(1)
古代守が防衛軍本部の自分の執務室で仕事をしていると、いきなりドアがバンッといった感じで開いた。顔を上げると、真田志郎が勢いよく部屋に飛び込んできた。
「よう、真田。今日は打ち合わせの予定なんかなかったはずだが」
ちらっと顔を上げて真田を見ると、そのまま書類に目を落とした。
「そんなことじゃない。お前知っているのか?」
机の上に両手を置いて、詰め寄るように言う。
「何を?」
「サーシャのことだよ。」
「サーシャが何かへまでもしたか?」
「そーじゃない、今日の午後サーシャがデートするらしい。」
「ふ〜ん。それがどうかしたのか。」
山積みの書類から目を離さずにしゃべる守に真田は怒りを覚えた。
「どうかしたのかって、お前、心配じゃないのか?」
「サーシャも年頃だ。デートの一つや二つ、おかしくないだろう。」
確かに。・・・・・確かに年齢は二十歳近いお年頃だが・・・・・
「そうかもしれん。だがな、サーシャは生まれてまだ五本の指にもならないんだぞ。
それなのに、もうデートして他の男の物になるなんて・・・・・・」
守は真田の飛躍した考え方にあきれながら、
「たかが一回のデートでそいつの者になるとは限らん。へんな心配するな。」
守の他人事のような態度に真田は机をバンッと叩いて、
「心配するなだって?サーシャは真田澪だ。わずか一年でも俺は親として育てたんだ。
心配してどこが悪い!お前は心配じゃないのか?」
今日のコイツはいつもと違う。最近仕事が行き詰まってろくすっぽ眠っていないと言っていたな。
ここまできたら、「障らぬ神に―――――」というやつだ。
こんな時に逆らったら、あいつの固い義手、義足で殴られて顔の形が変わるかも知れん。なるべく穏やかに、
「心配も何も、いつかは通る道のりだ。ここは温かく見守ってやるのが親ってもんだ。」
それも一理あるが、真田は納得できない。
「だがな、彼女の場合、普通ならまだ幼稚園に通っていてもおかしくないんだぞ。
それなのにデートだなんて・・・・・・・俺はな、一年間で地球の歴史からあらゆる知識を彼女に教えたが、恋愛の知識は教えなかった。・・・・・・だから実の叔父なんかにホレたりしたのかもしれん。
・・・・・・それに恋愛イコール結婚のようなお前たち兄弟を見ていると、一度のデートが年貢の納め時になりそうでイヤなんだ。だから・・・・・・。」
「だからなんだ。」
真田は、有無を言わせない口調で、
「行くぞ。」
「へっ?」
(2)
二人の男がビルの物陰にピタッと張り付いて辺りを窺っている。「おい。本当にこの姿でやるのか?」
全身黒ずくめのサングラスをした男が言った。
「当たり前だ。こうゆう事をする時はこの姿と相場は決まっとる。・・・・・・・ほら、来たぞ。行くぞ。」
もう一人の同じく全身黒ずくめの男が答える。
(お前ともあろう者がどこで知識を仕入れてきたか知らんが、この姿はどうみてもマフィアの格好だ。この服装だと目立ちすぎるんじゃないか。)
そう思うが何しろ相手が「さわらぬ神」状態だ。そんな事言ったら何されるかわからない。
しかたなしに守は真田の後に従うことにする。
ここは、大型ショッピングモールの正面玄関前の広場。サーシャは噴水の前で誰かを待っている。
守と真田はサーシャから見えないように、物陰に潜んで彼女の様子を窺っている。
ほんの2・3分して、サーシャの前に一人の男が現れた。どうやら彼がサーシャのデートの相手らしい。
「なんだ。相手は土門じゃないか。彼なら別に尾行なんかしなくてもいいんじゃないか。」
サーシャのデートの相手を知らなかった守は、相手が土門という事で安心した。
だが真田は、
「土門であろうとなかろうと俺は心配なんだ。だいたい土門はつい最近まで、女っ気のない長期航海に出ていたんだ。
いつオオカミになってもおかしくない状態だぞ。ほら行くぞ。」
「へいへい。」
真田にはもうこれ以上何を言っても無駄だと思い、観念して尾行することにした。
尾行者がいるとは、全く気付かずに土門とサーシャはショッピングセンターの中へ入って行った。
二人はその中に複合されている映画館に入って行く。
もう何の映画を見るのか決めているのか、すぐに切符を購入し売店で飲み物とポップコーンを買って入場口前のスタッフに切符を見せて中に入っていった。
「どうする。中に入って行ったぞ。俺たちも映画観るか?」
ここの映画館は6つの映画を上映しているらしいが、今からの時間だとたぶんこのラブロマンスの映画だろう。
隣のアクションヒーローものなら、ほいほいついていくのだが、このラブロマンスだけはどうもニガテだ。
おまけに女性と観るならまだましだが、むさくるしい男と一緒じゃあ変態と思われるかも知れん。
土門もこの手のジャンルが好きなのか、それともサーシャに付き合って無理やり観るのか知らんが、よく行くもんだ。
「もちろんだ。切符買ったから行くぞ。」
真田が切符を2枚、守に見せながら前を歩く。
(真田よ。お前はどんな顔で、このラブロマンス映画の切符を買ったんだ?)
