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仏ヶ浦の夕照〜日没〜翌朝(晴)
青森県下北郡佐井村
06/8/30-31
みちのく最北の景勝地・仏ヶ浦三十景
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今回の東北撮影行を前に、図書館で分厚い東北の風景写真集2巻を見てみました。そこには鳥海山、吾妻・磐梯山等の山岳美、十和田湖・田沢湖等の湖沼美、陸中海岸・松島などの海岸美の中で、一番”行きたい”と思ったのが今回の海崖が侵食で残った、海中からそそり立つ奇岩奇勝の「仏ヶ浦」の景色でした。青森県の右側の半島、斧の形をした下北半島の刃にあたる部分の中間に位置しています。
■「仏ヶ浦」の名前は、明治・大正期に活躍した文人、大町桂月(出身地高知の名所、”桂浜の月”から名前を取っている。なぜか東北地方に足跡が多い)が絶賛し、次の歌を残したところから来ている。桂月はこの地を訪れた際、「神のわざ おにの手造り ほとけのうた 人の世ならぬところなりけり」と詠んだ。
■みちのくの最果てだけに仏ヶ浦は遠い。むつ市のJR大湊線の終点「大湊」から車で、2時間半(海岸沿いR338経由の東北ドライブガイドによった)かかった。後で旅館の主人から、途中の田野沢から県道に入り、川内ダム経由だと1時間半で行ける事を教えられ、帰りはその経路を取った。R338は途中、昭和30年代に自衛隊が作ったというくねくねと曲がった山岳道路がありとても走りつらく、急いでも平均30km位しかスピードを出せなかった。
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■ところで、今回の撮影写真を「仏ヶ浦三十景」としてスライドショーにしてみました。クリックしてご覧ください。
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拡大写真あり、以下すべてにあり。 |
■仏ヶ浦は佐井村の福浦から南に下がった牛滝までの3kmあるが、その中でこの場所から見える仏ヶ浦が一番のハイライトで、海岸に小さな桟橋が設けられ観光船が発着している。
■比較的新しく作られたここ”仏ヶ浦駐車帯”には眼前をさえぎる樹木の上から崖下の海岸美を眺められる木の展望デッキが設けられている。
■しかしここからは海岸へは降りられず、ここから1km南に古くからのパーキングがあり、そこから”熊出没注意”の肝を冷やす看板を見ながら、雑木林の遊歩道を約15分、海岸の崖(ウッドデッキが設けられている)を下って仏ヶ浦に降りることができる。ここが唯一の海岸への降り道となっている(写真なし)。
■観光船(海中公園にもなっておりグラスボートである)で海路から来れるが、停泊時間が短く奇岩の観光に時間があまり取れないようだ。
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■これが上記の展望デッキからの眺めです。全景が一望できます。
■左図は、ここへ到着した午後5時半過ぎの情景で、夕陽がうす雲にさえぎられ弱々しくあたっています。
■右図は翌朝9時頃で、太陽は左の山側から出てくるので、当日朝6時頃訪れた時には全く日が当たっておらず平凡な情景でした。その後午前9時頃には少しずつ岩にも日が差し込んできていました。
□話は前後しますが、現地に到着したその夕方、急いで約1km手前(南)の昔からの駐車場へ引き返し、海岸へ降りることにしました。まず駐車場についてビックリ、「熊出没注意!」の大きな看板があるではないか。この付近にも出るのか?北海道ではよく聞くが・・・、だいぶビビリはじめました。駐車場には車が自分のを含めて(たった)3台、さみしい。
□夕陽に間に合わせるべく、仏ヶ浦のある海岸へ急いで遊歩道を下る。雑木林を通り過ぎた後、海崖の傾斜地には木製のスロープが設けられている。約15分かかって海岸へ着いたら、下左図のようにちょうど日没寸前。そのあと、下中図・下右図のように夕焼けが出てきました。 |

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■左図の2枚が(結果的に)この日の夕焼けハイライトの情景です。左図は観光船の発着する小さな桟橋に続く海岸の遊歩道。右図は海岸へ降りたところにある大きな奇岩(名前があるが不詳)。
■空の赤さより夕焼けを映す海の赤さの方が濃く印象的でした。
■時刻はもう午後6:30は越えていたと思う。私のほか若いカップルが1組来ていたが、もう帰ると言う。私は熊の出そうな帰り道の事を考えると不安になった。でも夕焼けはもっと濃くなるかもしれない、と心細いが1人でもう少しねばってみようという気持ちになった。 |

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■海岸を北側に行ってみた。紀州にある橋杭岩のような柱状列石があった。
