●あと10000冊の読書(毒読日記)  ※再は再読の意 毒毒度(10が最高)

2002-03

2002/03/31-9349
帰郷 海老沢泰久 文春文庫 1997年1月10日第1刷
   毒毒度:1
“彼は、しゃべるということは心の中のものを失ってゆくことだと思っていた” (帰郷)

いい男の顔になった。『監督』でデビューしたときは失礼ながら垢抜けない感じだったのだが。『F2グランプリ』で私を落胆させた海老沢泰久だが、F1 を追いかけ、陽水を書き、『ヴェテラン』『暗黙のルール』を経て私の中ではかなり見直されている。理解してもらえない人間の静かな怒りを伝えるということに、この独特の文体はまさに適任なのだ。直木賞受賞作品であるということはさておいても。

2002/03/31-9350
「レインボウズ・エンド」亭の大いなる幻影 マーサ・グライムズ
山本俊子 訳
文春文庫 1998年8月10日第1刷
   毒毒度:1
“もしかしたらきみかもしれなかった”
“絵が人を殺すこと、できるかねえ”
“メアリは喪の黒い服を着て坐っていたが、喪に服しているというよりも、六連発拳銃をほしがっている顔に見えた”

前作『「乗ってきた馬」亭の再会』とほぼ同時期に発生した事件。美術館に架けられた「チャタトンの死」のそばで亡くなった婦人。刺繍をしていて亡くなった婦人。当時は自然死と思われた。遺跡でアメリカ女性が死体で発見される前までは。そしてあの執念の人、磁場の男マキャルヴィ方面本部長が3つの死の関連性を持ち出す前までは。荷を解かぬままジュリー警視はサンタフェへ飛ぶこととなる。連絡のつかないレディ・ケニントンの身を案じながら。
パブシリーズがはじまってから時代は10年が経過している。脇役に至るまで、というより脇役にこそ力を入れているのではないかと思われる登場人物たち。チャーミングな老婦人たち。傷つきやすくもあり、たくましくもある少女たち。愛すべき犬、猫。ジュリーもメルローズも相変わらず独身。メルローズがロンドンを歩きながら、母を含めて人生を過ぎ去った女性たちに思いをはせるシーン。ほとんど泣きたいほどだ。一方サンタフェで、肉親の死という形で捨てられた子供に、またまた出会ってしまうジュリー。これで手持ちで未読のパブ・シリーズが無くなった。ある日ふと古本屋の棚で会えるかもしれない。先週の日曜日は午後、思いがけず隣家の花見に誘われた。町内会5軒ほどの集まりとなり、庭の桜の下でごちそうと日本酒をいただく。すすめられるまま三合も飲んだが、これはいくらなんでも無謀であった。日本酒で酔ったときのつねとして夜は目がさえ、寝不足のまま週明け。そして木曜の泊まり仕事以来、風邪がぶりかえしている。

2002/03/26-9351
東京夜ふかし案内 散歩の達人ブックス 交通新聞社 2002年1月5日初版第1刷発行
2002年2月1日初版第2刷発行
   毒毒度:-1
絵や本に囲まれながら、好きなときにだけ音楽を聴き、帰る時間を気にせずに静かにゆったり酒を飲んだり美味しい料理を楽しめる空間は、そうそうないものだ。思い余って「本に囲まれる」「好きなときに好きな音楽」「帰る時間を気にしない」「静か」「ゆったり好きな酒だけ飲める」「他人が美味しいと思うかはともかく好きな料理だけ食べられる」という条件に満ちた隠れ家を手に入れたわけだが、レコードにはチェンジャーはないし、料理はオーダーして出てくるわけではないし、最後は自ら皿を洗わねばならない。そして本物の夜遊びとは無縁となった。東京にいる夜は必ず仕事、しかも倒れないためにだけ飯を食うというようなありさまを反省すべく購入。3/16に毒了の『立ち飲みクローリング』の兄弟分。知っていたら絶対ヒミツにするなあと思える店がちらほら。恵比須ガーデンプレイスの下に出現する移動書店にはぜひ邂逅したい。

2002/03/25-9352
マンガ青春記 中島梓 集英社文庫 1989年12月20日第1刷
   毒毒度:2
“私のもっている最大の才能、といえるのは、人--や小説やなにかを、好きになる能力だったのではないか”
“マンガというのは、終生かわらず私によりそっている一生の伴侶なのだ”
“小説--すべての物語、ロマン、舞台、ことに歌舞伎、映画、音楽、ことにロック、花々、動物たち、四季のうつりかわり、この時に血なまぐさく、時にあまりにおろかしい世界。おそらく私はマンガがそれらの一部であると同時に、それらのすべてを中にあらかじめ含んでいるからこそ、それを愛したのだ”

