【 スタートライン 

By じゅん さ ん
(Music: みんなにないしょ さん カノン パッヘルベル)
 
その日は朝から抜けるような青空だった。

マンションのエントランスを出た進が、まぶしそうに空を見上げる。

(ちょっと飲み過ぎたかな?)

夕べ島と飲んで、とうとうそのまま朝を迎えてしまった。

酒にはわりと強い進であったが、久しぶりに島と話ができたことがうれしくて、いつもより飲み過ぎてしまったようだ。

だが、「良い酒」というものは、心をも充実させてくれたようで、進は自分が心地よい満足感で満たされているのを感じていた。
 

英雄の丘に到着した進は、その階段に、何やら赤い絨毯が引かれているのに気が付いた。

(何だ、これ?)

念のため踏まないように階段を上っていくと、そこには既に第一艦橋のメンバーを始めとする、幾人かのヤマトスタッフが集まっていた。

南部が進の姿を見つけて、相原と共に近寄ってきた。

「古代さん!!」

「よう、南部。色々とすまなかったな。」

今日の結婚式は、坊ちゃん南部によるセッティングである。

進とユキが結婚式を挙げることを決めたとき、絶対自分がセッティングするからと、進んで申し出てくれたのであった。
 
「なんだ、古代さん、いつもの服じゃないですか?主役なんだからタキシードくらい着れば良かったのに。」

進はヤマト艦内服の上に、艦長用の上着を重ねていた。

「いいんだよ、これで。

ヤマトがあったからこそ俺はユキと今こうしていられるんだし、それに、しばらく着てやらなかったけど、長い間こいつには世話になったからな。

けじめのつもりでもあるんだ。」

そういって進は少しはにかんだような表情で、艦内服を見下ろした。

南部は、進の気持ちが分かるような気がした。

最後の航海の時、ヤマトを自沈させることを説得した進。

自分が一番切ないのだと、声を震わせた進。

何年もの間、ヤマトを仕切り、背負ってきた進であったから、その存在は、自分たちには想像も付かないほど進の心に深く刻み込まれているのだろうと、南部は思った。

そのヤマトの艦内服を着て、ユキとの結婚式に臨む。

それは進の言うように、彼にとってのけじめなのだろう。

だからどんな豪華なタキシードより、進にとってはこの艦内服が、今日の結婚式にはふさわしいのかもしれない。

「それより南部、あの赤い絨毯は何だ?」

そんな南部の思いにはいっこうに気づく気配もなく、ここへ来る階段に敷いてあった赤い絨毯を指さして聞いた。

「ああ、バージンロードですよ。」

「バージンロード?」

「そうです。教会で二人が歩くところに敷いてある、あれですよ。」

相原がそう説明すると、南部が思わせぶりに付け足した。

「ま、一応形式です。今更『バージン』ロードって事でもないでしょうが。なぁ、相原。」

「ぼ、僕に振らないでくださいよ!」

意味ありげに一言を強調してそう言う南部に、進が真っ赤になって怒鳴る。

「な、俺達はそんなこと・・・!!」

「『そんなこと』、してないって言うつもりじゃないですよね?まさか。」

「南部!!」

言葉尻を捕らえてからかう南部に、進が拳を振り上げる。

「お前らなにやってんだ。古代も、花婿なんだからいいかげん落ちついたらどうだ!?」

そこへ、神父の格好をした真田がやって来た。

「真田さん、その格好は?」

「南部にさせられたんだよ。俺は神父のかわりだそうだ。」

そういって顔をしかめる真田を見つめる3人は、笑いをこらえている。

「笑うなよ、古代。俺が宣言しなくちゃ、お前らは夫婦として成立しないんだからな。覚えとけ。」

笑いの止まらない3人にしかめ面をしながら進に向かってそう言うと、真田は向こうへ行ってしまった。

真田が行ってしまうと、入れ替わりに島と太田、土門、揚羽がやってきた。

「よ、花婿さん!」

島がからかい口調で進に声を掛ける。

「艦長、おめでとうございます。それから昨日はごちそうさまでした。」

「なんだよ、ごちそうさまって?」

土門の言葉を聞いた南部が問いただす。

