●あと10000冊の読書(毒読日記)  ※再は再読の意 毒毒度(10が最高)

2001-03

2001/03/30-9581
永遠の歴史 J.L.ボルヘス
土岐 恒二 訳
ちくま学芸文庫 2001年3月7日第1刷発行
  毒毒度:2
永遠!なんという恐ろしい言葉だ!と嘆いたのはドリアン・グレイが信奉するヘンリー卿だったか。架空の書物の書評なんか書いてしまうボルヘス。千夜一夜物語の訳者たちについてちょっと興味深いエッセイを収録。キーツのナイチンゲールも話に出てくるのは偶然? 結局会社に3泊4日のあとといえば。

2001/03/25-9582
ハイペリオンの没落(下) ダン・シモンズ
酒井昭伸 訳
ハヤカワ文庫SF 2001年3月31日発行
  毒毒度:6
“全宇宙のいずこにも死はなく
 死の匂いなし されどやがて死は来る 嘆け 嘆け
 凋落せし巨神族の蒼ざめた最後の一体(オメガ)のために”

読後の余韻に浸りながら日曜深夜の電車に乗る。行き先はジェット・ローラー・コースター、築地の不夜城。オールドアースに行ってもう一度死に返したジョンを見守るハント。ちょっと気がかり。大長編にありがちな私の脇役好きは今回もいかんなく発揮され、ハイペリオンの総督シオ・レインと、リー准将(登場したときはただの中佐)のファンになったのであった。

2001/03/25-9583
ハイペリオンの没落(上) ダン・シモンズ
酒井昭伸 訳
ハヤカワ文庫SF 2001年3月31日発行
  毒毒度:4
“全き混沌の具現化、混乱のみごとなまでの定義、哀しみの声が演ずる振りつけなきダンス。それが戦争だった。”
“グラッドストーンは〈ウェブ〉を愛している。〈ウェブ〉の人類を愛している。その浅薄さゆえに、自己本意性ゆえに、変わりようのなさゆえに、それが人類の本質なのだ。グラッドストーンは〈ウェブ〉を愛している。だからこそ、〈ウェブ〉を滅ぼす行為に踏みきらねばならないと覚悟するほどに”

『オズの魔法使い』の唄を歌いながら〈時間の墓標〉へと向かった巡礼たち。その後が気にかかるところだが、一人称で物語は再開する。連邦の誇る無敵艦隊出撃の夜、 CEOマイナ・グラッドストーンの肖像画を描くという名目で首都タウ・ケティ・センターへと転位した画家M(マン)・ジョセフ・セヴァーン。この人物こそオールドアースでかのジョン・キーツであったサイブリッドだ。遺伝子学的には完璧な人間。しかし人間的でない部分も持つ。セヴァーンは夢を見る。夢は巡礼の一人ブローン・レイミアのまわりにおこることどもと一致する。ルーサスで殺されたオリジナルのキーツ・ペルソナは、レイミアに埋め込まれたシュレーン・リングの中で意識を保っているのだ。かくして、セヴァーン自身の冒険と、ハイペリオンの夢双方という強力なエンターテインメントSFが展開していく。
待ってましたの『ハイペリオン』続編。発売日の昼休み、前回GETしたG座K沢書店へと急行。しっかし!見当たらない。新刊といえばK沢書店との信用はこれでガラガラ崩壊。雑誌のバックナンバーが豊富なK文館へ移動。ここは閉店時間後も、社長自ら路上でHANAKOバックナンバーを売る書店である。社長自らといえば御徒町駅前の社長自ら鮮魚売り場(魚の新館)に立つデパート、あれはどうなったかという余談はさておき、K文館にて平積みの棚からめでたくGETした。ゴダードが中途ゆえ、そして泊まり仕事もからみ、頁を繰り出したのはさらに後のこととなったが。