中島梓を知ったのはJUN(その後JUNE)創刊の頃で、栗本薫もハードボイルド系と耽美系以外は読まなかったし、今でこそ月刊グイン・サーガに付き合っているが実は90年代に至るまで手に取ったこともなかった。これは中島梓=栗本薫の青春記であり、極めて個人的な記録である。マンガ家になれなかった少女の天職は実は語り部だったと気づくまでに紆余曲折はあったとはいえ、20代で気づけばそれはかなり恵まれた人生といえるだろう。
子供の頃、我が家では父親と私の本にかかる費用が相当なもので、フツーの本はツケで買えたにしても日常的にマンガを買う余裕はなかった。田舎へ帰る長旅でマガジンかサンデーを一冊ぐらい、従弟の家の『巨人の星』と『サブマリン707』と、従姉妹の家の『リボンの騎士』、いとこたちと演る『いちにさんと45ロク(だったか?)』ごっこ、ピアノの先生のお嬢さんが必ず買っている少女フレンドとマーガレット…これがほとんどすべてであった。映画・テレビは人並みに見ている。当時の私の記憶力、わけてもストーリイやセリフを覚える力というのは相当なもので、おかげで、一回見た記憶だけを頼りにその後十二分に想像と妄想に耽ることができた。『101ぴきわんちゃん大行進』『わんわん忠臣蔵』しかり。テレビでは『鉄腕アトム』『ジャングル大帝』『サイボーグ009』『妖怪人間ベム』…。
そして運命の、あの土曜の午後がやってくる。隣のクラスでは萩尾望都『ポーの一族』シリーズの『小鳥の巣』をラジオドラマ風に録音するという試みが行われようとしていた。メンバーのひとりが同じクラブだったこともあり、見学することにした。主要な配役は決まっていたのだが、登場人物が多いこともあり、ちょこちょこ役を貰っているうちに、セリフ覚えが得意で、しかも7色の声という特技をここで私はいかんなく発揮する。それ以来の付き合いである猫番の由美ちゃんなぞは、「素敵な声ね」とうっとりと私を見つめたのであった。声優になろうかという妄想を抱いたのは実はこの時である。

2002/03/24-9353
鉄の絆(下) ロバート・ゴダード
越前敏弥 訳
創元推理文庫 1999年4月23日初版
   毒毒度:-2
“チャーリー、嘘つきなのはあなたよ。わたしじゃない。あなたはできないとわかりきってることを無理強いしている。できもしないのに、できるふりをしている。サムを救いだすとか、フェアファックス-ヴァインを釈放するとか、モーリスの思い出から自由になるとか。でも無理なのよ。何もできないのよ。何ひとつね”

夭折した詩人にして戦士トリストラム。スペイン内乱のさなかに起きた出来事が、50年後の今となって喉元に迫っている。トリストラムの息子でシャーロットにとっては父親違いの兄モーリスの死、モーリスの娘サマンサの誘拐。シャーロットは、おばベアトリックスが死の直前、モーリスの愛人宛てに出した手紙を求めてニューヨークへと旅立つ。ベアトリックスが守ろうとした秘密はトリストラムの名誉以上のものだったらしい。
筍掘りの音で目覚めた。素人目には地面に筍のたの字もみあたらないので、毎年入り込んで来る業者であろう。昨夜近くのコンビニにて大量入手した、廉価で不細工な苺をジャムにしたてながらゴダードする。ジャムの作り方は、赤堀千恵美著『秘密の保存食』を参考に、トロトロではなくけっこう火を強めて短時間で仕上げる。ただ、焦げつかさないためには途中で本を置く決断が必要だ。この作品までいつも悲劇的なラストと言われていたゴダードはちょっと改悛したのか、珍しくハッピーエンドである。ツボをこころえた筆致、きめセリフ。ほどよくサスペンス、ほどよくロマン。登場人物の名前を覚えるのが面倒なので翻訳ものは敬遠…という人にはまあおすすめではないかもしれないが。書かれた順番にゴダード、つぎなる目標は『Closed Circle(閉じられた環)』ということになるか。

