(1)
古代進が地上にいる朝は、毎日ユキのおはようのキスから始まる。今朝もキスで始まるはずだったが、ユキはいきなり進の腹の上にドスンと座り込んだ。
「古代君!!海行きましょ。う・み!!」
進の半分眠った脳みそではユキの言葉が理解できない。
「うみぃ〜?」
「そ。今、テレビでビーチ特集やってたの。季節は夏よ。泳ぎに行かなくてどこ行くのよ。」
「う〜ん。いつ?」
「今度のお休みに。それにずーっと前、二人で思い出作ろうって言ってくれたじゃない。」
ユキは進の上に乗ったまましゃべっている。
「休みの日はゆっくり寝たいし、それに思い出作りならここでも出来る。」
そう言ってニヤッと笑った進は、ユキの頭をおさえてチュとキスした。
「もう、そんな写真に撮れないような思い出じゃなくって、健全な思い出!!」
その後の進は、ユキお得意のお願い攻撃にうんざりしてしまった。
「わかったよ。行くからここからどいてくれないか?時計見てみろよ。」
時計を見たユキは出社時間が迫っている事に気付き、あわてて進の上から飛び降りた。
「まあっ!!大変。早く準備しなくちゃ。」
慌てるユキを見ながら、進は「やれやれ」と頭を掻きながらベッドから降りた。
(2)
進は防衛軍本部のカフェテリアで遅い昼食を取っていると、南部と土門がやってきた。進は二人に手を挙げ、彼らはトレーを持って進のテーブルに着いた。
「よう。二人一緒とは珍しいな。」
進は二人に声をかけた。
「でしょう。偶然そこの廊下で会ったんですよ。」
南部が言った。
昼食を食べながらお互いの近況を話し合い、食後のコーヒー(進は紅茶)を飲んでいると、
「古代さん!今週末空いていますか?海行きましょうよ。う・み。」
「うみぃ〜?」
南部の突然の提案に進は驚いた。
「海。いいですねぇ。僕も連れて行ってくださいよ。」
艦長が行くんなら、もちろん班長も行くんですよねぇ。班長の水着姿・・・・・・・・
土門はすでに行く気になって、なにやら独り言を言いニヤついている。
不気味な土門を横目に進は
「なんでいきなり海なんだ?」
「なんでって、季節は夏ですよ。海行かなくてどこ行くんですか?」
くらっとした。
(まったくユキといい、こいつらといい海のことしか頭にないのか?)
進は断る理由を考えていると、
「艦長・・・・・行きたくない感じですね。・・・・・・・まさか班長の水着姿僕達に見せたくないからじゃないでしょうね?」
「なっ!?・・・・・・」
土門の鋭い指摘に進は言葉を失った。
そうなのだ。進が海水浴に行きたくない理由・・・・・・・ただ単にユキの水着姿に集まる男共の視線が気に食わないからだ。
「古代さん。そうなんですか?古代さんはそんな了見の狭い方じゃあないですよねぇ。」
南部がめがねを掛けなおしながら鋭い視線を進に投げかけている。
「あっ、当たり前じゃないか。で、何時にするんだ?」
三人のスケジュールを確認していると、背後から声が掛かった。
「楽しそうね。お・じ・さ・ま。」
三人が一斉に頭を上げると、そこにはサーシャが立っていた。
「サーシャ!!」
驚く三人を無視して、コーヒーを持って進の隣に座った。
「何のお話?・・・・・えっ!今度の休みに海に行くの?あたしも連れて行って。
お父様ったら仕事が忙しいってどこにも連れて行ってくださらないの。ねぇ、おねがい、叔父様ぁ〜。」
ゴロニャーンといった感じのお願いポーズ。
「わかったよ。でもちゃんと兄貴に伝えておくんだぞ。」
「はーい。ありがと。叔父様。」
進の了承を得ると嬉しそうに走り去っていった。
サーシャの水着姿・・・・・・・ぐふふ・・・・・・・
楽しみがまた増えた・・・・・・・と思う、南部と土門であった。
(3)
海水浴当日。浜辺の一角は異様な雰囲気だった。いかつい男性達がそわそわ何かを待っている。
そんな男達は知らんといった感じで、進と南部は缶ビール片手に話をしている。
「結構人数が集まったな。」
進が周りをぐるっと見回して見ると、元ヤマト乗組員が大勢いた。
「俺はてっきり、ユキと南部に土門、サーシャで海水浴に行くのかと思っていたが・・・・・・・なんでこんなに大勢いるんだ?」
進は面白くなさそうだ。
「なんでって、そりゃあみんな目的は一つで・・・・・・」
「目的って・・・・・・・?」
「それはっ・・・・・・・」
南部が答えに困っていると、突然どよめきが起こった
ん?と後ろを振り返ると、ユキとサーシャがビキニの水着姿で立っている。
みんな、えっ!?といった表情で固まってしまった。
固まる事十数秒、なぜかみんなワーッと叫びながら海に飛びこんだ。
海の中から「生きててよかった」とか「仕事を蹴って来た甲斐があった」とか「グラビアクイーンも真っ青ですよ」など歓声と野次を飛ばしている。
何故海の中??と二人が思っていると、
「健全な独身男の悲しい性(さが)って奴ですよ。許してやってください。
それにしても、お二人よくお似合いで。でもユキさん、古代さんがよく許してくれましたね。」
海に飛び込まず、何とか冷静でいられた南部が言った。
さすが第一艦橋勤務。精神的にも鍛えられている。
進はというと、ユキの大胆なビキニ姿に、手にした缶ビールの中身がこぼれているのも気付かずに呆然としていた。
土門も進同様、あこがれの班長の大胆な水着姿に目が釘付けだ。
立ち尽くす進の横を、赤い固まりがさっと通り過ぎ、あっという間にユキをさらって逃げて行ってしまった。
進は、一瞬何が起きたのか解らなかったが、ユキが何者かにさらわれた事だけは理解できた。
(ユキ!!)