「昨日、揚羽と艦長のお宅でごちそうになったんです。ね、島副長。」

「島さんも共犯ですかぁ?ひどいなぁ、俺達仲間はずれかよ。」

相原がふてくされる。

「ばか、土門達と会ったのは計算外だ。

だがお前らを呼ばなかったのは計算のウチだ。

お前らが来たりしたら、古代のヤツ、今日の式にはでられなかっただろうからな。」

「わかりましたよ。そのかわり古代さん、今日は覚悟してもらいますからね。ただでは帰しませんよ。」

南部の言葉に青くなる進を見て、島はくすくす笑いを隠せないでいる。

「ユキさんが着きました!」

その時、藤堂晶子が、ユキの到着を告げた。
 

いよいよ花嫁入場である。

会場は、沖田艦長の銅像を中心にしつらえてあった。

神父役の真田が沖田艦長の銅像の手前に立ち、進は銅像に向かって右側に立った。

招待客達は、真ん中のバージンロードを挟んで、思い思いに立っている。

指令部の藤堂長官を始め、ヤマトの仲間達。ユキの同僚。

今日の二人の結婚式には、本当にたくさんの人々が集まっていた。

最初に結婚式が延期になってから三年以上の月日がながれた。

その間、本人達はもちろんだったが、ここに集まっているほとんどの人々が、この日を心待ちにしていた。

特に藤堂長官は、何度もヤマトの出航を進に命じて来ただけに、二人の結婚式が延び延びになっていることに、少なからず責任を感じていた。

だから、二人の結婚を聞いて、彼はどんなにか安堵の溜息をもらしたことだろう。

そして、第一艦橋のメインスタッフたち。

最初のイスカンダルへの航海から、生死を共にしてきた。

進とユキが恋人同士として成長する姿も見守ってきた。

二人がどんなに悩み、傷ついてきたか、そして幸せを手に入れたかを彼らはよく知っていた。

ここにいるすべての人たちが、この日を待ち望んでいたのである。
 

やがて、父親と共に、ユキが姿を現した。

表情こそベールに隠れて見ることは出来なかったが、胸元にレースをあしらい、ジョーゼットを重ねた純白のドレスをまとったユキは、さながら妖精のようであった。

そんなユキを見て、土門はぽかんと口を開けて、すっかり見入ってしまっている。

(土門、口を閉じろよ。みっともないぞ。)

隣で揚羽が肘で彼をつつくのだが、いっこうに開けっぱなしの口が閉じる気配がない。

(やれやれ・・・。)

揚羽はあきれ果ててしまった。
 

「ユキさん、きれいね・・・。」

相原の隣で藤堂晶子が、うっとりとした溜息をもらす。そんな彼女も近い将来、相原との結婚が約束されている。
 

そんな風に、会場に集まった誰もが感嘆の表情でユキを見つめていた。

そして進は思いだしていた。

結婚が決まった時、進が不在のため、一人で探し回ったというドレス。

(「本当は二人で探したかったのよ。」と、彼女は言った。)

何件も何件も回って、やっと見つけたというドレス。

(「古代君に気に入ってもらえるようなドレスがなかなか無くて。」と、彼女は言った。)

そして着てもらえなかったドレス。

(その時彼女は何も言わず、黙って僕についてきてくれた。)。

それは寝室のクローゼットにずっとしまわれていた。

ある日進が寝室を覗くと、ユキが一人で泣いていた事があった。

その腕の中では、真っ白いドレスがユキの後ろ姿と共に震えていた。

進はその時声を掛けることが出来ずに、そっとドアを閉めた。

ユキがいま、そのドレスを着ている。

表情こそ見えなかったが、顔にかかったベールがあの時のように細かく震えているのを、進は見逃さなかった。
 

やがて父親とユキが近づいてきた。

ユキの父は、まっすぐ進を見つめていた。その顔は、少し怒っているようにも見える。

ユキの母は、彼女の後ろからドレスのトレーンを器用に捌きながら付いてくる。

彼女は時折ハンカチで涙を拭っていた。
 
ユキと父がすぐ近くまでくると、進は一歩足を踏み出し、ユキを迎えに出た。父は進に無言でユキを託す。

その顔は、

(さあ、ここからは君の番だ。)