2002/03/23-9354
鉄の絆(上) ロバート・ゴダード
越前敏弥 訳
創元推理文庫 1999年4月23日初版
   毒毒度:-3
“ベアトリックスは、墓の奥からその四人に語りかけた。そして彼女は意味もなく人に語りかける人間ではない”

高名な詩人トリストラムの姉ベアトリックスが強盗に殺害された。いつも毅然としていた老婦人。そして彼女は自分の死が近いことを知っていたふしがある。死の前に託された手紙とは? ベアトリックスの名付け子で血のつながらない姪であるシャーロットは真相を知るために、そして容疑者の弟デレクは兄の無実を信じて別々の方向から調査をはじめたが…。
ゴダードの歴史陰謀もの大ロマン? ってつまりは「とってもゴダード」な物語である。動乱のスペインに身を投じ、夭折した詩人…これ以上のロマンがあるだろうか? 上巻でトリストラムの秘密がいったん暴かれてから、おやあと半分、間が持たないのではという心配はゴダードには必要ないようだ、さすが。

2002/03/22-9355
英国生活誌II
紅茶のある風景
出口保夫 中公文庫 1994年11月18日発行
   毒毒度:2
“イギリスの都市の歴史的発達には、人間的で審美的なスジが通っている”

キーツ館の館長自らが淹れてくれる午後のティ。公的機関でありながら、自宅に招いているかのように優雅なお茶の時間。「楽しさ」を犠牲にはしない。手段を目的とすりかえたりしない。文化に対する英国国民の気質。

2002/03/22-9356
11の物語 パトリシア・ハイスミス
小倉多加志 訳
ミステリアス・プレス文庫 1990年6月30日初版発行
1995年3月15日8版発行
   毒毒度:3
“かたつむりの交合は、動物界では例を見ないほどに官能的だ”(かたつむり観察者)

ちょっと見フツーの人が実は壊れていて、ちょっとしたことをきっかけにどんどん壊れていくその過程がコワイ。気色わる〜かたつむりものが2編も入っていて、それだけで十分意地悪というかホラー。密室とかたつむりの組み合わせで、カール・ジャコビ(たぶん)の『水槽』(怪奇小説傑作集収録)を思い出した。あっちは図書室と貝だったが。

2002/03/21-9357
幻の旅 林 望 文春文庫 1997年1月10日第1 刷
   毒毒度:-1
“はなよりもかなしきものはきぎのめの
   ひとときけむるいろにぞありける”

オドロイた。リンボウ先生ってば原田宗典だったんですか?と思わせるほど抒情すぎて、私的にはちょっと違うかなと。旅は旅に出ようと思ったときこそが美しい、これは真理だと思う。
先の土曜に無表情だった木々に今や花は満開。同じ日に百貨店へ足を踏み入れるとフロア全体がメイプル・シロップの香に包まれていたことを思い出した。テーマは花らしい。
さても桜は満開。桜を散らさんと風が吹く。舞いたつ砂と花粉とがあいまって、空は黄色い。こんな中でオープンカーに乗っている人がいる。ナビシートの彼女のサングラスの向こうは読めないが、そりゃあ無謀すぎないか?と、かつて5年間に5回くらいしかフルオープンの機会がなかったドライバーはひとりごちたのであった。

2002/03/21-9358
旅猫三昧 新美敬子 講談社文庫 1998年6月15日第1 刷発行
   毒毒度:-2
猫と犬を求めて世界中を歩き続ける写真家・エッセイストの旅猫シリーズ第2弾。旅先で出会った猫たちはもちろんだが、ドッグ・レースでのビギナーズラックがにわか予想屋にまで発展する話など目新しさ満載。「宇宙大将」「紅星戦士」…これはレースに出る犬の名前。そしてアメリカのさるメーカーのドッグ・フードにはドッグ・レースの犬の肉が入っているとはね。
猫好きの人は数々いるが、そういえば「ゆみ」さんという名は猫好きの人に多いかもしれないと思う。例えば友人のゆみちゃんはもう20年近く猫仕えをしている。彼女が仕えているのはラインハルトさまこと「ちび丸」くんなのだが、人間の齡にするともう100歳近く、今年の夏こそは乗り切れないのではないかと言われている。今は毛づやといい大きさといい、かつての白虎のごとき風格はかなり損われた。目はほとんど見えず、無理に食べさせない限り自らは食べない。時折風呂場でひたすら水を飲み続ける。老いは猫の世界にもあるのだった。看取るのは辛いが、長寿の動物に看取られるのも辛いかな。