逃げた方向を見ると、アナライザーがユキを抱きかかえて逃げている。
「あっ!アナライザー!!」
「あのやろう。なんてことするんだ!」
「あいつにだけいい想いはさせん!!」
そんなこと言いながら、十数名がアナライザー目掛けて走って行った。
一方、アナライザーは、嫌がるユキを抱きかかえながら、
「ユキサン。ユキサントハ、ナガイツキアイデシタガ、モロハダヲミルノハ、ハジメテデス。コウナッタラ、ケッコンシテクダサイ。」
「どーいう精神回路で、ものごとを考えてるの!!アナライザー、おろして!」
「イヤデス。」
「おろしなさいっ!!」
ユキの物凄い剣幕に驚いて、ハッと我に返ったアナライザーはユキをおろした。
とたんに、進、土門を始め数人がアナライザーに飛びついた。
「アナライザー。お前という奴は・・・・」
「一人おいしいことしやがって・・・・・」
「今日という今日は許さん!」
ドカッ・ボキッ・ドスッ
寄ってたかってアナライザーを踏んづけて、砂に埋めているとそこへ真田がやって来た。
「アッ!サナダサン、タスケテクダサイ。ボクコロサレル。」
「殺される?穏やかじゃないな。一体どうしたんだ?」
「どうしたも何も、アナライザーの奴、ユキの水着姿見ていきなりさらって逃げたんですよ。」
進の説明に、真田はフムとユキの方を見た。ユキの水着姿は、黄色を基調にした大きな白い花模様のビキニ姿。
よく古代が許したなと思いながら、
「そうか・・・・・。一度バラバラにして詳しく検査する必要があるかも知れんな。」
すぐにでも分解しそうな真田の態度に、
「ワー!ゴメンナサイ。ユルシテクダサイ。モウシマセン!」
分解されるのが余程いやなのか、さっきまでの強気の態度から一転して低姿勢に出た。
「わかったよ。だがしばらくそこで反省していろ!」
アナライザーは砂に埋められたたまま一人取り残された。
(4)
アナライザーを埋め終わった後、またしてもユキの姿が消えていた。(ユキ!?)
周りを見渡していると、今度はサーシャとユキが数人の男たちに囲まれていた。
「ユキ!!サーシャ!!」
大声で叫ぶと、二人は振り返って、
「こだいく〜ん。ここよっ!」
「おじさま〜っ。きてぇ〜!」
ユキとサーシャが同時に叫ぶと、進は全速力で駆けつけた。
「古代くん・・・・・・・。ビーチバレーやりましょ。」
ガクッ。
大勢の男に女性二人。
円陣になってのビーチバレーは必然的に男たちの目は二人の女性の胸元に集中している。
彼女達がボールを受けるたびに揺れる、胸・むね・ムネ。
ここでも、鼻の下伸ばして「生きてて良かった〜」と実感する彼ら。
そんな男達の視線からユキを隠したい進だが、ここでユキだけを連れ出すと、後で何言われるかわからない、ここはグッと我慢の子でいよう。
やっと一段落し、ユキとサーシャが進に近寄ってきた。
「叔父様。どう?この水着。」
ちょっとセクシーなポーズを取りながら言った。
姪といってもあまり歳の違わないサーシャの見事な姿態にドキッとしながら、
「うん・・・・・。よく似合っているよ。けどその水着、よく兄貴が許したな。」
サーシャの水着は、ブルーの今年流行の三角ビキニ。
「ふふ・・・・・昨日ユキさんと一緒に買いに行ったのよ。お父様に知れたら反対するから何も言ってないわ。ユキさんも水着の事、叔父様に言わなかったでしょう。」
そうなのだ。
俺はてっきり、去年買ったワンピースの水着だと思っていたのに、大胆なビキニ姿で登場してくるとは・・・・・
「ビキニの事黙っててごめんなさい。でもどう?この水着。・・・もしかして怒ってる?」
今ごろ怒ってる?なんて聞かれてもさんざん奴らに見せた後なんだから怒ってもしかたがない。
「いや、怒ってないよ。・・・・・・・よく似合ってるよその水着。」
進は何とか笑顔でそれだけ言えた。
ユキも進が笑顔で答えてくれたのでホッとしたようだ。
三人でビーチパラソルの下で少し休憩し「さあ、泳ごうか。」
と腰を上げると、サーシャは、
「私はもうしばらくここに居るから叔父様達で泳ぎに行ってきて。」
と、気を利かせて言った。
進も「じゃあそうするか。」と悪びれもせず、大きな浮き輪を持ってユキと一緒に海へ向かった。
進とユキが仲良く泳いでいる姿を眺めていると、土門が浮かない顔で歩いていた。
「土門君。」