2001/03/23-9584
千尋の闇(下) ロバート・ゴダード
幸田敦子 訳
創元推理文庫 1996年10月18日初版
1998年4月3日11版
  毒毒度:3
“げにわれはきみが古巣へ帰りきぬ
 荒れし野に遥けき日々なれど
 いにしへをきみよ今こそ語れかし
 きみ去りて闇に遥けき日々なれど” (トマス・ハーディ)

新進政治家エドウィン・ストラフォードを陥れたのは何者か? メモワールの他にポストスクリプトの存在が明らかになる。元妻の祖母であるエリザベスこそ、ストラフォードが生涯愛した女性、そして理由を告げられぬまま婚約を破棄された相手である。謎を糾明しようとするマーチンだが、真実を明らかにすることは、実はエリザベスを苦しめることにほかならなかった。絶望と偽りと悪意。全てが明らかになったとき、自身の運命もまた大変貌を遂げることになるとは知らぬまま、マーチンは…。
いやー時速150ページの一気読み。登場人物は少ないとはいえないが、個々のキャラが脇役にいたるまでしっかり描かれているので、読みやすい。この作家の本は各社から出ていてどの順に読めばいいのか途方にくれるかも。デビュー作を選んだのは全くの偶然。デビュー作にしてこの出来では、今後手にするであろう十数冊が楽しみでならない。

2001/03/22-9585
千尋の闇(上) ロバート・ゴダード
幸田敦子 訳
創元推理文庫 1996年10月18日初版
1998年4月3日11版
   毒毒度:4
“死者は欺かない”

無職でバツイチの元歴史教師マーチン。友人に誘われポルトガル領マデイラを訪ねた彼に、地元の実業家から、ある政治家失脚の謎を探ってみないかという話が持込まれる。しかも、マーチンの元妻の家系がからんでいるらしい。遺されたメモワールを手に、マーチンは闇へと誘い込まれていく。
何年か前のベストミステリらしい。著者は「稀代の語り部」と言われている。ゴシックというのだろうか、複雑な人物関係、由緒ある家系にまつわる謎など、なるほど英国的な物語だ。死者は欺かないが、生きている誰もが欺いている。

2001/03/20-9586
郊外へ 堀江敏幸 白水uブックス 2000年7月10日発行
   毒毒度:1
“妙な気負いのないぶん好みにあうのだろう、私は子ども向けの本を時どき手にして乏しい読書量を水増ししているのだが、現代のパリ郊外に生きる子どもたちを描いてあまり暗くならない物語に行き当たったのは、望外の幸せだった。背景となる《操車場(ギャール・ドウ・トリアージュ)》というフランス語の響きもすばらしい。夢と謎が交錯し、善と悪が選別(トリエ)される場所。言葉の音が夢想を誘う、典型的な例だ” (首のない木馬)

今年1月8日に毒了しているのだが、ドアノーバイオグラフィーの指南役として再読。一見エッセイだが完璧な虚構とのことである。フィルム・ノワールを見ているような気分だが、私も大好きな物語ポール・ベルナ『首のない木馬』のくだりには明るさがある。操車場、美しい響きだ。私が『郊外へ』毒了直後に著者は『熊の敷石』で芥川賞を受賞した。

2001/03/20-9587
ROBERT DOISNEAU
A PHOTOGRAPHER'S LIFE
PETER HAMILTON ABBEVILLE PRESS 1995
毒毒度:4
“Broken bicycle wheel in the zone, 1929”