2002/03/20-9359
ゴルゴン --幻獣夜話-- タニス・リー
木村由利子・佐田千織 訳
ハヤカワ文庫FT 1996年2月29日発行
1998年7月31日2 刷
   毒毒度:3
“彼女は私を石に変えてゆく”(ゴルゴン)

ゴルゴンの伝説に魅入られた作家の末路は? 人狼、ユニコーン、海豹、ドラゴン、この夜でもっとも美しくて悪意に満ちた存在である猫…。時々ユーモアのかけらを見せつつ、優れた語り部タニス・リーの世界は絶好調。おやクリムトかとみまごうような黄金色のカバーは加藤俊章。各編の扉に置かれた耽美なイラストも、作品を盛りたてている。解説によると、原文もかなり流麗、比喩満載らしい。それでいてワンセンテンスが短いので、私にとっては理想の表現ということになる。リーの吸血鬼ものが読みたいのだが短編は時折アンソロジーで読めるのに、長編がほとんど未訳であるとは残念。

2002/03/18-9360
人にはススメられない仕事 ジョー・R・ランズデール
鎌田三平 訳
角川文庫 2002年1月25日初版発行
   毒毒度:3
“遠くから悪魔に手を振るのと、悪党と握手するのは別物だ”
“ちょうどお告げのように降ってきたんだ。神はいない。星があるだけだ。そして星は死んでいく光に過ぎず、星々のあいだには暗黒が広がっているだけだ”
“この顔ぶれはちょっとしたもんだと、おれは思った。東テキサスの用心棒、ホモの黒人、元ミス・ヤムイモ、六フィート四インチで太り過ぎの、引退した殺し屋兼元牧師、それに気取った赤毛の小男”

ホモの黒人レナード・パインに跡継ぎができた。ボブって名のアルマジロだ。おれはブレットと一緒に暮らすか迷ってた。赤毛女にはトラブルがつきものだ、気をつけろ。おれの中でお告げめいたものがささやくのだ。案の定、娼婦をやってる娘のティリーがなにかまずいことにり、助けを求めているという。ブレットはやらなきゃいけないという。おれはブレットのためにやる。レナードは他に待ってるものが洗濯物だけだからと口では言ってるが、おれのためにやってくれる。おれたちは馬糞まみれになりながら、子馬を探して旅にでたってわけだ、非合法のありとあらゆる武器を持ってさ。ところが行けども行けども糞の山で、今度ばかりはRUNBLE TUNBLE、悪魔とダンスを踊ってるみたいな大騒ぎになったってわけだ。
うん、いいね。やっぱり生き生きしてる。ラストは、辛い気持ちになって、あんばい悪かったけどな。こちらの勝手な言い草だが、『テキサス・ナイトランナーズ』での落胆をかなり挽回してるってことは確かだ。

2002/03/17-9361
東京 立ち飲みクローリング 文・写真 吉田類 散歩の達人ブックス 2002年1月5日初版第1刷発行
2002年2月1日初版第2刷発行
   毒毒度:-2
“酔人は朦朧として貧乏神や死に神に弄ばれるが、記憶には残らない”

今月の旅は忙しい。アメリカ、東京は六本木、古代ローマ、ペルシャ、暫くイギリスに滞在してスペイン、再びイギリスから一気にテキサス。さて東京の夜である。立ち飲みといえば浜松町は秋田屋のイメージと、新橋界隈の名も知らぬ店。一見ではやはり入りにくいが、常連でありたいとは思わない。そう、今はヤケ酒なんてやってるひまはないのだが、ちょっと気になる店はあり。ガイドを見るとけっこう近い。雰囲気もよさげ。次回関西方面からのゲストはここでもてなしてみよう。そういえば西新橋の交差点にあった「ダブルデッガー」は撤去されたそうな、時代は変わる。

2002/03/16-9362
テキサス・ナイトランナーズ ジョー・R・ランズデール
佐々木雅子 訳
文春文庫 2002年3月10日第1刷
   毒毒度:0
“神さまは見たこともないほどでかい棍棒を持ってるんだ”

