「進は島と待ち合わせをしていた。ショッピングセンターの広場にある椅子に腰を掛けて、本を読んでいると、言い争うような声が、頭上から聞こえてきた。
「だから!今日は焼き肉にしようぜ!」
「やだよ。今日は寿司にしようって言ったじゃないか。」
顔を上げると、そこに土門と揚羽が立っていた。
「お子さまランチがいいんじゃないか?」
進がそう声をかけると、二人が彼を振り返った。
「艦長!」
「よう、土門、揚羽。夕飯の相談か?」
太陽の異常増進を食い止めるために、共に旅をした後輩だった。
二人は進の姿を認めると、うれしそうに近づいてきた。
「漫画ですか?」
「バカ!」
そう言った土門が、揚羽にぽかりと頭をたたかれている。
「はは、残念だったな。宇宙生物の生態系について書いた本だ。」
「へぇ・・・。」
土門が感心したような声を上げる。
「艦長、ここで何を?」
揚羽が聞いた。
「島と待ち合わせだ。」
『班長は?』
そう土門が聞こうとした時、向こうから島がやって来るのが見えた。
「よう!古代。待たせたな。おぉ?土門に揚羽じゃないか。」
「お久しぶりです、島副長。」
「二人とも元気そうだな。今どこにいるんだ?」
土門は物資輸送船の副長をしており、揚羽は土星空域のパトロール隊に所属している。
今日はたまたま二人の休みが合ったので、久しぶりに夕飯でも・・・ということになったらしい。
「なんだ、たまの休みだってぇのに、野郎同士で色気の無い話だなぁ。」
「副長達だって、男同士じゃないですか!」
島の揶揄に土門が口をふくらませた。
「はは、俺達はいいんだよ。今日は飲み納めだからな。」
「飲み納め?」
土門も揚羽も島の言うことに、「?」といった顔をする。
「そうそう、お前ら明日は仕事か?」
そんな二人の疑問符など見ない振りで、島が聞いた。
「二人とも昨日から一週間の休暇をもらっていますが。何か・・・?」
「明日、英雄の丘へ来いよ。ちょっとしたイベントがあるんだ。」
「英雄の丘へ?」
「おい、島!」
進が慌てた様子で島の腕を掴んだ。が、島はそれに構わず続ける。
「古代とユキがとうとう結婚式を挙げるんだよ。」
「ええ〜!?」
あちゃ〜と云った表情で進が額に手をあてて顔を伏せた。
「おめでとうございます!」
「是非行かせて下さい!」
二人は目を輝かせて返事をする。
「ああ、それで飲み納めなんですね。」
「うん、古代の独身最後の飲み納め・・・ってやつさ。」
進とユキの結婚式は、二人を知っているものなら誰でも楽しみにしていることだった。
特に島はことのほかうれしそうだ。
土門はまた違った意味で楽しみだった。
あこがれの生活班長のウエディングドレス姿を見られる・・・。
彼の頭の中はそれだけだった。
「それで、班長は?」
『生活班長のウエディングドレス』で思い出した土門は、先ほどの疑問を口にした。
「ああ、ユキは3日前から実家に帰ってるよ。今までずっと俺と一緒にいただろう。だから、親孝行してこいって、帰したんだ。それに、式にはやっぱり自分の家から出た方がいいかなと思って。」
「へぇ。お前にしては粋なことするじゃないか。」
「ふん、どうせ!」
島にそうからかわれて、拗ねたように横を向く進を、土門と揚羽はくすくす笑いをしながら見ている。
それはあの一年間の旅で見せた、緊張で張りつめた艦長古代進の姿ではなく、どこにでもいる普通の青年の姿だった。
土門はヤマトで活躍する進を尊敬していたが、こんな古代進にも魅力を感じている自分を発見した。
(つまり、俺はこの古代進という人物に心底惚れてるんだよな。)
そして、ますます彼のような男になりたいと思うのであった。
「そうだ、お前ら、特に予定が無いなら俺達と一緒にくるか?と言っても古代のマンションだけどな。いいだろ?古代。」
「ああ、構わないよ。でも、ユキがいないから食い物は適当だぞ。」
「え?いいんですか?」
程なくして、食料を買い込んだ一行は、進とユキのマンションに到着した。
「お、おじゃまします・・・。」
進達の部屋に初めて入る土門と揚羽は、きょろきょろと中を見回している。
「なんだよ。きょろきょろしてないで、さっさと入れよ!」
もう何度もここを訪れている島は、勝手知ったるもので、二人の後ろから来て、早く入れと催促している。
部屋の中は、女性の手が入っているのが一目瞭然なくらい、居心地のよい空間が広がっていた。
「適当に座っててくれ。」
先に入ってキッチンにいた進が、そんな二人に苦笑しながら声をかける。
「あ、艦長、なにか手伝います。」
そう言って二人は揃ってキッチンに入ってくる。
「いいよ、座ってろって。野郎が3人もいたって、邪魔なだけだろ。」
進はそう言いながらてきぱきと動いている。
「へぇ・・・、艦長、やるもんですね・・・。」
進の思いがけない一面を見た土門の口から、思わずそんな言葉が漏れる。
「そうか・・・?俺だってやるときはやるんだぞ。」
土門の言葉に、まんざらでも無い様子で進がうれしそうに、そう答えた。
