●あと10000冊の読書(毒読日記)  ※再は再読の意 毒毒度(10が最高)

2001-09

2001/09/29-9486
罅・街の詩 北方健三 集英社文庫 2001年4月25日第1刷
   毒毒度:1
“私は街の中に、物語ではなく、詩を見つけたがっているのだ。いや、自分の生に、と言った方がいいかもしれない。抒情的なもの、という意味ではない。言葉を切り詰め、ほとんど感性だけをむき出しにした表現。そんな生き方をしようとしている、と時々思うことがあった。”

浅生、32歳。街へ詩を書きに行く、身の回りの世話をしてくれる女はそう言う。だが、商社マンから探偵稼業へ転向して数年が過ぎた今、それは自分が書くのではなく、いろいろな人間の心が書く詩のような気がしている。
ハードボイルド連作集。私にとってはじめての北方作品。その昔、河野典生作品にはまり、「殺し屋は詩人(バード)」というフレーズをノオトのあちこちに書き記していたものだが、殺し屋ではないにしろ、この主人公も詩人である。依頼された仕事でかかわるのは、女を賭けて泳ぎ続ける青年、街のオブザーバー的なバーテンダー、歩き続ける老人、父親ほど年の離れた愛人を不安がらせる女性、両親の離婚の狭間にある少年…など。ド派手なアクションはないが、リアルな殴り合いシーンに好感。

2001/09/26-9487
松田優作、語る 松田優作 山口猛編 ちくま文庫 2000年8月8日第1刷
   毒毒度:2
“男から笑いとか、喜びとか、傷つき方とか、別れとか、教えてもらっても、全部忘れちゃうから。全部、女から教えてもらうんですよね。”
“人との出会い方だね。興味なんてものは、まずは自分のまわりにあるものを否定したり肯定したりすることから始まる。環境のなかで自分の生理とか、同じにおいがする、とかで選んでいくしかないじゃない”
“ものをつくるとか、なにかを感じるとか、なにかを表現していきたい。自分が感じることに、とことん、まじめでありたい。それが、ぼくにとって、生きることだと思うんです”

50になったら、60になったら、どんな役を演じていたのだろう。40から思う存分暴れてやると語っていて、40で死んでしまった男。映画そのものに責任を持っている現場で、死ぬまで役者をやっていたい…映画への尊敬を常に抱いていた男。
尊敬の念について横道。懐かしのフォークベストヒットみたいな「トリビュートCD」を借りた。どのグループもそこそこヴォーカルはうまいのだが、かんじんの「トリビュート」がなされていない。レコード会社が選択した楽曲なんだそうな。どんなにその曲に惚れてるか見せて、いや、聞かせてもらわんと「トリビュート」じゃないでしょう? 尊敬というか愛がなさすぎると意見してしまったのだが…。歌であれ芝居であれ、自分を表現することで、ゾクゾクさせたりワクワクさせられれば本望。

2001/09/21-9488
code[text & figure] 松田行正 構成・文+造本 発行・牛若丸
発売・星雲社
2000年12月15日初版発行
   毒毒度:3
“パウル・クレーの、線で描かれた月や夜空や教会を眺めていると、空間はあたかもなにものかによって満たされているかのように見える”

凝った作りである。書棚にあればストライプのお洒落な本に見えるだけだが、開けてびっくり。テキスト中心のタテ組[text]と、暗号の読み解きを図版にしたヨコ組[figure]の二冊が格納(というか造本)されている仕掛けである。見返し、別帖などの使用紙リストにもこだわりがアリアリ。色ベタの濃い芥子色、地中海の空色、茜色…息をのむほどに、美しい。
牛若丸という奇妙な名前の出版元のコンセプトは、楽しく明るい玩具としての本、イエス。やさしい本、イエス(ただしデザインの現場にいる人間にとってはこういった仕事は羨望のあげく毒となるやもしれないが)おもわずプレゼントしたくなる本、夢を持ち続けている大人としての本、イエス。オブジェとしての本、そして、奇妙で月っぽい本、イエス。巻末の出版リストにはそそられる本がずらり。早速、送料無料化されたamazon.co.jpにて収穫予定。

2001/09/19-9489
地下室の箱 ジャック・ケッチャム
金子浩 訳
扶桑社ミステリー文庫 2001年5月1日第1刷
   毒毒度:1
“愛はなにも守ってくれない”
“愛には、愛の死がつきものなのだ”

スティーヴン・キング絶賛というキャッチコピーを背負った作家。確かに題材は怪しいのだが、文章に品はある。動物の描写にも好感が持てる。コリン・ウィルソンも取材した実録「フッカー夫妻のセックス奴隷事件」が元ネタとのこと。実際の事件では被害者は7年も監禁されていたが、本書では被害者の赤ん坊が月満ちるまで約5ヵ月間監禁・暴行されたというストーリイとなっている。ケッチャムの怪作『オフ・シーズン』は2000年10月16日の毒読日記参照。