午前中に歯医者を終える。昨日陽のあるうちに大型ナマ書店で解き放たれた勢いで、本日も百貨店Sの書籍売り場へ吸い込まれた。種村季弘対談集やクラフト・エヴィング商会の写真集などと目が合うが、Amazonでしこたま買ったブツ(ランズデール含)が本日届くはず…この場は立ち去ることとする。もちろんそのまま帰途にはつかず、昔ながらの古本屋へ。マキャモンとゴダードとハイスミス収穫。咳が止まぬので、夕方からのおでかけは自粛。土曜日が休みということは、《筋肉バトル》が見られるということである。しかも本日はスペシャル版SASUKE新作。喜ばしい。生トマトのめんつゆかけ、菜の花の唐辛子マヨネーズ添え、トルティーヤのトマト&モッツァレラチーズのせ、トルティーヤの自家製イチゴジャム巻、自家製林檎ジャム巻、きちんといれたイングリッシュ・ティーという無国籍料理を食しながら、筋力と金属の死闘に見とれる。
そんな夜のランズデール。1987年作。闇の中を疾走する66年型シェヴィー。色は漆黒。ハンドルを握るのは邪悪な存在…。『死のドライブ』に収録されている『デトロイトにゆかりのない車』のタッチを想像したのだが全然違った(あの作品は素晴らしい)、ここにはホラーに不可欠な愛がない(いや、あった375ページに)。もしもこれがホラーだとしたら真面目にこわがらせてくれようとする配慮に欠ける。書くことに飢えていたのではなかろう、金には飢えていたかもしれないが。エルロイのように、小説家にならなければ犯罪者になっていたという究極の選択ではないはずだ。クーンツが絶賛しようが、馳星周がどんなにはしゃごうが、非日常を満喫しまくった者にとっては満足できるデザートではなかったということだ。こいつはフェアじゃなかったかもな、ごめんよジョー。新作で挽回してくれ。

2002/03/15-9363
大増補・新編輯 イギリス観察辞典 林 望 平凡社ライブラリー 1996年11月15日初版第1刷
   毒毒度:1
“「退屈」は、人生のもっとも贅沢な時間である。何もすることがない、どこへも行かない、それで、緑の風の通る林間の窓辺で、ぼんやりと木漏れ日を眺め、時にはスケッチくらいして、時間が無為に過ぎていくのを楽しんでいる。どうかして、そういう「退屈生活」がしてみたい”
“笑うべきことに左ハンドルのジャガー(タワケめ!)なんぞに乗って紳士ぶってる成金づれがいるうちは、いやぁ、まだまだ”
“大した画家は出なかったけれど、美術の収蔵・鑑賞・研究に関しては、世界の一等国である。つまるところ、イギリスは文化の世界では一流の「旦那(パトロン)」国なのだ。聴き上手・見巧者の国なのである”

あたたかいを超えて汗ばむほどの陽気だ。クライアントを訪ね打ち合わせを終えると、Yブックセンターに至近なことに気づく。3分の遠回りを自分に許す。何ヶ月ぶりかのナマ大書店はきらびやかであった。Amazonで在庫切れのランズデール『人にはススメられない仕事』を収穫。タニス・リーの在庫切れ数冊も、マキャモン『狼の時』も存在している。夕暮れ時の裏通り。思えば、都会で一番美しい時間なのではないか。夜も更け、さらに朝になるまでには放埒の残滓と腐敗が堆積されるに違いないからだ。ともあれ今は黄金の時間。ネオンがさしでがましくなく輝きはじめる。すし店の裏口あたり、ほどよく酢飯のにほひが漂う。DUNSKのウィンドウで、北欧の空を思わせる青の食器を愛でる。やがて、明治屋に着き、散策の時間は終わる。
帰社後は、行ったこともないリゾートのコピーを乱打し、土曜休日宣言をして撤収。よれよれの師匠に追い付き集団下校。乗り継ぎ時間を見誤ったか、地下から通称〈電車を呼ぶ風〉が吹き上げてくるではないか。マジかよ! コーナーでふくらみつつも駆け込み乗車に成功。当然座れないわけで、各自毒書の時間に突入する。辞典をはじめから順序通りに読むのもなかなかマヌケなことだが、まあそれもよし。ひたすら無為な時間を求める週末がやってくる。

2002/03/14-9364
地球はグラスのふちを回る 開高健 新潮文庫 1981年11月25日発行
   毒毒度:2
“いまの人たちがうまいと思う味がそのものの実の味なのである。それが、ものの味というものの、地上における、いつもの真理なのだと思う。文学作品と、ものの味とは、その点でちょっと基本的に相違するところである”
“釣りをしている時は外からは静かに見えるけど、実は妄想のまっただ中にあるわけよ。このとき考えてることといえば、原稿料のこと、〆切り日のこと、編集者のあの顔この顔、それからもっと淫猥、下劣、非道、残忍。もうホントに地獄の釜みたいに頭の中煮えたぎってる。それが釣れたとなったら一瞬に消えて、清々しい虚無がたちこめる”