ドアを開けると、すでに予告が始まっていて室内は暗かったが、金髪のサーシャの髪は薄明かりの中でも目立った。
髪の色を頼りに土門達の席を確かめ、守たちは二人の席よりも2列後ろの席に座った。
単調なラブロマンスかと思ったら、サスペンスありアクションあり、手に汗握るシーンも結構あって面白い。
守は本来の目的も忘れて映画に夢中になって二人の様子なんか見ていなかったが、真田はたまに小声で、「バカ、そんなにくっつくな。」なんて言っている。
(真田。お前の方がホントの父親みたいだな・・・・・・・。)
サーシャに対して、一歩引いてしまう自分がいる。守自身気付いているがどうする事も出来ない。
エンディングが始まる前に席を立ち、彼女達に気付かれないように隠れた。
人の流れに乗って二人が出てきて、そのまま婦人服売場の方へ歩いていった。
あっちへふらふら、こっちへふらふら・・・・・・買いもしないのに見て歩くなんて、どこが面白いんだろう?
進もよく“ユキの買い物はやたら長くて訓練より疲れる”と愚痴をこぼしていたっけ。その気持がよく分かる。
おまけに、前の二人に見つからないように、男二人があっちへこそこそ、こっちへこそこそ隠れているのだから余計疲れる。
こんな挙動不審な行動をとっているものだから周りからは不信がられ、気味悪がられた。
(まるでゴキブリになった気分だな・・・・・)
守は情けない気持で一杯だ。真田は何とも思っていないようで羨ましい。
ある店でサーシャが何やら買って嬉しそうに出てきた。
やれやれ、これでこの場所から脱出できると思っていたのに、まだどこか目当ての店があるようだ。
(おいおい、もう勘弁してくれー。)
叫び声が咽喉まででかかったが、ぐっと言葉を飲み込んだ。
その時、女性の叫び声が聞こえた。
「キャー!泥棒!」
何だ?と声がした方を向いてみると、若い男がバックを抱えてこっちへ向かって走ってくる。
「守っ!」
「おう!」
守は走ってくる男に足払いをかけてその場に倒すと、真田が男の背中に乗って腕を捻じ曲げた。
あざやかな犯人逮捕劇に周りの買い物客が集まってきて、人だかりができた。
サーシャ達が何の騒ぎかと見にきたらヤバイので、犯人を警備の人に渡すと、早々にその場から立ち去った。
(サーシャはどこに?)