サーシャが呼び止めると、土門はサーシャの方へ歩いてきた。
「なんですか?」
「浮かない顔してるけど、何かあったの?みんなは?」
まっ、一杯と缶ビールを渡しながらサーシャは聞いた。
「別に何もありませんけど・・・・・・・他の連中はみんなナンパに行きましたよ。
真田さんと南部さんは向こうで飲んでますが・・・・・・」
「土門君は、・・・・・・・ナンパに行かないの?」
「ぼ、ぼくは行きませんよ。それに・・・・・・・班長の水着姿見たら、他の女性はみんな野菜にしか見えませんよ。」
班長一途な彼としては、他の女性なんて眼中にないのだろう。
「ふ〜ん。野菜ねえ。じゃあ私も野菜に見えるんだ。」
サーシャがいたずらっぽく答えると、土門は慌てて、
「サッ、サーシャさんは野菜じゃありませんよ!!艦長の姪御さんだし、それに・・・・班長に似ているし・・・・・・。」
後ろの方は小さい声で言った。
(そうだ。目の前の彼女は班長にとてもよく似ている。あのアナライザーも間違えた事があると聞いた。
本人がダメなら・・・・・)「そっ、そんなことより、サーシャさんは泳がないのですか?」
しどろもどろの土門を見て、
「泳ぎたいけど、・・・・・・泳げないのよ。一緒に泳いで欲しい人は先約が詰まっているし・・・・。」
進とユキが泳いでいる方を眺めながら答えた。一度は諦めた恋だけど、彼の引き締まった体を見ると、またくすぶってきそうだ。
こんなことではいけない、と頭を振って横を見ると、「僕でよければ、教えてあげますよ。」と、土門がニッコリ笑っている。
その笑顔が、どことなく進に似ていたので、思わず土門の顔を見つめた。
(そういえば、土門くんは昔の叔父様によく似ているってみんなが噂していたっけ。
じゃあ、本人がダメなら・・・・・・・。)
「ほんと?じゃあ教えてもらおうかな。」
二人は立ち上がって、海の方へ歩いていると、アナライザーが波打ち際を通って向こうの岩場の方へ向かっている。
「アナライザーだ。」
「何かあるのかしら?行ってみましょ。」
土門とサーシャはアナライザーの跡を付けた。
人気の無い岩場の上では、進とユキが仲良く座っている。
(アナライザーの奴、性懲りもなく今度はのぞきか?)
土門は困った奴だと思いながらも、サーシャと二人、アナライザーから少し離れたところでのぞくことにした。何を話しているかは聞こえないが、とてもいい雰囲気だ。
『ホントにこの水着姿見て、何とも思わなかったの?』
『そりゃあ思ったさ。君の水着姿・・・それもビキニなんて誰にも見せたくないよ。でもさ・・・・・思ったんだ。・・・・・』
『何を?』
照れくさいのか、続きをなかなか言わない進。
『最初は他の男が君に向ける視線が気に食わなかったけど、他の奴らはさ、君の姿を眺めるだけだろう。
でも僕はこうして君に触れることができる。・・・・・・なんだか、僕だけの宝石を見せびらかしている、そんな子供っぽい優越感に浸れて嬉しかったんだ。』
『古代くん・・・・・・。』
肩を抱き合いながら、見つめ合う二人・・・・・・
そんな二人の岩場の影から、にゅーっと手が伸びてきて、ユキのお尻をなでた。
「きゃーっ!」
ぱっと振り向くと、アナライザーの手だけがしゅるしゅると引っ込んでいるところだった。
「アナライザー!!一度ならず、二度までも。今度という今度は許さんっ!!」
「ワーッ。ユルシテクダサイ。ボクガワルインジャナイ。コノテガワルイノデス。」
進とアナライザーの追いかけっこが始まった。
「アナライザーの奴。まったく懲りない奴だな。」
「やっぱり一度、ばらばらにして点検したらどうです?」
「いや。こんな面白いもの取り除いたらつまらん。」
「それもそうですね。」
南部と真田は面白がって見ている。
「アナライザーのバカ。ラブシーン、見逃しちゃったじゃないの。」
残念そうなサーシャに対し、土門は自分たちののぞきがばれなくてよかったと胸を撫で下ろしていた。
もしばれたら・・・・明日の出勤はムリだったかもしれない。
「ねえ、土門君。今度また海に連れて行ってくれる?」
サーシャからのお誘いに二つ返事で答える土門であった。
ユキは・・・・・・
進とアナライザーの追いかけっこを眺めながら、
(古代くん、今度はアナライザーのいない、遠くの海に連れて行ってね・・・・・・)
おしまい