男の本質、旅の本質は「漂えど、沈まず」だそうな。世界の酒にはじまり、釣り、食、快楽。創造。ニューヨークの混沌で、ひとたびが終わる。

2002/03/12-9365
プラドで見た夢 神吉敬三 中公文庫 2002年2月25日初版発行
   毒毒度:1
“人間の価値は、美、富、力などにあるのではなく、より深遠な、より感動的な、そして悲しく悲劇的でさえある存在するという事実そのものにある”(ベラスケス)

電車の中吊りで、プラド美術館展を知る。数日後、書店に本が並んだ。プラド、そしてスペイン美術といえば神吉敬三である。通称「国連ビル」での講議は忘れられない。他学科の講議がかなりの割合で専門科目として認められる学科に属していた私は、新聞学科とイスパニア語科に深く潜入した。まず、ベラスケスの絵画の凄さを教えられた。どんな人間でも、存在することに価値があるという考え方。かのアルハンブラ宮殿、ライオンの中庭に一番似合う音楽はラヴェルだという言葉も印象深い。先生の姿を最後に拝見したのはNHKのテレビ番組であった。映し出されていたのは、エル・グレコの巨大な祭壇画の復元である。急逝されたが、その復元は鳴門の大塚美術館にて観ることができる。鳴門とスペイン。訪ねたい処である。

2002/03/11-9366
午後は女王陛下の紅茶を 出口保夫 中公文庫 1996年9月18日発行
   毒毒度:2
イギリス食物誌、特にお茶に関してはこの人である。本格的なイギリス紅茶にこだわる。少々マナーにうるさいけれども、ルールを守ってこそスポーツが楽しいのと一緒、耳を傾けるのに損はない。あああ、濃いめのアッサムにたっぷりミルクを入れて飲みたい。

2002/03/10-9367
日輪の果て(下) ロバート・ゴダード
成川裕子 訳
文春文庫 1999年4月10日第1刷
   毒毒度:1
“人生がそもそもフェアじゃないんだよ。そうだろう? 死もしかり。きみは待つべきだったよ、アイリス。本当に待つべきだった”

34年前の情事で息子デイヴィッドが誕生していたとは。そして天才数学者として将来を嘱望されながら、今は昏睡状態にあるとは。過度のインシュリン摂取、自殺か、事故か、殺人か。デイヴィッドの、高次元についての研究と、彼が解雇されたばかりのグローブスコープ社との関連は? グローブスコープ社研究員の相次ぐ不審な死。デイヴィッドの母親アイリスに、帰るまでは生命維持装置をはずさないと誓わせ、ハリーはコペンハーゲンへ、そしてワシントンへ謎を追う。
ええい、明日にするつもりが毒破してしまった。止められないゴダード。天才数学者、天才魔術師、ハリウッド女優。主人公以外の華やかなキャラや巻き込まれ型の展開は、D・ハンドラーのホーギー&ルルシリーズ中年版といったところか。前作『蒼穹のかなたへ』の登場人物も姿を見せ、しかも重要な役まわりだったりして。前作にも増して粋?なラスト。

2002/03/10-9368
1001 Nights 天野喜孝 角川文庫 1999年4月25日初版発行
   毒毒度:0
アニメのヴィジュアル・ブック。さすがに文庫では絵が小さすぎ。独特のタッチがこれではマイナス。

2002/03/10-9369
日輪の果て(上) ロバート・ゴダード
成川裕子 訳
文春文庫 1999年4月10日第1刷
   毒毒度:1
“子供がどんなふうに育つか。どんな人間になるのかってことですよ。慰めになることもあるでしょうけど、それと同じくらい悩みの種になるということも多いと思いますよ”

自分に息子がいる? そして今は昏睡状態で回復の見込みはない。数十年前のあの夏の昼下がり、ひと夏の情事が…。久々ゴダード。ゴダードを書かれた順にという法則は無視し、さらにハリー・バーネットのシリーズなので気楽に読むこととする。しかしそうはいってもゴダードだから、やきもきさせてくれる。だいたい、前作の中のひとつのエピソード、たった3行のエピソードが、この作品で重要な意味を持つなど、一体誰が想像し得ただろうか。おそるべし。

