| 2002/04/30-9334 | 
								
									| 木馬がのった白い船 | 立原えりか | 講談社文庫 | 1988年10月15日第1刷発行 | 
											   毒毒度:-2 | 
								
									| “星へいって、おとうさんはしあわせですか?” 子供の時分、この人の『小さい妖精の小さいギター』という本を買ってもらった。気に入っていたので実は今も持っている。人間のたまごだった時代に市ヶ谷の「マリカ」のコンサートで、「星へいったピエロ」の朗読をしたことがある。文庫化されたこの作品集のほとんどがかつて読んだ本に収録されている。3歳の頃友達の家のテレビで「小島の春」という映画を見て大泣きした事件が一例となるように、私は、ここにいるべき誰かがどこかよそに行ってしまうという話に非常に弱い。そして、「木馬がのった白い船」にしても「星へいったピエロ」「ばら色の空」にしても泣ける条件は十分すぎるほどなのだ。通勤で読むには危険すぎる。 | 
							
							
								
									| 2002/04/29-9335 | 
								
									| ココ(下) | ピーター・ストラウブ 山本光伸 訳
 | 角川ホラー文庫 | 1993年4月24日初版発行 | 
											   毒毒度:4 | 
								
									| “少女を見た後、おれはすべてを見なければならなかった--それからおれは物語を追いかけなければならなかった。もう向こうから来てくれることはないだろう。あんたは自分から来てくれた、コナーもそうだ、だが物語は違う。おれが待っていたのはあんたが現れることなのか、ココなのか、おれにもわからない、だが確かにおれは待っていたんだ” “おまえは帰ってきた。なし遂げられなかったものや、おまえを非難するもののところへ、悪意をもって成されたもののところへ、口からおまえに唾を吐きかけ、行なわれるべきではなかったのに行なわれてしまったもののところへ、板と皮ひもと煉瓦を伴って思い出されるもののところへ”
 殺されたジャーナリストたちはすべてあのイアックにいた人物だった。作家ティム・アンダーヒルを捜し出し、ニューヨークへ連れて帰ろうとしていたプールとコナーは、ニューヨークに残っていたプーモがココの犠牲者となったことを知らされる。一体誰がココなのか? ティム・アンダーヒルではないとしたら、行方不明のヴィクター・スピルタニーがココなのか? 行動を別にしたハリー・ビーヴァーズなのか? プールとアンダーヒル、そして殺されたプーモの恋人マギーは、殺人鬼のルーツを求めてミルウォーキーへと飛ぶ。その頃、都会というジャングルでは、殺しあいが始まろうとしていた…。キリング・ボックスへようこそ。闇は悪魔のケツの穴さ。 | 
							
							
								
									| 2002/04/24-9336 | 
								
									| ココ(上) | ピーター・ストラウブ 山本光伸 訳
 | 角川ホラー文庫 | 1993年4月24日初版発行 | 
											   毒毒度:3 | 
								
									| “善があると思っているなら、善について考えたことがある人間なら、今これから起こることが善だ。目を覚ませ” “何も言いたくないなら、それもよかろう。悪魔はいろんな形でやって来るんだよ”
 悪魔がやってきた。シンガポールで、バンコクでの残忍な連続殺人。ココと名乗る悪魔が、ベトナムのあのイアックから、関係者を殺しにやってくる…。ベトナムものホラーの中で、短編はマキャモン「夜襲部隊(あるいはミミズ小隊)」長編はこの『ココ』が一番に名を挙げられることが多い。かつてアンソロジー『カッテイング・エッジ』(新潮文庫)で「ブルー・ローズ」を読み、この続きを…と思いつつ約10年が経過した。「ブルー・ローズ」はある少年が犯した殺人の話だが、ラストでは、成長した主人公が軍法会議で無罪となったこと、「どうやって死がやってくるか」について語った戦地からの手紙が掲げられていた。『ココ』はそれを引き継いだ長編で、悪魔がどんな形で死をもたらすかを描いている。しかもややこしいことに、実は『ココ』の登場人物ティム・アンダーヒルという作家が戦友と同じ名を持つ少年を主人公に「ブルー・ローズ」を書いたことになっている。「ブルー・ローズ」はそれではアンダーヒルの想像上だけの物語なのか? 誰がココなのかを探る上でこれは相当に混乱させられる。
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									| 2002/04/22-9337 | 
								
									| 怪奇クラブ | アーサー・マッケン 平井呈一 訳
 | 創元推理文庫 | 1970年6月26日初版 2001年11月2日22版
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											   毒毒度:-1 | 
								
									| “われわれ人間はね、恐怖にみちた神の力と神秘のなかにいるんだ” (黒い石印) 『指輪物語』がもてはやされているが、マッケンの作品で妖精は悪である。真の姿は邪悪であるのだが、あまりにも邪悪であるがゆえに、逆に人間はひたすら美化しようとしたのだ。ロンドンをぷらぷらしているとこんなに奇妙な話がたくさん拾えたということか。「黒い石印」と「白い粉薬のはなし」以外は古さが邪魔してちょいと退屈。 | 
							
