艦内での進の評判は、すこぶる悪い。特に女子乗組員には。「もう、何だってあんなに人使いが荒いのかしらね、艦長ったら!!」
ヤマトが第二の地球探しに旅立ってから、幾日。その間中、厳しい訓練が続いていた。
今日もひとしきり行われた訓練の後、ひとときの休憩を取った彼女たちが、休憩室に集まってぼやいている。
「なんで班長が艦長と婚約しているのか、ぜぇ〜ったいわかんない!!」
『ぜぇ〜ったい』に、かなりの力が入る。
「でしょ?班長、男の人を見る目がないんじゃない?」
「あら、何の話?」
そこに、当の本人が入ってきた。
「あ、班長。」
進の悪口を言っていた手前、彼女たちはばつが悪くなって、口ごもった。
「どうしたの?私がなんですって?」
・・・・・聞かれていた。
仕方が無いので、開き直る。
こうなったら、好奇心旺盛な年頃の女性のこと。
良い機会だ・・・とばかりに、知りたかった二人のことを聞き出すことにした。
「あのですね、班長は、どうして艦長なのかな・・・って。」
「ええ?」
そのストレートな質問に、ユキは面食らってしまった。
「だって、ちっとも優しく無いじゃないですか。
だったら、島副長とか、南部さんとか、真田副長だってお優しいと思うんですけど。」
「そうよね、あの訓練を経験したら、誰だってそう思うわよね。」
ユキは、訓練の厳しさを、進が優しくないことにかこつけている彼女たちが、おかしくて仕方がなかった。
厳しい訓練をすることが、どんなに自分たちの為になるのか、今の彼女たちに求めることは難しいのかな・・・と、ユキは思う。
「あら、この艦の人たちは、みんな優しいわよ。状況が状況だから、みんな厳しい顔をしているけど。
あなたたちがこの艦に慣れて、もう少し余裕が出来るようになったらわかると思うわ。」
「でも、艦長は、『鬼の古代』って、呼ばれているんですよ。」
「あ、こら、し〜っ!」
思わず口を滑らせた女の子を、別の子が慌ててたしなめた。
「ふふ、そうね。私だって、最初は『なに、この人?』って思ったくらいですもの。
あなたたちがそう思うのも無理はないわ。」
恋人を悪く言われたはずのユキが、おかしそうに笑いながらそう言うのを、彼女たちは、不思議そうな顔をして見つめていた。
そんな彼女たちに、ユキはそれ以上の追求をかわすように号令をかけた。
「さあ、もうおしゃべりは終わりよ。手の空いている人から順番にお昼ご飯を食べてきて頂戴。
午後からまた訓練よ!!」
「うえ〜っ!」
うんざりした顔で数人の女の子達が、休憩室を後にするのだった。
ユキには気になる女の子が一人いる。
桜井 久美、19歳。
何事にも一生懸命で、女子乗組員の中では、一番の努力家であった。
ユキは彼女に大いに期待をしていた。
しかし、乗艦した当初は明るくて朗らかだった彼女が、最近、顔色が良くない。
慣れない任務と訓練に、かなり体力と気力を消耗しているようなのだ。
進にも相談をしてみたのだが、彼の方もなかなか忙しく、「様子をみているように」といった位で、未だに具体的な対策は見えないままであった。
今日も食欲が無いという彼女を強引にひっぱって、食堂へとやって来た。
「桜井さん。食欲が無いのはわかるけど、少しでいいから何かお腹にいれないとだめよ。
体が参ってしまうから。」
「はい・・・。」
無理に笑顔をつくろうとする彼女が痛々しい。
その頃、艦長の進がやはり食堂へとやって来た。
ふと前を見ると、ユキが一人の女の子と一緒に配膳の列に並んでいるのが目に入った。
(あれ、あの子・・・?)
