少ない。 <安芸区>

* 総合的な学習の「国際理解」のテーマの中で、戦争や原爆のことを扱う。テー マが大きいので、平和に関することを調べている生徒は非常に少ない。教員の持 って行き方で大きく左右されるように思う。また、管理職の問題も大きいと思われる。
こういう時期だからこそ、平和教育へのとりくみが必要だと思うのですが。
<佐伯区>
* 総合学習のテーマが1年生は「平和」なので、平和公園での学習(資料館・碑めぐり・語り部の話を聞く)を導入にして、似島・被爆建物・軍都廣島などを、 班別行動で調査する。それを、平和新聞にまとめる。 <東 区>

* 平和教育を進めるのに、第1に<予算>・・・講師など呼ぶのに充分でない。
 第2に<時間>・・・時間確保が難しい。第3に、<研修>・・・多忙なため、充分な研修時間が持てない。 <南 区>

* 総合での地域学習の中で、身近(学区内)にある戦跡についてのフィールドワークと被爆体験継承(聞く会・平和公園フィールドワーク)学習にとりくんだ。
被爆体験継承については、特に問題はないが、被害の歴史を取り扱うことについては、多少難しくなってきた。
 市中研平和教育部会での研修がとても参考になっている。市長も被爆体験の継承には、大きな理解を示しているので、頑張っていきたい。 <南 区>

* 資料の提出が、出展が明白でないということで、管理職から止められた。
<中 区>
* <ねがいバード>がよかったです。
広島での、平和教育の意義は大きいと思う。将来を見据えても、続けていくべきだと思う。 <東 区>

* 1年生の総合学習の中で、平和公園の碑めぐり(フィールドワーク)と資料館の見学にとりくむ。その後、各クラスの各班で、<平和新聞>を作成する。
<佐伯区>

* 時間的なものがあるので、「総合的な学習」の時間と合わせて、平和学習の体験学習を行った。時間の確保や、よいビデオ教材の発掘に困っている。
 今の社会情勢、世界情勢を考えると、平和の大切、尊さを教えていかなければいけないと思う。 <西 区>

* 佐々木禎子を中心とした学習。彼女の担任の講演。甥のライブの鑑賞。
  沖縄戦の学習。地域の戦争遺跡の学習。
  イラク戦争の学習。森滝(娘)さんの講演。
  平和学習が、「生き方」を学習するものであることの確認。 <南 区>

* 1年生が、総合的な学習の中で、資料館見学と碑巡りを5月に行っています。
 「加害責任」について学習することには、神経を使うようです。<安佐南区>

* 毎年、平和学習(総合)の一環として、憲法学習を行っている。 <南 区>




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 広 島の平和教育は、いつから始まったんだろうか。今年(1998年)の3月、退職教職員の方々に集まっていただきました。現役の頃には、バリバリ活動されていた方々です。 終戦後すぐには、平和教育を取り立ててするまでもありませんでした。そんなことしなくても、誰も戦争はもうこりごりです。街には、戦争の爪痕が残り、傷痍軍人や、ケロイドの残る人もたくさんおられました。それよりか、毎日の生活をどうするかという方が、切実な問題です。教職員の要求も、生活の安定が主でした。1946(S21)年に、教職員組合が結成されています。
 しかし、点や線としての平和教育の活動はありました。生きている生活の中に平和教育があったといってもいいのかもしれませんが。広島からは、満毛開拓義勇軍へ多数が送り出されていましたから、その送り出した側の教師の責任など、戦後にもひこずるものが多々あったりしました。そして、朝鮮戦争などの社会情勢の中で、1950(S25)年に日教組は『教え子を再び戦場に送るまい』のスローガンを掲げます。1951(S26)年には、第1回の全国教研が日光で開催されています。

 その頃、新藤兼人監督が映画「原爆の子」を制作しましたが、広島の教職員の間では、あれではお涙ちょうだいだという意見が多く、それで自分たちで原爆の映画を作ろうということになり、日教組が呼びかけ人となり映画「ひろしま」がつくられるのです。記録には、翠町中学校の広い工業室で黒こげの人の模型をつくったりしたとか書いてあります。また、教職員組合だけでなく、東洋工業(現マツダ)からも2000人の参加とか記録されています。1952(S27)年の頃のできごとです。

 教研の特別分科会に、平和教育が登場するのは、それから20年以上が過ぎた、1970年頃のお話になります。「戦争は最大の差別だ」と、同和教育と絡みながら平和教育も推進されていき始めました。そもそもことの発端は、「広島に原爆が落とされた年月日や時間」が、正確に書けない子が増え始めたのです。広島からの提起もあり、翌年には常設分科会となりました。
 戦 後50年を過ぎた今、分科会の名前も『平和と国際連帯』と変わっています。それは、グローバルな発想ということもありますが、平和がただ単に戦争のない状態だけをいうのではなく、環境の問題、飢餓の問題なども視野に入れたものになっていると考えます。 また、学校や教室の中の戦争を無くすとりくみも出てきました。つまり、いじめや暴力の問題も入ってくるのです。後追いでない生活指導。『子どもの権利条約』などとも関連してくるでしょう。
 しかし現実には、土曜日の休みが増え、授業時数の確保が言われたり、生徒指導や多忙化の問題も、間接的に平和教育の取り組みを妨げます。今回の実態調査でも、そのことを書かれたものが多くありました。実際に「平和新聞づくり」などの項目は、確実にその数字が減少しているのです。しかし、多くの学校で様々な工夫が見られましたし、ヒロシマの心というのでしょうか、それは大事にされているなと痛感した次第です。限られた時間の中で、夏休みや終わりの会などをうまく使ってとりくまれているのです。

 そんな中で、数値が30%から60%へと倍増しているのが、「体験を聞く会」の項目です。これは、広島市教委が体験を聞く会の講師料を予算化したことがその要因です。行政が本気になると、あっという間に取り組みが進むことを、数字がはっきりと打ち出しているのです。次は、アンケートにもたくさん出てきた「平和教育視聴覚ライブラリー」の充実、また予算措置を要求していきたいと思います。講師料についても、全教の要求が大きく影響しましたから。
 「憲法50年」の取り立てての取り組みはそんなにありませんでした。これまで通りの取り組みの継続をされたようです。しかし、「その他」の項目に入る取り組みが増えているのは確かです。インターネットを利用した取り組みも出てきました。生徒会が、平和宣言や要望書を携えて、行政をたずねたり、大使館に送ったり。
 できることから始めましょう。ーーーー見せること・聞かせること・読ませること・書かせること・歌わせること・創らせること・調べさせること・話し合わせること・考えさせること・体験させる子とーーーー「被爆都市広島」「軍都廣島」「世界の中のヒロシマ」を、それぞれ大切に教えながら、これからもヒロシマの教職員として何ができるかを常に問いかけていきましょう。



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