							
								
									| 2002/04/20-9338 | 
								
									| SFの殿堂 遥かなる地平2 | ロバート・シルヴァーバーグ編 酒井昭伸・他 訳
 | ハヤカワ文庫SF | 2000年9月30日発行 | 
											   毒毒度:3 | 
								
									| “死は十六本脚でやってきた” (『銀河の中心』シリーズ「無限への渇望」…グレゴリイ・ベンフォード) 人気作家のSF人気シリーズの続編あるいは枝編集。実は収録作品のうち『ハイペリオン』シリーズ以外は本編を一切読んでいないという状況。しかも解説には『ハイペリオン』4部作を毒了後が望ましいと書かれている。見てはいけないとなれば見たくなる。読むなと言われたら読みたくなるではないか。かの『エンディミオンの覚醒』の数百年後の物語「ヘリックスの孤児」収録、そしてダン・シモンズ自身による、4部作通しの完璧なあらすじ付き。もちろん4作目の部分は飛ばして読んだのは言うまでもなく、つまりは毒了ではないのだった。 | 
							
							
								
									| 2002/04/17-9339 | 
								
									| わが目の悪魔 | ルース・レンデル 深町眞理子 訳
 | 角川文庫 | 1983年6月20日初版発行 1996年2月20日14版発行
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											   毒毒度:1 | 
								
									| “通路を抜けて家の正面へ、蹌踉と彼は歩いていった。そして右へ曲がって、芝生を横切り、玄関前の階段の最下段に足をかけた。もしもそこで立ち止まり、ふりかえりさえしなかったら、これまで同様の経験をしてきた先人たちとおなじに、彼も無事でいられただろう。だが闇が大きな口をあけて、彼を呼んでいた。その暗黒のあぎとは彼をのみこみ、街路は彼を受けいれて、さながら毒薬の一しずくのように、その動脈の隅々まで送りこんだのだった” 下の階に引っ越してきた男が気になる。名字が同じで、名前もイニシャルだけだと区別がつかない。最初はささいなことから、しだいにいらいらさせられていく。そして自分の秘密を知られ、相手の秘密を知ったことで、事件が…。意地悪で、巧い。サイコもの100冊の常連、レンデルの長編は久しぶり。サスペンスというのはスレ違い、ちょっとした勘違いで成り立っている。 | 
							
							
								
									| 2002/04/15-9340 | 
								
									| ひるの幻 よるの夢 | 小池真理子 | 文春文庫 | 2002年4月10日第1刷 | 
											   毒毒度:2 | 
								
									| “安息と静けさ、忘我の象徴である腕…。また別の腕を探さなければ、と頼子は思った。刻一刻、死に向かっていく人の営みにも似て、自分が腕を探すのもまた、老いに向かう自分の生の営みであるに違いないのだから” プラトニックとエロティック。昼と夜。美と醜。若さと老いと。男と女。決してジェットコースターのような展開ではない。和服の似合う、日本的な、まったりした空間で、男女のすれ違い、あるいは情の絡み合い。どこか熱っぽさを孕んだ、燠火のような小説群である。
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									| 2002/04/14-9341 | 
								
									| 牙--江夏豊とその時代 | 後藤正治 | 講談社 | 2002年2月1日第1刷発行 | 
											   毒毒度:3 | 
								
									| “ただ、投げ、打ち、走る。それが野球だった。もっと速く、もっと遠くへ--。それを見たいがためにわれわれは球場に足を運んだ” “単純で、むき出しで、けれども胸踊る、熱いもの。常に過去に幻を見る感傷をかぶせていえば、それが、かつて野球を包んでいた情景だった”
 “1イニング三者三振二十回、二桁奪三振二十試合、二十三イニング連続三振…。文字通り、当たるものをなぎ倒しながら若者は疾走していた”
 “「野球ほど人間の出るものはない。だから見ているだけでいろいろ楽しめるんです。それに、僕は別に最高レベルの野球だけが好きなわけじゃない。」”
 題名がいい。虎がもっとも虎だった時代、宿敵巨人に剥く牙の鮮烈さ。1968年、最も光芒まぶしいシーズン。甲子園での対巨人4連戦のうち2試合に登板して完投する。江夏渾身のストレートをフルスイングする王貞治。シーズン奪三振新記録達成のシーンだ。大投手ジーン・バッキーの選手生命を断った大乱闘、江夏もスパイクでの切り傷だらけになりながら、翌日は完封していた。棺桶に入れるユニフォームは一枚だけ。それは縦じまのユニフォーム。背番号は28。野球の虫、寂しがりやの一匹狼。投手と打者との一騎討ち。江夏と、この時代の美しさよ。
 2002年。星野仙一率いる阪神タイガースが強い。両リーグ合わせて10勝一番乗りなのである。虎キチもそうでないものも心騒ぐシーズン。今後の展開やいかに。
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									| 2002/04/14-9342 | 
								