その子が、以前ユキに相談を持ちかけられた女の子だと思い当たった。
(成る程・・・。確かに顔色が悪いな・・・。)
そう思って、二人に近づいて行ったその時、久美の体がバランスを崩して倒れかけた。
「桜井さんっ!」
ユキが驚いて声をあげる。と、同時に、進が思わず走り寄って、持っていた書類を放り出すと、彼女を受け止めた。彼はそのままそっと膝を床につくと、彼女の姿勢がラクになるような体勢を取った。
食堂では、思いがけない出来事に、騒然となっている。
食事に来ていた女子乗組員たちも、進の意外な行動に、唖然としている。
「おい、桜井、大丈夫か?」
「桜井さん、桜井さん。」
進とユキが久美に声を掛ける。と、彼女の目がうっすらと開いた。
「あ・・・、班長・・・。」
「桜井さん、気が付いた?」
「はい・・・、あっ?」
久美は自分が進の腕の中に居ることに気が付いて、思わず立ち上がろうとした。
「か、艦長、すみません!!」
しかし、まだふらつくのか、再びバランスを崩してしまった。
「おっと、まだ立ち上がっちゃまずいんじゃないか?ユキ、このまま彼女を医務室に運んだ方がいいと思うが。」
「そうですね、艦長。そうして下さい。」
「だ、大丈夫です!一人で歩けます。」
「いいから、しばらくおとなしくしてろ。落っことすぞ。ユキ、一緒にきてくれ。」
そう言って進は久美を抱いたまますっと立ち上がり、進の書類をかき集めたユキを伴って、医務室へと向かった。
「はい・・・。」
久美は、小さな声で返事をすることしかできなかった。
しかし、進に抱かれている彼女は、その腕の中に、いつしかとても居心地の良い物を感じていた。
(男の人の腕の中って、こんなに広いんだ・・・。)
ホームシックと疲労に苛まれていた彼女には、進の広い腕の中から伝わる彼の体温がこの上もなく暖かいものに思えた。
そう、まるで、疲れ切った心を癒してくれるような・・・。
と、同時に、だんだんと自分の心臓の音が大きくなるのに気づいて驚いた。
(え?私ったら、どうしてこんなにドキドキするの?)
一方、3人が立ち去った食堂では、今の出来事で、わき返っていた。
「ねえ、見た?艦長ってば、ちょっとかっこ良いんじゃない?」
「久美を受け止めちゃったわ!」
「おまけに、『しばらくおとなしくしてろ。落っことすぞ』ですって。きゃ〜!」
特に女性達の騒ぎはひどいものである。
今日の午前中にさんざん進をけなしていたとは思えないくらいだった。
離れた所では、例の二人が、やはり目を輝かせて今の出来事を話していた。
「おい、これは早速第一艦橋へ帰って、みんなに報告しなくちゃならないぞ。」
「そうですね。南部さん、行きましょう!」
第一艦橋のスタッフ達が、この話を、ひとつも漏らさず知ることになるのに、ものの5分とかからなかった。
久美を抱いた進が医務室に入っていくと、佐渡が驚いた顔で三人を迎えた。
「どうしたんじゃ、一体・・・。」
「貧血だと思うんですが・・・。急に倒れてしまって。」
ユキが状況を説明する。進は久美をそっとベッドに下ろした。
「大丈夫か?」
「はい、艦長、すみませんでした。」
久美がそう言うと、進がにっこりと笑って頷いた。
久美の心臓は再び激しく動き始めた。
(こら、艦長に聞こえちゃうでしょ。静まれ、静まれ!)
いつもいつも訓練で厳しい指示を出している艦長、古代進とは、まるで別人のような彼の優しい笑顔に、久美は胸の鼓動を押さえることが出来なかった。
佐渡が彼女を診察している間、ユキが進を部屋の隅に引っ張って行った。
先ほど進が放り出した書類を彼に渡しながら、なにやら話している様子が見て取れる。
「すみません、報告書、明日でよろしいでしょうか?」
「なんだ、期限は今日じゃなかったか?」
どうやら、今日提出予定の報告書がまだ出来上がっていないようで、そのことを話しているらしい。
進は「困るよ」と言いながらも、しょうがないな・・・と言った表情で、ユキを見ている。
そのユキを見る進の笑顔には、先ほど自分に向けられた笑顔と違って、愛しさがあふれている。
久美は切なくなってしまった。
その時彼女の目から流れた一筋の涙を、佐渡は見逃さなかった。
「なんじゃ、泣いとんのか?」
「違います。何でもありません。」
佐渡は、久美の視線の先にあったものを振り返った。
そこには立ち話をする進とユキの姿があった。
「そうか、おまえさん、古代を好きになったか。」
「な、そんなことありません!」
久美は慌てて否定をする。
「ええじゃないか。人を好きになるっちゅう気持ちは、自然に心の中からわいてくるもんじゃ。無理に押し込めようとする必要はありゃせんよ。」