amazon.co.jpのOFFキャンペーンに釣られ購入しておいた、写真家ロバート・ドアノーのバイオグラフィー。85USドル。到底持ち歩くことはできないので、休日に眺める本である。これまでドアノーの作品とは知らずに見ていた写真も多い。話せば長いのだが、年初めに堀江敏幸『郊外へ』を読んだのがそもそもの出会いである。今回も『郊外へ』が指南役。
シクロクロス・レースを撮影した写真があることは『郊外へ』で知っていたのだが、シリーズで存在していたとは驚きである。1946年、パリ郊外シクロクロス会場。一見地味な観客たちだが、黙って見てはいない「アレ!アレ!」という声援が聞えてくる。ドアノーと自転車との関連性といえば、父親が自転車工房で働いていたことがあったらしい。初期の作品の一つ、ひしゃげたホイールが、私としては気になるモチーフである。やはり決定的な転機は作家サンドラールとの出会いだったのだろう。キッチンテエブル。ベレエを被り、スモックを裏返しに着た作家が煙草をくゆらせている。愛用のレミントン・ポータブル。サンドラールを知らぬ者はまだ気づかないが、やがて作家が散歩に出ると、太鼓腹とは対照的な、戦争で失われた右腕という事実にぶちあたるのだ。作家はドアノーに約束する。きみの写真集を出そう、私が文章を書こう。こうして“La Banlieue de Paris”が発刊となった。表紙はシクロクロス会場の観客と、エッフェル塔、雲のモンタージュである。公団住宅の建物が郊外を象徴している。
パリのクシャおじさんをはじめとするユーモア写真、ウィンドーに飾ったいかがわしい絵に対するリアクションの連作、商用写真、「ヴォーグ」のモード写真、ピカソからミッキー・ロークまで有名人のポートレイト。80歳を迎えなお精力的に仕事をしていたドアノーだが、1993年に心臓手術を受け、1994 年4月1日に亡くなっている。ハミルトン撮影のポートレイト、ライカを構えた口元は見えないが微笑をたたえているに違いなく、その眼差しにイマジネイションの煌めきを見る。自分の人生がなんと卑小に感じられることよ。

2001/03/19-9588
エクセルの始め方 別冊宝島編集部 編 宝島文庫 2001年3月10日第1刷発行
毒毒度:-1
いつもの通勤電車で、開いてみてが〜ん! てっきりボルヘス『永遠の歴史』かと思っていたのに。それでも鞄の中には本の形態をしているものは他に見当たらず。仕事でExcelはほとんど使わないのだが、しかしごくたまには必要となるわけで、大きさと薄さが便利かなあと購入していたもの。「マウスの操作」からはじまる本当に初心者向きである。操作が68項目、自分のやりたいことを見つけてポケット辞書のように使うのがよいようだ。ちなみに、わかりたかったのは計算の部分と、エラー表示への対処。

2001/03/18-9589
監督 海老沢泰久 文春文庫 1995年1月10日第1刷
1995年10月15日第3刷
再再再  毒毒度:2
“残るはあと二試合だ。われわれが全部勝ったとしても、もし明日のドラゴンズとの試合にジャイアンツが勝ってしまえば、われわれは終りだ。ジャイアンツはドラゴンズ戦に全力で臨むだろう。だが、ジャイアンツが明日勝つとしても、われわれがきょうのタイガース戦に負けていいということはない。最後までベストを尽そう。もしそれで駄目だったとしても、われわれはそのなかできっと何かをつかむはずだ。わたしはその何かをきみたちひとりひとりにつかんでもらいたい。そして、最後は顔をまっすぐあげて、誇りをもって球場を出て行こうじゃないか”

スポーツ小説、わが国の野球小説の金字塔。買うつもりはなかったが、古本屋で『ヴェテラン』と並んでいて思わず手にとる。すでに新潮の初版単行本で何度も読んでいるのだが、表紙の背番号71が懐かしくそのままレジへとすすんだ次第。なんと100円という値段に呆れる。これほどの名作をなあ。山口瞳の「解説にかえて」を読んだだけでもよかったのだが、開幕を前にちょっと感動したくなって通しで再読。1978年、日本シリーズのさなかだったか神宮外苑の野球場で練習を目撃した当時のことを懐かしく思い出している。内野の守備練習、ザルの二遊間などと呼ばれていた時代がウソのようにキビキビと厳しい練習だった。スワローズを変えたのは紛れも無く広岡達朗だった。その変化が持続しなかったことが残念でならない。そしてスワローズにとって決して明るい21世紀ではないことも心配である。