そう言っているように見えた。

進も無言で、しかし、しっかりと頷いて、父の手からユキを受け継いだ。

父の手が離れる瞬間、ユキが顔を上げて父を見た。

父はユキにニッコリと微笑むと、母と共に後ろへと下がっていった。

しばらく父と母の方を見つめていたユキを、進が促して、二人は沖田艦長の銅像の前にいる真田の方に向き直った。

そして式は厳かに始まったのである。
 

式が進み、指輪の交換が済むと、進がユキのベールをそっとあげて、彼女の肩に手を置いた、

進をじっと見つめるユキの目がだんだん潤んできたと思った途端、彼女が進の胸に飛び込んできた。

そんな彼女を抱き留めると、進は何かを小さく呟いた。そして、進の言葉にユキは、やはり小さく顔を横に振った。

やがて、進は彼女をそっと離すと、その唇に誓いの口づけをした。

いつもは二人のそんな姿に揶揄を飛ばす面々も、今日ばかりはただ静かに見守っているだけだった。
 

「この二人が夫婦と成ることを、ここに宣言する。」

真田の言葉と共に、式は滞り無く終了した。

こうして古代進と古代ユキは、夫婦として、今、新たなるスタートラインに立ったのである。

式が終わると、南部の合図と共に、パーティーが始まった。
 
当然二人はおもちゃである。

あちこちに引っ張って行かれて、さっぱり落ち着かない。

あっちでひやかされ、こっちでこづかれ、散々な目に遭わされていた。

やがて、ふっと一人になった進の元に、ユキの両親が近づいてきた。

「進君。」

「あ、お父さん、お母さん。今日はありがとうございました。」

「うん。ご苦労様。私たちはこれで帰るから。」

「え?もう帰られるんですか?」

「ああ、実は、これから旅行に行くんだ。

母さんと二人で。

ユキが君と結婚式を挙げたらそうしようって話していたんだ。

やっと叶ったんだから、帰らせてもらうよ。」

ユキの父が、いたずらっぽく笑う。

そんな父の表情の意味を悟った進は、申し訳なさそうに頭をかいた。

「そうよ、進さん。この旅行、楽しみにしていたんですからね。」

母もそう言って進に追い打ちをかける。

「そうでしたか、わかりました。ユキ!!」

自分たちの結婚式延期で、延び延びになったが今やっと叶った両親の旅立ちを聞くと、進は大声でユキを呼んだ。
 
「ユキ、お父さんとお母さんがこれで帰られるそうだ。」

「パパ、ママ、どうして?最後まで居てくれないの?」

父は先ほどの話をユキに繰り返し聞かせると、進に向き直った。

「進君、ユキを幸せにしてやってくれとは言わない。

なぜならこの子の幸せは君の側にいるということらしいからな。

だから君に頼みたいのは、君自身が、自分の命を大事にして欲しいということなんだ。

そうしてくれることで、ユキはいつまでも幸せでいられるんだからな。」

進は父の気持ちが痛いほどわかった。それはまさに昨日、島に言われた言葉だった。
 
『ユキと共に生きること』

それは、二人の幸せを望むと共に、いつも無茶をしている進自身の事を心配する彼らの優しいエールであった。

「はい、約束します。必ずユキの元に帰ってくると。」

「うん、頼んだよ。」

「パパ、ママ・・・。」

「ユキ、元気でがんばれよ。進君と仲良くな。」

「ユキ、体に気を付けてね。」

父と母は、そう言うと、寄り添いながら帰って行った。

一日千秋の思いで待ち続けた娘の幸せを見届けたこの二人もまた、今日が新たなる旅立ちとなるに違いない。

顔を覆ってしまったユキの肩を進はそっと抱き寄せて言った。

「ユキ、二人で幸せになろう。」

ユキはただただ頷いていた。

二人が会場に戻ると、第一艦橋のメンバーが集まってきた。

「さあ、古代さん、捕まえた。」

南部がいたずらな笑みを浮かべている。

「解ってるよ。覚悟してるから。はい、今日はとことん飲ませて頂きます。」

観念したように進は言った。

しかし、南部の口から出たのは、意外な言葉だった。

「古代さん、これ。」

「?」

南部が差し出したのは、一通の封筒だった。

進はユキと顔を見合わせて、首を傾げた。

「俺達第一艦橋のメンバーからの結婚祝いです。開けてみてください。」

進が封筒を開けると、飛行機のチケットと、ホテルの宿泊券が入っていた。

「これ・・・。」

進とユキが驚いてメンバーの顔を見つめた。

「どうせ新婚旅行の手配なんて古代さん、してないんでしょ?だと思って。」

宇宙勤務から5日前に帰ってきたばかりだと云うことに加えて、細かいことに気が回らない進だということは、誰もが知るところであったから、ユキの為にもプレゼントは新婚旅行が良いだろうと云うことになったらしい。

そんな彼らの心遣いに、進もユキも声がでなかった。

「やだなぁ、古代さん、泣かないでくださいよ。」

「ば、泣いてなんかないぞ!!」

相原の揶揄に、進がまっかになる。

ユキはと言えば、また泣き出してしまった。そんな彼女に、晶子がハンカチを渡している。

ひとしきりからかわれると、進がぽつりと言った。

「ありがとう、みんな。」

「ありがとう・・・。」

ユキも顔を上げた。

「さあ、お二人とも、もう今日はお引き取りください。

後は我々だけで盛り上がりますから。

みなさん、主役のお二人がお帰りになりますよ!!」

南部は二人にそう言うと、マイクを取って最後の言葉を会場に集まった人たちに告げた。

すると、それを合図に幾人かの男達がどっと走り寄ってきた。

「それ!!」

「うわっ!なんだよ!?」

それは加藤四郎を初めとするコスモタイガーの隊員たちだった。

彼らは進を取り囲むと、彼を空中へと放り投げた。

「戦闘班長!おめでとう!!」

「古代さん、お幸せに!」 

口々に声を掛ける彼らによって、進の体は空高く舞った。

「おい、お前ら、まぶしいってば!!」

太陽を浴びてまぶしそうに目を細める進の顔は、まるで、大切な宝物を手に入れた少年のようだった。

そう、ユキという宝物を・・・。

こうして進とユキの新しい一日は終わった。

会場の人々に見送られて帰っていく二人の後ろ姿を見ながら、島が真田に聞いた。

「そう言えば真田さん、あの時古代はユキになんて言ったんですか?」

誓いのキスの前に、ユキが進の胸に飛び込んだとき、彼が彼女に囁いた言葉のことだった。

「ああ、古代か。あれはな、こう言ったんだ。」

真田は去っていく二人の方を見ながら言った。
 

 『ゆき、待たせてごめん。』
 


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