2001/09/12-9490
オルガニスト 山之口 洋 新潮文庫 2001年9月1日発行
   毒毒度:1
“ぼくは音楽になりたい”

平凡なヴァイオリニストであるテオの元へ、ハンス・ライニヒという無名のオルガニストの演奏を隠し録りしたディスクが届く。オルガン科の教授へ意見を仰ぎたいというのが音楽雑誌記者の依頼だ。教授は「美しく快いが、同時に不快」という謎に満ちた意見を述べる。テオが気づいたのと同様、教授もライニヒが実は9年前に半身付随の身で失踪した天才オルガニスト、ヨーゼフではないかと疑いを抱いていたのだ。それぞれの思いを込めてライニヒを追うテオと教授。やがて教授は演奏中の爆発で死亡、教授の死とライニヒの正体…驚くべき秘密にテオは近づきつつあった。音楽家が音楽そのものたらんとすることは神に叛くことなのだろうか? 
すべての芸術は音楽の状態に憧れる。Artは長く、人生は短い(この場合Artとは芸術ではなく技術の意である)。余談であるが「芸術は長く人生は短い」という誤解がぴったり合致しているのが、オスカー・ワイルド『ドリアン・グレイの肖像』である。若さとひきかえに悪魔と取引する話、超絶技巧の演奏家が悪魔に魂を売ったと評される例は、目新しくはない。オルガンといえばすぐにキース・ジャレットのアルバム『賛歌』を思い出す。この音楽家には超有名な『ケルン・コンサート』があるのだが、来日記念盤としてもたしかCD化されていないアルバムが、オルガンによる『賛歌』である。何度聴いても鳴りはじめの数小節に心を奪われる。敬虔なカトリックではない私ですら、である。ヨーロッパの古い教会堂で聴く生のオルガン演奏にどれほど圧倒されるか、その凄さの秘密を語ろうとする想像力。なかなか興味をひかれる作家だ。

2001/09/06-9491
野球術(下) ジョージ・F・ウィル
芝山幹郎 訳
文春文庫 2001年8月10日第1刷発行
   毒毒度:2
“彼にとっての野球とは、筋肉の記憶と幅広い知性が結びついたものにほかならない” (打撃術 トニー・グウィンの「筋肉記憶」)
“守備が正当な評価を受けない理由はもうひとつある。卓越した守備が、野球の熱愛者が好んで口にする言葉--つまり「数値」に置き換えにくいことだ”(守備術 カル・リプケンの「情報密度」)

政治コラムニスト、ピュリッツアー賞受賞者。辛口すぎることもなく、スポーツを語るときにありがちな暑苦しさもなく、堅苦しい記録の羅列ではもちろん、ない。野球は仕事である。しかもきびしい自制心を求められる仕事だ。ひたすら卓越をめざす選手をヒーローと呼ぶことは、許されるだろうか。諾。誰もセンチメンタルだとか反ロマンチック主義に反するとか異義を唱えはしないはずだ。マリナーズがちょうど100勝している。イチローは首位打者をキープしている。著者はイチローのプレーをどんなふうに見ているのだろう。

2001/09/04-9492
田園に暮す 鶴田静/写真・エドワード・レビンソン 文春文庫PLUS 2001年9月10日第1刷
   毒毒度:-2
“今の私の料理はあくまでも、生活の生き方の、そして私の考え方の一要素としての料理だから、料理だけが独立しているのではない。人生や暮らし方を語る際の、例あるいは方法としての料理である”

著者はロンドンでベジタリアンの生活を送ったのち帰国、グループでオーガニック・レストランを運営していた。現在は房総半島のまんなかの田舎家に、アメリカ人の夫と暮らす。野菜を作り料理をつくり、エッセイを書く。夫は写真を撮る。1988年からの借家住まいだったが、この度近くの土地を購入し、自分達で家を建てようとしている。自ら育てた野菜を使っての料理写真はどれも美しい。健康のためとかはおいといて料理が美味しそうなことはとても気持ちのよいものだ。二十日大根の根毛が頼もしいではないか。

2001/09/01-9493
供花(くうげ) 町田康 新潮文庫 2001年9月1日発行
   毒毒度:2
“日が暮れた。老人をみな殺して、ふらふらと大川の橋の上まで来ると今日はいつもより、たくさん芸者が流れている。すっかりお化粧ができて、仰向けになって、にっこり笑いながら夕陽に赤く染まって流れていく姐さんがた、その数八百を下るまい。いつ見てもいいものだ”

金沢へ飛ぶ。6年振りの金沢は、もちろん観光ではなく、11日からはじまるツール・ド・北海道のプレ取材である。我ながら健気ではないか。ところで飛行機での移動というのは、あまり毒書がはかどらないものだ。いろいろと乗り換えで疲れるし。『野球術』の下巻を携えていたのだが、身が入らず、羽田で文庫を購入。ちょうど1フライトで毒了できる厚さと見た。詞でありながら詩たりえる奇跡、あるいは異様。

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