2002/03/09-9370
白馬の王子 タニス・リー
井辻朱美 訳
ハヤカワ文庫FT 1983年1月31日発行
1987年10月31日6 刷
   毒毒度:-2
“行きたくなかった。行かなくてすむのならなんでもするつもりだった…だがやはり行かねばならない。とどのつまりはそうなのだ”
“でもぼくは--つまり、その半分くらいは、ばからしいまちがいや偶然に救われるか、だれかが何かすることによって切りぬけてきたんです--ぼくがやったんじゃない”

自らの名を知らず、目的地もわからぬまま、話せるのに話せないと言い張る馬(実はライオン)にまたがり旅を続けている王子。骨の城やら魔女やら竜やらを打ち負かすうちに、〈森のチャンピオン〉赤のゲマントが道連れとなった。面倒なことに巻き込まれたくはないのだが、どうも巻き込まれる運命にあるようだし、自分以外の誰もが、自分を〈待たれていた救い主〉などと呼ぶのは一体どーゆーわけさ。ゲマントの妹ゲメルに間抜け呼ばわりされるのも気に入らないしー。ぶつくさいいながら、王子と一行はヌルグレイヴとの死闘へと導かれていくのだった。
耽美浪漫を期待したなら裏切られるが、結構面白い。キャラとしては馬が気に入った。王子は、まさに今どきの若者、今どきの人間そのもの。自分がやらねばという意志がなく、危機感はなく、面倒なことはキライ。でも心地よく暮らしたい。こういう輩をまともに育てるのは本当に大労苦である。ゲメントのように共に闘っても、相手は迷惑だくらいにしか思わないのである。やれやれ。
ドーピングを一旦止めて、夕方は宴会。今さらながら、タケノコ以外の山菜をほとんど食せない「コドモちゃん」であることが露見する。だって自分のアクで十分なんだもの。

2002/03/08-9371
キャンティ物語 野地秩嘉 幻冬舎文庫 1997年8月25日初版発行
   毒毒度:2
“幸雄は見栄っぱりで格好をつけるキャンティ族だから死んだんだ。『キャンティ』に出入りするような人種じゃなかったら死ななかったんだ”(生沢徹)
“幸雄が死んだ後、みんな変わった。男の子達は幸雄が死んだ時から大人になった。あんまり一緒にいなくなったし、それぞれの仕事に打ち込むようになった。そしてそれからずっと頑張ってきた。ずっと、ずっと頑張ってきた。私達女の子も変わった。でも女の子達が本当に大人になったのは、もう少し後かもしれない。女の子達は、タンタンが死んだ時から本当の大人になっていった”(松田和子)

1969年2月13日、鎌倉山での通夜。レーサー・サチオ=福澤幸雄、享年25歳。袋井はヤマハテストコースにてトヨタ7をテスト走行中の事故死である。幸雄の通夜に出席したレーサーの生沢徹が、キャンティ族の見栄や気取りに腹をたてる場面から、本書は幕を開ける。
先週の日曜日、風邪の自然治癒を断念、ドーピングに突入するべくせき止シロップを購入、ついでにBOOK-OFFへ立ち寄った。タニス・リーも含め、今にして思えばなかなかの収穫。1ページ目に生沢徹の名を見て迷わず購入した一冊は、伝説のレストラン『キャンティ』を開業した川添浩史・梶子夫妻と、キャンティに集い、粋な大人に成長していった当時の若者達の物語。ああこんな人も、そしてこんなエピソードもと驚かされる。本物の(そして最後の)パトロンとパトロネを思う。もうすぐ桜の季節。幸雄の死でレースから手をひいたトヨタは、今年ついにF1参戦、さい先のよいスタートを切った。

2002/03/07-9372
パラディスの秘録
幻獣の書
タニス・リー
浅羽莢子 訳
角川ホラー文庫 1996年4月26日初版発行
   毒毒度:4
“東のかた、都の高みや窪みの上では、空の黒が抜け落ちかけていた。闇を好む地獄の眷属は地下に吸いこまれているはず。”