「ほら、お前らじゃまだ。こっちへきてろよ。そこは家主にまかせておけばいいんだ。」
「でも、島副長。今日は艦長のための飲み会じゃないんですか?」
「だからこいつに用意させるんだよ。ヤマトのマドンナを独り占めにしやがった罰さ。なあ、古代?」
そう言って島はリビングのソファーにどっかり座っている。
だが進は、そんな島の軽口にもお構いなしと言った様子だ。
「そうか、そうですね。じゃあ、艦長、そうさせていただきます!」
そう言うと、土門は揚羽をひっぱって、リビングに戻っていった。
さすがに揚羽は申し訳ないといった顔をしていたが、案外平気な顔をして料理を続けている進に安心したのか、自分もソファーに腰を下ろした。
「さあ、できた。たいしたものは無いけどな。」
しばらくして進の手料理が運ばれてきた。
島が頃合いを見計らって、酒の支度をする。
なんだかんだといっても島は心得ているようで、親友と云う二人の関係を、改めて見せられた思いがする土門と揚羽だった。
酒も進み、夜も更けた頃、土門も揚羽もすっかり酔っぱらって寝入ってしまい、進が寝室から毛布を運んできて、二人に掛けてやった。
土門と揚羽が眠ってしまうと、部屋の中は急に静かになった。
二人はしばらく無言でグラスを傾けていたが、やがて島がぽつんと言った。
「ユキはお前にはもったいない女だよな。」
「ああ、そうだな。」
進がグラスを見つめながらそう答える。
「ん?やけに素直じゃないか?」
「はは、俺はいつもユキに迷惑ばかり掛けてきたからな。よく俺に愛想を尽かさずについてきてくれたと感謝してるよ。」
「お前は多分、ユキがいなかったら今頃ここにはいないな。」
「うん、自分でもそう思うよ。」
「いいことさ。守るものがないっていうのは、自分の命を粗末にしていけない。」
「島、お前はどうなんだ。まさか・・・。」
「心配するなよ。俺はそんなにロマンチストじゃないぜ。」
島が少々自嘲気味に答える。
しかし、そんな風に言う彼の頭の中には、未だにテレサという女性が住んでいるようだ。
進はちょっと眉をしかめたが、それには敢えて触れようとはしなかった。
その時、土門の寝言が聞こえてきた。
「う・・ん。班長・・・。」
ふたりは顔を見合わせると、ぷっと吹きだしてしまった。
「聞いたか?土門のやつ・・・。」
「まいったな。」
進が頭をかく。
土門がユキに好意を寄せていることは、あの旅をしている時から進は知っていた。
どうやら土門は、未だにユキの事が好きらしい。
そんな土門の寝言を聞いて、しばらく笑っていた島が急に真剣な表情で進に向き直った。
「いいか、ユキは俺達のマドンナなんだからな。今までみたいに泣かせるようなことがあったら、お前のその面、ただじゃ済まないと思えよ。」
「わかってるさ。ユキは今まで俺を支えてきてくれたんだ。これからは俺がユキを支えてやる番だと思ってるよ。」
「勘違いするなよ。俺はそんなこと言ってるんじゃない。ユキにとって何が一番辛いことか、お前、わかってるのか?」
「?」
「それはな、古代、お前を失うことだ。ユキが今まで何度お前を失いかけて泣いたことか。知らないとは言わせないぞ。」
「・・・・・・。」
進は今までの事を思い出していた。
いつもいつも無茶をしていた自分。
死に直面したことも何度もあった。そのたびに泣かせてしまった恋人。
「うん、わかった。島、ありがとう。」
進は島の気持ちにうれしくなって、素直に頷いた。
「別にお前を心配しているわけじゃないぞ。ユキの事が心配なだけだ。」
しかし、そう言って顔を赤くする親友に、今度は進が聞く番だった。
ずっとずっと聞きたくて、しかし、聞けなかったことを・・・。
「島、お前はなぜユキを諦めたんだ?お前なら俺なんかよりよっぽどスマートにユキの気持ちを掴むことができたんじゃないのか?」
進の、突然変わった質問の矛先にとまどいながら、島はますます顔を赤くした。
「何だよ、急に・・・。」
しかし、島は、本当は覚悟をしていた。
いつかは進がこの質問をしてくるだろうことを。
「お前に譲ったんだ。俺はお前と違って大人だからな。」
島はふざけてそう答えた。
「このやろう。」
進が島を殴る真似をする。
すると、今までおどけていた島が急に真顔になった。
「そうじゃないさ。ユキは最初からお前だけを見ていたんだ。俺が見ていたのは、お前を見ているユキだったよ。」
「島・・・。」
進は言葉が無かった。
「いいか、古代。ユキはな、お前が幸せなら自分も幸せだと思うような女だ。だから、お前も幸せになれ。ユキを絶対に離すな。」
島の言葉は真剣だった。
進はありがたいと思った。こうやっていつも自分を支えていてくれる仲間がいる。
だから自分は今までやってこられたのだ。
「ありがとう、島・・・。」
(兄さん、俺は幸せ者だよな。)
あの憎しみに満ちた日々。
島に出会って、ヤマトの仲間に出会って、ユキと巡り会った。
失ったものは多かったが、手に入れたものは、それ以上にたくさんあった。今、進は幸せだった。
そして明日、進とユキは英雄の丘で結婚式を挙げる。
end