■こんな奇岩の景勝地で夕焼けに会えるなんて、幸運だった、と後で思った。現地ではその時いい写真を撮るべくあちこちと徘徊し、そんな感傷、余韻、夕焼けを愛でる余裕はありませんでした。これは不幸かも、もっと一期一会を瞼、心の奥に焼き付けてくればよかったかも・・・。でも写真に焼き付けたお陰でこのように感動を反芻出来るのですが・・・。
■この夕焼けの感動は鹿児島坊津以来のものです。病みつきになります。
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■カップルが帰った後自分1人かと思ったら、もう1人岩場に残っていました(左図)。岩の大きさが分かってもらえたと思います。
■夕焼けはこれ以上濃くならず、漆黒の闇が訪れて来ました(右図)。
■さあ急いで帰ろう、これからがたいへんでした。海崖を上がった後、例の雑木林の中、かなりの暗さです。木の株が熊に見えたりして肝を冷やしました。熊除けに音も立てて歩きました。上り坂でしんどく、汗びっしょりになって(冷や汗もかき)やっと駐車場にたどり着きました。 |
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■宿は現地から一番近い約2km南の旅館を予約した。翌日は快晴、ラッキーだった。早くから目がさめ、午前6時前こ現地へ行ってみたが崖の反対側から陽が登るので、仏ヶ浦の岩にはまだ全く光が当たってなく平凡で写真にならない。一度宿に引き上げ、朝食を取った後8時過ぎに再訪した。
■左図は海岸へ降りたところの大きな岩。
■右図は南側へ行ったところの景色、遠くに見える船が、ここ仏ヶ浦への観光船、グラスボートになっているらしい。
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■左図は、この日訪れた最南端にある切り立った大きな岩(名前不詳)、20mはあると思います。この先にも岩場がありそうでしたが、今回は断念しました。
■中図は岩場の間から眺めたもの。ちょうど青空に白い雲が出ていてフォトジェニックで良かった。
■右図には、上図の観光船で見学に来た人達が写り、岩場の大きさが分かってもらえると思います。
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■このあたり一帯、このような変わった形の大きな岩場が続き、たいへん興味深く見飽きない風景が続きます。時間があれば夕方まで居りたかったのですが・・・。
■この岩場の間は海水がひざくらいまであるので、長靴が必要です。私は最近撮影に海岸へ行くときはいつも長靴を用意して行き、この日も大活躍。観光客は海水で渡れない岩場もどんどん奥まで 探訪する事が出来ました。
■右図は、手前の岩場をシルエットにし、額縁構図で狙ってみました。
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■左図には見にくいですが、黄色のシャツを着た人が1人写っています。
■右図には先ほどの観光客が4〜5人写っています。
■もっともっとここに居たかったのですが、今日の盛りだくさんな訪問予定地を消化すべく、後ろ髪を引かれる思いで、9時半頃現地を離れました。
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■仏ヶ浦の出発が遅くなりました。今晩は陸中海岸、岩手県宮古市の田老町泊り、急がねばなりません。一旦JRの終点大湊まで戻り、そこから10数km北上、比叡山・高野山と共に日本三大霊場に数えられる恐山に向かいました。
■恐山は”姥捨て山”をイメージしていましたが、それは誤解のようでした。そこは天台宗の修験道の霊場になっていました。
■この日は晴れでしたが、恐山に着いた時ちょうど暗雲が上空にかかり、おどろおどろしい恐山のイメージを盛り上げてくれました。
■左図は無限地獄の小高い丘、砂礫が積み上げてあります。この風車はどういう意味で奉納?されているのかは分かりません。
■右図はその頂上にある慈覚大師堂です。境内には恐山温泉もありましたが、時間の関係で入れませんでした。 |
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■下北半島を南下、あの大型タンク群・国の石油備蓄基地のある六ヶ所村に入る付近に電力風車群があった。地図で調べると上北郡野辺地町となっている。
■左図、近くに行ってみると非常に大きなものだ。18mmの広角レンズでも羽根の一部が切れてしまうくらいだ。そばの車を見て大きさを実感して欲しい。
■この地区の風車群、全部は把握できないが、見た限り10基以上あった。この日は晴れで、白い雲をバックに爽やかな風景が見られた。
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以上
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