ぐるっと回りを見渡したが、見える範囲にはいない。
今は尾行の最中、ショッピング内を堂々と歩いて探すわけにはいかない。
「どうする?これで終わりにするか?」
守としてはこんなくだらない事は、さっさと終わりにしたい。今は絶好の機会だ。
ところが真田は、
「何を言う。こういう時のためにあれがある。」
「あれとは・・・・・・・?」
真田はニヤッと笑った。
ピンポンパンポン――――――
「お客様のお呼び出しを致します。土門竜介様、お連れ様がお待ちです。1階正面玄関前までお越しください。繰り返します―――――――」
(3)
時刻は午後7時30分。今、土門とサーシャは、英雄の丘の下に設けられた縁日の中を歩いている。
今日はお祭りの日。「古きよき時代を懐かしもう」をキャッチフレーズに夜店がずらっと並び、大勢の人が集まっている。
サーシャはさっきのショッピングモールで買った浴衣を着ている。髪もアップにまとめて、いつもより大人っぽく見えた。
大人っぽく見えるだけで、やっている事は子供そのものだ。
金魚すくい、ヨーヨーつり、くじ引き、たこ焼、とうもろこし、いか焼き。
どれもこれもサーシャには初めての経験で楽しそうだ。
人が集まると、どうしても発生するのが迷子だ。
守達の前に、3,4歳くらいの女の子が泣きながら歩いていた。
「おじょうちゃん。どうしたんだい?お母さんはどこ?」
女の子の背の高さに屈んで、守は優しく尋ねた。
「わからないの」
ヒックヒックと泣いている女の子を肩車して、
「よし。おじさんが一緒に探してあげるから、大きな声でママって呼ぶんだぞ。」
真田にサーシャのことは任せ、守は女の子の両親を探す事にした。
守に肩車された女の子は、必死にママを呼ぶ。
守は肩に女の子の心地よい重さを感じながら、あちこち歩いた。
しばらくすると、女の子の両親が駆け寄ってきた。
何度も何度もお礼を言われ、女の子とも手を振って別れた後、守は再びサーシャの後を追った。
「お母さん、見つかってよかったな。」
「・・・ああ・・・。そうだな。」
どことなく元気がない守の返事に真田は訝しがった。
「どうした?元気がないな?」
「ああ・・・・・」
「守らしくないな。いいたいことがあればはっきり言えよ。」
「うん・・・・周りを見てみろ。小さな子供連れの親子がたくさんいるだろう。俺はサーシャを一度もこんな所へ連れてきた事がないんだ。それに肩車もしてあげた事がない。」
(幼児期はお前に預けていたしな。)守は少し自嘲気味に笑った。
「イスカンダルが消滅して、地球に帰ってきたが、サーシャの体質は地球人と大きく違っていて、地球に住めなかった。
それでイカルスでお前に育ててもらう事にしたんだが、あの時、俺も一緒に行けばよかった。」
守の意外な告白に真田は驚いた。いつも強気で、大きな存在感がある守が今は小さく見える。
「どうした?いつもの強気はどこへ行った。」
真田はわざと軽い口調で言った。
「・・・・こう子連れの家族を見ていると、サーシャに対して申し訳なくてな。」
「守・・・・」
「よく、三つ子の魂百までも・・・・・っていうだろう。オギャーと生まれて、三歳までの性格は歳をとっても変わらないそうじゃないか。そんな大切な時期をお前に任せて・・・・・。
俺は何一つサーシャにしてあげられなかった。父親失格だよ。
父親とは名ばかりで、本当の親はお前みたいなもんだな。」
真田はなんと言ってよいか分からなかったが、
「俺は・・・・サーシャに俺の事を『お義父さま』と呼ばせてきたが、実の父親は守だとずっと教えてきた。それに、お前たち親子を見ていると、仲のよい親子にしか写らないぞ。」
真田の言葉に苦笑しながら、
「表面上は仲のよい親子だよ。だが実際は、いきなり年頃の娘と一緒に暮らすことになって、どう接すれば良いか悩んでる、どうしようもない親父だ。」
「守・・・・。」
「でもこの尾行劇のおかげで、サーシャといい親子関係が作れそうだ。感謝してるよ。・・・さあ、堅い話はこれでお終いだ。花火がはじまるぞ。」
守たちはしばらく花火の美しさに見入った。
土門とサーシャは縁日の人ごみの中を縫うように歩いている。
見るものすべてが珍しくて、サーシャは土門に説明してもらいながら屋台を一つずつ見て回った。
花火の時間になると、英雄の丘に登り一番良く花火が見えるところに腰掛けた。
花火が次々と打ち上げられた。大輪の花が咲いた後、ドンと大きな音がする。
花火はつかの間キラキラ空中で輝いた後、無数の流れ星のように地上に降り注いでいる。
花火が上がる度に歓声が上がり、時にはあまりにもすばらしく美しい花火に拍手まで起こっている。
土門は始めのうちは花火が上がる度に、他の人と同じように歓声を上げていたが、だんだん暗い気持になってきた。
花火がパッと上がって散っていく姿が、あいつを思い出させる。
先の戦いで、ボラーの要塞に単身突撃したあいつ・・・・・・敵の砲撃が集中する中を巧みに操縦桿を操って掻い潜り、要塞に突撃した瞬間辺りは光に包まれ、逝ってしまった揚羽・・・・・・・揚羽の魂は今もマザーシャルバートの元にあるのだろうか?
