(遅いな・・・・)時刻は午前1時すぎ。
森ユキは自宅のリビング・ソファで、ひとりぼーっと本を読んでいた。
午後5時頃。
ユキの仕事場に、古代進から電話が掛かってきた。
『はい、秘書課です。』
『ユキか?俺。・・・あのさ、今日早く帰れるって言ったろ。それが急に飲み会になったんだ・・・・』
今、進は地上勤務をしている。二週間の予定で、今日はその最後の日だ。プロジェクトが終わって打ち上げをするという。
『そう。いいわよ。でも、あまり飲みすぎないでね』
『了解』
ユキはニッコリ笑顔で受話器を置いた。
午後10時頃、残業を終え、ユキは自宅に戻ってきた。
「ただいま・・・・」
部屋の中はシーンと静まり返っている。
(と、言っても誰もいないか・・・)
連日の残業で疲れたユキは、誰もいないことをいいことに、服を脱ぎ捨てながら寝室に向かった。
着替えを持って、脱ぎ捨てた服を拾いながらフロ場へ行き、汚れた服を洗濯機に放り込んで浴室に入って行く。
バスタブに湯を張るのはめんどうくさいので、シャワーのみとする。
あついシャワーを全身に浴びると、体の疲れも一緒に流れ落ちていくようだ。
ラフな部屋着に着替えたユキは、キッチンに立ち冷蔵庫からソーダ水を取り出す。
大きめのグラスに氷を入れ、バーボンを入れてバーボンソーダを作る。
よく飲むアルコールはワインが多いが、最近嵌っているのはバーボンソーダ。
ほのかな香と甘味が疲れた体に丁度いい。
グラスを持ってリビング・ソファに座り、テレビのスイッチを押す。
ニュースにチャンネルを合わせ今日一日の出来事をチェックする。
相変わらず政界がさわがしいようだ。
『こんんな地球にするために俺たちは遥か14万8千光年の旅をしてきたんじゃあないんだがなあ』
ニュースを見るたびに、古代君はそういってぼやいている。
一通りニュースをチェックした後、レンタルしてあったDVDを取り出した。
二週間の地上勤務の間、二人で見ようと三本借りてあったが、まだ一本しか見ていない。
返却日が明日に迫っているので、今日一本見ていたほうがいいだろう。
(明日は・・・・きっと二日酔いで映画二本はきついだろうから・・・・)
映画はアクション物とファンタジー物を一本づつ借りてあった。
(古代君はアクション専門ね)
ファンタジー物を見ることにする。
一人の少年が伝説の剣を発見し、船上で知り合った友と共に数々の危機を剣で乗り越えながら、それを聖なる地へ届けるまでの冒険ファンタジー。
ソファーに置いてあったクッションを胸にかかえ、ハラハラ・ドキドキ。
時にはクッションで顔を隠しながら、一人映画の世界へ入っていった。
映画が終了し、時計を見ると午前1時を回っている。
進はまだ帰っていない。
もう少ししたら帰ってくるかなと思い、読みかけの本を手に取った。
活字を目で追っているのだが、さっきから同じところばかり読んでいて、ちっとも先に進んでいない。
(おそいな・・・古代君)
時間が経つにつれて進むのことが気になりはじめた。
本来なら、今夜は休日の前夜ということもあって二人でゆっくり夜を楽しむ予定だった。
進の二週間の地上勤務。・・・・こんなことめったにない。地上勤務と聞いた時
“毎日一緒に通勤できて、夜を過ごせるなんて、夢のようだわ”
と、ユキは喜んだ。
-―――――事実、それは夢に終わってしまった。
進は地上勤務の後、すぐに宇宙に飛び立つことが決まっている。
艦は待ってくれない。
地上でやるべき事はすべて終わらせておかなければならない。
よって必然的に遅くまで残業、あるいは泊り込みといった日々が続いた。
(もう、・・・本来なら今夜は一緒に外食するはずだったのに・・・・)
昨夜も進は本部泊り込みで家に帰ってきていない。
今朝の電話では仕事の目処が立って、今日は早く帰れそうだから外で食べようと言ってくれた。
しかし、夕方の電話で打ち上げが入ったと言う。
それを了承したのはユキ自身だ。ニッコリ微笑んで「いってらっしゃい」と言ったのも、ユキ自身だ。
進が地上に滞在している日数は非常に少ない。
その日数のほとんどをユキと一緒に過ごしてくれる。
防衛軍本部の同僚から
「古代さんと飲みに行きたいんですけど、今度いつ帰ってきます?」
「休日の一日くらい、古代さん貸してくださいよ」
等など、よく言われる。
まだ夫婦じゃないんだから、いちいちユキの了解を得なくてもいい筈なのに、周りの人はそうは思わないようだ。
(古代君も、いつも私とばかりじゃなくて、たまには仕事仲間と飲みにでも行かないと、付き合い悪いって言われちゃあ可哀想だもんね・・・)
そう思うユキと、
(古代君のバカ。早く帰ってくれてもいいじゃない。明日一日だけの休日で、明後日には宇宙なのよ。へろへろに酔っ払って帰ってきたら明日の休日が台無しだわ。)
と、進を非難するユキもいる。
いつも自分だけを見つめていて欲しい
その温かな腕の中にずっと抱かれていたい
ずっとあなたの声が聞いていたい
―――――そう思うのは、わたしのワガママ?―――――
(もし、古代君が酔っ払って帰ってきて、明日二日酔いで起き上がれなかったら?)