「先生・・・。」
「じゃがな、どうしようもないことに、中には報われない恋もある。そんな時は、思い切り泣いて、綺麗さっぱり忘れちまえ。押し込めるんじゃないぞ、忘れるんじゃ。間違えるな。」
久美は佐渡の言葉がうれしかった。
しばらくして久美の診察を終えた佐渡が、進とユキを振り返った。
「もうええぞ、艦長。大したこたぁない。明日の朝までゆっくり休めば、治っちまうよ。若いんじゃからな。」
「そうですか。先生、ありがとうございました。良かったな、桜井。もう今日はいいから、ゆっくり休め。」
「はい、ご迷惑をおかけしました。」
「じゃあ、ユキ、後は頼んだぞ。」
「はい、艦長。」
進はそう言うと、医務室を後にした。久美は少々残念な気もしたが、逆にこれ以上進を目の前にしなくて済むと思うと、ホッとするのであった。
ユキは病室を整えて、久美を寝かせると、彼女に栄養剤の点滴を施した。
「班長、すみませんでした。」
「いいのよ、大したことなくてよかったわ。ゆっくり休んでね。」
「そうじゃなくて・・・。」
「え?」
「私、艦長に運んで頂いちゃって・・・。」
ユキは久美が進の事で、恋人の自分に申し訳ないと言っていることに気が付いた。
「気にしないの。艦長は、ああいう人なんだから。」
「艦長、本当は優しいんですね。」
「そうよ。だからそう言ったでしょ。古代君はね、自分の事より人のことに一生懸命になる人なの。今は立場的にそう云った事はなかなかできないけれど、本当はそう云う人なのよ。」
久美は、艦長を「古代君」と呼ぶユキに、ちょっとばかりジェラシーを感じて、やはりちょっとばかり、意地悪な気持ちになって言った。
「班長、寂しくないんですか?」
「え?」
久美の問いに、ユキの手が止まった。
「だって、班長は、艦長と恋人同士なんでしょう?それなのに、そんな素振り、ちっとも見せないじゃないですか。」
久美のささやかな挑戦だった。
「私はね、自分から望んでこのヤマトに乗ったの。今はたとえ恋人同士として振る舞うことができなくてもいい。
私は信じてる。きっと地球は救われる、そうすれば、きっとあの人は私のもとに帰ってきてくれる・・・って。
だから今は艦長と生活班長。それで充分なの。あの人はあの人の任務を、私は私の任務を一生懸命果たすだけよ。」
しかし、その言葉は、まるで自分自身に言い聞かせているかのようだった。
そして、それに気づいた久美は、ユキの進を想う気持ちに、まだまだ自分が子供だった事を身に染みて感じるのだった。
(やっぱりかなわない・・・か。ふふ、あたりまえよね。私ったら、何を考えていたのかしら。)
一晩病室で過ごした次の朝、すっかり回復した久美は、元気に医務室へとやってきた。そこには女子乗組員たちが集まっていて、今日の訓練に備えて、医薬品を準備するなど、忙しく動き回っていた。
「おはようございます!!」
「あら、桜井さん、もう大丈夫?」
奥のテーブルで何かを書いていたユキが顔を上げた。
「はい、班長。ご心配をおかけしました。」
「そんなこと良いのよ。よかったわ、元気になって。」
そこへ、艦長の進が入ってきた。
「ユキ、昨日の報告書・・・お?桜井。もういいのか?」
進は久美の姿を認めると、彼女に声を掛けた。
「は、はい!艦長、ご、ご迷惑をおかけしました!!」
久美は昨日のことを思い出して、真っ赤になってしまった。
「そうか。しかし、無理はするなよ。あせらずゆっくりやればいいから。」
進はそういうと、軽く手を挙げて、ユキの方へと行ってしまった。
久美が、その進を目で追うのを、女の子達は見逃さなかった。
「なによ、久美ったら、艦長のことじ〜っと見つめたりして。怪しいぞ。」
一人の子が、そう久美に囁く。他の子達も、久美の周りに集まってきた。
「なになに?どういうこと?こらこら、白状しろ。」
女の子達の目が、好奇心で輝いている。
そんな彼女たちの視線に苦笑しながら、久美は言った。
「艦長は、班長が言う通り、とっても優しい方だったわ。やっぱり班長は、ちゃんと艦長の事をわかっていらっしゃるのね。」
それは、彼女自身の気持ちへの決別だった。
進を好きになったことを後悔はしない。
しかし、佐渡が言うように、どうしようもない恋は、潔く諦めようと思うのであった。
なぜなら、あれからユキが話して聞かせてくれた、たくさんの出来事に、二人の絆の深さを知ってしまったから・・・。
久美は、森ユキという女性ほど、古代進という人物を愛せる人はいないと、そう思った。
そして、いつか自分も、そんな男性と巡り会いたいと願うのであった。
Fine.