花火の果敢なく切ない美しさは、宇宙の悲しさを思い出させる。
それは、サーシャも同じだった。
初めて花火を見たサーシャは、夜空に大きな花や、蝶、帽子が浮かび物珍しさではしゃいでいたが、じっと花火を見つめていると、暗黒星団帝国が滅ぼされ、新銀河が誕生した時を思い出した。そして何より、母を思い出した。
サーシャは母スターシャのことは、あの時はまだ赤ん坊だったので記憶にないが、父が持っていた写真で知ることができる。
とても優しそうで、美しい人だった。
最後のイスカンダルの女王として星と共に消滅してしまった母・・・・。
その時の様子を父はあまり語ってくれないが、頭上の花火のようにパッと光輝いて消滅してしまったのだろうか。
(なんだか寂しい・・・・)
イスカンダルも母が亡くなって、父が生まれた地球へ来たが、地球の環境は幼いサーシャの体質にあわず、やむなくイカルスで父の親友の真田志郎に預けられた。
真田と暮らしたのはたった1年だけだが、その1年というのは非常に中身の濃い1年だ。
1年で17歳に成長した彼女は、地球人が17年かけて学ぶものをたった1年で学ばなければならない。
毎日がハードで、自分で自分の体の変化についていけない日もあり、戸惑い、泣きたい日もあったが、そんな時は必ず傍に義父の真田がいてくれた。
実の親子ではないが、なんでも話せる頼りがいのある義父だった。
一年経ち父古代守と暮らす日が来た。
父との生活はけっして悪くはないし、楽しいんだけど・・・・・。
だけど、父とどう接していいのか分からなくなる時がある。
幼い時から一緒に暮らしていればこんな事で悩まなくて済むんだろうけど。
今まで、甘えられなかった分、父に甘えてみたい・・・・・物欲じゃなくて、幼い子が抱っことせがむように父に甘えてみたい・・・・・。
(おかしいな。なんでこんなにお父様の事が気になるんだろう。)
お父様に会いたい――――――
そう考えたら、居ても立ってもいられなくて振り返ってみたら、ほんの数メートルのところに守が真田と一緒に立っていた。
「お父様っ!!」
サーシャは守の元へ掛けて行った。
土門は何が起こったのか分からない。
突然振り返ってそのまま走り去っていったサーシャを唖然と見送っていると、背後から声が掛かった。
「振られたな、土門。」
振り返ると、そこには古代進と、浴衣姿の森ユキが立っていた。
「かっ、艦長!」
どうしてここへ?
「俺たちだって花火くらい見るさ。それより今サーシャとデートしてたんだろう?・・・・ものの見事に振られたかわいそうな奴だな。」
「えっ?どうして」
「どうしてって、サーシャはお前の事まったく振り返らずに、何も言わずに帰ったんだろう?お前に気があるならそんなことはしないよ。それに見てみろよ、サーシャのあの笑顔。」
二人の父に挟まれて歩くサーシャは、これ以上ないくらい幸せそうに二人の父に話をしている。
「そうですね・・・・・」
振られたけど、そんなに心が痛まない。しょせん班長がダメなら・・・・・と付き合い始めた仲だ。上手くいくはずがない。
「それにしても兄さんと真田さんの格好。どうみても堅気には見えんな。それよりせっかくここで会ったんだ。お前の失恋記念にメシでも奢ってやろう。」
「ホントですかぁ。」
サーシャとのデートより、敬愛する進やユキとの食事の方が嬉しかったりする。
前方の艦長と班長を見ると、二人はぴったりと身を寄せ合って花火を見ている。その姿は自然で全く違和感がない。
(俺もいつかは艦長と班長のようにお互いしかいないと思えるような相手に出会うだろうか?)
いつかその日がくることを信じて、土門は夜空に輝く大輪の花をじっと見つめた。
翌朝、いつになく上機嫌のサーシャが三人分の朝食を準備している。
昨夜は三人で、今まで話せなかった事を笑い時には涙しながら吐き出すように語り合った。
真田はそのまま守の家で朝を迎え、今朝食を終えたところだ。
食後のコーヒーを飲みながら、テレビのニュースを見ていた守と真田は、次のニュースで飲んでいたコーヒーをふき出してしまった。
『えー、次のニュースです。昨日午後×頃、大型ショッピングセンターでひったくりがありました。
―――――――そこに居合わせた二人組の男性が犯人を取り押さえ―――――』
画面には“お手柄男性の二人組”とごていねいに似顔絵まで出ていた。
「ぶっ!」
「げっ!」
「あら、この似顔絵、お父様にそっくり。そういえば昨日のお父様の妙な格好といい、何してたの?」
「あはは・・・・そっ、それはだな・・・・極秘任務遂行中だったんだ。なっ、真田。」
「ああ・・・・・だから何してたかは秘密だ。ははは・・・・・」
意味不明な説明をし、笑ってごまかす二人の父であった。
おしまい