【 ピ エ ロ の 涙 

By じゅん さ ん
 
「最近古代のヤツ、よく笑いますよね。」

島が真田にそう言ったのは、彼が白色彗星との戦いのあと失っていた意識を取り戻してから、しばらくたった頃の事だった。

その頃進は毎日のように、島の病室を訪れては、ギャグや冗談を交えた馬鹿話をしていくのが日課になっていた。

元来生真面目な性格の進には到底似合わない振る舞いに、周囲は首を傾げていた。

「あいつが思ったよりも元気なんで驚いていますよ。」

今回の戦いで、多くのクルーたちを失った。そして自分は・・・。

それなのにあんな風に馬鹿話をしている進の態度を、島は受け入れることができない。

島の言葉の中にわずかに含まれていた棘を、真田は聞き逃さなかった。

「それは違うよ、島。」

「・・・?」

目を伏せながら言う真田を島は、いぶかしげに見つめた。

真田が古代進と偶然会ったのは、一週間ほど前の事だった。

その頃、やっと意識を取り戻した島は、テレサが傷ついた彼のために自分の血を輸血し、最後の力を振り絞ってズォーダーとの戦いに臨んだ事を聞き、すっかり心を閉ざしてしまっていた。

自分の無力さに嫌気がさしてしまった彼は、何度も自らの命を絶ってしまうことを考えた。

しかし、自分の命を絶ちきると云うことは、すなわちテレサの命をも絶ちきる事だと思うと、それも叶わない。

見えない泥沼に足を取られて、右へ行くことも左へ行くこともできないまま、島の心は宙を漂っていた。

そんな折り、いつものように島の病室を訪れた後ぼんやりと病院のカフェテリアに座っている進を、リハビリを兼ねてやって来た真田が偶然見つけたのだった。

真田に挨拶を返した後、何かを考え込んでいるように黙りこくっていた進がようやく口を開いたのは、二人が顔をあわせてから30分も経ってからのことだった。

「島が・・・笑わないんです。」

テレサのことで少なからず責任を感じていた進は、一向に口を開こうとしない島の様子に、かなり心を痛めていた。

加えて今回の命令違反の出航について不利な立場に立たされていた艦長代理の彼には、軍法会議による厳しい事情聴取が連日のように続けられていた。

進は疲れ切っていた。

(替われるものなら替わってやりたい・・・。)

真田は憔悴した進の表情を見るにつけ、何もしてやることのできない自分に歯がゆさを覚えるのだった。

「俺、あいつが笑ってくれるのなら、どんなことでもしてやりたいと思っているんです。そのためだったら、例えばサーカスのピエロになったっていい。」

『ピエロになる・・・』あまりにも唐突な進の言葉に、真田は戸惑ってしまった。

「島は・・・、あいつは自分を責めています。テレサへの罪悪感で、笑うことすら罪だと思っています。

だから、俺はあいつに、笑うきっかけを作ってやりたいんです。

自分の為に笑うことが罪だと言うなら、俺の為に笑ってくれって・・・。

それならあいつも自分を責めずに済むでしょう?

そうすれば、いつか、心から自分の為に笑うことができる日がくるかもしれない。

真田さん、俺は自分勝手な人間です。斉藤が、加藤が、山本が・・・そして多くの仲間が俺のせいで死んでしまったというのに、笑って暮らそうとしているんですからね、許される事じゃないと思いますよ、だけど!

・・・だけど、俺は今また、あいつまで失いたくないんです!!」

胸の奥から絞り出すようにそう訴える進に、真田は返す言葉を失っていた。

「島、あいつ自身、艦長代理として、かなりの罪悪感を感じている。

あいつにしたって、笑っていられるような心理状態じゃないことくらい、親友のお前なら良くわかっているだろう?

あいつはお前を失いたくない一心で、ピエロになろうとさえ思ったんだ。

だから島。今すぐとは言わない。ゆっくりでいい。

そんなあいつの気持ちを、素直に受け入れてやってはくれないだろうか?」

島は、切ない程に優しい進の気持ちに、己の身勝手さを突きつけられる思いだった。

(責任者として多くのものを背負うことになってしまったあいつに、いくら親友とはいえ俺一人のことまで気に掛ける余裕など無いはずだ。

でもあいつは・・・。それなのに、俺は自分の事ばかり考えていた。

俺のほうこそあいつを支えてやらなくちゃならないんじゃないのか・・・。)

 

次の日、真田の病室にユキの姿があった。

「・・・と、いうわけだ。」

「そうでしたか。よかったわ。これで島君も元気になりますね。」

「ああ。今すぐに・・・ってのは無理だと思うが、古代の気持ちは十分に伝わったさ。ところで、その古代はどうしてる?あいつ、大丈夫か?」

軍法会議は終わったものの、殉死したクルー達の家族への対応に追われていた進は、相変わらず忙しい毎日を送っていた。

今回の出航について理解を示してくれる家族もいたが、進に対してあからさまに批難の言葉を浴びせかける家族も少なくはなかった。

しかし、進はそんな家族から逃げることなく、誠意を持って彼らと向かい合っていた。

「・・・ええ・・・。島君を元気づける為には自分も元気でいなくちゃいけないと思っているみたいで、無理はしているようですが、今のところは何とか・・・。」

しかし、言い淀んで目を伏せたユキの様子に、進の精神状態が実はあまり良くないことを伺い知ることができた。

「ユキ、お前さんも無理はするなよ。すべてを抱え込むには大きすぎる荷物なんだ。

持ちきれなくなった時には俺達がいるって事を忘れるな。

だから頼む、ユキ、君はあいつの側にいて、あいつの為に笑ってやってくれないか。

古代が島の為に笑ってやって、そうすることで、反対に島が古代の為に笑うことが出来るようになったとしても、それは島自身を罪悪感から解放してやることにしかならない。

いや、それはそれでいい。古代が望む第一歩だからな。

だとしたら、純粋に古代の為に笑ってやることが出来るのは、ユキ、君だけだ。君にしかできないことなんだ。」

「真田さん・・・。」

「今、古代が何とか踏ん張っていられるのは、君がいてくれるからだと俺は思う。

あいつの兄代わりとしてお願いしたい。この通りだ。」

そう言って真田はユキに頭を下げた。

「真田さん、そんな・・・。止めてください。」

ユキは慌てて真田の肩を押して、顔を上げさせた。

彼女は、進にとって今の自分は何の役にも立たないのではないかと、自信を失いかけていた。

しかし真田が言ってくれた、『ユキが側にいて笑ってくれたら・・・』という言葉を励みに、そうすることで進に本当の笑顔が戻るのなら、もう一度がんばってみよう・・・と、そう思えるのだった。

「わかりました。やってみます。」

そう言ったユキの笑顔は、今度は、真田を安堵させるのには、充分過ぎるほど明るかった。

 
ユキが帰った後一人になった真田は、進の言葉を思い返していた。

『自分はピエロになろうと思います・・・。』

しかし、誰よりも大きな荷物を抱えているのは、そう言った進自身であることが真田は何より気がかりだった。

真田の脳裏からは、今も進の憔悴しきった表情が離れてはくれなかった。

彼は、ユキの笑顔で進が心から救われることを心から願うのだった。

(あの娘がいればあいつは大丈夫だ。あんな風に笑うことのできる娘が側にいてくれれば、いつか古代もきっと心から笑える事が出来るようになるに違いない・・・。)
 

白色彗星は、人々の心に大きな傷を残して消えた。

しかし、今はだめでも、いつか笑って暮らせる日が来ることを、真田は祈らずにはいられなかった。

Fine

 
 

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