その可能性は否定できない。
そう考えたら、なんだか腹が立ってきた。
(もしそうだったら・・・・・どこにも遊びに行けないし、映画も一人で見なくちゃいけない。だいいち・・・・出来ないじゃないの。・・・その次は宇宙だし。)
勝手な想像だが、女とは勝手なものだ。
(二日酔いだったら・・・・どんな罰を与えようかしら?)
ユキは考え始めた。
グラスのバーボンソーダは三杯目になっている。
(二日酔いで、ナメクジになった体の上を、さりげなく踏む)
これは同じ職場の白石さんが教えてくれたけど、彼の鍛えられた肉体には効きそうもないわ
(次は、ユキちゃん特製スペシャルドリンクを10杯飲んでもらう。)
これは凄いけど、10杯も作っているとあの匂いが服についちゃうのよねえ。
(だったら当分ユキちゃんはおあずけ、というのは?)
これも凄いけど、わたしも辛いのでパスね。
(掃除、洗濯、料理すべてやってもらう)
いいけど、洗濯は終わったし、掃除もするほど汚くないし、料理も古代君の料理より外食がいいから、パス。
(やっぱり、“丸一日買物とことんツアー”が一番かな?)
日頃からユキの買い物は疲れるって言ってるしね。
そんなことを考えていると、ユキの瞼が重くなってきた。
寝室へ行く力もなくなり、そのままソファで眠ってしまう。
(・・・・ユキ・・・ユキ・・・。そんなところで眠っているとカゼひくよ・・・。)
肩を揺すられ、優しい声がする。
(・・・だれ?・・・古代君?・・・。)
やっと帰ってきたんだ。
(おかえりなさい)
そう言おうとしたが、体が鉛のように重く、声も出ない。
しばらくすると、体が宙に浮いた。
朝、目が覚めるとユキはベッドの中にいた。
隣には進が眠っている。
(あれっ!?いつのまにベッドに?)
ユキに背を向けて眠っていた進が寝返りを打ってこちらを向いた。
進の目がゆっくり開き、その瞳にユキが映る。
「おはよう、ユキ。」
「おはよう、古代君。何時帰って来たの?」
「う〜ん、三時頃かな?」
「そう?二日酔いある?」
進はベッドの上に上体を起こし、頭を振ってみた。
「いや、大丈夫みたいだよ。」
爽やかな笑顔をユキに向けてくれた。
「それより、君こそ大丈夫なのかい?」
「えっ?何のことかしら?」
進の言う事が理解できない。
「帰ったら、ソファで眠っていて、テーブルの上にあったバーボンが半分以上減っていたぞ。あれ、まだ封を切ったばかりだったろ。」
(なんですって?!)
あわてて飛び起きて、頭を振ってみる。
少しガンガンする。
「どう?」
と、進が聞いてくるので、
「ええ。大丈夫よ・・・」
ニッコリ微笑んで言ったつもりだったが、引きつっていたかもしれない。
(なんてこと!!古代君より私の方が二日酔いになるなんて・・・。)
二人の楽しい?休日は今はじまったばかり・・・・
――――――お・し・ま・い――――――
と、ここで終わらせるのはもったいない作者は、もう少し二人の会話を覗いてみると、
「昨夜のお詫びに、今日は買い物でもどこでも付いて行くよ。」
今まで、進の方から“買い物について行く”なんて言った事がない。
今日だって本当は買い物なんか行きたくない。
今日一日くらい家でのんびりしていたい、というのが進の本音だ。
しかし、ユキがそんなことは許さないだろう。ギャンギャン言われる前に、自分から言って点数稼ぎをしておこう、というわけだ。
普段のユキならば、「やったあー」とか言って買い物に行くところだが、今日のユキは何せ体調が悪い。
「ありがとう。古代君からそう言ってくれて本当にうれしい。でも明日からまた宇宙でしょ。今日は一日ゆっくりお家でのんびりしましょう。」
ユキの思惑を知らない進は、彼女のやさしい言葉に感動している。
(・・・ああ、ユキ。君はなんて優しい女性(ヒト)なんだ!・・・・)
fin