この出版社のこのシリーズには正直言ってあまり期待していない。とはいえ小林泰三は別、あとは稀少なマキャモンとピーター・ストラウブの「ココ」は他では読めないから別…このくらいあれば実は満足していると言えるのか。最近私の言うところの「普通」はかなり程度が高いと言われたのはまあおいておくとして。
どっこい面白い。『闇の公子』をより残酷に、よりエロティックに。死女が語る悲劇の婚姻、パラディスの都を恐怖に陥れる幻獣、呪われた血筋は遠くローマにまで遡る…物語はエメラルドの緑から紫へ、からみついてはほぐされて再びエメラルドへ還る。訳文の文体はかなり好み。

2002/03/06-9373
ことわざ悪魔の辞典 別役 実 ちくま文庫 2000年10月10日第1刷発行
   毒毒度:0
ことわざ新解釈。辞典を編もうという試みには、なかなかそそられるものがある。私もビアーズ版「悪魔の辞典」に遠く及ばずとも一度は試みた者であることだし(一番左の部屋にてTUNE UP PRESS第42号・46号参照、ためになりすぎたところが失敗作といわれる)。別役版には、正直なところ、あまりなじめない。少々強引すぎるような気がする。芝居の世界にある「別役」ということばについての解説はちょっと面白かったけれども。「別なところから来た者」つまりエイリアンね。なるほどね。

2002/03/04-9374
地上から消えた動物 ロバート・シルヴァーバーグ
佐藤高子 訳
ハヤカワ文庫NF 1983年4月30日第1刷
1997年4月15日12 刷
   毒毒度:2
“われわれは、この世界を分かち合うべき生きものたちの管理人としては、はなはだ無能だった”
“一つの種について成長期があり、これに成熟期がつづき、そのあとに死があるのだ。万物は刻々と変化する。あらゆるものは常に流動的であり、種は個体と同様、推移していく”
“ヒース・ヘンを見舞ったのは、死以上のもの、というよりか、むしろ種類の異る死ともいうべきものであった。この鳥には、生存者もなく、未来もなく、またこの鳥と同じものが自然によって再創造されるなどということもない”

絶滅。最大級の終息。SF作家であり、アンソロジストとして知られるロバート・シルヴァーバーグが著したノンフィクション。大きくて美しいものを滅ぼすことにかけては天才的(by ブラッドベリ)な人類は、ドードーを滅ぼし、オオウミガラスを滅ぼし、リョコウバトを、ヒース・ヘンを滅ぼした。なかでもオオウミガラスの場合は科学の名の下に人間がどれだけ愚かになれるかという悲劇的な、このうえなく皮肉な例となっている。各博物館が、絶滅寸前のオオウミガラスを保護下に置くのではなく、その標本を金に糸目をつけず求めたために、完全に、未来永劫この種を見られないという事態に陥ったのである。

2002/03/02-9375
故郷への苦き想い D・ウィルツ
汀 一弘 訳
扶桑社ミステリー文庫 2001年12月30日第1刷
   毒毒度:1
“おまえたちの何人がまた怯えただろうか、とビリーは考えた。おまえたちの何人がくそまみれになって、わが身を守るためにパートナーの体ごしに銃弾を発射しながら、動転のあまりに子供に退行して慈悲を求めただろうか? ビリーが気にかけているのは、同じようにしたと思われる男たちではなかった。そうしないと思われる男たちだった。真に勇気を持った男の何人がここにいて、おれを侮り見下しているのだろう? ビリーはその答えとしてポスナーのかん高い笑い声を聞いた。ひとり残らずだよ、ビリー坊や。おまえ以外みんなさ”

元・合衆国シークレット・サービス捜査官ビリー・ツリーが故郷フォールズ・シティへ帰還した。勲章と足の傷と心に大きな傷を負って。ところが故郷では高校狙撃事件が発生、昔から気になっていた女性が巻き込まれたことで、ビリーは事件解決にかかわらざるを得なくなる…。
ウィルツ作品といえばFBI捜査官ジョン・ベッカー、サイコもののバブル崩壊以後も生き残っている魅力的な主人公がおなじみである。ベッカーシリーズを手がける前、元FBI捜査官ピート・ケッターが故郷で事件に巻き込まれる『わが故郷に殺人鬼』を発表しているのだが、今回のまさにこれは同じテーマ、同じ展開。今さらどうして?と読んでみて、さらにテーマは重くなっていたにもかかわらず、今さらこんなことぐらいでは絶望できない人間になっている。どうしたもんか。
誕生日だが、具合が悪く、おまけに仕事である。週のはじめにおちていた食欲が少し戻ったので、場外で築地名物の雑煮を食する。「雑煮・珈琲」という看板がインパクトあり。

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