2001/03/18-9590
ヴェテラン 海老沢泰久 文春文庫 1996年6月10日第1刷
   毒毒度:2
“野球にはどんなことにも起こりうるが、すばらしい新人選手のとつぜんの出現ほど、見ていて胸の踊ることはない”
“われわれはそのはつらつとしたプレーと、彼らの自信に満ちて明るく輝く顔に惹きつけられ、彼ら以外のところで何が起きているかを気にもしなくなる。しかし彼ら以外のところでも事件は起きているのである”(ヴェテラン 古屋英夫)

銚子商と習志野が華やかに活躍した時代、木更津中央高時代の古屋を私は覚えていない。いくらエースで4番でも目立つとは限らないものなのだ。そしてスワローズのスカウトが熱心に訪れたにもかかわらず、ドラフト一位指名は柳原隆弘だった。ファイターズという地味なチームに入団した古屋は、公式戦初打席初安打をバッファローズの太田幸司から打ち、ヴェテラン富田が怪我で欠場する間にレギュラーポジションを奪う。この時はやがて自分のポジションが脅かされることになるとは思っていない、そして青天の霹靂が古屋を襲う…。文章が淡白すぎるという印象がずっとあったのだが、井上陽水を書いた『満月空に満月』あたりから、それが海老沢の持ち味だとわかるようになった。この作品集のうち「嫌われた男 西本聖」はNubmer・ベストセレクション第2巻に収録されていて既読。こうしてまとめて読んでみると、欧米のスポーツ・コラムのような印象を受ける。目ざしを暖かいとすら思える。鴬が鳴き始めた。心踊るシーズンになるだろうか。

2001/03/17-9591
通り過ぎた町 浅井慎平 PHP研究所 2001年3月21日第1版第1刷発行
   毒毒度:1
“写真を撮るということは過ぎ去った夢を紙に残したことになる”(風景論)
“原宿の隠田お商店街を歩いていたときのことだ。寺山修司と一緒だった。八百屋の前を通りかかったとき、寺山が店先の林檎をひとつ手にとったかと思うと「ほら、青森」と呟いて、ぼくに投げた。ふいのことなので、ぼくは慌てて、もうすこしで林檎を地面に落とすところだったが、かろうじて捕らえた。そういえばあの林檎の山には青森と書かれてあった。「ああ、青森」とぼくも呟いて寺山を見ると、彼は少し笑った。あのとき、ぼくは寺山から青森を手渡されたのだった”(青森駅周辺 冬の硝子は旅情になり詩情になり)

浅井慎平の写文集。シャッターを切るように刻む言葉。その昔雑誌Numberの「原色スポーツ図鑑」連載が懐かしい。単行本とも文庫とも今は入手できないのが残念だ。この人も「ぼく」と書いて似合う人である。もう60歳半ばのはずだが、時折ラジオで声を聞く印象は40代のままである。館山に写真を展示した「海岸美術館」がある。採光が絶妙とも聞いていて訪ねたいのだがそのままになっている。初夏がやってくるころには訪ねられるだろうか。

2001/03/16-9592
図書館の親子 ジェフ・アボット
佐藤耕士 訳
ミステリアス・プレス文庫 1998年12月31日初版発行
1998年12月15日5版発行
   毒毒度:2
“歯でくわえたタバコをいまにも飛ばしそうなほど、トレイ・スローカムは威勢よくいった。「一人前の男になるには、死ってものを間近で見つめなくちゃいけないんだ」トレイ以外の、じきに七年生になろうとするぼくらには、その意味がよくわからなかった”