									| 後日の話 | 河野多恵子 | 文春文庫 | 2002年4月15日発行 | 
											   毒毒度:1 | 
								
									| “異例中の異例であるとは分っていても、結婚生活では何が起こるか分ったものではない。夫というものは、いつ何時、何を思いつくか、何を仕出かすか、全く知れたものではない” “露な帆桁を逞しく見せて港を出て行く船たちを彼方に見ながら、エレナは不意に人生の呼び声を聞いた。呼びかけられたとも、呼びかけたともつかぬ、人生の呼び声が一時尾を曵いて聞こえたのであった”
 “--十年の間には、法螺貝の美味しさを初めて知りもしたのだった”
 17世紀のイタリア、海に面した小都市。思いがけない事件を引き起こし死刑囚となった夫に最後の面会をしたエレナは、突然夫ジャコモに鼻を噛みちぎられた。そもそも娘時代から何とはなく人目を惹き、彼女にその気がなくとも、そして鼻を噛みちぎられてさえも男が放ってかないような女性であった。物語は「その後の」エレナの人生を静かに綴っている。しかしある場面、ある言葉のはしにどことなくエレナのようにふとなまめかしい瞬間がある。 | 
							
							
								
									| 2002/04/11-9343 | 
								
									| 劫火(ごうか) グイン・サーガ第84巻
 | 栗本薫 | ハヤカワ文庫JA | 2002年4月15日発行 | 
											   毒毒度:1 | 
								
									| “そうだわ……あの人は毒……あの人は誰もかれも変えてしまう……ヴァレリウスだって、昔はあんな男ではなかった” “孤独も、他のふつうの女ならふるえあがりそうな誰もいない山中も、もしかしたらしのびよってくるかもしれない怪異ももう、ちっとも怖くはない。ただ、《人間》だけが煩わしく、鬱陶しい”
 スカールと闘い傷ついたイシュトヴァーンを、ヤンダル・ゾックの魔手がとらえた。突然アルド・ナリスのいるマルガ急襲を宣言するイシュトヴァーン。この企てを山中で偶然知ったリギアは、捨てたはずのナリスとパロを救うべく、マルガへと奔る。サラミスにいるグインの元へリンダとヴァレリウスを使者として旅立たせたアルド・ナリスは、死期を感じて最後の手紙をしたためはじめた。嵐の前、嵐の後。死ぬしぬと騒がれながらも生きてきたアルド・ナリスいよいよ生命の灯火尽きるのか?来年早々に90巻を超えんとするシリーズ84巻目。外伝とあわせるとちょうど100冊。グイン、イシュトヴァーン、アルド・ナリス、リンダ、レムス、スカール、アル・ディーン(マリウス)、リギア…主要登場人物たちがかつてないほど至近にいる。いよいよ100巻めざして絶好調。
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									| 2002/04/10-9344 | 
								
									| マイン(下) | ロバート・R・マキャモン 二宮 馨 訳
 | 文春文庫 | 1995年2月10日第1刷 | 
											   毒毒度:3 | 
								
									| “それは単に希望を失くした者の顔ではなかった。訴えているのでもなく、弱さを映し出しているのでもない。彼がそこに見たのは、捨て身になった人間の決意と、火を噴くような怒りだった” 遠くまで行かなくてはならない木曜日の子供…。鼻を折られても、小指を失っても、犯罪者となり下がっても、必死の追跡を続けるローラ。子供を傷つけたくないという理由で、メアリーのもと同士ディーディーがローラの道連れとなってくれる。メアリーを敵と付け狙う元捜査官アール・ヴァン・ダイヴァーは気概のある男登場かとも思わせたが、ローラのBMWとともにあえなく撃沈。いきつく先はローラとメアリー2人だけの死闘であった…。逃げるのも女、追うのも女。夫であれFBIであれ男は脇役ですらない。女、母性の物語、実に凄まじいロードノベルである。こうして超自然的なものが排除されているからこそホラー。最初に短編で目にしたときからマキャモンには注目していたのだが、長篇解禁直後『スティンガー』『奴らは渇いている』『アッシャー家の弔鐘』を一気に読んで虜になった。その割には『少年時代』を読んだのは昨年で、『ミステリーウォーク』と『スワン・ソング』は未毒。実はいつでも読めるつもりでいたのだが、休筆してからというものだんだん危機を感じるようになっている。今では作家活動をやめたとすらいわれ、絶版化もすすむ。嗚呼。
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									| 2002/04/09-9345 | 
								
