(1)
真っ赤なスポーツカーが、東京シティへ向けてハイウェイを駆けて行く。運転しているのは午後の早い時間に地球に帰還したばかりの、古代進。
前回の休暇の時、“アルバムをユキに見せる” と約束した進は、宇宙港からまっすぐ地下都市の自分の家へ行き、アルバムを持って官舎へ帰るところだ。
“ユキにアルバムを見せる”
何の変哲もないそのことが、進には気が重い。
別に写真の中に女の子がたくさん写っているという訳ではない。
―――――ただ・・・・・。
僕のアルバムと彼女のアルバムの違い・・・・。
僕にはたった11年間の思い出しか詰まっていない。
その薄っぺらいアルバムを開く勇気がない。
開くと、そこには会いたくても会えない、父さん、母さん、級友達が笑っていて、その後にくるどうしようもない脱力感。
僕はもう二度と味わいたくなかった。
遊星爆弾が僕の住む町に落ちた日から数ヶ月間の出来事は、僕にはあまり記憶がない。
それ程父さん、母さんを亡くしたショックは大きかった。悲しみを怒りに変え、宇宙戦士訓練学校への入学が決まった後、僕は一度だけアルバムを開いた事がある。
その時、正常に戻りつつあった僕の心のバランスが崩れ、気が付いた時は病院のベッドで点滴を受けていた。それ以来アルバムを開いた事がない。
アルバムを開いたら・・・・僕はどうなるんだろう?
酷い醜態を晒すんじゃないだろうか。
だが、あれから何年も経ち、精神的にも強くなった。
それに・・・今回はユキがいる。
一人じゃないんだ・・・・だから、大丈夫。
ユキに僕の少年時代のことを話してあげられるはずだ。
(2)
自宅に戻り、アルバムをポンとソファ・テーブルの上に置き、留守電をチェックすると、ユキから6時には仕事が終わると伝言が入っていた。
時計を見ると5時を少しすぎたところ、まだ迎えに行くには時間がある。進は着替えもせずソファに寝転がって目を瞑り、しばらくボーとしていた。
ふと時計を見ると、ユキを迎えに行く時間だと気づいた進は、のそっと立ち上がって着替えると、玄関に向けて歩き出した。
進は今日から休暇だがユキは仕事だ。明日、明後日はユキも休みをもらっている。
防衛軍本部の近くの駐車場に車を止め、いつも待ち合わせに使う本部近くの広場のベンチに腰掛けて、足早に行き交う人々を眺めているとユキが急ぎ足でやって来た。
「お待たせ。待った?」
そう言って微笑んでくれる彼女の笑顔を見ると、さっきまでの鬱とした気持が晴れるようだ。
「いや、そうでもないよ。行こう。」
いつもの行きつけの店で食事をし、帰路につく。
リビングに入ると、ユキの目に飛び込んできたのは、ソファ・テーブルの上にあるアルバムだ。
「あっ!アルバム。取りに行ってきたの?」
「君が見せてって言ってただろう?見るかい?」
「もちろんよ。」
その前に、進から順にお風呂に入ることにした。
ユキが風呂から上がり、髪をタオルで拭きながらリビングに入ると、ソファに座った進が足をテーブルの上に挙げ、腕を組んで天井を見上げている姿が見えた。
その姿はどこか怒っているようで不機嫌そうだった。
さっきまで機嫌よく話していたのにどうしてだかユキにはわからない。
最近、進に内緒で買い物をした覚えはないし、進のお気に入りの食器を割った覚えもない。
第一、進は宇宙勤務から帰ったばかりで、喧嘩するネタもない。
(どうしたのかしら?)
進の様子を伺いながら、ユキはキッチンに向かい冷蔵庫の中から、軽いつまみと飲み物を用意する。
(でも・・・あの表情。どこかで見覚えがあるわ・・・・ヤマトの中?)