少年時代。ミラボーの夏。ぼくとジューンバッグ、リトル・エド、赤毛のクリーヴィー、デイヴィス、そしてトレイがいた。20年後、故郷の図書館長をしているぼくと、警察署長ジューンバッグと、ラジオ局の営業マンであるリトル・エドと、新聞記者クリーヴィー、弁護士デイヴィスがいる。トレイは? ぼくに馬の乗り方を教えてくれたトレイはもういない。ぼくの友人で、義理の兄だったトレイ、母さんの義理の息子だったトレイ、アイリーン姉さんの夫、マークの父親はミラボーから出ていったのだ、家族を捨てて。そのトレイが町に戻ってきた! ノーマとスコット親子と一緒に、しかも車椅子姿で。図書館でひと波乱、何者かに射殺されたクリーヴィーの葬儀でひと波乱。甥のマークの頼みでしぶしぶトレイと合わせようと出かけたぼくは、撃たれて血まみれのトレイを発見する。壁には血文字「これで二人」。これはぼくら幼友達を狙った連続殺人事件なのか? トレイが戻ってきたことが原因なのだろうか、そもそもトレイはなんで町を出ていったんだ? ああ、ぼくは一人前の男になるために一体どれだけ死ってものを間近に見なくてはいけないのだろう。
《図書館館長》ジョーダン・ポティート(ジョージイ)を主人公とするシリーズ第3作。突然の死はすべての隠し事を暴く。大事にしたい少年時代の思い出と、裏の顔を持つ現在の姿。家庭内暴力をはじめありとあらゆる問題が投げかけられるが、重苦しくならないのは語り口と主人公の正直さゆえか。
はまりやすい性分ゆえ日刊《図書館》と化している。ただし、こうやって親しい人びとが殺されたりしているとシリーズというのはだんだんつらくなってくるわけで。そのせいでもないのだろうが第5作『図書館長の休暇』以降がなかなか発表されないらしいのが気がかり。

2001/03/14-9593
図書館の美女 ジェフ・アボット
佐藤耕士 訳
ミステリアス・プレス文庫 1998年2月28日初版発行
   毒毒度:2
“ぼくは肩をすくめて、怪我をした腕を示した。「爆弾好きのいかれた愉快犯に、町に来た元ガールフレンド、そして殺人事件。まったく小さな田舎町のどこが退屈なのか、教えてほしいくらいだよ」”
“ジューンバッグから《友だち》と呼ばれるのは何年ぶりだろう。ぼくはじっと座って、その言葉の響きを楽しんだ。男というのは、自分の本当の友人が誰であるかを--しかもそれをいうときにしらふであることを--そうそう認めたがるわけではない。”

テキサスの田舎町ミラボーの《図書館館長》ジョーダン・ポティートを主人公とするシリーズ第2作。前作で恋人となったキャンデスの家にお泊まりの朝、向いの家の郵便受けが爆発した。破片で怪我をしたジョーダンの元へボストン時代の元恋人ローナが現れて…。河川沿いの土地開発を狙って買収をしかける野心家と、反対派の対立。そうこうするうちに土地買収業者が惨殺されて、ローナに嫌疑がかかる。容疑を晴らそうとするジョーダンだが、当然ながらキャンディスは機嫌が悪いし、話はどんどんややこしい方向へ、そしてついにはジョーダン自ら命を狙われる羽目に。
美女も猛女も総動員。どんなにあくどい土地買収業者も影が薄くなるほど、女性の存在感が際立ってくる。美人で気丈で、でもとびきり優しいキャンディスは作者の理想なのだろうか。美女の狭間で弱い面を正直にさらすジョーダンに親しみやすさを感じてもう一冊!ついつい手をのばしてしまいそうなシリーズである。

2001/03/12-9594
青春デンデケデケデケ 芦原すなお 河出文庫文藝コレクション 1992年10月2日初版発行
1994年11月10日10刷発行
   毒毒度:3
“なんだかストア派の哲学者みたいなことを言って、白井は苦笑した。苦笑と言っても、そこには皮肉や悪意の影も、拗ねているような要素もなかった。ちょっと恥ずかしげで淋しげながら、またその名の如く清らかな、そして不思議に明るい笑顔だったのだ”