									| マイン(上) | ロバート・R・マキャモン 二宮 馨 訳
 | 文春文庫 | 1995年2月10日第1刷 | 
											   毒毒度:3 | 
								
									| “彼らはあらゆるものを、あらゆる人間を憎み、世界をばらばらにして自分たちの思いどおりに再構築させようと考えた。やつらは憎悪を食って生きていた、昼も夜も。” 女がいた。身長6フィート、もとヒッピー、そして狂暴なテロリストの一味。仮面をかなぐり捨て、隣人を殺し、FBIに一泡ふかせ、かつての愛人ロード・ジャックに捧げるべく、他人の赤ん坊を奪う女メアリー。一方なに一つ不自由のない暮らしだったのに、臨月になって夫の浮気を知らされたばかりか、生まれたばかりの赤ん坊ディヴィッドを盗まれてしまうローラ。悲しみと怒りがローラを追跡者へと変えてゆく。 | 
							
							
								
									| 2002/04/07-9346 | 
								
									| 十三の無気味な物語 | ハンス・ヘニー・ヤーン 種村季弘 訳
 | 白水uブックス | 1984年5月20日第1刷発行 1998年12月15日第7刷発行
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											   毒毒度:2 | 
								
									| “「これは崇高なことなのだよ」と父さんが言う、「どの時にもそれぞれの値うちがあって、その誉れが告げられなければ、どの時も終わらないということは。わたしはもうどれだけの時を聞いてきたことだろう!」 ”(時計職人) “人間の魂は永遠の生命をもつ。獣の魂の肉体とひとしく腐敗する。また獣の肉体とひとしくこれをむさぼり食うことができる” (サーサーン王朝の王者)
 “獣は死を知りません、いずれにせよ死ぬことは知りません。わたしたち人間だけが呪われているのです”(家令を選ぶとき)
 毒書といえば白水社。マンディアルグの作品群しかり。ハンス・ヘニー・ヤーンというなじみのない作家も、どうやらこのシリーズならでは。謎の大作家。祖父は時計職人。自身もオルガン製作者・奏者として知られる。近親相姦、馬への偏愛などの背徳的なテーマにより「猥褻の予言者」と呼ばれる。が、一方で反戦を掲げ亡命までする。しかも信仰結社ウグリノ所属という。桜が終わったと思うとすでに躑躅である。4月だというのに夏日だという。そうはいっても深夜にふくちゃんラーメンをめざす晴海通りには風ふきすさぶ。咳き込むと血のごとき味。鼻のかみすぎで毛細血管が切れている。結局この2カ月ほど病んでいるわけで、どうやらツケがまわってきたようだ。週末はそれでも筍の初掘り。
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									| 2002/04/03-9347 | 
								
									| 旅のモザイク | 澁澤龍彦 | 河出文庫 | 2002年3月20日初版発行 | 
											   毒毒度:2 | 
								
									| “火蜥蜴(サラマンデル)よ 燃えよ 水妖精(ウンデイーネ)よ うねくれ
 風精(ジルフェ)よ 消えよ
 地精(コボルト)よ いそしめ” (ファウスト博士の四大呪文より)
 トルコ・ブルウの色が見えてくるようだ。出発地はバビロンの架空庭園。ギョエテの旅した南イタリア、千夜一夜の中近東。地水火風を求めて日本列島の旅。寝台特急の旅だったりして時代が感じられるが。 | 
							
							
								
									| 2002/04/02-9348 | 
								
									| 逃げ水半次無用帖 | 久世光彦 | 文春文庫 | 2002年2月10日第1刷 | 
											   毒毒度:3 | 
								
									| “月が翳れば薄闇に滲むように溶け、夜更けの嵐に薄の穂が靡けば、その風に紛れて、振り向きもせずきえていく。そこにいるようで、いないようで、人懐っこく笑っているようで、邪慳なようで” 夜中に独りでわらう子供。不忍池のほとり、闇を拾って歩く男の艶っぽい足の運び…。時代ものミステリー。因果な事件。事件以外に、主人公の生い立ちも謎。虚無の翳…例えば栗本薫『お役者捕物帖』では主人公は美貌の女形だったが、こちらは美貌の絵馬師・半次が主人公。桜吹雪の中で首をくくった母の思い出をひきずっている。武蔵野の逃げ水のように、女が慕えば、つと逃げる。7つの物語が悲しく繋がり、悔いも怨みも嘆きも憂さも、一面の銀世界に癒されていくラストが美しい。 | 
							
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