不機嫌そうな雰囲気の中にも、どこか寂しげな雰囲気を漂わせているあの姿。
ユキは最近の記憶からたどってみることにした。
二度目のイスカンダルまでの航海の時、白色彗星の時、一回目のイスカンダルまでの航海。
そこで、ユキはハッと思い出した。
――――この雰囲気は、あの時と同じ・・・・・。
あの時、
最初のイスカンダルまでの旅で、ヤマトが地球と最後のお別れ通信をする事になった時、
通信拒否をして艦内をうろうろしている進をようやく捕まえて通信室へ連れていった後、スイッチの操作方法を教えてなかったことに気づいたユキは、通信室を覗いて見るとスクリーンには何も映っていない。
スクリーンの砂嵐を腕組をしてじっと見つめている進を見て、ハッと気づいたのだ。
古代君には家族がいない。一人ぼっちだということを――――――
ユキの目に涙が滲んできた。
(私ってバカ。・・・また古代君を苦しめてしまった。)
ユキのアルバムの中の人々はまだ健在であるが、進のアルバムの中の人はみんな亡くなっている。
楽しい思い出も進にとっては辛い思い出なのだ。
「うっ・・・・」
ユキの涙声に反応した進は、ふっとキッチンの方を見た。
「ユキ?」
「ごめんなさいっ!」
ユキは進に駆け寄り、進の胸に倒れこむように抱きついてきた。
あの時は「ごめんなさい」と言って、両手で顔を覆ってそのまま自分の部屋に駆け込んで一晩中泣いた。
でも、今なら・・・進の腕の中で、進の目を見つめて「ごめんなさい」が言える。
「私、軽く考えてた。私のアルバム見たんだから、今度はあなたのも見せてねって・・・
古代君の気持、ぜんぜん考えていなかった。ごめんなさい。」
「ユキ・・・・」
自分の心の葛藤が態度に出ていた事に気づいた進は、そっとユキを抱きしめながら、
「ごめん。ユキ・・・・。そんなんじゃないよ」
やさしくユキの髪をなでながら、ユキが落ち着くまで抱きしめる。
しばらくして
「落ち着いた?アルバム見る?」
ユキの耳元でやさしく言った。
「えっ!いいの?」
「当たり前だろ。」
進は立ち上がりキッチンへ行くと、さっきユキが用意していたつまみと飲み物を持ってきてテーブルに置くと、ユキの隣に座った。
表紙を開くと、進の誕生から順に整然と並べられている。
そして写真の横には進の両親の手書きによるコメントが書かれてあった。
進への両親の愛情が手に取るようにわかる、そんなアルバムだった。
幼稚園、小学校の各行事の写真。兄の守と一緒の写真も多かった。
(へえぇ。守さん、昔からカッコよかったんだ・・・)
ユキの視線が進の写真より、守の写真にあるのに気づいた進は、
「僕より兄さんの方が気になるんだ。」
目は笑っているが、ちょっと拗ねた感じで言ってみる。
ユキはすぐに気づいて、
「もう、そんなんじゃないわよ。でも、守さんって昔からカッコよかったのねぇ。」
「そうさ。兄さんはスポーツ万能で、頭もいい。兄貴の周りにはいつも取り巻きの女の子がたくさんいて、僕はいつも兄さんの引き立て役さ。」
進がぶすっとした感じで言うのがおかしくて、ユキは笑ってしまった。
「ふふふ・・・。でも古代君も可愛いじゃない。古代君もモテたんでしょ?」
「それはないよ。小さいころの僕はおとなしくて、目立たない少年だったんだから。」
「ほんとう?だったらこの写真の女の子は誰?」
「どれ?」
進が見ると、一人の少女がベッドに腰掛けていて、隣に進が立っている写真だった。
「親戚でも、同じ学年の女の子でもない、古代君より年上の女の子じゃない。年上の彼女?」
「違うよ。彼女はね、川中優香さんといってね、父さんの患者だったんだ。ある時、父さんが彼女の家に往診に行く時にお供させられてね、その時知り合ったんだ。
当時の僕は彼女の病名なんか知らなかったけど、入退院を繰り返していたから重い病気だったと思うよ。
優香さんは外に出られない分本をたくさん読んでいてね、その中でも昆虫に関する知識は豊富な人だった。
当時小学生だった僕は、夏になると虫取り網と籠を持って、虫取りに行っていたけど、そんなに昆虫に興味はなかったんだ。
いつだったか大きな蝶を捕まえてね、それを優香さんに見せたら蝶の事いろいろ教えてくれて、人間が真似できない昆虫の生態の不思議に興味を持つようになった。」
ユキには、目をきらきらさせながら優香さんの話を聞く進の姿が目に浮かぶようだ。
「じゃあ、優香さんが古代君を虫好きにさせた最初の人だったのね。・・・・でも女の子で虫好きってあんまりいないわね。」
「はは・・・そうだね。ユキは毛虫を見ただけで、飛んで逃げるからなあ。」
進はそう言った後、真面目な顔で、
「優香さんはね、こう言ってたよ。
鳥や動物は生まれた時から姿は同じでも、昆虫は違う。例えば蝶は、生まれた時は地を這う人に嫌われる姿でも、何度も姿を変えて最後に美しい姿になる事ができる。
そして、大空を飛ぶ事ができるんだ。
自分も今はベッドの生活でも、いつかは蝶のように外を飛び回る事ができるようになるかもしれない。
そう信じて病気と闘っていくんだって。」
「前向きな素晴らしい人だったのね。」
「そうだよ。病気を苦とせず、自分に与えられた試練だって明るく前向きに生きていく人だった。
残念な事に遊星爆弾が落ちる少し前に亡くなってしまったが・・・・・。」
目を閉じ、彼女の冥福を祈っているような進の姿にユキは複雑な気持がした。
進が他の女性のことをこんなに話すのは初めてかもしれない。
もう会えない人の事だけど、なんとなくその人に焼きもちを妬いてしまう。
「古代君の・・・あこがれの人だったの?」
拗ねたような言い方に、ユキが嫉妬していると気づいた進は、何だかうれしくなった。
「なんだ?妬いているのか。」
「だって、年上のきれいな人で、古代君の虫の先生なのよ。あこがれないはずないじゃない。」
そっぽを向いて話すユキがかわいくて、ユキの肩をぐいっと引き寄せて耳元で囁いた。
「僕の初恋の人はこの中にはいないよ。僕の初恋の人はユキ、君だから・・・・
今までもこれからも君だけを愛している。・・・・僕のアルバムは11歳で止まっているけど、これからは君と二人で、いままでの何倍も何十倍も思い出を作っていこう・・・・・」
ほんのり頬を染めて頷くユキを見て、進はユキの手を引き隣の部屋へ消えていった。
ベッドの上で向き合い、お互いの衣服を脱ぎ去りながら、ユキはこれからの人生、進と二人で歩めるように、進の辛い思い出が少しでも薄れていくように・・・・そう願わずにはいられなかった。
END