電気ギターの電気的啓示を受けたぼく「ちっくん」が、鮮魚店の息子白井、病弱の父親に代わって法事までつとめる少年僧・富士男、ブラスバンド部のアカシノタコこと岡下らとバンドを結成し文化祭で喝采を浴びるまでが讃岐ことばで語られる。バンド結成、無理矢理スティール弦を張ったクラシック・ギター、バイトで貯めてエレキ・ギターを買うまで、お寺での練習、渓谷での合宿、そしてクライマックスの文化祭。オープニングはベンチャーズ《パイプライン》、そしてエンディングはロック中のロック《ジョニー・B・グッド》だ。だいたいが話題の本は避けて通るか、読んでもとぼけているか、それができなきゃ世間が忘れたころに読む。文藝賞から11年、直木賞から10年の月日。そう「ちっくん」たちはいいよな、思い残すことなく演奏できたのだから。私はといえば「祭りのあと」(By吉田拓郎)といった気分でいつもいたのだった。

2001/03/11-9595
あやかしの声 阿刀田 高 新潮文庫 1999年4月1日発行
   毒毒度:2
“本には命があります。言いたいことが沢山あるのに聞いてもらえない。書庫の中で囁いているんです。古い図書館はみんなそうです” (あやかしの声)

ありそうななさそうな話、誰かに似ていて誰でもない人。これが95冊目の著書だそうな。国立国会図書館勤務を経て作家となった。43歳でのデビュー以来多作である。

2001/03/11-9596
東京ホテル物語 阿刀田 高 中公文庫 1988年6月10日初版発行
1996年8月18日改版発行
   毒毒度:1
“コンパニオンの中には正体のわからない人もいる” (お人よし)

都会ではすれ違いもさることながら、間の悪いこともままある。シティ・ホテルを舞台にした男女の物語というと森瑶子あたりが思い浮かぶのだが、あくまでナマ身の人間の怖さで迫る森瑶子に比べ阿刀田作品にはこの世ならぬ気配がある。くるりとホテルの回転扉がまわり、違う顔があらわれるのだ。ありきたりのメロドラマがあるはずないのだが、最後に突然訪れる非日常、非現実に茫然となる。

2001/03/11-9597
ルノリアの奇跡
グイン・サーガ第78巻
栗本 薫 ハヤカワ文庫JA 2001年3月15日初版発行
   毒毒度:1
“ひとの気持ちをもてあそび、ふみにじるやり方だな、ヴァレリウス。--パロでは、それが当然なのか。目的を達すれば、それでいいのか。たとえ、誰がどのように嘆いたとしてさえも。”

はたしてパロ聖王アルド・ナリスは偽りの死を演じてた。ナリス軍絶対の危機を救うヴァレリウス。しかしスカールは激昂、リギアにも別れを告げず去ってしまう。ケイロニアはナリス聖王を認知、ゴーラは沈黙を続けるが、もはやパロの内乱は中原だけにはとどまらず世界中を巻き込んだ戦いとなる気配ありあり。ま、予想はしていたことだが、やっぱりね、白魔術で死んだふりだったわけで。でも一途なスカさん怒らせちゃってさー…どうすんだいヴァレリウスってば。さて月刊グインはしばらくお休み、第79巻は6月発売とのことだ。

2001/03/10-9598
復讐の殺人 オットー・ペンスラー編
田口俊樹・他訳
ハヤカワ文庫HM 2001年1月31日発行
   毒毒度:4
“人生経験の長い者ならだれでも教えてくれるだろうが、あわれみが蔑みに変わるのはごくたやすい。また、そこから、中央ハ音のように純粋な憎しみへと変わるのだ。彼から離れた部屋の端に立ったまま、頭を慎重に狙い、もう一発撃った。骨と脳が大量の血とともに噴き出した。映画のようなものだ。それ以上のことは何もない、と自分に言い聞かせた。ただ、強烈なにおいがした” (エリック・ラストベーダー「あやつり人形の復讐」)

いかん。レヴェルを上げなくては。というわけで、昼休みに書店へ奔った。ローレンス・ブロック、メアリー・H・クラーク、トマス・H・クック、フィリップ・マーゴリン、ピーター・ストラウブという名に釣られるのも結構。彼らは決して貴女を裏切りはしないだろう。エリック・ラストベーダー、デヴィッド・マレル、ジョイス・キャロル・オーツらにも再び会える。復讐するは我にあり。苛め、蔑まれた女。愛するものに裏切られた男。死のにおい。一筋縄にはいかない、結末。この上質のアンソロジーには姉がいて『愛の殺人』というらしい。

2001/03/07-9599
万葉集殺人事件 斎藤 栄 光文社文庫 1999年4月15日第1刷発行
   毒毒度:0
“日本人の言霊というのは、暗号を解くキーのことなんだよ”

友人は読みたくなかったら捨ててと言った。読みたいとは思わないが、こうして巡ってきてしまったのと、ちょうど積毒文庫本がなくなったので手にとる。軽い。そして古い。●曜サスペンス劇場とか、そんな感じ。失踪事件のカラクリは早々にわかってしまったし、暗号もオソマツだし、登場する男女にも魅力はない。やはり、私があえて読むべき本ではなかったようだ。

2001/03/06-9600
怒りをこめてふりかえれ
栗本薫 講談社文庫 1999年4月15日第1刷発行
   毒毒度:1
“ぼくの時を盗んでぼくを知らないあいだに「おとな」の年齢にしてしまったのは、いったい誰なのだ?”

栗本薫といえばリアルタイムで読んだのは「翼〜」や「真夜天」であり、ハードボイルドであり、カナンシリーズ、グイン・サーガである。実は「ぼくら」の薫くんシリーズは1冊も読んでいない。その薫くんがついになんと36歳にもなっていて、しかもついになんと結婚!である。しかしそこにも殺人事件が発生してしまうのだった…伊集院大介の名推理で危機脱出なるか??? これも友人のおすすめ。ついつい引き込まれて、バスを乗り過ごしてしまった。連日ちょい軽ミステリイで毒書がリズムにのっている。そうこうしているうちに400冊毒破。

2001/03/05-9601
図書館の死体
ジェフ・アボット
佐藤耕士 訳
ミステリアス・プレス文庫 1997年3月15日初版発行
   毒毒度:2
“暴力で命を落としたら、どのみちプライヴァシーは身ぐるみはがされてしまうものだ。殺人者が奪うのは、命だけではないんだよ”

南部の町ミラボー。ボストンでの華やかな編集者生活を御破算にして、アルツハイマーの母親の面倒を見るために帰郷した主人公ジョーダン。田舎町で唯一本にかかわる仕事、図書館の館長をつとめている。狂信的な女性と、猥褻本をの解釈をめぐる大喧嘩の翌日、その相手が図書館で死んでいた。嫌疑をかけられたジョーダンは真犯人探しをはじめるが…久々のミステリイ。友人のおすすめ、なかなかいける。お洒落で、巻き込まれ型探偵であるところがD・ハンドラーのホーギーシリーズを思い出させる。あちらは都会派。こちらは田舎町特有の隠された秘密、単純で複雑な人間模様で読ませる読ませる。さてこちらもシリーズだとのことで今後が楽しみ。ハンドラーといえば、作家の友人と組んでホーギーものではないミステリを出したが、「おまえは京極か」と尻込みをさせるほど厚く、購入には至っていない。

2001/03/04-9602
バイロン詩集
バイロン
阿部知二 訳
新潮文庫 1951年1月31日発行
1967
年11月10日35刷改版
1999年6月25日73刷
   毒毒度:2
“その水をわが住む荒々しい人の世とくらべるとき
 その静けさは、悩ましい世の浪をすてよ
 澄んだ泉にかえれよ、と、いましめる。”(澄明、静謐のレマン湖)
“希望、恐怖、熱狂的な執心
 高貴な苦悩、愛の魔力
 それらすべてが、私からうしなわれ
 身に負うのは、ただ鉄鎖である” (この日、36歳を終る)

「澄明、静謐の」とバイロンが記したレマン湖のほとりへ行く。雨は上がりかけて、梅香が漂ってくる。ただしレマン湖は模造で、その名も「ラク・レマン」夏の間はプールである。旧スイス大使館の建物で、梅香膳をいただく。ウグイスはいないが、メジロが梅花をついばんでいる。水たまりへとおりてきたのはセキレイか、地虫を探しているのはホオジロか。

2001/03/03-9603
悩みはイバラのように降りそそぐ
山田かまち詩画集
なだいなだ 編
ちくま文庫 1996年8月22日第1刷発行
   毒毒度:3
“すべての音楽をよくきき、まず尊敬し、つぎに見下し、全部奪ってやれ” (アフォリズム的断章)

1977年夏。17才の山田かまちは、ギター練習中に感電死した。一千枚近い絵と、数多くの詩を遺して。作品たちを最終的に処分する前のお別れに、13回忌の展覧会は開かれた。作品の保管を依頼した県立美術館には「無名の少年の絵など無料でも引き取れない」と断わられていた。会期が終われば友人知人に思い出として引き取られるか、処分される運命。ひとりの画廊の店主が美術館を建て常設展示するという約束ですべての作品をもらいうけた。約束通り立てられた美術館には連日若者達が訪れ、ついには県立美術館の入館者数を上回る事態となった…かまち現象のはじまりである。
ブームはともかくも、改めて水彩画、デッサンを見るに、その才能が惜しまれてならない。
ではもうひとりの17才はといえば、何をしていたか。歌を歌っていた。ギターを弾いていた。詩を書いていた。絵を描いていた。遅くとも2年以内には夭折する筈だったが、不覚にも生き長らえた…。

2001/03/03-9604
600字の風景
二宮清純 光進社 2000年12月30日第1版発行
   毒毒度:0
“ただカネのためだけではない。ただ名誉のためでもない。果てることのない心の飢え、魂の渇き。6 メートル四方の空間では、それをハングリー精神と呼ぶのである。” (魂の渇き)

装幀が悪い。文字が強すぎる。言葉に強さがあるならば、それを十分殺すほどに。

2001/03/03-9605
色を奏でる
志村ふくみ・
井上隆雄・写真
ちくま文庫 1998年12月3日第1刷発行
   毒毒度:3
“本当の赤はこの世にない” (蘇芳との半生)

どんな色が出るかは草木しだい、色を有り難くいただいてこその染色。『一色一生』に含まれる文章が多いのだが、写真が新鮮である。豊後梅で染めあげられた糸の美しさ。梅が枝で作る媒染の灰までもがいとおしい。そしてそれらの色を生み出した自然の美しさ。

2001/03/02-9606
旅の短編集 秋冬
原田宗典 角川文庫 2001年2月25日初版発行
   毒毒度:0
“本当が嘘になり、嘘が本当になる。それがニューヨークなんだよ”

巻末を見ると、ラジオでオンエアーされていた「ミッドナイト・オデッセイ」を小説にまとめたことがわかる。ちょっと見はファンタジイ。雨を降らす竪琴があるかと思えば、雨が止む傘がある。中世騎士物語もあれば、吸血鬼伝承もある。しかし、あくまでも「もどき」であり、イージーリスニングである。土着の吸血鬼を「ドラキュラ」などと呼んでもらっては困るのだ、夜の一族としては。

2001/03/01-9607
蒼き影のリリス シビルの爪 3 菊地秀行 中公文庫 2001年2月25日発行
   毒毒度:1
“夜の一族と人間--それは血と呪いと殺戮を繰り返す伴侶だ。殺し合い、憎しみ合わなければ、互いの存在を認められないのだ”

しだいに“調停者”としての記憶が蘇ってくる俺…秋月とシビル、グレイズ、大力士、リリスの戦い。いずれが敵か味方か。そもそもの発端エジプトはギザのピラミッド、そして軽井沢、東京と目まぐるしく闘いの場を移していく。生き残るのは果して誰なのか? 

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